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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年前休暇

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 そして毎日のように会う者もいる。ブロソは朝からずっと目立たない場所でリリアを見守っている。いざ何かあればいつでも動けるように。リリアはブロソのことは可能なかぎり意識から追い出している。意識してしまうと、あの目立つ格好のせいですぐに目についてしまうためだ。

 もう一人。赤髪の少年、キースとも毎日のように会っていた。ただリリアはキースとは直接会話したことがない。いつもティナが先に見つけ、話をしに行っている。リリアとは話をさせたくないようだが、その理由までは分からない。ただ、戻ってくるたびに気落ちしたような表情をしているので、どうしても気にはなってしまう。


「いつも何の話をしているのよ」


 宿への帰り道に聞いてみると、ティナは悲しげに目を伏せながらも、何でも無いよと首を振った。


「何でも無いのなら、どうしていつもそんなに泣きそうなのよ」

「え? そ、そんなことないよ。やだなあ」


 できればティナが自分から話してくれるのを待ちたかったが、リリアも我慢の限界だ。キースと会うたびにティナは元気を失ってしまう。見ているだけで、正直不愉快だ。


「会うたびに怒鳴られているわよね。ティナはあの子に何かをしたの?」

「私はしてないよ」

「じゃあどうして?」


 ティナは苦い表情になり、口ごもってしまった。やはり言いたくないのか、リリアから目を逸らして考え込んでしまっている。


 ――リリア。無理強いはよくないよ。

 ――そう……。そうね。


 リリアは頷き、ティナへと言った。


「ごめんなさい。意地悪だったわね。貴方が言いたくなった時に続きを聞くわ」


 それを聞いたティナは、ほっと安堵のため息をついた。それを見ていると、何故か少しばかり寂しく思ってしまった。

 宿の玄関でティナと別れ、リリアは自室に戻る。テーブルの上には大きな熊が座っている。今の時点ではどうすることもできず、ここに放置してしまっていた。リリアはその側に置いてある小さい方の熊のぬいぐるみ、ティナからもらったそれを抱きかかえると、いすに座って一息ついた。


 ――今日も楽しかったね! 特にあのどら焼きは美味しかった! 帰る前にもう一度食べに行こうよ。


 さくらの声に、仕方ないなとため息をつき、店の名前を思い出す。それを改めて覚えておく。これでさくらがもう一度行きたいと言った店は三件だ。とりあえずは、まだ覚えられる。


 ――ところでリリア。気に入ったの?


 さくらの問い。普通ならそれだけでは何を指しているのか分からないところだが、リリアはすぐに理解して渋面を作った。リリアが抱いているぬいぐるみのことだろう。他にも集めたい、とまでは思わないが、確かになんとなく、抱いていて気持ちがいい。


 ――少しだけ、ね……。

 ――へえ、意外……。もっとこう、宝石いっぱいの指輪をつけて、おほほほほとか言ってるイメージがあるのに。

 ――貴方の中で私はどんな人間なのよ。

 ――やったことないの?

 ――…………。


 あるかないかで答えれば、ある。むしろさくらに止められているために最近はしまっているだけで、リリアは宝石などを集める方が好きだ。それは今も変わらない。


 ――どちらでもいいでしょう。


 リリアがふて腐れたようにそう言うと、さくらはまあね、と笑っただけだった。


 ――ところでリリア。忘れてない?

 ――え? ああ……。そうだったわね。


 今日はいつもより少し早めに部屋に戻ってきている。リリアは大きな熊のぬいぐるみを部屋の隅に持って行き、テーブルの上を綺麗にする。そうして扉を開けて外に顔を出した。


「少しいいかしら?」


 扉の側に立っていたブロソに声をかけると、彼は少しだけ驚いたように体を震わせ、リリアの方へと振り向いた。兜のせいで表情は分からないが、困惑していることだろう。


「少し話をしましょう。来なさい」


 そう言ってから部屋に戻る。ブロソはすぐに部屋に入ってきた。ただしびくびくと部屋のあちらこちらを見ていて、挙動不審になってしまっているが。その様子に苦笑しつつ、リリアはテーブルを指で叩いて注意を向ける。目の前のいすを指差して、リリアが言った。


「そこに座りなさい」


 ブロソは大人しく従い、リリアが指示したいすに座った。リリアもテーブルを挟んでの対面に座る。ブロソをじっと見つめると、目を逸らすように首を動かした。


 ――こうして見てみると、分かりやすいわね。

 ――あはは。そうだね。


 最初こそ顔も見えず、声も発さないために近寄りがたい雰囲気があったが、こうしていざ対峙してみるとその印象が間違いだったことに気が付く。決して気難しい性格ではないようだ。

 リリアは微かに笑みを零すと、言った。


「落ち着きなさい。別に何もしたりしないわよ」


 ブロソがリリアへと視線を戻してくる。


「お礼を言いたいから呼んだだけよ。顔を見せろ、とも声を出せ、とも言わないわ。ただ、そうね。私が何かを聞いた時に頷くか、首を振ってくれればいから」


 少し悩んでいるようではあったが、やがてブロソはしっかりと頷いた。


「まずは、そうね。護衛ありがとう。毎日外に出歩いていてごめんなさいね。ずっと気を張り詰めないといけないのだから疲れているでしょう」


 そう言うと、ブロソは勢いよく首を振った。リリアは苦笑して続ける。


「そういうことにしておくわ。もうしばらくの間もお願いするわよ」


 ブロソがしっかりと頷いて、リリアも満足そうに頷いた。


「ところでブロソはこの町出身なのよね。ご家族にはちゃんと会えたの?」


 今回も頷いた。そして、どこか空気が柔らかくなったように感じた。何となくだが、ブロソが笑っているのだろうと思う。


「ブロソはお兄様から信頼されているようだし、ご家族は自慢に思っているのではないかしら」


 今度は、何の反応も示さなかった。リリアが首を傾げると、ブロソはゆっくりとかぶりを振った。そのことに少し驚いてしまう。


「ご家族は本当は反対していた、とか?」


 そう聞いてみると、ブロソは重々しく頷いた。価値観は人それぞれだとは分かってはいるが、どうにも意外に思えてしまう。リリアは、そう、とつぶやくと、


「言い辛いことを聞いてしまったわね。それじゃあブロソ。もう帰ってもいいわよ」


 ブロソが首を傾げ、リリアは少しばかり笑いを堪えながら、言う。


「私は今日はもう出かけないから、ご家族に会ってきなさい。ごめんなさいね、気が付かなくて」


 ブロソは一瞬硬直した後、すぐに勢いよく首を振った。そして頭を下げた。


「これからも遅くなりすぎないようにするから。せっかくなのだし、ご家族との時間を大切にしなさい」


 ブロソはもう一度頭を下げると、静かに退室していった。


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