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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
3 生命、倫理、テセウスの船
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79 実戦と訓練

『どう? シン、うまくいってる?』

『おう、大丈夫だフェア』


 相識交信の魔法を使い、フェアと念話を交わすシン。その横では、奇石の四人がそれぞれ感嘆の声を漏らしていた。


「これは凄いですね」

「こんな魔法の使い方って、グラっち出来る?」

「うるせえ、お前わかってて聞いてるだろ」


 まじまじと目の前の光景を見つめる、黒髪で彫りの深い顔の男、セキン。意地の悪そうな顔をして隣の男に話を振る、隻眼で小柄な淡い赤髪の男、シジューク。そのシジュークの問いに毒々しい表情と言葉を返す、長身で眼鏡をかけた黒髪の男、グラッチ。

 彼らの視線の先には、空間を楕円状のスクリーンにして流される映像があった。


「ほう、これは器用なことを。専業魔導士も顔負けの魔法技術ではないか」

「顔負けどころじゃないっすよ隊長、即興でこんな真似やってのけるなんて変態っすよ、変態」

「うむ、特異の二つ名に違わぬ腕前だ」


 緊張感無く感心するクロールを呑気だとでも言いたげに、グラッチが眉間に皺を寄せて渋面を作る。目の前の出来事――シンがやってのけた芸当をにわかには受け入れきれず、軽口で茶化すことで動揺を鎮めているのだろう。

 シンが彼らに提案した方法。それは、遺跡の地下へ送ったフェアを対象監視の魔法で覗きながら、同時に空間投影の魔法でその視界をリアルタイムに映し出すというものだ。

 非公開区域への立ち入りが認められない彼ら奇石の四人も、この方法なら視覚から地下の情報を得られるだろうと試してみた次第である。


「銀妖と共闘して紫竜を退けたという噂も、あながち誇張された話ではないのかもしれませんね」

「やべーな、マジで。眉唾だったとこが一気に真実味を増してきたじゃん」


 クロールとグラッチに続き、セキンとシジュークも口々にシンの魔導力への驚きを露わにする。

 単純に同時魔法が凄いというわけではない。二種同時魔法は高等技術には違いないが、何にも縛られずに集中出来るこの環境ならば、一流の魔導士で扱えぬ者はない。

 彼らの驚嘆はひとえにシンの扱う魔法の片方が、目を疑うような効果を引き起こしたのが理由だ。


「百聞は一見に如かずってことで。話すより、こっちの方がわかりやすいでしょう」

「空間投影の画像って、動かせるんだな……」

「いや動かねーから、普通」

「動いてるじゃん」

「…………」


 空間投影は術者のイメージを可視化させる魔法であって、動画を流すような真似は普通に考えて不可能だ。だがシンは己に与えられた冗談じみた魔導力に任せ、監視先のビジョンを連続的に投影させることで滑らかな映像を作り出していた。

 軽い調子で使ってみせたシンの魔法にシジュークが思わず呟きを零し、グラッチが常であればまともと呼べるツッコミを入れる。しかしながら常から逸脱した目の前の光景に、ツッコミをツッコミで返されたグラッチは顔を引きつらせ、押し黙るよりほかにない。


「こうなると、妖精の方の噂も気軽に笑い飛ばせなくなってくるな」

「商都の上空を魔法の障壁で覆い尽くしたという話ですね。どうでしょう、特異殿?」


 フェアの二つ名の由来となった巨大空間障壁。商都の外ではどう伝わっているか知らなかったが、やはりと言うべきか、彼らの様子からして根拠の怪しい誇大な噂として広まっているようだ。

 どうせ尾ひれの付いた噂だと真に受けていなかったシジュークも認識を改めるべきかと考え、一方のセキンは手っ取り早く当事者に伺うという選択を取った。


「……ええ、事実です」


 どう答えるかシンは少しばかり迷うも、今更実力を偽ったところで無意味だと観念する。


「なんと」

「洒落にならねえ……」

「マジなんかよ、一等級にもタメはれそうな化物チームじゃん」


 噂の渦中の人物から肯定という言質を得、少なくない衝撃に晒される奇石の面々。呆気にとられる彼らを後目に、クロールが手を顎に添えて。


「うむ。シン君もフェア君も、新顔らしからぬ異彩を放つ俊傑だ。であれば残る二人も、相応の実力者と思ってよいのかね?」

「そうですね、フレシュはともかく――」


 素質は申し分なく実力も等級持ちに引けを取らないフレシュだが、彼女はまだまだ不足している面が目立つ。

 だが、アルゴロイド最後の一人は違う。


「デオ・ボレンテは、常識を超えた力を持ってますよ」


 彼には――破壊神セト・クレタリアには、完成された強さが備わっている。



  ◇◆◇



「はっ、はっ、はっ」 


 額に汗を浮かべ呼吸を弾ませつつ、フレシュは目の前の状況に意識を集中させる。

 直前に放った魔法が荒れ地に砂煙を舞い上がらせ、相手の姿を隠してしまってその様子は窺えない。

 魔法が直撃したとして、それで終わるような相手ではない。必ず来る相手の反撃に備え、フレシュは魔力を練り上げて迎撃の態勢を整え――


 ――ボッ!


 砂煙を吹き飛ばし真正面から飛び出してきたその相手に向け、右手を突き出し渾身の魔法を――


「怠慢」


 放つ間もなく、一気に加速したその動きを捉えきれずに一瞬で間合いを詰められ、背筋に悪寒が走る。迎撃は無理だ。

 そう直感で察したフレシュは慌てて回避へ、苦し紛れに身体を捻るが。


「…………っ!」


 思考を先読みされたようにあっさりと動きを捉えられ、いともたやすく首筋に手刀をあてがわれてしまった。

 動きを封じられ、硬直するフレシュ。息を詰め、冷や汗が頬を伝う。その頭上から。


「魔法に頼ってどうする。近接戦の訓練だぞ」

「ん……つい……」


 首元から手を引いた相手――デオの叱責に、フレシュは目を逸らして気まずげに呟く。

 初めのうちは優しかったデオによる訓練は日に日に厳しさを増していき、これ以上となれば過酷とも呼べる域にまで足を踏み入れてきた。


「追い詰められた状況でも、反射的な行動でも、常に魔法は選択肢から外しておけ。そう意識することを怠るな。普段なら最善手だろうと、海底神殿じゃそれが命取りになる」

「それは……わかってはいるの。私だって、そう考えて動いてたつもりよ。だけど……やっぱり正直、難しいわ」


 自分本来のスタイルとは真逆となるデオの要求に、心ならずも弱音が漏れてしまう。

 今回の探索目標である海底神殿の特殊性を聞かされ、フレシュも必要なことだと納得はした。とはいえそれでも、難しいものは難しい。


「わかっているならいい。と、言ってやりたいが、もうあまり猶予も無くなってきた。悪いが、ここからは厳しくいくぞ」

「え? ここから……?」


 先程の攻防の際にフレシュが取り落とした剣を拾い上げ、手渡しながら告げられたデオの言葉に、フレシュは理解が追い付かない。

 ここから、とは。

 もう既に、充分厳しいではないか。


「君には時期尚早だが、背に腹は代えられない。ここから先は実戦訓練に入る」

「……どういうこと? 今までだって――」

「今までのは、ただの近接戦闘用の技術訓練だ」

「それって、どう違うの?」


 デオの言い分が今一つピンとこず、フレシュは疑問符を浮かべる。

 そんなもの単なる言葉遊びで、両方とも同じ戦いの訓練ではないか。


「技術と技能の違いだ。この訓練で、君に実戦に必須の戦闘技能を身につけさせる」

「そう言われても、私には違いがわからないわ」


 デオの返答がやはり言葉遊びとしか思えず、フレシュは説明を呑みこめなくて腑に落ちない。

 またデオの方も、フレシュがそれで理解出来るとは端から思ってなかったようで、次の立ち合いのために間合いを開けながら、背を向けたまま告げてきた。


「強いて言えば、意識の違いだ」


 次いで振り向いたデオの、その纏う異常な気配に、フレシュの全身から血の気が引いた。


「始める前に、忠告しておく」

「な、何……?」


 尋常ならざる危うい気配に身構えるフレシュを、見据える朱の瞳が射竦める。


「俺を俺だと思わずに、全力で殺しに来い」


 あまりの重圧に膝を屈しそうになるほどの圧迫感に晒され、今この瞬間にも押し潰されてしまいそうに錯覚する。


「半端な心構えでいると――」


 フレシュが初めて体験する、破壊神セトの威圧。

 向けられている眼は、彼が今までフレシュへ向けたどの眼でもない。本能が激しく警鐘を鳴らすその眼は――


「死ぬぞ」


 明確な敵と見做した相手へ、向けた眼だ。


「――――!」


 瞬間、弾丸のように飛び出したデオに、構えをとっていたにも拘らずフレシュは反応が遅れ。


「ぁうっ!」


 衝撃に身体が打たれると同時、瞳に映る世界が大きくぶれた。

 直後、空と大地とが目まぐるしく入れ替わる光景に何が起きたか把握しきれず、この一瞬をただただ困惑だけに支配される。

 次いで肩を、膝を、腰を、額を、身体の至る所を絶え間なく硬い何かに打擲され続ける感触に、遅まきにフレシュは自分が地面を弾んでいるのだと気づかされた。

 受け身すら取れず無様に転がっていくフレシュ。その身体は、幾度も跳ねた末に岩盤に叩きつけられることで、ようやく停止した。


「ん……う……」


 そうして自分の身に起きた事実に理解が及べば、次に襲い来るのは夥しい激痛だ。全身を鈍器でしこたま殴られたような、身体の芯にまで響く鈍い痛みに漏れる呻き声は掠れ、意識が薄れ遠のいていく。が。


「――――っ!!」


 突如として目の前にかかった黒い影に、痛烈な刺激を受けた生存本能がフレシュの意識を強制的に引き戻す。

 同時に勘に任せて身を捩ったその、直前まで頭のあった場所を。


 ――ガドン!


 強烈な一撃によって踏み抜かれ、轟音と共に岩盤が粉々に叩き割られた。


「…………!」


 ぱらぱらと砕かれた岩盤の欠片が舞い散る光景を、見開いた眼で凝視し、絶句する。

 一拍を挟んで、遅れて追いついてきたこの状況への実感に、フレシュは心の底から戦慄した。


「……はっ! はっ! はっ! はっ!」


 全身から汗が吹き出し、心臓が激しく鼓動を繰り返す。乱れる呼吸も、強かに打ちつけた身体の痛みすらも意識から剥がされ、己に降りかかった危機に青ざめ震え総毛立つ。

 もしも今、僅かにでも反応が遅れていたら、フレシュの頭は間違いなく見るも無残に潰されていた。

 死んでいたのだ。


「何を気抜けている」


 呆然とするフレシュに、岩盤を足で踏み抜いた姿勢のまま、デオが低い声音で告げてくる。


「今の俺には隙があったろう。反撃するか、それが無理ならせめて逃げろ」

「逃げ……え……?」


 彼に投げられた言葉の意味がわからず、戸惑うフレシュはオウム返しに単語を繰り返すこともままならない。


「戦いの最中に気を抜いて動きを止めるなんて、自殺行為以外の何でもない。敵はその隙を見逃してなんてくれないぞ」

「ちょ……ちょっと待ってよ!」


 デオの話が全く頭に入ってこず、フレシュは慌てふためいて待ったをかける。言っていることの正否がどうであるかとか、それ以前の問題だ。


「今、私、避けなきゃ死んでたとこなのよ! 殺す気なの!?」

「忠告はしただろう」

「だからって……訓練でしょ!? これは!」


 否定も取り繕うこともしないデオに、フレシュは困惑を増し声を荒らげる。

 何なんだ、一体何をどうしたいんだ。実戦を前にその訓練で命を落としてしまったら、本末転倒もいいところではないか。


「訓練で死ぬのも、実戦で死ぬのも、同じだ」

「お……」


 激しく食ってかかるフレシュへ吐き出されたデオの返答。その考え方がまともなものとは思えず、フレシュは彼の正気さえ疑った。


「同じなわけないじゃない! 実戦のための訓練でしょ! 実戦で死なないように、生き残れるように、せめてチームの皆に迷惑がかからないように、力をつけるためのものじゃないの!?」


 声を張り上げて、猛然と抗議する。わけがわからない。理解が及ばない。どうしてそんな結論に至るのか。

 平常心を失い、取り乱して騒ぎ立てるフレシュに、デオは瞳の色を変えず、岩盤に埋まった足をゆっくりと引き抜いて。


「同じだ。この訓練で命を落とすようなら、実戦になればそれこそあっけなく命を落とす。それがわかっていないから、君は未熟なんだ」

「な……」


 フレシュの主張を歯牙にもかけずに撥ねつけるデオのあまりの物言いに、二の句が継げずに言葉を失う。


「何度も言うが、いざとなれば俺やシンに守ってもらえるなんて思うな。そんな意識でいるうちは、どれだけ訓練しても無意味だ。戦闘技能なんて身につきやしない」


 デオはフレシュの瞳を見据えて手厳しく言い渡すと、再び間合いを開けに離れていく。次の立ち合いのためだろう。

 まだ続くのかと、フレシュはこのたった一度の経験で、デオによる実戦訓練に対し無意識に恐怖を覚え尻込みする。

 増してこんなボロボロの状態で――と思ったところで、フレシュは身体から痛みが引いていることに気づいた。離れ際にデオが治癒魔法をかけたのだろう。

 ただそれで喜ぶ気にも、前向きにも、とてもなれないが。


「ナインクラックに対抗出来る力を身につけたいと、本気で思っているなら、甘えを捨てろ」


 そんなフレシュの心の準備を待たず、デオは冷淡に言い放つ。普段の優しさを、黒く冷たく無機質に塗りつぶして。

 そうだ、フレシュは知っている。本来の彼を。デオ・ボレンテの温かみのある人柄を。だから今の彼は、フレシュの成長を促すためにやむを得ず、心を鬼にしているのだ。


「常に、命がけで臨め」


 きっと、その、はずだ。



  ◇◆◇



 ブライトリス半島より西、王国の三分の一ほどの面積を持つ大きな島――イーリッシュ島。

 そこでかつて栄えた公国の、カラキルデアという名の首都として賑わいを見せた地に、その男はいた。

 明るく派手な紅紫の髪に、同じく紅紫の三白眼の瞳。ひとたび他者を前にすれば蔑むようなにやけ面と変わる面貌は、粗野な気配を隠そうともしていない。


「ご無沙汰してますね。迎えに上がりましたよ」


 男の前に現れたのは、浅緑の髪と瞳をした、絵に描いたような美青年――地海空六首竜の一匹、緑嵐竜ファルコ・ライム。


「おう何だファルコ、グラスのパシリか」

「心外ですね。ともあれ、皆さんお待ちですよ」


 男の意地の悪い戯れ言を軽く受け流し、ファルコは物腰柔らかに腕を振って。


「案内しましょう、デュークさん」


 神話の怪物八彩竜、紫竜デューク・マゼンタを、小粋にエスコートしていった。

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