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第41話 四対一の不本意な危機

 気がつくと、俺は灰色な空間を漂っていた。

 定番としては、ここは白い空間であるべきだろう、と突っ込みを入れたかったわけだが、この灰色には見覚えがあったので、それは置いておくとしよう。

 むろん、それは俺の『装備』の色だった。

 白でも黒でも無く、彩りとも無縁の、究極の中間色といってもいいだろうか。


「太極、陰陽に分かれ、陰陽、万物を生じ……」


 幼い頃に死んだ実の父親が残したという、文献の一節が思わず口に出てくる。

 たしか、古代中国の何かを訳した資料だった筈だ。


「そうだ。こいつは光と闇が生じるより以前の、つまりは始原にして混沌の色と言う事になるかな」


 不意にそんな声が聞こえてきた。

 だが、俺は不思議と驚かなかった。

 その声には聞き覚えがあったのだ。

 あの、アンベルク宮殿の物置部屋で、最初に目覚めた時。

 そして、〈勇者〉の装備が置かれていた封印の間。

 俺を呼んでいたのは、確かこの『声』だった筈だ。


「誰だ?」

「名前なんか、とうに忘れたよ。そうだな、初代とでも呼んでくれ。お前の先達だよ」

「先達……って、初代の『といへる何とか』か!?」

「〈魔を鎧いし者トイフェル・リュストゥング〉だよ。言いにくければ、あの薬師が言う〈装魔の勇者〉でいい」

「えーと、とりあえず、初代と呼ばせてもらいます」


 少なくとも俺よりは遙かな年長になるはずなので、丁寧な言葉遣いに切り替えることにする。


「ふふん、今度の当代はずいぶんと行儀がいいな」


 初代と名乗った思惟は苦笑したようだった。

 だが、その初代がどこにいるのかはさっぱりと分からない。

 もっとも、想像はつくのだが。


「もう気づいているだろうが、俺はお前が身につけている『装備』の残留思念でもある」

「わかります。王道パターンですもんね。それで、あれでしょ。色々と説明してくれるんでしょ」

「……行儀が良いのはさておき、ずいぶんとやりづらい当代だな」

「いえ、お気になさらずに」

「まあ、いい。説明と言っても、さほど情報があるわけでもないしな」

「へ?」

「一番必要な事、つまり、この『装備』の使い方は、だいたいわかってるだろう」

「魔法陣の向きとか、〈使い魔〉を正しく装着する方法ですか」

「そうだ。それだけ知ってりゃ充分だ。後は精進あるのみだからな」

「ちょ、ちょっと待って下さい」


 ずいぶんといい加減な残留思念である。

 こういうときは、今までの謎を解き明かしたり、〈禍神の使徒〉について教えてくれるものじゃないか。

 そんな俺の想いを読み取ったのか、初代の思惟はぼやくように言った。


「無茶言うな。だいたい〈禍神の使徒〉なんてものは知らんぞ?」

「ええ!?」


 俺が、いや、俺たちが召喚された、その根本的なところを知らんって。

 ずいぶんと無責任な話じゃ無いか。


「あの頃は、魔導学者連中が色々とやってたからな。俺は、究極上位種を召喚する為に開発された高等複合術式の、実装試験体アオスフューラーだったんだ」

「高等複合術式? 実装試験体アオスフューラー??」

「しかも、学者どもは、そうとう無茶をやったようだぜ。何しろ、この世界の人間じゃ耐えられないレベルの魔法を組み込む為に、異世界人の赤児を転位させて実験に使っていたくらいだからな。かくいう俺もそうだったと聞いている」


 異世界人の赤児を転位? それって、異世界から赤ん坊をさらってきたと言う事か。


「失敗も多かったが、俺以外の何体かも究極上位種の召喚に成功したらしいな。まぁ、俺の場合は、境界限界を測る為とかぬかして、一遍に六つ……いや、アレを入れて七つか、そんだけの召喚対象がノルマだったわけだ。ガキの頃から自我を空にする修行とかさせられて、結構大変だったぞ」


 俺はひたすら絶句するしかない。

 つまり〈装魔の勇者〉とは、この世界の超古代文明における、魔導実験の試験体だったと言うことになる。


「まぁ、俺の場合は数の限界に挑戦させられたわけだが……」


 ぼやくような初代の言葉はなおも続いた。


「別口では質の限界に挑戦させられたやつもいたっけかな。俺同様に異世界の赤ん坊に高位属性魔法を組み込む術式をベースに、高次元の何かを召喚対象にしたようだが、詳しいことは知らん。ただ、あんまり異質なものを呼び寄せても、具現化できないんじゃ意味が無いから、そこの調整には苦労していた様子だったぜ」


 高位属性魔法を組み込んだ異世界の人間。

 それって、つまり〈七大の勇者〉のプロトタイプなんだろうか。

 そして、高次元の異質な何かを具現化する術式。

 〈禍神〉、あるいは、〈禍神の使徒〉って、そのあたりに関係することになるのかもしれない。

 そして、この初代を含む実装試験体アオスフューラーとやらは、俺たちの世界の人間だったかもしれない可能性もある。あるいは、俺の先祖にあたる誰かだったかもだ。


「ともかく、その究極上位種の召喚術式ってやつの成果が、お前が身につけている『装備』ってことだ。俺の努力の結晶でもあるんだから、大事にしろよ」


 初代の意識がそんなことを言いながら、徐々に薄れていくのがわかり、俺は慌てて呼びかけた。


「ちょ、ちょっと待って下さい。その、せめて元の世界に戻る方法を……」

「あのな。物心つく前にいた世界に還る方法なんざ、俺が知るわけないだろう」

「え……」

「あー、俺の『仲間』には、還る方法を探していた物好きもいたっけかな」


 初代の意識が更に薄くなっていく。


「そろそろ、お別れだ。この『装備』に組み込まれた自律術式のおかげで、何とか意識が残っていたが、それも限界だ」

「待って。まだ聞きたいことが……待って下さい! つか、お約束だからって、消える前に説明責任くらい全うしろよ、ゴラァ!!」

「歴代の中で、七つとも召喚できたのは、俺以外じゃお前が初めてだよ。相性の問題なのかな。まぁ、もうちょいと足りないようだが、あとは……」


 俺の言い分は既に聞こえなかった様子で、最後に何かを言いかけ、そこで初代の意識は完全に消え失せてしまった。



    ◇◆◇



 目が覚めた時、俺の視野に入ったのは、いわゆる『知らない天井』だった。


(ここは……どこだ?)


 雰囲気とか、左頬に押し当てられている幸せな弾力とかは馴染みがある感じ……いや、先端のコリコリした感触はいつもより妙に明確かな。


(え? 弾力??)


 意識がはっきりしてくると、顔だけじゃなく身体全体に、温かくて柔らかい感触が、しかし、しっかりとまとわりついているのがわかった。

 それも複数だ。

 おかげで、ろくに身動きがとれないんだが、どうなって……。


「おや、ようやく目が覚めたか」


 頭の上で聞き慣れた声がした。

 恐る恐る見上げると、オリヴァーさんの美しい顔が微笑んでいる。


「あ、おはようございま……って、ええ!?」


 オリヴァーさんの胸に抱かれる格好で寝ている自分に気づき、俺は思わず叫んでしまった。


「ちょっとぉ。朝っぱらから、大声ださないでよ」


 反対方向から、マルタの不機嫌な声が聞こえてくる。

 ぎぎぎ、と言う感じで首をそちらにまわすと、俺の右腕を抱え込んだマルタが、端正な顔に眠そうな表情を浮かべてこちらを睨んでいる。


「あ、すいません」


 思わず謝ると「分かればいいのよ」などと呟きつつ、マルタは俺の右腕を抱え直して目を閉じた。

 つか、俺の右手を股に挟み込んで寝るな!!

 そのマルタの下方向では、俺の右足を抱き枕にしたカーヤが。

 カーヤと並ぶように、俺の両足の間にシャルロッテちゃんが。

 それぞれに、すやすやと眠っている。

 俺はようやく、自分がどこにいるのかがわかった。

 雰囲気に馴染みがある割に、見るのが初めてなのも当たり前だ。

 ここは今まで立ち入った事の無い、正確には立ち入ることを俺自身に禁じていた、オリヴァー家の寝室ではないか!

 そして、アンベルクにおける就寝時の習慣どおりに、四人とも肌色だけな格好で……てか、なんじゃ、この肉布団な状況は!?


「あわわわ」


 泡を食った俺は即座に眼をつぶり、慌てて跳ね起きる――ところを何とか自制した。

 この体勢では、下手をするとシャルロッテちゃんを足蹴にしかねない。

 もっとも、シャルロッテちゃん以外の三人がかりで押さえ込まれている格好なわけで、さほど力の無い俺では、女性ばかりとは言え、全力を振り絞っても脱する事ができそうもない。

 加えてマルタの股にホールドされた右手は、その伝わってくる感触から、どう動かしてもデンジャラスな局面は必至であろうし、同じ事はオリヴァーさんのすらりとした足に絡められた左腕にも言えた。

 俺はしばし抵抗を諦め、目を閉じたままでオリヴァーさんに尋ねてみた。


「あ、あの。どうして、俺がここに寝ているんでしょうか」


 そもそも俺の寝床は居間の片隅だった筈だ。


「ん? 我が家の寝室がここだからに決まっているじゃないか」


 オリヴァーさんは、至極当然のように答えた。

 そうだった、この人はこういう性格だった。

 せめてもの救い(?)は、俺は『装備』のままだったと言うことだが、しかし、どういうわけで、こんなにまとわりつかれているのだろう。


「前から言いたかったんだがな、君の生活様式は些か問題があるぞ」

「ええ!?」


 そんな疑問を持った俺に、オリヴァーさんの唐突な、まさかの説教が始まった。


「異世界から来た君にはピンと来ないかもしれないがな。夜の眠りと朝の目覚めと言うものはだ。仮初めの死を経て新たな生を迎える重要な儀式でもあるんだぞ」


 オリヴァーさんの言い方が、自然と講義口調になる。

 アンベルクにおける一般的な考えのようだが、似たようなものは俺の世界にもあったかな。

 何にしても、睡眠ってのは重要だよな、うん。


「新たな生を受けるわけだから、それを生まれたままの姿で迎えるのは当然じゃないか」


 アンベルクの人々が服を着ないで寝るのは、そうした思想に基づく習慣だったようだ。


「一方、君はと言えば、ずっと服を着たままで、しかも居間で寝ていただろう。こちらの感覚で言えば、あれは野宿における仮眠に近いものだ。シャルロッテなんか、君が我が家に来て以来、まともに寝ていないと心配していたぞ」


 オリヴァーさんの口調が、講義のそれから少し抗議に近いものになる。


「そんなわけで、ここへ運び込まれても目が覚めない君を、きちんと寝かせるために服を脱がせようとしたんだ。そしたら、その『装備』が、どうにも脱がせられないじゃないか」


 この状況に至った経緯がなんとなくわかってきた。

 確かに、この灰色の野良着は、俺以外には着脱できないようになっている。

 全員でよってたかって取り組んでいるうちに寝入ってしまった結果が、この四人がかりの肉布団(?)ということらしい。


「あ、あの、お気遣いはありがたいんですが、そこは世界観の違いってことで納得いただけませんか」


 オリヴァーさんの言い分も理解できるわけだが、裸の男女が同じ部屋で寝るって、どう考えても倫理的に問題が大杉、いや、多過ぎだ。

 俺としては、恐縮しつつ、謹んで辞退させて頂くしか無い。

 だが、美貌の薬師の反応は非情、いや、非常識だった。


「四の五の言わずに、君も少しは素直になったらどうかね。例えば、君に当ててるこれに、触るとか、揉むとか、吸い付くとか、その、男らしい振る舞いというものがあるだろう」


 オリヴァーさん、そんな無茶を言わないで下さい。

 つか、今、当ててるって言いましたか? 天然だと思ってたら、わざとだったんですね。


「ああ、すまん。そっちの手はマルタでふさがっているわけか。確かにその体勢では、触るとか、揉むとかは難しいな」


 だから、そう言う問題では無いと。

 ――やっぱり、天然なのかな、このひと。


「う~ん、数で押すと言うのは戦略的には間違って無い筈なんだが、戦術的には局面によりけりだったかな」


 いったい、何の話なんですか。

 それはともかく、この状況というのは本当にまずい。

 堅物と評判の俺とても、実体は健康な男子なのだ。

 とりあえず、鼻腔の奥に感じる熱いものは、意思の力で何とか押さえ込んでいる。

 このまま鼻血を噴き出すと、大惨事は必至だ。

 だが、それ以外にも声に出して言えない、やばい事態が迫りつつある。

 肌色の視覚情報やあちらこちらの触覚情報もそうだが、特にシャルロッテちゃんの動きが問題だ。

 通常状態では温かく、最もふかふかしている部位だから、どこかのサイヤ人みたく無邪気に枕にしたんだろうけど、女の子が触っていい場所じゃないからね。

 そのふかふかだったものが、朝方における男子固有の生理で状況変化を起こしたのが不愉快らしく、先ほどから頭をぐりぐりとさせて、その直接的な刺激が妙に……いや、我慢だぞ、俺。

 よりによって幼女にしてやられるなど、問題が多すぎるどころの話じゃ無い。

 意思の力で、なんとかその感覚から意識を切り離した俺に、オリヴァーさんが再び語りかけてきた。


「ところで、三回目になるわけだが、少しは覚えているかな?」

「はい?」


 その言葉の意味が分からず、思わずきょとんとした俺に、美貌の薬師は大きなため息をついた。


「マルタから聞いた話では、かなり意図的に変化へんげしたようなんだがなぁ。あー、犬鬼コボルトが出てきた時の事は覚えているかい?」


 オリヴァーさんが更に意味不明な事を尋ねてくる。


犬鬼コボルト? 何のことです」

「ふむぅ」


 オリヴァーさんは困ったように呻ると、質問を変えてきた。


「昨日の事はどこまで覚えているんだい?」

「えーと、狩りに出かけて……」


 んん? そう言えば、あれからどうなったんだっけ。

 また、記憶が飛んでるっぽいぞ。

 そんな俺を見ながら、オリヴァーさんは、しなやかな指で形の良いあごをかいて呟いた。


「駄目か。経緯からして、女体が最後のキーかと思ったんだが、ハズレだったかな」

「へ?」

「いやいや。意識が途切れたり、記憶が飛んだりするのは、言わば力負けしているわけだから、あの狩り場ではそれを上回る精神状態にあった事は確かだ」


 ぶつぶつと意味不明な事を呟くあたりは、いつものオリヴァーさんである。


「となれば、やはり、根源的な欲望……情欲がそうであろうとの見込みは、さほど間違ってない筈だ」


 相変わらず意味不明なんだが、どうもオリヴァーさんの思考がおかしな方向に行っているような気がする。


「しかし、これだけの女体に囲まれて、なおも大人しいのは何故だ? 普通はとっくに理性が吹き飛んで、むしゃぶりついていると思うんだが」


 オリヴァーさんは、俺そっちのけで、自分の思考に沈んでいるようだった。

 むろん、俺が未だに理性を蒸発させないのは、真の紳士だからこそなのだが。

 いや、ほんとに。

 その証拠に、こうしてこっそりと薄目を開けていても、首から下は見ないようにしているくらいだ。


「ああ、この程度では足りないと言うことか。確か、その、『見張り』の後でもあったと言う話だったしな」


 はい? なんだか、オリヴァーさんの考えている方向が、更に怪しくなってきたようだ。


「ふむ。常日頃、堅物な人物ほど、実は……とも聞く。逆に言えば、反応するところが特異なのだから、通常だと堅物にならざるを得ないというのは理に適った話だな」


 オリヴァーさんは俺を置き去りにして、何かを一人で納得しているようだった。


「いや、狩り場においては、野外で、と言う状況も作用したのかもしれん。このあたりは個別に試すしかないか。まぁ、全部と言うことなら、そんな特異性も勇者としての条件として甘受しよう。しかし、おかしな癖がついては困ると思ったんだが、その意味では、既に手遅れだったわけか」


 よくわからないが、なんとなく凄い誤解のされかたをしているような気がする。

 つか、オリヴァーさんの向ける生温かい視線が、妙に痛いのは何故なんだろう。


「しかし、私やマルタ達はともかく、将来、シャルロッテは苦労しそうだな」


 そう言いながら、シャルロッテちゃんの方に視線をやったオリヴァーさんの表情が強張った。


「い、今の年齢のシャルロッテにだと!? さすがに母親として、それは許容できんぞ」


 だから、何で犯罪者を見るような目つきで俺を見るんですか。

 別にシャルロッテちゃんに反応しているわけじゃないし、そもそも、これは生理現象なんです。

 シャルロッテちゃんも、いい加減にぐりぐりするのはやめて。

 自分を誤魔化すのも、そろそろ限界……。


 このとき。

 玄関を慌てたように叩く、早朝の訪問者がいなかったら。

 あるいは、オリヴァーさんは俺に対して、とんでもない評価を下す状況になっていたかもしれない。

 いや、あくまでも、全ては俺の主観なわけなんだが、少なくとも、気まずい思いをしなくて済んだのは確かだった。



    ◇◆◇



 家事担当な大鬼もどきが、そつなく冷茶の入ったグラスを座卓に配膳する。

 そんなヴァルガンに複雑な視線を向けていたエレオノーラさんだったが、身だしなみを整えたオリヴァーさんが正面に座ると、両手をついて頭を下げた。


「早朝に、突然の訪問。この非礼については、なにとぞ、ご容赦頂きたく……」

「もぐりの薬師に礼節は不要だよ。それに許しを請うのはこちらだろう。事情が何であれ、君たちを偽っていたわけだしな」


 そう言ってエレオノーラさんに頭を上げさせたオリヴァーさんは、その美貌に柔らかい笑みを浮かべた。


「久しぶりだね、エレオノーラ」

「……はい、本当に」

「私が性別を偽っていた事は聞いていたのかな。あまり驚いていないようだが」

「ええ。その、伝手がありましたので」

「まぁ、今となっては、元より隠すつもりも無かったしね。学術院も色々と隠蔽工作をしたようだが、じつに穴だらけだったからなぁ。もっとも、こうして、ぬけぬけと王都にいられるのは、そのおかげでもあるんだが」

「学術院としても思い切った手は打てなかったかと。何しろ……」


 何事かをいいかけたエレオノーラさんに、オリヴァーさんは片手を上げてそれを押しとどめた。


「悪いが、それは聞かなかったことにしてくれ。私が既に捨てたものだし、実家の方もいなかったことにしたい筈だ」

「いえ、軍務卿は……」

「私が聞きたくないんだ!」


 珍しく語気を強めたオリヴァーさんに、エレオノーラさんは大人しく頷いた。


「はい」


 そんなエレオノーラさんに、直ぐに表情をやわらげたオリヴァーさんは、そこで軽く首をかしげた。


「それより、だ。厳しい管理下にある宮廷召喚師が、こんなところまで単身でくるとはただ事じゃ無いな。何があったんだい?」

「貴方に避難するよう、勧めに来ました。少なくとも、王都は危険かと」

「うん? 先ほども話があったが、学術院の件はケリがついた筈だぞ。それに今更蒸し返すとも思えないが」

「学術院ではありません。動いているのは神殿です」

「神殿か。なるほど」


 そう言いながら、オリヴァーさんが意味ありげに、部屋の隅に大人しく座っている俺へと視線を向けた。


「〈聖祈の勇者〉と対になる存在にようやく気づいたわけだ。そうなると、確かに神殿が放置する筈もないか。だが、子飼いの神殿騎士は、全て〈紫の騎士団〉に編入されたと聞く。いかな神殿長でも、手足となる実働部隊がいないんじゃ何もできないよ。まさか、〈聖祈の勇者〉の頭越しに彼らを動かすわけにもいかないだろうし」

「それが……ディーハルト卿は宰相に働きかけ、〈黒の騎士団〉を動かそうとしています」

「〈黒の騎士団〉だって!?」


 それまで俺の横で黙って聞いていたマルタが、急に口を挟んできた。


「横から失礼するわ。住み込みの護衛をしている冒険者マルタってものよ。ああ、ちゃんとした挨拶は、このさい抜きにしましょう」


 自分も名乗ろうとしたエレオノーラさんを押さえ、そこまで一方的にまくし立てたマルタは、ひとつ深呼吸をすると、真剣な口調でエレオノーラさんに問いただした。


「その情報、間違い無いわね?」

「ええ。出所を明かすわけにはいきませんが……」

「あたしも命が惜しいから、出所は教えなくて結構よ」


 そう言ったマルタは、やけに深刻な表情を浮かべた。


「そう、〈黒の騎士団〉ね。これは厄介な相手だわ」


 〈黒の騎士団〉って、俺が宮殿で振り回した連中の事か?

 あんな忍者もどきがどうしたと言うのだろう。

 そんな疑問が顔に出たのか、マルタが俺をジロリと睨んできた。


「〈装魔の勇者〉様にはどうだかわからないけどね。〈黒の騎士団〉は闇魔法の使い手が揃った、〈冥闇の勇者〉の子飼い集団よ。連中に比べたら、まだ上位猪鬼ハイ・オークを相手にした方がマシってものよ。師匠だって、まともに相手どれば、命がけになる事は間違い無いわね」


 今ひとつピンとこないが、どうやら、あの忍者もどき集団は、上位種の魔物よりも手強く、そして危険だと見なされているようだ。


「連中自体もそうなんだけどね。何より厄介なのは、宰相直属の秘密部隊ってところ。あいつらに敵対するって事は、アンベルクと言う国が敵に回るってことなのよ」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 それに、宮殿では連中のちょっかいを躱しただけに留まっているから、その後、何事もなかったのかもしれない。


「どうやら、後手にまわったか」


 しなやかな指で形の良いあごをかきながら、オリヴァーさんが考え込むように言った。


「神殿側が〈装魔の勇者〉を放置する事は無いとは想定していたけどね。早々とそっちを動かすとは、少し甘く見ていたかな。ある意味では、一番の強敵になりそうだな」


 どうやら、魔物や〈禍神の使徒〉以外にも、この世界には俺の敵となる存在がいたようだ。

 それは鋭い爪や凶悪な牙、強力な攻性魔法などよりも厄介な力――政治権力を持つ相手だった。

中の人と言うより、ちょっとだけ外側な中の人でした。

次回更新は5/1の8時です。


――そう言えば、世の中にはGWってものがあるんですよね(遠い目)

4/30追記

⇒執筆環境がクラッシュしました。

!Σ( ̄□ ̄;)

( TДT)

(_;)/~~

な感じでして。

申し訳ありませんが、次回更新は少し延期させて頂きます。

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