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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
2 意識、感覚、哲学的ゾンビ
19/95

18 前進への接触

 コフラーの宿。

 交易都市エプスノームの北正門前大通りという、恵まれた立地条件に構えられた老舗の宿である。現主人ジェイムス・コフラーは九代目で、先代から引き継いで以来踏ん切りのつかなかった改修工事をそろそろ依頼するべきかと、最近考えている。

 従業員は家族の他に住み込みが四人、通いが六人。これで人手は充分回っている。ジャンと妹のユイは今日は午前が手伝い、午後が非番となっていた。

 冒険者に憧れを抱くジャンはしばしば空いた時間を自分の鍛錬に費やしていて、モンスターを相手に実戦経験を積んでいる最中、知らぬ間についてきてしまっていた妹を標的にされ、危機に陥っていたところをシンに救われたというのが事の経緯である。

 この件でユイはひどく落ち込み、ジャンとシン、フェアに何度も何度も謝罪と反省、そして感謝の言葉を口にしていた。


「シンさんてやっぱり只者じゃなかったんですね!」

「……噂が広まると面倒事も増えるから、あまり他所で喋らないでくれると助かる」


 ジャンの質問攻勢を真偽織り交ぜて捌き終え、シンは食後の珈琲を口に運ぶ。

 宿の一階食堂の隅に席を取り、他の客とは少し距離を置いている。さらに情報取得系の魔法への対策も取り、ある程度のゆとりを持って話の出来る環境は整えた。


「わかりました。秘密にしておきます」

「ありがとう」


 帰り際のエプスノーム市内はソブリンによる演出でパニックになりかけていた。混乱を収める役どころの者達も事態を説明出来るわけがなく、人々に落ち着くよう呼びかけるだけで精一杯の様子だった。


「いえ、こちらこそ。それじゃ、失礼します」


 ジャンは行儀良く礼をして席を立つ。落ち込んでいる妹の様子を見に行くのだろう。

 口止めはしても漏れる時は漏れるので、今後は噂が広まることも考慮に入れておく必要がありそうだ。


「待たせて悪いな」

「あの子がいたら出来ない話もある。仕方ないさ」


 ゴブリン掃討後に声をかけてきた男は場所の移動に理解を示し、シンへの質問もジャンに先を譲る落ち着いた対応を見せていた。


「それじゃあ改めて。俺の名前はシン、こっちはフェアだ」

「俺はデオ・ボレンテ。お宅と同じ〈SEEKERS' FANTASY〉のプレイヤーだ」

(プレイヤー!)


 軽々と素性を明かす男――シンとしても接触を望んでいたプレイヤー、デオ。座った椅子の背もたれに腕をかけてラフな姿勢をとっている。

 プレイヤーと会って尋ねてみたかったことは沢山あるが、シンは今湧いた疑問を優先させる。


「……どうして俺がプレイヤーだとわかる?」


 色々と判断材料はあるのだろうが、そう確信出来る根拠は何なのだろうか。


「そりゃまあ諸々の状況から鑑みてだな。それにお宅、家名を持ってないみたいだし」

「家名か……」


 まだこの世界で名前を聞いた人物が少ないので、家名の有無がどの程度の割合なのかわからないが、少ないながらもその中で家名が無かったのはソブリンくらいのものだ。……あとはレイか。こちらはただ聞いていないだけだと思うが。


「現代日本ほどじゃないが、ここでも家名は一般的だ。普通を装いたいのなら名乗っておいた方がいい」

「ふーむ……」


 シンは憚ることなくデオの表情を観察する。表情から嘘を言っているのかどうかを見分ける術など持っていないが、警戒を解いていないというポーズにはなる。


「警戒するのもわかるが、これくらい信じてくれてもいいんじゃないかい? 騙したところで俺に何の得がある?」

「まあ、確かに」


 その上調べればすぐに真偽が判明する。信用を得るという観点からもここでの嘘はデメリットが大きい。


「家名は後で考えておくとして、俺への用件は何だ? さっきのことならジャンに話した通りだ。他に何かあるんだろう?」


 召喚魔法については嘘を言ってもしょうがないので、事実を話しておいた――召喚した人物については伏せたが。その話を聞いた後も席を外していないということは、話を疑っているか、他に用件があるかのどちらかだろう。


「そりゃ勿論シン、お宅の持つ力についてだ」

「それもさっき言った通り――」

「すぐにバレる嘘は思慮に欠けると言わざるを得ないなあ。いくらプレイヤーだと言ってもあの演出効果は異常だぞ。普通にゲームをプレイして出来るものじゃない」


 ジャンには日々の鍛錬の賜物と言っておいたが流石にバレるか。だがしっかりと理解してもらわなければならないこともある。


「あー、嘘なのは認める。けどあの演出は狙ったものじゃないんだ、本当に。魔法陣だって非展開の選択をしたんだ」

「はは、それは今までのやり取り見てりゃわかるって」

「魔法陣展開の是非が被召喚者に委ねられるとか、普通思わないだろ」

「まあ、召喚魔法にそんな仕様無いしな」

「え?」

「ん?」


 咄嗟の理解が及ばないことを言ってくるデオに、シンは間の抜けた声を発する。デオもまたそんなシンの様子に疑問符を返して固まっている。

 数秒。だがお互い時間以上に長く感じられた沈黙。破ったのはシンだ。


「えっと……召喚魔法の魔法陣展開って、術者が拒否すると被召喚者へ選択権が移るものなんじゃないのか?」

「さっきも言ったけど、そんな仕様は無いぞ」


 再度デオに確認するも同じ内容が返ってくる。いまだ信じきれないのは出会ったばかりの男の口から出た言葉だからだろうか。

 シンはこんな時とても頼りになる妖精の方へ首を回す。


「……フェア?」

「うん、そんな仕組みは無いよ」

「マジでか……」


 フェアの返答にあんぐりと口を開け間抜け面を晒す。彼女が肯定するのであれば、その内容は信じるほかない。

 状況証拠だけでそういうものだと思い込んでしまっていた。しっかり確認は取らないとダメだな。


「しかしじゃあ何であの時魔法陣が展開されたんだ……?」

「あれたぶんソブリンが全部自分でやってたよ」

「はあ!? え? フェア、どういうこと?」


 立て続けに飛び込んでくる想定外の情報により取り乱すシン。


「召喚魔法が発動してからソブリンが出てくるまで結構時間かかってたからね。本当はすぐに召喚されてたんだけど、最初に魔法で隠密化して、その上で空間投影とか音響効果とか色んな魔法使ってあの演出を創ったんじゃないかな」

「何であいつはそんな余計なことにばっか頭が回るのか……」


 頭を抱え全力でため息を吐く。

 楽しいからだろうな、きっと。いや絶対。降りてきた時すげーいい顔してたし。


「……精神にダメージを受けてうなだれてるとこ悪いけど、話を戻していいかな」

「ん、ああ……」


 気力を削がれたシンにデオが遠慮気味に声をかける。やめてくれ。そんな憐れむような眼で俺を見ないでくれ。


「あの演出を起こした魔導力は異常だって話だ。そんな存在を召喚するお宅もまた然り。その力、どうやって得た?」

「……」


 さてどう答えるか……はぐらかしてもいいが、貴重なプレイヤー同士での情報交換の場だ。特に自分がこの世界に来て日が浅いことも相手は把握している。ここは本当のことを話しておくべきか。


「……知り合いがこのゲームの開発に関わっていてな。初期設定で能力値を弄った」

「運営が率先してチート行為を?」


 当たり前だがデオは懐疑的だ。本当のことを言うのであれば、一から話をする必要がある。




「――で、俺はそいつを連れ戻すために新規アカウントでゲームに臨んだわけだ」

「成程……筋は通る、か」


 ログインまでの成り行きを話し、シンは一息つく。

 デオはシンの話に一応の納得はしてくれたみたいだ。


「わかった、俺もそのユカリちゃんのことは気にかけておくよ」

「助かる。けど、縁ちゃんて……もう三十になるオバハンだぞ」


 どこからともなく幻聴が聞こえてくる――「ブー! まだ二十代ですー! 人の年齢捏造しないで下さーい」――うるせえよ。


「アバターは若くしてるだろう? 言動や振る舞いも外見に合わせて演技してるんじゃないか? ならそれには合わせてあげないとねえ」


 ゲームに若いアバターで臨んでいれば、この世界にはその年齢のまま飛ばされるということは、シンもその身で確認している。


「あーまあ、アバターは若い身体使ってるな間違いなく。でも別に演技はしてないぞ。というか、演技の必要が無い」

「へえ、それはアレか。心は若いままってやつかい」

「いーや、若いんじゃなくて、幼い。普段のアイツは三十歳児だ」

「ハハハ、そうかい。仲がいいんだな」


 年齢の話をしていて、シンは気にかかったことを問いかける。


「何か外見がゲーム時のアバターのままってこと前提にしてるみたいだけど、この世界じゃプレイヤーは老けないのか?」


 懸念していたプレイヤーの寿命に関連することだ。


「いやそんなことはないけど、ユカリちゃんはゲームマスターだろ? それくらい余裕なんじゃないか?」

「そうなのか?」

「不老長寿のプレイヤーには魔王シガーっていう前例もあるしねえ」

「……魔王ってGMなのか?」

「いや流石にそれは知らないけど。しかし話は変わるが、さっきの話が本当なら、お宅は実際のゲームを体験することなくこの世界に来たってことになるな」

「ああ、やっぱり珍しい事例なのか」

「そうだなあ……俺の場合だと初プレイから一年くらい経ってからかな。ある日ログインしたらステータスを引き継いでこの世界に飛ばされた」


 デオの返答の中で、コヴァからプレイヤーの話を聞いて出来ていた予測から外れたことが一つあった。


「一年? 俺がログインした日はゲーム発売から半年も経ってなかったぞ」

「元の世界と時間軸を同一視しない方がいい」

「そうか……そうだったな」


 飛ばされる先の時間がバラバラなら、飛ばされた元の時間もバラバラというわけか。

 だがデオがシンよりも未来の現実世界からこの世界に来たということで、確認出来ることもある。


「デオ、あんたがこの世界に飛ばされる直前の現実世界で、この問題はどうなってた? 運営の対応は? 帰還者は?」

「無い」


 デオの即答に思考が暗転する。

 感情が理性を飲み込み、心が無意識にその答えを否定する。


「……シン?」


 呆然とするシンに首を傾げたフェアが声をかけるが、反応することが出来ない。

 帰還者が無いというその可能性は充分にあり得た。しかしそれを事実として受け入れる覚悟など出来ていない。シンは何とか話を続けようと心を落ち着かせる。

 だがデオの次の言葉は、シンの理解の範疇を越えていた。


「この問題自体が無い。元の世界で〈SEEKERS' FANTASY〉は、何の問題もなく運営されている」

「んな馬鹿な!」


 思わず声を張り上げる。

 食堂に大きく響き渡った声に周囲の客がざわつき、視線が集まる。

 シンは自分の失態に顔をゆがめる。これでは食堂の隅に席を取った意味がなくなってしまう。


「現に俺やお前がこの世界に囚われてるじゃねえか」


 声量は抑えたが混乱から脱することは出来ず、シンは意図せぬうちに言葉遣いが荒くなっていた。


「信じられないのもまあ無理はないが、これは事実だ。前に元の世界で友人同士だっていうプレイヤーの話を聞いたことがある。時間をおいてこの世界に飛ばされたらしい。その友人の片割れが既にこの世界へ飛ばされているはずの日時に、元の世界では普通に生活していたって話だ」

「……何だよ、そりゃあ」


 突然突き付けられた理不尽に破綻した現実に対し、シンは整合性を取ることが出来ないかと、脳をフル稼働させて解答を模索する。

 まず考えるのはこの話がデオの嘘である場合だ。そうであれば話は簡単なのだが、それには理由付けも必要となってくる。これを嘘だと仮定して、デオがシンにこの話をする意図は何処にあるのだろうか。

 一つ、シンに現実世界への帰還を諦めさせること。二つ、話の内容如何ではなく、情報を出したという事実を基にこの場の主導権を握ること。三つ、シンの注意をこの話に向けさせ、別にある隠したい事実から意識を逸らすこと。

 パッと思いつくのはこの辺りか。二つ目以外はその真意も勘案したいところだが、仮定に仮定を重ねていくとキリがなくなってしまう。

 次にこの話が本当だった場合だ。帰還が可能だとして考え至るのは、この世界での記憶を消され現実世界でログインした日に帰還するってところか。

 帰還が不可能なのであれば、ログイン時に意識が分裂し、その片方の意識だけがこの世界へ飛ばされた、とか?


(……どっちの仮定も非科学極まりねえな。まあ異世界に飛ばされてる時点で今更だけど)


 科学的根拠に基づいた考察のままならない現状にシンは小さく嘆息し、気分直しにと珈琲の香りを嗜み、少量を喉に流し込む。


「お宅は今後どうするつもりなんだい?」

「……今後?」


 考えが一段落したところでデオが質問を入れてきた。


「ああ、ユカリちゃんて、こっちに来てるかどうかもわからないんだろう? 並行して何かをするつもりは無いのか?」

「そうだな……帰還手段の模索かな」

「さっきの話を踏まえた上で?」

「その話を安易に信じるほど俺は素直じゃない」

「……まあ仕方ないか。受け入れ難い話でもあるだろうし」


 デオは諦めともとれる表情を見せるが、落胆した様子はない。シンの反応は織り込み済みなのだろう。


「デオはこの世界についてどう思う? どこまで把握出来ている?」

「この世界についてかい? 質問に答える前に呼称を統一しておこうか。この世界はプレイヤーの間じゃ今認識している世界って意味で識世と呼ばれてる。元の世界は現世だ」

「へえ、呼び名があるのか。まあ呼び方が固定されてないと不便だしな」


 識世と現世か、覚えておこう。


「んで、この識世に関しては……正直結論は出ていない。元々あったこの異世界に〈SEEKERS' FANTASY〉の設定や世界観を無理矢理捻じ込んだ世界ってとこかな」

「ああ、俺も似たような意見だ」

「それとこれも聞いた話だが、どこぞのプレイヤーが考察した結果、確定的だと言っていたことがあるそうだ」


 デオは背もたれに預けていた体の重心を前方へと移しテーブルに腕をかける。重要な事を話そうとしていると、シンの直感が告げる。

 それは是非とも聞いておきたい。識世に関する事はほぼフェアの知識に依存している。自分が考察して確信を得られたものは何も無かった。

 シンは頷き掌で話の先を促すと、デオはもったいぶることなくさらりと語った。


「識世におけるプレイヤー以外の人間は皆、意識を持たない人工知能なんだとさ」

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