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第40話 水を喚ぶ四つ目の化身

主人公→薬師の視点となります。

 全部で三十体近くいた犬鬼コボルトが一斉に『成り上がる』光景は見ものだった。

 それらのうち、二、三体は既に上位種だったやつと同様の魔導犬鬼メイジ・コボルトとなったわけだが、それ以外にも体躯が巨大化したもの、昆虫のような外殻に覆われたもの、逆に粘液質の何かを全身から滴らせているものなど、多彩な上位種のオンパレードだ。

 つか、既に犬鬼コボルトと呼べる範疇を超えたやつも何体かいる。

 それまで魔導犬鬼メイジ・コボルトだった上位種など、更にもう一つの首を生やし、人型の双頭犬オルトロスと言う外見になっていた。

 二段変身後は呪文を多重詠唱とかするんだろうか。

 だが、そいつまで成り上がったのは、少しやり過ぎだった。

 術者とのコンタクトがリセットされたのか、ローグとヴァルガンを捕らえていた闇が消え失せたのだ。

 その隙を逃さず、俺はそいつらをいったん還すことにした。

 と同時にダッシュで移動し、成り上がったばかりの、巨大化した一体の首を揃えた爪で切断してのけたのだ。

 変身途中で行動を起こすのはルール違反と突っ込まれそうだが、そんな無意味な遠慮をしている場合では無い。


『な、何だと?』


 先ほどまで俺と会話していた上位種の、双頭が揃って驚きの声を上げている。

 偉そうな事を言っていたわりには、この皇獣カイザティーアの力をよく知らないようだ。

 俺は更にスピードを上げて、上位種となった犬鬼コボルト達の間を縦横無尽に駆け巡った。

 単体で召喚したザガードは例の短剣を咥えていたわけだが、今の俺にはそんな武装は不要だ。

 最初のダッシュこそ、近くにマルタとカーヤがいたので加減したが、本気になった俺が大気を貫いて駆け抜けると、その衝撃波だけで何体かの魔物が文字通りに粉砕されていく。

 粘液を滴らせていたやつなんか、その粘液と区別がつかなくなってしまった。

 そんな超高速で移動する俺に、打ちかかってきた個体がいた。

 昆虫のような外殻に覆われたやつで、眼もそれらしい複眼だ。

 ここまでくると完全に犬鬼コボルトから逸脱しているわけだが、〈禍神の使徒〉がもたらす『成り上がり』とは、まっとうな魔法的進化では無く、言わば突然変異に近いものなのかもしれない。

 ともあれ、その個体の外殻は衝撃波をものともせず、複眼のおかげで高速移動する俺を正確に捕捉できたようだ。

 なかなかに優秀な個体だが、それでも皇獣カイザティーアを相手取るには役者不足だ。

 俺が放った超音波の咆吼による共鳴には、その外殻も耐えきれず、細かいヒビが入ったところを腕の一振りで打ち砕く。

 こうして順調に数を減らしていくと、それは別の側面で危険度を上げる事にもなった。

 同士討ちを恐れる必要がなくなった為、双頭を始めとする魔導タイプの個体が、距離を取った攻性魔法を放って来たのだ。

 このザガード・フォームとでも言うべき皇獣カイザティーアの形態は、一撃離脱を身上とするだけに、この手の遠距離攻撃とは相性が悪い。

 唯一の飛び道具と言うべき超音波の咆吼も、その特性から風属性の防御魔法を貫くことはできない。


『さすがは、皇獣カイザティーア。だが、それもここまで。仲間の仇、覚悟するがいい』


 双頭が勝利を確信したように言い放つ。

 つか、連中にはフラグと言う概念が無いのかな。今のは典型的な、やられ役の台詞だぞ。

 俺は丹田の位置にあるベルトのバックルに手を当てて、別の〈使い魔〉――飛び道具を持つやつに形態を切り替えることにする。

 ただし、真龍ドラゴンは威力があり過ぎるので、今回はパスだ。

 射程距離を考慮すると、この辺りが妥当だろう。


『な、何だと?』


 双頭が芸も無く、先ほどと全く同じ驚愕の声を上げた。


『し、極鮫シュターカ!? 〈水界の狂戦士〉が何故ここに? いや、その前に皇獣カイザティーアはどこへ行ったのだ??』


 そりゃ、今までの相手が消え失せ、代わりに陸上にも関わらず水棲系が現れれば、驚くのも当然か。

 だが、これは〈装魔の勇者〉の一形態であって、水中が本来の活動領域なのは事実だが、陸上で動けないわけでは無い。

 そして、このグロム・フォームには水を呼び寄せる能力がある。

 たしかに、ここいら周辺の数メートル四方は空気が乾燥しているが、範囲を数キロメートルまで拡大すれば水を呼び寄せるには十分だ。

 俺は上空の雲までを巻き込んで水を呼び寄せ、超高圧で双頭達へと撃ちだした。

 魔導タイプの中には、慌てて火の壁で防ごうとした個体もあったが、それは豪雨のただ中でマッチを擦るようなものだった。

 海の魔物は深海一千メートルの水圧を平然と耐え抜くが、陸の魔物が局所的とは言え一千トンの加重を叩きつけられて耐えられる筈も無い。

 かくして、上位種の群れと化した犬鬼コボルト達は、俺が動き出してから数分と持たずに壊滅したのだった。


 もっとも、俺もそろそろ限界だった。

 ラッパ飲みした神酒ソーマの効果が切れかかっていた。

 つまり、酔いが醒めてきて、ガノンのサポートだけでは精神の負荷が耐えられそうに無くなってきたのだ。

 スライムもどき共々にグロムを還すと、俺を覆っていた全てが光の粒子となった。

 次の瞬間、その粒子がいつもの装備に戻る。


(ああ、それでか)


 俺はまた一つ、腑に落ちるものがあった。

 この『伝説の布の服』に備わった復元機能は、ひとつには変身後のスッポンポンな状態を回避する為でもあったのかもしれない。

 誰が造ったかは知らないが、野郎の裸など見たくも無いという気持ちは充分に理解できる。

 そして、過去二回のノーパン状態になった経緯も判明した。

 今はヴァルガン謹製の下着に何かの仕掛けがあっていっしょに復元しているようだが、以前は普通のパンツをはいていたから、変身時に粉砕されて、そのままだったと言うことだろう。

 そんな事を考えつつ、精根尽きた俺は、今度こそ意識が暗転していくのをとどめる事ができなかった。



    ◇◆◇



 冒険者ギルドの管轄する狩り場に魔物が出現したと言う連絡は、Aクラスであるガイナスのところへも直ぐさまもたらされた。

 おかげで私もそれを知る事ができたわけだが、結界に覆われている筈の場所に魔物が出現するとはただ事では無い。

 加えて、その狩り場にはコウイチ達が出かけている筈だと思い出し、私はシャルロッテをそのまま預け、無理を言って現地へと赴くガイナス達に同行した。


 現地にはいくつもの天幕が張られ、ギルドから駆けつけた結構大勢の冒険者達が、調査の為だろうか、しきりに行き来していた。

 そうした天幕の中のひとつで、私はマルタの膝枕で呑気そうに寝ているコウイチを目の当たりにすることになる。

 まぁ、膝枕はいいだろう。

 呑気そうに見えるのも、彼の寝顔がいつもそうだから気にはしていない。


「それで……何でそんな格好で膝枕しているのか、そこだけ教えてくれないかね?」


 マルタにそう尋ねた私の口調には、少し棘があったかもしれない。

 この女冒険者は、メリハリのある身体の胸と腰に、わずかな布を巻き付けただけの格好なのだ。

 そんな私の問いに、マルタは軽く肩を竦めて答えた。


「着替えを取りに行ったイザークが戻ってくるまでしょうがないじゃない。この坊やが置いてた狩猟服と下着を、どこかに吹き飛ばしちゃったのよ」

「あたしもです。あれ、気に入ってたのに」


 同様な格好のカーヤも、そんな事を言っている。

 詳細はよくわからないが、つまり、この二人は下着すら身につけない状況だったと言う事だ。


「あー、君たちは狩りに来た筈じゃなかったかな? それなのに、服を脱いで何をしていたのかね」


 いくら何でも、二人同時に、しかも野外で、と言うのは駄目だろう。

 コウイチにおかしな癖がついては困る。

 いや、私自身に限って言えば、彼が望むならば、衆人環視の中であろうと、誰かといっしょだろうと、べつだん拒否するつもりは無いが、さすがにシャルロッテは嫌がる筈だ。


「まぁまぁ、オリヴァーも押さえてくれよ。結構、やばかったらしいんだぜ」


 つい、詰問の口調となってしまった私に、真っ先に駆けつけたと言うエッカルトが、宥めるような声を出す。

 そこへ、もう一人の仲間であるゴットリープが、難しい顔をして天幕の中に入ってきた。


「マルタの言う通り、犬鬼コボルトの上位種だな。しかし、あれだけの数や種類は初めて見た……」


 そこまで言ったゴットリープは、私の傍らにいたガイナスに気づいた途端、ズボンの後ろを押さえて後ずさった。


「こ、これは師匠。いらしてたので」

「こんなところでお前に手を出すわけがなかろう。儂の事をなんだと思っておる」

「えー、いや、その、条件反射と言いますか……」

「それに、今の儂は、もうすぐやってくる御馳走に備え、色々と蓄えているところじゃ。お前ごときに無駄遣いするつもりは無い」

「あ、そうですか」


 額に汗をにじませているゴットリープに、ガイナスは報告の続きを促した。


「それで、犬鬼コボルトの上位種がどうした」

「えーと、大雑把に三十近くはいたみたいです」


 さすがに、それを聞いたガイナスは眉をひくりと上げ、エッカルトは驚きの表情を隠せなかった。

 それは私も同様である。


犬鬼コボルトとは言え、上位種がそれだけいたとはただ事では無いな」

「それが全部屠られていますからね。そっちの方がただ事じゃないと思いますよ。初めて見る種類もいて、滅多に無い素材が収集できると大騒ぎです」


 いやに大勢が来ていると思ったら、どうやら、そっちが目当てだったようだ。

 冒険者の逞しさには、ほとほと感心する。

 そんな感慨を抱いていると、マルタが険しい声でゴットリープに言った。


「ちょっと、一番目の権利はあたしらにあるんだからね」

「ああ、大丈夫。この狩り場はギルドが仕切っているんだ。ギルドへの届け出を突き合わせれば、お前達の獲物だって事は証明されるさ。ただ、独占すると面倒な話になるから、そこはわかってくれよ」


 ゴットリープに代わって、エッカルトがマルタを宥めている。

 なんだか宥めてばかりだが、リーダーというものの役割は、突き詰めて言えば判断と調整だ。

 だが、それを聞いたマルタは、納得しがたいような表情を浮かべた。


「魔物達に追い詰められ、慰みものになるところだったのは、あたしらよ。他の連中に権利なんかないわ」


 つまり、彼女達が服を着ていなかったのはそれが原因か。

 私が一人で納得していると、カーヤが咎めるように「マルタ」と呼びかけた。

 それを聞いたマルタは、肩を竦めて膝枕しているコウイチを見やって言葉を続けた。


「ま、正確には一番に権利があるのは、この坊やなんだけどね」


 そして何かに気づいたような表情になると、その視線を私の方に向け、内緒話でもするように手招きしてくる。


「ん?」


 私が顔を寄せると、彼女がそっと耳打ちしてきた。


「あんたがこの坊やを〈装魔の勇者〉って呼んでいる理由が、ようやくわかったわ」


 それを聞いて、私も得心した。

 つまり、コウイチが寝ているのは、そういう経緯があった所以であろう。

 この二人を護る為に、〈魔を鎧いし者トイフェル・リュストゥング〉の能力を発揮したに違い無い。

 だが、その異形の姿を目撃した筈のマルタと、そしてカーヤにも、コウイチに対する嫌悪感は欠片も見られないようだ。

 内心安堵しつつ、私も声をひそめて女冒険者に言った。


「驚いただろう?」

「驚いたなんてもんじゃないわ。皇獣カイザティーアだけでも度肝を抜かれたのに、極鮫シュターカにまで変わるんだもの。あたしもカーヤも脱いでいて正解だったかな。どのみち、汚した下着やズボンは脱がなきゃいけなかっただろうし、そんなのを他の連中に見られずに済んだわけよね」


 羞恥心というものを今ひとつ理解できない私だが、さすがに失禁したことまで平然と明かすマルタには及ばないだろう。

 声をひそめていはいたが、近くにいたカーヤの耳には入ったようで、先ほどとは別の理由での、彼女の咎めるような視線がマルタに向けられた。

 男の前で平然と用を足す女冒険者でも、漏らすとなれば話が違うと言うことだろうか。このあたりの基準も私は理解できないところだ。

 乙女の羞じらい談義はともかく、それよりも耳慣れない言葉が私の注意を引いた。


極鮫シュターカだって?」

水龍サーペント海龍シーサーペントはおろか、大海魔クラーケン海帝レヴィアタンも畏怖する〈水界の狂戦士〉と古文書にあった筈よ」

「ほう、それは凄いと言うべきかな。水棲系の魔物は謎が多いから、今ひとつピンとこないんだが、どんな感じだったんだい?」

角鮫ホーンシャークに似ている感じだったけど、角の形状からして明らかに別種ね。ただ、古文書に目を通してないと、区別するのは難しいかもしれないわ」


 海の暴虐者たる角鮫ホーンシャークに似ているとなれば間違い無い。

 私が行水するたびに世話になっている、あの角鮫もどきだ。

 やはり、コウイチが召喚する〈使い魔〉の実体は、どれも真龍ドラゴン級の、とんでもないシロモノ揃いと言う事になる。

 〈魔を鎧いし者トイフェル・リュストゥング〉によって、ようやくまともに顕在化できる、この世界の均衡を壊しかねない存在と言う事だ。

 それゆえに、単体では卑小とならざるを得ないということだろう。


「あ、そうか。じゃあ、鷲獅子グリフォン騒ぎで出現した神鬼デモノスも、実はこの坊やなのね」


 私が詳しく説明しようとした矢先に、マルタは気づいたように言った。

 さすがはガイナスがAクラス候補と認めるだけの事はある。

 これだけ柔軟かつ応用性に富んだ思考は、学術院の生徒にも滅多に見られなかったものだ。

 つまり、大多数の人々は、そこまで受容的にはなれないと言うことでもある。


「マルタ。カーヤにも、頼む。この件は内密に願いたい」


 女同士の内緒話と見て、距離を置いて聞かないようにしているエッカルト達をちらりと見ながら、私はあらためて口止めを懇願せざるを得ない。


「わかったわ」


 マルタはあっさりと了解の意を表し、カーヤもコクコクと頷いた。


「余計な騒ぎは望むところじゃないし、そうなったら『ぶらんでー』が飲めなくなっちゃう」


 ずいぶんと現金な動機だが、それだけに信頼してもよさそうだった。


「それに……あたしもカーヤも、二度も助けられたんだもの。その恩人に危害が及ぶような真似はしないわよ」


 マルタは優しい目で、未だに自分の膝枕に呑気な寝顔を乗せているコウイチを見つめて言うと、カーヤも熱心に同意した。


「これで、二人産まないといけなくなった」


 方向性が多少異なるようだが、これでコウイチの為の、二人の同志を得られたということだ。

 そう、〈装魔の勇者〉とは偉大な力を持つ一方で、非力な若者でも有るという、じつに矛盾した存在でもあるのだ。

 異世界から召喚され、来たるべき〈禍神の使徒〉から人々を護る使命と、その異形の姿により、人々からの迫害を受ける宿命を持つ、極めて不条理を負わされた存在でもある。

 従って、コウイチには色々な意味での守護、もしくは救いとなる何かが必要で、私は可能な限りそれを与えるつもりでいるのだが一人では限界がある。

 マルタとカーヤならば、容貌と言い、胸や尻の形や大きさと言い、申し分の無い同志となる筈だ。

 いや、何かが著しくズレていると言う自覚はあるのだが、完全な間違いというわけでもないだろうから、それでよしとしよう。

主人公の『ベルト』につきまして感想を頂きましたが、個人的にはデンオウが近いかなと。


次回更新は4/24 8時。

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