第83話 魔王転生
遅くなりました(汗
主人公 → 薬師の視点となります。
一切の物品を持ち込まぬ事。
これが、水中都市に入るに当たって提示された条件だった。
どうもダンガー老人が、密かに持ち込んだ魔法具で色々とやらかしたせいらしい。
おかげでオリヴァーさん達は下着すら取り上げられたのだ。
例外は俺の装備で、これは他者が脱がそうとしても無理だし、アハトも先代のことを知っていたようで「それならば問題無かろう」という判断がなされたそうなのだ。
そんなわけで、〈装魔の勇者〉としての力を振るった反動で眠った状態のまま、俺は水中都市に運び込まれた次第である。
ただし、物入れやら背嚢はNGだったので、他のメンバーの荷物や衣類と共に没収されてしまった。
まあ、出る時に返してくれるそうなので、そこは問題にしていない。
問題はシャンドラの冒険者である〈赤い館〉のメンバーだった。
ドレイグの睡眠薬で眠っている彼らを起こすには中和剤が必要なのだが、肝心の俺が眠ったままで、どうにもならなかったのだ。
結局、港に置き去りにせざるを得なかったのだが、地上の入り口は閉じてあるし、妖精猫が見守っているので、まずは大丈夫だろうという結論になったそうだ。
「まさか、本人達の同意無しに、衣類やら何やらを引き剥がすわけにもいかないじゃないか」
そう言って、オリヴァーさんは肩をすくめて見せた。
もっとも、そんなオリヴァーさんを、いや、それ以外のメンバーに対しても、俺は視線をまともに向けるわけにはいかなかった。
前に述べた事情により、下着すら無い状態で、ここの『普段着』を身につけているのだ。
この『普段着』たるや、身体の前後をかろうじて覆う二枚の布きれを、脇や腰の紐でくくっているだけというシロモノで、横乳やら何やらが見えまくりである。
特にメロン級越えなノインとシャルロッテちゃんは、破壊力が抜群な状態になっている。
マルタや女性騎士の何人かは面倒とか何とかで、前の布だけを後ろで紐結びにするという、言わば裸エプロンな状態なんだが、案内に現れたアハト自身が裸エプロンなので、表だったクレームもつけづらい。
(考えてみれば、シャンドラの連中――紅一点のシモーヌはともかく、アルバーノ氏を筆頭に男連中の裸エプロンなんかを見なくて済んだのは、ある意味では良かったのかも)
そんなことを考えながら、俺はなるべく顔より上に視線を合わせるようにしつつ、みんなと一緒にアハトの案内に従って、水中都市の居住区にあたる白亜の街並みを歩いている。
それにしても、全く人通りが無い。
たまに、アハトの分身体を遠くに見かける程度である。
「実験都市を兼ねた各種研究施設として用意されたのじゃが、本格稼働する前にオムー央都からの通信が途絶しての。ここの管理を任された我は、調査に行くわけにもいかず、保守や維持で手一杯だったこともあって今に至ると、そんなわけじゃ」
案内役を務めるアハトが、そんな事情を説明する。
彼女の言う通信が途絶した時とは、おそらくは〈禍神の使徒〉の出現により、オムー文明が滅んだ瞬間だろう。
そして管理頭脳と統合された為にアハトは水中都市から離れられず、自分の分身体と護手である魚人や妖魚と共に、永い時を過ごしたのだ。
それを聞いたノインの表情に、複雑なものが浮かんだようだった。
「分身体は、全員で何人いるんだい?」
いささか沈んだ雰囲気を打ち消すように、オリヴァーさんがアハトに尋ねた。
「一時期は千を越えたこともあったが、魔導資源の問題で今では十三体程度じゃな。都市機能の大半を休止させておるし、要領も良くなってくるから、その程度で済んでおる」
要領が良くなる、とのアハトの言葉に俺は母さんから聞いた話を思い出した。
人間は結構賢いので、作業の生産性はデフォルトで年間2パーセントの割合で向上するのだそうだ。
例えば、スマホの操作法とか、必要なアプリなんかは特にカリキュラムを組んだ教育を受けなくても、自分で調べたりして何とかしてしまうわけで、程度の差はあれ、大雑把に平均すると統計上はそうなるらしい。
だから、千年以上もあれば、少数でも水中都市の維持ができるくらいにはスキルアップしているのだろう。
「その……千人いたっていう、それらの分身体は死んだのかい?」
「事故などで生命活動を停止することもあるが、大抵は融合して数を減らすのう。かくいう、この個体も、元は三百あったものが融合したものじゃ」
アハトの能力は分身体を造るだけではなく、それらの分身体を再び融合させることもできるのだそうだ。
経験や知識を共有できるとはいえ、身体的能力は鍛えなければ習得できたとは言えない。
ところが、そうして鍛えられた個体を融合する――たとえば剣の鍛錬を積んだ個体と槍の修行をした個体を融合すれば、二つの技能に長けた個体が生成できるのだ。
そうした個体をベースとして分身体を造れば、更なる向上が可能となるわけだ。
このスパイラルを重ねることでの効率的な個体進化。
これが、アハトという実装試験体に与えられた本来の能力だ。
実際、目の前のアハトも、カノンの分析能力で戦闘能力を数値化させたところ、千を超える結果となった。
この数値はトゥーラさんが四百、ノインですらも八百だから、一種の超人と言えるスペックである。
「じゃが、そなたらのいう水天女となった個体は、あまりにも隔たりがあり過ぎて、もはや、融合するのも無理じゃ。意思の疎通程度はともかく、あれはもう、アハトとは呼べまい。完全な別物じゃ」
ダンガー老人の魔導技術もさりながら、分身と融合の能力を持つ実装試験体であったからこそ、百頭龍との融合も可能だったようだが、その結果として生まれた個体は、あまりに異質過ぎて精神的な共有を維持することも難しいようだ。
なので眠っている現在、アハトと管理頭脳からなる精神的ネットワークから切り離す処置をしているそうだ。
「それで、最終的には水天女をどうするのかね?」
「まさか廃棄処分というわけにもいかん。百頭龍は亜種とはいえ、仮にも真龍に連なる龍族じゃぞ。それと融合した個体を容易く滅ぼすことなどできやせん。なによりも、我が一部であった者なれば心情的にな」
オリヴァーさんの問いに悩ましい表情で溜息混じりにそう言ったアハトは、おもむろに俺の方へ視線を向けた。
「というわけじゃ。あの水天女は、おぬしが引き取ってくれぬか? その身に真龍を宿す〈魔を鎧いし者〉ならば、あの個体も御することができよう」
「へ?」
俺は思わず間の抜けた声をあげた。
表情も相当に間抜けなそれになっていたに違いない。
もっとも、犬や猫の子じゃあるまいし、ぱっと見は若い女性を、しかも百頭龍の力を宿すというおまけつきで引き取ってと言われて、平然としている人物がいたら見てみたいものだ。
「わかった、引き受けよう」
と思ったら、オリヴァーさんがあっさりとうなずいて言った。
「まあ、百頭龍程度なら、妾の化身でも余裕でなんとかできるしの」
ノインも平然とうなずいている。
「龍族ならば、我ら龍種とは仲間みたいなものですしね」
トゥーラさんを始め、ブラーシュ騎士団の面々も同意しているようだ。
こういうとき、女性の方が思い切りが良いものらしい。
かくして、俺達が水中都市を離れるとき、水天女もいっしょということで話が付いたのである。
つか、そんな重要な話を、立ち話というか、歩きながらの会話で決めちゃっていいものだろうかと思わないでも無いが、まあ、そこは今更か。
そうしているうちに、俺達は結界まで届くほどの塔のような建物の前に辿り着いた。
研究施設でもある水中都市の統合管理センターと言うべき諸々の資料や文書が集められた場所で、オリヴァーさんが真っ先に求めたオムー文明の知識が、ここに集約されているのだ。
だが、ここに出入りするには一つの条件があった。
「機密保持の為じゃ。入館する者は寸鉄すら身に帯びてはならぬ。その『普段着』も脱いで貰うぞ」
アハトはそう言いながら、身につけていたエプロンもどきの衣装を外した。
「なるほど。そういうことなら」
オリヴァーさんも躊躇うこと無く体を覆っていた二枚の布を取っ払い、他のメンバーもそれに倣う。
だが、俺がそれに追随するわけにはいかないのは言うまでも無い。
視線を明後日の方にそらしたままの俺に、アハトが不審そうな声をかけた。
「ん? どうした。おぬしの装備であっても、さすがに例外とするわけにはいかんぞ。ここは言わば秘中の秘であるからな」
「俺は遠慮しておきます。ちょっと、そのへんをぶらついてくるんで」
俺がそう言うと、なおも何事かを言いかけるアハトの機先を制するようにオリヴァーさんが賛同の声をあげた。
「そうだな。いい機会だから、もう少し見て回るといい。構わないだろう?」
セリフの後半はアハトに向けられたものだ。
アハトは少し考え込んだようだが、あっさりとうなずいた。
「ふむ。まあ、よかろう」
そして、他のメンバーを見回して言った。
「他に別行動を取る者はおらんのか」
「んー、冒険者の身としては、街の見物より文書なんかが見たいかな」
「私もです」
マルタとカーヤの二人の女冒険者は、そう言ってオリヴァーさんと行動を共にすることを選択した。
トゥーラさんを筆頭とするブラーシュ騎士団の女性達も、彼女達の祖である龍種に関する資料を見たいとのことだった。
ノインは言うまでも無く、過去に住んでいたオムー文明のあれこれに興味津々だったし、シャルロッテちゃんは友達であるノインといっしょにいることを望んだ。
かくして、俺は他のメンバーとも分かれ、単独行動を取ることになったのだ。
◇◆◇
実を言えば、俺の単独行動は、アハトが来る前にあらかじめ打ち合わせ済みの話だった。
俺としてもオムー文明のあれこれには興味が無いでもなかったわけだが、ダンガー老人との約定を達成するためには必要なことだった――というか、ダンガー老人の出した条件でもあったのだ。
「しかし、女性を連れてくるなってのは、女嫌いなのかな?」
あのAクラス冒険者でもあるガイナス導師のような男色家という感じでもなかったので、こればかりは分からない。
ともあれ、俺が〈装魔の勇者〉として化身になる度に記憶を失うという、オムーの魔導技術者が施した機密保持を何とかできるのはダンガー老人だけなので、その頼みを断るわけにはいかない。
「ローグ、ザガード」
俺はこっそりと飛龍もどきと剣牙浪もどきの偵察ドローンコンビを呼び出した。
いつもなら、そのままローグにザガードを掴ませて上空へ放つのだが、今回はザガードがローグを乗っけて、目にも止まらぬ速さで建物の隙間を駆け抜けていった。
そして離れたところまで移動した後、あらためてローグがザガードを牽引して上空へ――水中都市の結界ギリギリの位置まで上昇した。
用心の為ではあったが、結果的にはそれで正解だったようだ。
上空からのローグの視界に、アハト分身体の一人が密かに俺を監視している様子が映じたのだ。
まあ、外からの異分子である俺達を、無原則に自由にするわけにもいかないのだろう。
お目付役がいる事情は理解し、納得できるものではあるのだが、だからといって、それを許容するわけにもいかない。
これから俺がやることをアハトが知ったら、絶対に阻止にかかる筈だ。
厄介な点は、このアハトの監視を、いつぞやの〈黒の騎士団〉相手の時のように撒くわけにもいかないということだ。
そんなことをすれば、水中都市が戒厳令状態になるのは予想できるし、オリヴァーさん達に危害が及ぶ可能性もあるのだ。
アハトと俺達の間柄は、条件付きの友好状態とは言えるものであって、振る舞いには気をつけなければならない。
さて、そうなるとだ。
俺はアハトに監視されつつ、その監視の目を潜らなければならない。
この相反する命題を解決する手段が、じつはひとつだけある。
「ヴァルガン」
俺は器用な大鬼もどきを、これまた、こっそりと呼び出したのだった。
ローグの視界とザガードの聴覚から、俺を監視していた分身体が焦る様子がはっきりと伝わってきた。
「い、いない? どこに行った!?」
慌てて駆け出した分身体は、しかし、直ぐに安堵の息をついた。
少し先に行ったところにある公園のような場所の、隅に設えられたベンチで寝息を立てている『俺』を見つけたのだ。
「仲間と別れたのは、昼寝がしたかっただけか? しかし、これが当代の〈魔を鎧いし者〉とはな。先代が知ったら何というか」
呆れたような溜息と共にそう言うと、その分身体は「バカバカしい」といった表情を隠しもせずに、なおも監視を続けるようだった。
(うまく誤魔化せたようだな)
その公園から二区画ほど離れた場所をあるきながら、俺は心の中で呟きつつ、ほっとしていた。
俺と寸分違わぬ外見をした絡繰り仕掛けの人形。
どのような動機でローラ嬢が造ったのかは想像したくもないが、それを完成直前でドローンコンビが発見できたのはラッキー以外のなにものでもなかった。
間髪を入れず、俺がオリヴァーさんに注進したのは言うまでも無い。
オリヴァーさんはローラ嬢にこってりと説諭して、そういうものを二度と無断で造らぬように誓約させた上で、それを没収したのだった。
何度も繰り返すが、美人が怒ると本当に怖い。
ローラ嬢も涙目だったが、俺も決して逆らうまいと、あらためて心に誓った次第だ。
ともあれ、その絡繰り人形はヴァルガンが改修を重ね、身代わりとかアリバイが必要になった時の為に亜空間に格納しておいたのだが、今回の局面では、それが役に立ったようだ。
今でこそ寝たふりをしている絡繰り人形だが、実は内部に入ったヴァルガンの操作により、そこそこ動いたりするので、少し経ったら再び散歩などを始める筈だ。
俺の方は、いつかと同様に、アハト達の視界に入らないルートを辿れば問題無いわけだ。
「ほほう、その手もあったのう」
いきなり後ろから話しかけられたのだが、上空からローグの視界を得ている俺は驚くこともなかった。
むろん、そんな悪趣味なことをするのはダンガー老人以外にあり得ない。
平然とした態度で振り向いた俺に、ダンガー老人はどことなく不満そうだった。
ちなみに、ホラー系の映像などでバストショットが多用されるのは主観的な効果があるからで、これを客観性を伴うロングショットで撮ると、たとえばホッケーマスクの殺人鬼なんかがこっそりと近づいてくる構図は、あるいは失笑ものかもしれない。
それはともかく、ダンガー老人の残留思念が現れたということは、アハト達の監視網から俺が外れていることの証明でもあるだろう。
「その手もあった、とは何のことです?」
「おぬしの身代わりとなっておる人形じゃ。あれだけ精巧な造りなら、ワシの『現し身』としても代用可能じゃろうて」
「あいにくと、俺の〈使い魔〉が中で操作する前提で改修してますからね。それに、同じものを造るのは少し難しいですよ」
じつは、オリヴァーさんに散々叱られたローラ嬢は、自棄になって設計図や資料を焼却してしまったのだ。
もっとも、ローグとガノンの組み合わせでもって、俺はそれらを記録済みなのだが、いくら器用なヴァルガンでも、稀代の魔導職人による渾身の力作を単独で再現するとなると容易な話では無い。
「まあ、良かろう。ワシの『現し身』は、別に用意してあるでな」
ダンガー老人はそう言うと、ある方向を指さした。
「あちらに向かって四区画ほど進んだところに緑地化計画で森林になっておるところがある。そこが目的地じゃ」
つまり、その場所にダンガー老人の残留思念を封じた魔石と、彼が用意した『現し身』なるものがあるというわけだ。
ダンガー老人が持ちかけた取引とは、彼の残留思念を『現し身』に注入する――言わば、一種の転生と言うべき作業への支援だったのだ。
◇◆◇
アハトが『奥の院』と呼ぶ塔の中に入った私達は、そこで見覚えのあるモノに出会った。
色が黒では無く白銀であったが、間違い無い。
「これは……機人じゃないか!」
思わず、そう口走った私に、アハトが驚いたような視線を向けた。
「ほう、『鋼の護人』を知っておるのか?」
「同じものが十四号が管理していた施設にあったのじゃ」
私の代わりにノインが応えた。
「十四号の? ああ、あそこか。たしか、量産型一世代機だったな。ここにあるのは、二世代機にあたるもので、性能は向上したが、そのぶん資源の消費も大きくての。今のところは『奥の院』の警備に配置するのが精一杯じゃ」
アハトが自慢と自虐が混在したような、極めて複雑な感情を思わせる声で説明した。
言われてみれば、見慣れた機人よりも若干大きいようだ。
しかも、動きも滑らかに見える。
麾下に加えられれば、相当な戦力になるが、しかし、これは水中都市の管理頭脳、及び、アハトが管轄しているものだ。
アハトの言う一世代機は、〈死者の迷宮〉の管理者権限をコウイチが受け継いだからこそ手に入れることができたわけで、ここの二世代機は、そうもいかないだろう。
しかも、邪精霊の憑依によって動く一世代機とは、仕組みが相当に異なるものと私は見ている。
もし同じであれば、水中都市の中には精霊系の何かがいる筈だが、マルタの『眼』をもってしても、それらしいものは見当たらなかったのだ。
(まあ、今後の交渉で協力を得ていく方向で考えるか)
そう結論づけ、二世代機の件は棚上げすることにして、私はアハトに向き直った。
「さて、約束通りに、資料や文献を閲覧できる場所へ案内してもらいたいのだが」
「じつは、水中都市には、そうしたモノは無い」
アハトは、あっさりと言った。
「何だって?」
「慌てるな。資料や文献といった形では無いが、知識はある。魔導技術者の一人が、魔石に思念の一部を封印しておっての。その者が窓口となって、知りたい情報を教えてくれるのじゃ」
それを聞いた私は、驚くと同時に、ダンガー老人が残留思念として健在である経緯が何となくわかってしまった。
あの魔王の異名を取る老人は、その技術を習得したか、盗んだかしたのだろう。
ともあれ、単なる文献ではなく、いささか変則的ではあるが、オムー文明の、しかも魔導の技術に携わった人間から直接に話を聞けるのだ。
「是非とも、その思念だか窓口だかに会わせてくれ」
あまりの僥倖に私は興奮を抑えきれず、アハトに頼み込んだのだった。
次回
『第84話 獅蠍の逆襲(仮題)』
本業の都合にて
12/1 0時更新予定
→ すいません、12/8 0時更新に変更します。
ちょっと、本業が忙しくて




