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Lv.グラハム数で手探る異世界原理  作者: 赤羽ひでお
1 現実、虚構、水槽の脳
15/95

14 国教の聖典

 エプスノーム市立図書館。

 以前は特別なところもなく、蔵書、利用者共に多くも少なくもないごく普通の公共図書館であったが、ギルピン・ローダー卿が運営に関わり始めてから様相が一変する。

 まずはローダー卿の蔵書が図書館に加わり、その数が三倍近くに膨れ上がった。

 各地で書物の収集をしていたローダー卿はその当時保管場所に難儀しており、図書館での公開を打診された折、渡りに船と二つ返事で話を受けた。

 蔵書が増えたことにより利用者も増し、次第に館内が混雑するようになってきたところで、図書館周りの敷地を買い取り、増設が行われた。

 これらが市の財源でなく、ローダー卿の私財により行われたことで当時、いっそローダー卿が買い取って個人運営にしてはという意見も散見された。

 その後利用料金の引き下げが実施され、それまで上流階級が主だった利用者層が一般のものとなり、都市の識字率は六割に迫る、王都ロイスコットに次ぐ高さを誇るまでに至った。


(立派な図書館だ。思っていたよりもずっと大きい)


 元いた世界では図書館にはあまり縁がなく、数えるほどしか訪れたことなどなかったので比較対象は少ないが、そのどれよりも規模の大きなものだ。


(こりゃしばらく通い詰めることになりそうだな)


 盗難防止のため蔵書の貸し出しはされていない。館内での書物の内容の模写は魔法、魔導具――魔法の効果を宿したアイテムによるもの以外は禁じられていないが、それは手間だ。

 館内を適当にぶらつき必要な知識を補えそうな本を数冊手に取り、読書エリアへと足を運ぶ。

 持ってきたのは年代記などの歴史書と、神話が記述されているこの国の国教、聖王教の聖典だ。早速中身に目を通していく。

 利用者は少なくないが皆節度を弁えているようで、館内に響くものは足音と本をめくる音でほぼ占められていた。

 人の気配が多い中の静寂という独特の空気に浸り、時間が流れていく。


「ふあ……」

『退屈か?』


 横で大きく欠伸をするフェア。相識交信の魔法で様子を窺う。


『ん……正直に言うとね』

『ごめんな、ちょっとこれからこういう時間が増えそうだ』


 互いに申し訳なさそうな表情を見せる。


『うん大丈夫。必要なことだってわかってるから、我慢出来るよ』


 フェアはちょっと無理をして笑顔を作ってみせた。表には出さないが、自分の知識が足りていなかったことへの負い目は、そう簡単には消えないのだろう。

 何か気分を紛らわせるものがあればいいのだけれど。後で何か考えておこう。

 意識をフェアから手元の書物に戻し、再び読み進める。

 神話はコヴァから聞いた通り、千年前の七暁神と八彩竜による竜神大戦が主な内容だった。

 あらすじとしては、かつて人々は強大な力を誇る種族、竜の脅威に怯え、細々とした生活を送るしかなかった。そこへ七人の救世主が現れ、竜に戦いを挑んだ。戦いは熾烈を極めたが、最終的に彼らは勝利を収め、人々に暁をもたらした、というものだ。


(戦いの始まりはガウンの言った通りだな)


 疑っていたわけではないが、これで確認は取れた。

 それから重要になってくる現在も存在するプレイヤー、七暁神個々についての特徴をしっかり頭に叩き込んでおく。


 強靭な志で七人の先頭に立ち戦った黎明の旗手――

 ――聖王シモン。


 比類なき才幹で聖王の補佐を担った無欠の女帝――

 ――女神レプティ。


 絶大な魔導力で大戦を終結に導いた天魔の化身――

 ――魔王シガー。


 実体を掴ませず敵の撹乱に奔走した夢幻の亡霊――

 ――幻神ヴィタン。


 身を盾に紫竜から一国を護り通した救国の英雄――

 ――守護神リボー。


 白竜と超高速の電撃戦を繰り広げた神速の雷帝――

 ――閃神キャビア。


 赤竜と戦い一国を巻き込み滅ぼした亡国の蛮神――

 ――破壊神セト。


(彼らが七暁神か……て、ちょっと待て)


 ピッコロ・テシオの名前が無い。

 何故と疑問に思う前にシンはその答えに行き当たる。


(一度……かどうかは知らないが、姿を暗ましてるからな。名前を変えているのは当然か)


 ジャンが七暁神ではなく、冒険者としてその名前を認識していた時点で気づけることでもあった。

 姿を暗ましていない魔王は聞いた通りの名前だ。家名は記載されてないが。

 もしかして七暁神の家名って、稀有な情報だったりするんじゃなかろうか。


(コヴァもどうせなら、ピッコロ・テシオの昔の名前も教えてくれりゃ良かったのに)


 不満気に心の中で毒づくが、同時にコヴァの反論する光景も浮かんでくる。


 ――「必要でしょうか?」


 うん、まあ七暁神としての名前を知らなくても、彼を探し出すのに支障はないけれども。


(気になるじゃん)


 満たされることのない好奇心に若干の歯痒さを覚えるが、それだけのためにわざわざ連絡を取るのもどうなのか。

 相識交信ならまだしも、ここで召喚魔法で呼び出そうものならどんな反応が返って来るやら。呆れ果て蔑みに塗れた眼差しのコヴァが容易に目に浮かぶ。

 仕方なしに神話の確認と考察、貰った情報との照らし合わせを進め、大戦の経緯を大雑把にまとめてみる。

 まずは七暁神と八彩竜の顔合わせによる竜神大戦開幕にして最大規模の全面衝突、原初の戦い。

 全面衝突とはいうが、八彩竜には大戦に関与しなかった者もいる。緑竜と黄竜だ。それに黒竜も差し引いた五体の竜との争いが原初の戦いとされている。

 ブライトリスを舞台としたこの戦いで敗北を喫した七暁神は、ロディーナ大陸からの脱出を試みる。

 そして幻神ヴィタンの陽動によりおびき出した青竜を、洋上の戦いにおいて撃破した。


(そうか……ガウンは幻神の陽動に引っかかったのか……)


 コヴァに脳筋と罵られるガウンの姿を思い出し、憐れむ。一対七の戦闘に自ら臨んだ青竜を擁護する弁は無い。

 大戦の舞台はヌーニア大陸へと移り、四体の竜との一進一退の攻防が続く中、破壊神セトと赤竜による一騎討ちが行われる。

 今までの様子を窺っていた戦闘と違い、互いに極限の力を振り絞った激突となり、戦場となった旧アルメルウィーカ国は灰燼に帰した。

 史上最悪の破滅をもたらしたこの戦いは巨赤の戦いと呼ばれ、広く知られることとなる。


(おおう、破壊神はやばい奴、と)


 破壊神が去り六人となった暁の神々は南のパノティワナ大陸へと移り、黒竜と接触する。

 争いなく接触を終えた後、閃神キャビアが白竜の急襲を受けるが、辛くもこれを退ける。

 その後単身ロディーナ大陸へ渡った守護神リボーは、タリアノイ王国を襲撃していた紫竜と対峙する。

 守護神は三日三晩王都シーロサンを護り抜いた末、合流した仲間と共に紫竜の撃退に成功した。

 シーロサン防衛戦で疲弊した守護神を静養させ、聖王、女神、魔王、幻神、閃神は白竜、藍竜、紫竜との最終決戦に臨む。

 そして始まりの地ブライトリスで見事三体の竜を撃破し、竜神大戦は幕を下ろした。


(ふーん、何か色々と腑に落ちないところもあるな……)


 大戦の始まりからして事実とは異なるのだし、程度はわからないが脚色もされているので当然ではあるのだが。

 特に奇妙なのはところどころに見られる、まるで未来を知っているかのような聖王の描写だ。未来視の魔法など存在しない。

 この描写の意味するところを全く理解せずに七暁神と接触することは、下手をすれば致命傷に繋がりかねない。


(聞いておくべきだな)

〈相識交信〉


 魔法を使って連絡を取る。ついでにピッコロ・テシオの七暁神としての名前も聞いておこう。


『……相識交信? 誰だ、シンか。何の用だ』


 交信相手――青竜ガウン・ブルーの厳めしい声が頭の中に届いてくる。


『昨日の今日で悪いな、ガウン。神話を読んで訊きたいことが出来た、頼めるか?』


 大戦に関してはコヴァやソブリンよりも、直接関係したガウンの方が知っていることも多いだろう。ソブリンも言っていたことだ。


『何だ、言ってみろ』

『……聖王シモンは未来が見えるのか?』


 回りくどいことは言わず、疑問点を単刀直入にぶつける。


『ああ、そのことか……心配いらん。今は見えないはずだ』

『今は?』


 それは裏を返せば昔は見えていたということか。一体どういうことなのか。


『失われた奴の特殊能力だ。詳細まではわからんがな』

『失われた……って、何でだ?』


 失われたというからには、再度発現することもあるのではないか。喪失した理由は出来ることなら知っておきたい。


『理由は知らんが時期ならわかる。能力を失ったのは奴だけではないしな』

『他にも未来視を持っていた奴がいるのか……フェア、その能力に心当たりはないか?』


 相識交信は初めから重ねて使用しており、フェアにも話は伝わっている。


『んー、わたしの知識にはそんなのないけど……本当にそんな能力あるのかな』

『そうか、フェアの知らないところか』


 ということは未来視はゲームの設定ではなく、この世界固有の能力になるのか?


『二つ、貴様の言に訂正がある。一つ、特殊能力は未来視に限定されたものではない。二つ、聖王の能力が未来視であるという確証はない』

『ん? じゃあ、個々に別々の能力があったってことか?』

『ああ、少なくとも我ら八彩竜と奴ら七暁神は皆、それぞれ異なる特殊能力を備えていたはずだ』


 またわからないことが増えたな。ゲームの設定以外でそんな能力が他にも存在するとしたら、それらを把握するのには骨が折れそうだ。


(……いや、待てよ)


 そう考えてから一つ、思い至ることがあった。

 フェアの知識に無いのは、それがゲームの設定に無かったからなのではなく、現在は失われたものだからという可能性もあり得るのでは。

 もしも、そうなのだとしたら――


『――まさか』

『八百年ほど前か、前触れもなく突如として失われたのは。当時は混乱したものだ』


 魔法とは異なる、それぞれの個性豊かな特殊能力。その正体に察しがつき、シンは息を呑む。


『それら特殊能力は、スキルと呼ばれていたものだ』

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