120
いつものいすに座り、ティナはその対面に座る。すぐにアリサが二人の前に紅茶を置いた。
「飲みなさい」
ティナに勧めつつ、リリアも自分の紅茶を飲む。平静を装ってはいるが、リリアの口の中はからからに乾いてしまっている。そのことに情けなさを覚えつつティナを見れば、ティナも相変わらず硬い表情で紅茶を飲んでいた。
――似たもの同士だね。
さくらの妙に落ち着いた言葉が少しばかり腹立たしい。
――そんなことはどうでもいいわよ。どうすればいいのよ。
――リリアとティナの問題だよ。
――そんなこと言わないで。お願いだから。
懇願するように言うと、さくらがため息をつきながら、
――当たり障りのない話でもしてみれば?
リリアは頷き、話題を考える。ティナを見て、手に持っているものを見て、よし、とまた頷いた。
「この紅茶だけど」
リリアが言うと、ティナが顔を上げた。数日前にこの部屋に来た女生徒たちよりも蒼白になっている。それを見るとリリアもまた緊張してきてしまった。
「その……。アリサがいつも買いに行ってくれているのよ。種類もアリサが選んでいるわ」
「そ、そうなんだ……。いつも美味しい、です」
そして二人でアリサを見る。見られたアリサはびくりと体を震わせ、視線を彷徨わせ、とりあえずといった様子で頭を下げた。
「光栄です」
そして二人で視線を戻し、カップに目を落とす。話が続かない。
――さくら。どうすればいいの?
――むう……。私もあまりこういったことに経験があるわけじゃないから……。
さくらも答えられずに黙り込んでしまった。どうすればいいのか分からないまま、リリアはもう一度紅茶を飲む。自分でもよく分からないが、何かを誤魔化すように。
「あの、リリア」
目の前からの声。ティナを見ると、こちらを見つめていた。
「少し前からずっと嫌なことがあったんだけどね」
嫌がらせのことだろう。当然知ってはいるが、話を促すために黙っておく。
「最近になって、それがなくなったんだ」
他でもないリリアが嫌がらせをしていた者たちに釘を刺したのだ。まだ続けるような者はさすがにいないだろう。リリアが内心で満足していると、ティナは薄く微笑んだ。
「リリアが助けてくれたんだよね」
リリアの笑顔が凍り付いた。
「どうしてそう思ったの?」
どうにかしてそれだけを絞り出すと、ティナは苦笑しつつも教えてくれる。
「アイラに聞いたんだよ。リリアに頼んですぐだったから間違いないって」
アイラに口止めを頼まれていたはずなのだが、アイラ自身が言ってしまったようだ。さすがにそれは予想外だった。ならばもう誤魔化すことはできないだろう。リリアはため息をつくと、笑みを零した。
「貴方に断りを入れずに勝手なことをしてしまったわね。ごめんなさい」
リリアがそう言うと、ティナは慌てたように首を振った。
「そ、そんな! 私のためにしてくれたんだよね? 分かってるから、謝らないでよ! むしろ謝るのは私の方だから!」
リリアが首を傾げる。ティナは姿勢を正すと、リリアに頭を下げてきた。
「酷いことを言ってごめんなさい」
ぽかんと。リリアはしばらく間抜けに口を開き、そして思わず噴き出してしまった。
「り、リリア?」
「何でも無いわ」
さくらの言っていたように、最初から会いに行けば良かったのかもしれない。そうしていれば、こんな面倒なことにならなかっただろう。自分自身に呆れてしまう。リリアはティナを見て、口を開き、
「…………」
そのまま閉ざした。少し考えて、改めて口を開く。
「ティナさん」
他人行儀な呼び方に、ティナが悲しげに顔を歪めた。それを少しだけおかしく思いながらも、続ける。
「許します」
「え……?」
「その代わりと言ってはなんですが、私の先の言動も許していただけませんか?」
ティナが怪訝そうに眉をひそめ、何かを思い出すように目を閉じた。しばらく待つと、今度は勢いよく目を開き、そしてリリアと同じように笑顔を浮かべた。
「だめです」
「そうですか。残念です」
「そんなの、私ばかり得しています」
そこまで言って、二人同時に噴き出した。まだ半年程度しか経っていないというのに、とても懐かしいと思えてしまう。友人になった時の、最初のやり取りだ。
「あとは省略でいいわね」
「最後までやろうよ」
「嫌よ。思い出すと恥ずかしいし」
よくあんな言葉が出ていたものだと思ってしまう。ティナは残念、とおかしそうに笑っていた。
「ティナ。もう一度私と友達になってくれる?」
真っ直ぐにティナを見て言うと、ティナは嬉しそうに頷いた。
その日は日が暮れるまでティナと話をした。そのほとんどが他愛のない話だ。ただ久しぶりにまともに話をするためか話題は尽きず、気づけば夕食の時間になっていた。
「またね、リリア」
「ええ。気をつけて戻りなさい」
部屋の前でティナが手を振り、廊下の奥へと歩いて行く。リリアは食堂に行く準備をしようと部屋に戻ろうとしたところで、
――あ、この間の一人だ。
ぴたりと動きを止めた。廊下の奥から歩いてくるのは、間違いなくリリアが呼び出した女生徒の一人だ。少しだけ心配になりながら様子を見守っていると、突然女生徒の方が頭を下げた。上級貴族が、下級貴族に。その事実にリリアは間抜けに口を開けてしまった。
――プライドよりもリリアと敵対しないことを選んだのかな。でもこの場合だとティナにとっては……。
頭を下げられたティナは軽く狼狽しているようで、ティナも何度も頭を下げていた。お互いに頭を下げ続け、下げながらお互いにすれ違う。リリアが呆然とそれを見ていると、こちらへと歩いてくる女生徒がリリアに気づいて目を丸くした。
「あ……。リリアーヌ様……」
緊張で顔を強張らせた女生徒に、リリアは少し考えて、笑顔を浮かべた。
「その調子でいなさい」
そう言って、部屋へと戻る。扉を閉める直前、女生徒が安堵のため息をつくのが見えた。リリアは扉を完全に閉めて、薄く苦笑した。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




