恋するマネージャー
昼休み終了後の教室にはもわもわとした熱気や制汗剤の臭いが漂っている。
「この学校体育祭とか文化祭に力入れてたのは知ってたけどここまでだなんて、練習熱入れすぎだよー。」
精根が尽きかけている幸平の額に祐介はスポーツドリンクを当てた。
「放課後もだってさ、水分とっとけよ。」
「嘘!?本番前に倒れちゃうよー。」
幸平はスポーツドリンクを受け取り机に沈没した。
「ひよりは実行委員なんだってな。」
隣の机に腰かける祐介に幸平は顔だけ向ける。
「あーそうだったね。」
「体育会系だったなんて意外だよなー。」
「陸上部のマネージャーもやってるよ。」
まじか!?と祐介は驚いた。あのひよりが黄色い声で先輩を応援する姿を想像しようとしたが全く浮かばなかった。
「......つーかこーへー詳しいな...そういえばお前ら仲良いもんな?」
「......変なこと考えてると思うけど違うからね?」
含み笑いをして祐介が聞けば幸平も察して答えた。呼び名に関しては最早言及しなくなっている。
「いやでもお互い初対面にしちゃ仲良いし、ひらくんなんて呼ぶくらいだから何にもないって程じゃあ。」
「ひよりは同級生は基本くん付けで呼んでるでしょ...あれ、」
ひよりが自分以外で名前をくん付けで呼んでる姿を見たことがないと幸平は気が付いた。
祐介は急に黙った幸平を不思議に思ったが直後にチャイムが鳴ったので軽く挨拶をして自席へ戻った。
*
生徒会室に隣接する会議室。横長い机が中央に一つ置かれており、椅子には体育祭実行委員の生徒が各々座っている。
全員が揃っているのを確認して一人の男子生徒が立ち上がった。
「それじゃあ始めようか。といっても今日話し合うことは当日の役割分担ぐらいだけど。」
そう語る男子生徒は体育祭実行委員長である鷹丸走也。整った容姿に陸上部の部長兼エースを加え、更に物腰柔らかな気取らない性格が男女問わず人気を集める人望溢れる人間である。
順当に話し合いが進む中、ひよりは上の空だった。来週の水曜は学校近くのカフェで新作ケーキが発売されるから忘れないようにしなきゃと渡されたプリントにメモ書きをする。
「えっと...春日さんと園宮さんは決まらなかったのかな?どこにも手あげてなかったけど。」
挙手制の集計を取ったところ、鷹丸、ひより、園宮 奏の三人余りが出た。鷹丸は残りに入るつもりでいたので実質はひよりと園宮のみである。
園宮は何とか答えようとするが言葉が詰まり、えっとしか声にならず忙しなく手を動かしている。
それを見たひよりが代弁するかのように答えた。
「私たちは余ったところに入りますので大丈夫です。」
いいの?と鷹丸が園宮に訪ねると園宮は首を大袈裟に縦に振った。
「じゃあ、余り者同士三人でやろうか。 」
その言葉を聞いた園宮は顔から湯気を出し机に突っ伏した。驚く鷹丸に大丈夫ですとひよりが冷静に対応した。
*
「はー緊張したー。ありがとうひよりちゃん。」
「どういたしまして。」
話し合いが終わり、緊張感から解放されると、園宮がひよりに話しかけてきた。
「良かったね、先輩と一緒になれて。」
純粋にひよりがおめでとうと言うと園宮は目に見えて動揺した。
「え!?...あえぇと、その、うん。ひよりちゃんの言った通り、だったね。」
園宮は先輩と同じ担当になるにはどうしたらとひよりに尋ねたらああいうタイプの人は余りを選ぶ、と助言したところまさにその通りであったのだ。
「わざわざ私のためにひよりちゃんまで一緒になってくれることなんてなかったのに。」
「園宮さん一人だと会話にもならなさそうだったから。」
園宮は仰る通りでと項垂れる。
「でも園宮さんの行動力は感心するわ。」
園宮は部活紹介の時鷹丸に一目惚れし陸上部の見学に行き、そこで体育祭実行委員になるという情報まで手に入れた。
しかし、そこまでしても実際に入る勇気が湧かずにいたのをひよりが助けたのだ。
「ううん、ひよりちゃんが一緒に入ってあげるって言ってくれなきゃ今ごろは...。色々巻き込んでごめんね。」
「気にしないで、私も楽しいから」
二人の会話がと小さく呟いた声は園宮には聞き取れなかった。
*
翌日の陸上部では何十人もの部員が各々の練習メニューをこなし、切磋琢磨している。鷹丸は日陰に立っているひよりのもとへ向かった。
「先輩、お疲れ様です。」
クーラーボックスから無駄のない手つきでスポーツドリンクを取り出し、タオルと共に手渡した。
「ありがとう。春日さんはもう部活に慣れたかな?」
ひよりの隣に立ち、タオルで汗を拭いながら尋ねる。はいとひよりが答えると良かったと返した。
「あんまり体育会系には見えなかったから最初はちょっと心配してたんだっ...て失礼かな?」
「いえ......それをいうなら私より心配な子がいますよ。」
ひよりは遠くで休憩に来た先輩の対応をしている園宮へと視線を向ける。鷹丸もその視線を追うと苦笑いをする。
「そうだね、今は園宮さんが一番心配だよ。人一倍頑張ってるのは皆に伝わってるんだけどね。」
明らかに挙動不審な園宮は手を滑らせスポーツドリンクを地面に落とし、それを拾おうとクーラーボックスに足を躓き盛大に転んだ。ああと鷹丸が心配そうに眺めている。
「それはつまり、気になる、ということですか?」
「え?ああ、うん。」
「とりあえず第一段階はクリアか......」
鷹丸はひよりの言葉が理解できず不思議がっていると後輩が近づいてきた。
「先輩、槍投げのフォーム見てもらえますか?」
「ん?いいよ。それじゃあ春日さん頑張って、園宮さんにも。」
鷹丸は後輩のもとへと駆け足で寄っていった。ひよりは誰も近づかないのを確認して、園宮の方へと向かった。
「園宮さん、大丈夫だった?勢いよく転んでたけど。」
「あっひよりちゃん。うん、大丈夫。」
「鷹丸先輩が頑張ってだって。あと園宮さんのこと『気になる』って。」
意味深に言うと園宮は目を丸くして驚いた。危なっかしくて心配だと付け加えると納得して大人しくなった。
「やっぱりそうだよね。駄目だなあ私。」
「めげないで。どんな形でも気にしてもらえるのは一歩リードしたのと同じよ。」
ひよりが励まし、元気付けられた園宮はそうだよねと拳を握った。
「私諦めないよ、頑張る!」
頑張ってと告げ、ひよりは持ち場へと帰った。
体に当たる風が熱をおび始めてきた6月。一週間後には体育祭が控えている。それまでに二人で会話ができるくらいにはなれますようにと雲一つない青空にひよりは願った。
いよいよ次の話に進めましたね。
でも今回は序の序ぐらいしか進んでません。
新キャラ園宮さんはこの手のやつでは典型的な女の子を目指しましたがどうでしたでしょうか。あたふたする姿をもっとあたふたさせたかったですね。
これから色々と事件が起こる!はず!なので良ければ次回も、ありがとうございました!