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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
2 意識、感覚、哲学的ゾンビ
54/95

53 戦況を変える増援

「どういうこった、ありゃ本当にフレシュのお嬢なのか?」


 フレシュへの状況説明を終え、戦いの加勢に正門へと向かう五人。

 フレシュの背を追いながら呟かれたサジッタの口ぶりは、他者への問いかけというよりも自問といった気配が強かったが、内心同様の思いを抱いていたリチャードは自然と相槌が口を突いて出てきていた。


「今までは力を隠していた、ということになるのか……」


 それ以外にないだろう。フレシュが護身用に武術と魔法を学んでいた際に特別なことは何もなかったし、リチャード自身剣術の指南を担当したこともあったが、やはり彼女の腕は凡庸なものであった。


(襲撃にも、動じないわけだ)


 一方で、抱えていた疑問への解答が与えられた気分にもなる。

 蓋を開けてしまえば当たり前のことだった。襲撃してきた連中が、当人の脅威たり得る存在ではなかったのだから。

 地竜を魔法の一撃で屠るような非常識な力の持ち主が、常識の範囲内の実力でしかない襲撃者に対し不安や恐怖を抱こうものなら、滑稽な話以外なりようがない。


「…………」


 フレシュの後ろ姿を見つめ、胸中に様々な思いが湧いてくる。

 常識外れの力を持つ理由。またその力を隠していた理由。侯爵家以前の彼女の境遇。そしてつい今しがたのこと、部屋を抜け出した彼女にその先で何があったのか。


(キトラス大尉……)


 その時フレシュと接触していた人物――サイリ・キトラス。何かを知っているとしたら彼女だろう。しかしながらその姿はこの場に無い。

 フレシュは「サイリさんは来ない」と言った。「逸れた」でも「負傷した」でも「殉じた」でもなく、ただ「来ない」と。どういうことかと尋ねはしたが、気まずそうに目を伏せる彼女にリチャードはそれ以上の説明を求められなかった。


(考えるのは、今はよそう)


 考えたところで結論に辿り着ける類の話でもない。気にしたところで仕方がない。

 それよりも、味方の援護に意識を集中させるべきだろう。何といっても相手は竜族だ、他の物事に気を取られるなど随分と余裕なものだ。たった今、死にかけたばかりだというのに。死んでしまえば疑問も考察もへったくれもない。

 それに、今は口をつぐんだままのフレシュでも、事態収拾後に最低限、必要とされることは語られるはずだ。納得のいくものであるかどうかはさておいて。


(全て、終わった後だ)


 集中し、気持ちを切り替える。自分のするべき仕事へと。フレシュの身を護ることへと。

 彼女の魔法の手並み、その凄まじい威力は肌で感じた通りだ。非凡な力を備えたフレシュには、竜族を相手にしても一人で充分なのかもしれない。しかしながら彼女の体術の技量は未知数だ。リチャードの援護も不要になるとは限らない。

 隣を行くサジッタと視線を交わし頷き合い、リチャードは本来の自らの役割へと、その身と心を再び投じた。



  ◇◆◇



 邸宅の広い庭園を駆ける。背後からは四人分の視線。そこに不審や疑念といった負の感情が含まれているように感じられるのは、きっと思い過ごしではないのだろう。

 何せフレシュは彼らの疑問に一つとして答えられていない。道理だ。とはいえ、それはフレシュが説明が可能なまでに自身の精神状態を回復出来ていないという、時間が解決する以外にどうにもならない理由があってのことなのだが。

 それでいて、四人がその知る由もない理由を理解するためには、フレシュが彼らの疑問に答える必要がある。栓無い堂々巡りだ。

 特にユーゴとスミュー。ルーパス伯の私兵である二人は、リチャードとサジッタには把握出来ていないことを知っている。オームのことだ。

 彼らはフレシュと一緒だったはずのオームがこの場に居合わせなかったことについて、どう思っただろう。或いは勘付いたのかもしれない。状況的に藪蛇になるせいか、最後まで表に出すことはなかったが。


(ちゃんと、説明はしないと)


 ただ、今は無理だ。心が平時の落ち着きを取り戻すのを待って、という前置きが入る。

 加えてサイリに関しては、フレシュも何がどうなっているのかわかっていない。セトからしっかり話を聞く必要がある。実父関連のこともあり、正直少し怖い気持ちもあるけれど。

 いずれにしろ、この事態を乗り切った後の話だ。視線の先に正門を捉え思考を戦闘モードに切り替えたフレシュは、その間に練り込んでいた魔力をもたげ、発動させる魔法の準備を整える。

 正門付近の状況が見えてきた。侯爵家、伯爵家両私兵団の面々がいくつかの隊を形成し、地竜相手に奮戦している。まだ邸宅敷地内への侵入は許していないところを見るに、旗色はさして悪くないように思える。

 敵の数はどれほどだろうか。多勢を活かしてここ一帯の地竜はおおよそ邸宅前の通りに引きつけているようだが、この位置からでは外囲いに広く死角を作られ状況が今一つ判然としない。ので。


 ――タンッ!


 大きく跳躍して正門、外囲いを越え、上空から俯瞰の視点を得る。

 パッと見で敵の数は片手以上両手以下。戦況は拮抗からやや優勢。負傷、離脱兵はそれなりにいるが、一部は治癒魔法を受け戦列に復帰している模様。

 加速と重力が釣り合い、速度がゼロになる手前で右手人差し指のリングが光る。赤い魔鉱石に込められた力が、その効果を発揮するサインだ。

 目標は向かって右手前、突進する地竜。その眼前を座標指定し魔力の障壁を作り出した。

 ズガン! と派手に頭から障壁にぶつかって目を回す地竜を後目に、フレシュは次の標的に狙いを定める。ここから放つ魔法で味方を巻き込まずに済む、左手奥の地竜。

 浮遊感を失い自由落下に転じた身体の軸と重心を体幹で制御し、右手を突き出すと同時、万端に準備を整えた自身の最大火力を撃ち放つ。


「〈衝撃波〉」


 轟音と共に発せられた破壊の波動が標的に迫る。目の前の相手に集中していた地竜は予期せぬ横槍に対応出来ず、その威力を余さずその身に貰い受けた。

 衝撃波の反動でブレーキをかけ、落下速度を緩めたフレシュはスタンと軽やかに地面に降りて、吹き飛んだ標的が塵に変わっていく様子を見て取った。


「フレシュお嬢様!?」

「今のは一体……」

「何故こちらへ」

「説明はあと!」


 対峙していた相手が倒され手の空いた兵達がフレシュの姿に気づき、戸惑いつつ駆け寄ってくるところを声を張って制する。


「皆を助けに行ってあげて」


 事情の説明を明確に拒む意思を含んだ声に、困惑した彼らは二の足を踏む。が、それも一時のことで。


「フレシュ様!」

「お嬢!」


 追いついてきたリチャードとサジッタの姿を確認すると、仲間達と状況を見定めて味方の援護へと向かって行った。疑問は大いにあるだろうが、個々の役割と優先事項を履き違えないところは流石である。 

 呼び声の方へ振り向くと、視界の端でユーゴとスミューが別行動に移っていくところが見えた。フレシュへ駆け寄ってきたのは身内の二人。


「二人とも、援護をお願い」

「おう!」

「お任せを」


 身の守りを二人に任せ、フレシュは攻撃魔法の準備に入る。地竜にダメージを通す威力となると、流石に連発出来るような腕はない。

 一対一ならば速射性を重視して低威力でも小刻みに魔法を撃っていかなければ勝負にならないが、この場は集中する時間を作ってくれる味方がいる。

 まずは大きくゆっくりと息を吐いて、己の体内に流れる魔力を一箇所へと集め始める。すると徐々に胸のあたりに熱を帯びたような感覚が生まれてきた。


 ――「そうそう、それだよー」


 不意に、聞こえるはずのない声が聞こえた気がして息が止まる。


 ――「確か、魔力の集錯熱っていったかな」


 優しくて、温かくて、懐かしくて、親しみがあって、そして背筋を震わす悪夢を呼び起こす声。


 ――「うんうん、感覚掴むの早いねー。すごいすごい」


 覚えている。忘れられるはずがない。それは、フレシュが初めて魔法の使い方を教えてもらった時の、先生の声だ。

 今しがたの出来事でまだ精神状態が不安定なフレシュは、ちょっとしたことが引き金となって当時の記憶を強く想起させられてしまう。


「――――っ!」


 心を激しくかき乱す幻聴を、魔法に集中することで振り払う。

 集束させ、熱を錯覚させる魔力。それを凝縮して練り上げ、発動させる魔法の燃料としての質を高めていく。

 その最中、リチャードとサジッタはどの地竜がいつこちらを狙いにきても対応出来るよう身構え、時折私兵団の面々と声を掛け合い連携して対処。こちらに向かってきた地竜の気を引いてもらい、標的を変更させるといった塩梅だ。

 数の利で余裕を保ちながら何度かの攻防を凌いで。


「二人とも、伏せて」


 送った指示に合わせ、二人が素早く身を伏せる。開けた視界で狙いを定めて。


「〈衝撃波〉」


 フレシュ・ベレスフォードはこの夜三度目となる渾身の魔法とその凛とした詠唱を、邸宅前の戦場に轟かせた。



  ◇◆◇



 猛烈な勢いで振られた緋色の大剣が大気を弾く。

 相手にまで刃は届いていない。標的の地竜はその身に斬撃を受けてはいない。にも拘らず。


 ――ボッ!


 剣撃の余波で、それの作り出した気流の圧力差のみで、地竜の鱗が、皮が、血が、肉が、骨が、上半身の全てが、粉微塵になって消し飛んだ。

 並の材質なら振るわれた武器の方が耐えきれずに損壊する、破壊神セトの剣圧。しかしそれは本人にとって何を意識するでもなく、剣を持った右腕をただ粗雑に振っただけに過ぎない、取るに足らない一撃だった。


『じゃあ、そっちはもういいんだな?』

『ああ。対峙している複製体はもう限界が近いが、間もなくその増援が到着する。お前の助力は必要なくなった』


 召喚竜掃討の片手間に続けていた交信。セトの確認に、相手は変わらず淡々と思念の言葉を返してきた。


『要求が二転三転して済まないな。しかしこれ以上の変更はもう無いだろう。こちらのことは気にせず好きにやってくれ』

『いいさ謝るな。お宅らにはこれでもまだ借りを返しきれていない』

『借り? シモンやシガーはともかく、俺には借りなど作っていないだろう、セト』


 貸し借りについてはその認識で間違いないのだが、その返答は話が少々ずれている。そうする意味など無いし、意図してのことではないだろうが。


『ナインクラックが絡んでくる以上、お宅個人の問題じゃないだろう、ヴィタン。大体この件はシモンが主で、話はレプティから受けたもんだぞ』


 嘆息して念話を送る。不器用というか、馬鹿正直というか。損な性格をしているものだ。セトが二人に大きな借りがある事実につけこんで、遠慮なく散々こき使ってくるレプティ――当人への借りは今はもう無い――に倣って、少しくらいは図々しくなってみてもいいだろうに。

 いやちょっと待て違う、そうじゃない、逆だ。あの女の方が実直なヴィタンのことを見習うべきなのだ。感覚が毒されて自分の価値観を見失うところだった、危ない危ない。

 しかしよりにもよって、どうして彼女が女神などと呼ばれているのか。神聖で清澄なその単語のイメージとはかけ離れた女だというのに。世間一般の人々が彼女の腹の黒さを知った時、どんな反応をするだろうか。些か興味をそそられるところではある。

 浅い物思いはこの辺りにしてさっさと切り上げる。会話が止まっている。返すべき言葉が見つからないのであろうヴィタンに、セトはくすんだ赤髪をかき上げて。


『なんだかねえ、まあいいさ。他に伝達事項はあるのかい?』

『いや、無いな。気を遣わせたか?』

『いいや』


 そういうところだ。という心の声は言葉にせず胸にしまっておく。彼の性分だ。伝えたところで悩みの種が増えるだけだろう。


『ではそろそろ俺は攻勢に移る。管理区の被害もこれ以上は……』


 念話の途中でヴィタンの様子が変化する。何かに気づいたようだ。

 じっくりと、数呼吸分の時間をかけてその確証を得てから。


『……来たようだ』


 ヴィタンはこの戦いの行方を決める、増援の到着を通知してきた。



  ◇◆◇



 ――カツン、カツン、カツン、カツン。


 淀みなく、緊張感なく、早くも遅くもなく。鍾塔の階段を上る靴音を響かせて、赤い瞳の紳士は目的の相手がいるその場所へと、悠然と歩を進めていく。

 普通の人間は元より、才に溢れ十二分に鍛錬を積んだ実力者であっても足を踏み入れることを恐れる、窒息するような圧迫感を強要してくるこの場一帯の空気。その中で、その重圧を堪能するように目を細め口元を緩めるドビル大空洞の主、ソブリン。

 間もなくだ。

 あの至上の快感を再び得られるその時が、間近まで、この手の届くところにまで迫っている。

 相手はソブリンの良く知る友、コヴァ、ガウンと同じく、神話の怪物八彩竜。紅紫の凶竜デューク・マゼンタ。これ以上の相手はそうはいない。

 これまで二人の友にも何度となく手合わせを求めはしたが、その都度頑として拒否された。

 とはいえ、たとえ承諾されたとしても、そこで二人が全力を出すことなどありえないわけで、そもそもの話、大きな意味を為さないのだが。

 その点、今回は違う。

 世界の理に縛られて、大空洞最奥から生身で抜け出す選択肢を封じられているソブリン。厳密にいえば、召喚契約を成した時点でそれを破棄すれば自由の身となるのだが、魔力による契約というものは正当な理由も無く勝手に破棄出来るような代物ではない。第一そんな恥知らずな行いなど以ての外、ソブリンの矜持に反する。

 したがって、召喚魔法で呼び出された今この時が、この上ない絶好の機会なのである。

 上り階段が終点を迎える。高揚する気分に浸るソブリンは、目的の相手がこちらの姿をしっかりとその紅紫の瞳に捉えるまで待ってから。


(どうか、期待外れで終わっていただくな)


 大仰に両腕を広げ、悪魔のような恐ろしげな表情で笑いかけた。

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