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第3話 王国の支配者達

主人公以外の視点になります。

 扉の前に立ちはだかっていた二人の騎士達は、私に気づくと、扉の前で交差させていた槍を引き戻し、一斉に敬礼した。

 そして、左側の騎士が中に向かって声をかけた。


「エレオノーラ様がお見えになりました」

「通せ」


 その短いいらえに従い、右側の騎士が扉を開けた。

 数歩を踏み出し、背後で扉が閉められる音を聞きながら、私は膝を折り礼を取る。


「召喚師エレオノーラ。参上つかまつりました」

「ご苦労であった」


 そう答えたのは、部屋の一番奥、一段高い位置に据えられた椅子に腰を下ろしている人物だった。

 この部屋の主。いや、この宮殿の主でもあり、すなわち、このアンベルクの主でもある国王アトモンド陛下である。

 その、射貫くような鋭い視線は、何度拝謁しても慣れる事が無い。

 国王の傍らには近衛騎士団長が控え、その手前の会議卓を挟んで、宰相を筆頭に、将軍、神官長、学術院長と言ったアンベルクの重鎮がずらりと居並んでいた。


「簡単な知らせは受けているが、おぬしの口から詳細なところを聞きたい。いかがであった」


 陛下自らのご下問である。

 私は再び一礼すると、先ほど目の当たりにした異世界から現れた若者達の事を口にした。


「間違いはございません。〈見者の水晶〉の反応も伝承通りでございました。〈七大の勇者〉の召喚に成功した旨をご報告させて頂きます」

「おお」

「やはり、そうであったか」


 私の言葉に、重鎮達がどよめく。

 それらを圧するかのように、国王が重ねて問う声が響く。


「魔力はどうか」

「はい。〈見者の水晶〉から溢れんばかりの輝きを示しました。あの魔道具があれほどに反応したのは初めてと、ドロテア様も驚かれておりました」

「伝承通りか。では、禍神の使徒に対しては何とかなりそうだな」

「御意にございます」


 国王は少し考え込むふうであったが、ややあって、再び口を開いた。


「こたびの召喚を成功させたおぬしの功績、近々に、しかるべく賞するであろう。まずは、よくやった」

「そのお言葉だけでも、身に余る光栄でございます」

「だが、一人多かったとも聞いた。これはどうなっておる」


 やはり、その話題は避けられないようだ。

 私は、ひとつ呼吸すると、深々と頭を下げた。


「仰せの通り、〈七大の勇者〉と共に、一人召喚された者がおりました」

「その八番目は何者か」

「申し訳ありません。ドロテア様とも話したのですが、判然と致しません」

「〈見者の水晶〉は試したのであろう。色は何であった?」

「それが……」


 私は迷いながらも、あのコウイチと言う若者が〈見者の水晶〉に顕した色を口にした。


「灰色だと? 白と黒というわけではないのか」

「いえ。〈見者の水晶〉を満たした色は、そのひとつでありました」


 そう、あれは魔力を示す輝きとも異なるものだった。

 あの〈冥闇の勇者〉の闇系の資質すら、輝きとして示す〈見者の水晶〉だと言うのに。

 魔術師長であるドロテア様も、首をかしげていた。


「トビアス。何か分からぬか」


 王の視線が、学術院長へ向けられた。

 だが、アンベルクの最高学府の頂点に立つ老人は、即座には答えを返す事ができないでいるようだった。

 知見や博識と言った学術的素養では無く、政治的力学をもって地位を得たと揶揄されている人物である。あるいは、数年前に、この老人によって学術院を追われたオリヴァー卿であれば、その膨大な知識に基づき、なにがしかの回答をもたらしたであろう。

 とは言え、王のご下問に口を閉ざすわけにも行かず、学術院長は「そもそも、七大とは……」と語り出した。


 いわゆる三原色とは青、赤、黄を指す。

 だが、光の三原色は黄が緑に置き換わり、青、赤、緑となる。

 総じて、原色とは青、赤、黄、緑であり、これは各々が四元素たる水、火、地、風に対応する。

 そして、青、赤、黄の色は、等しく混ぜると黒となる。

 一方、青、赤、緑の光は、等しく重ねると白となる。

 黒と白は無彩の原色にして、万象の根源とも言われる闇と光の象徴だ。

 この四元素と万象の根源に、高貴の証にして至高なる創造神を顕す紫を加えた七色。


「これが、世界のことわりを構成する七大です」


 魔道に関わる者ならば初歩で習う内容だが、もっともらしい、滔々とした語り口に、あまり魔道に詳しくない宰相や将軍は聞き入っている風情だ。

 ここで、学術院長は、一瞬、私の方に視線を向けたようだった。


「さて、この世界のことわりの七大から外れるとなりますと、後は異界に干渉する召喚のわざのみ」

「トビアス様。それでは、あの者は、私と同じく召喚師だとおっしゃいますか」


 私は、王の御前である事も忘れて、思わず叫んでしまった。

 だが、召喚師の象徴である銀の輝きは、私の誇りでもある。

 あのような、淀みとしか言いようのない灰色と同じに扱われて、黙ってはいられない。


「落ち着きなさい、エレオノーラ殿。陛下の御前ですぞ」


 学術院長トビアスのたしなめるような声に、はっと我にかえる。

 国王が私を見る視線に、冷ややかな光が混じっている。

 確かに、これは不敬と咎められるに十分な振る舞いだ。顔が青ざめるのが自分でもわかった。


「へ、陛下。皆様も。まことに申し訳ありません」

「私も言いようが悪かったかもしれませぬ。陛下、御容赦を」


 その学術院長の取りなすような言葉に、この場は収まった形になった。

 体裁としては、私は学術院長に借りを作ったわけだ。

 今後、何かの局面で譲歩することを強いられるだろう。

 さすがに、政治的な手腕は宰相にも匹敵すると言われるだけの事はある。


「さて、エレオノーラ殿の専門である召喚術ですが、これは月と共にもたらされたと言われますな」


 ある伝承によれば。

 元々、夜を支配するのは闇だけであったとされる。

 この為、夜の刻は闇に潜む獣や魔物の跋扈に、人々は怯えて暮らしていた。

 そのありさまを哀れんだ神が、あるとき、異界よりもう一つの太陽を呼び寄せた。

 だが、今度は夜が無くなった為に、人々は安らかな眠りを始めとする、あらゆる夜の営みを失ってしまった。

 考えあぐねた神は、呼び寄せた太陽を打ち砕き、小さくした上で、ほど良い明るさとなるように命じた。

 この小さくなった太陽こそが、現在、夜空を煌々と照らす銀の月であり、星々は打ち砕かれたかけらだと伝えられている。

 そして、今もなお、神に命じられた通り、ほど良い明るさとなるべく、月は満ちたり欠けたりするのだ……。


 いくつかの綻びや矛盾点はあるが、伝説、伝承の類いとはそうしたものだろう。

 要するに、月とは異界から召喚された神の贈り物であると言うのが、この伝承の主旨である。

 それゆえ、月は召喚術の象徴であり。召喚魔法は月の魔術とも言われている。

 確かに時空魔法の系列に連なる召喚魔法は、月の満ち欠けや星の配置に多大な影響を受けるのは事実であった。

 今回の勇者召喚にしても、『三百年ぶり』になる星の配置と、完全に満ちた月の魔力によって成し遂げられたものだ。


「かような次第で、召喚術の資質は銀の輝きにて示されるわけですが。しかし、あの月の色は、輝けばこその銀ですが、薄い雲などに覆われた様子は、これは灰色とは言えますまいかな?」

「た、確かに」


 いささか牽強付会と言う気がしないでも無いが、一理あるようにも思える。

 それに、魔術師長たるドロテア様にも見当がつかなかったわけで、私としても他に思いつく当ては無い。


「……結論としては、その八人目は召喚師と言う事で良いのか」


 それまでを黙って聞いていた国王陛下が、確認するように学術院長を見た。


「はい。おそらくは」


 老人がうなずく。

 国王は少し考え込むように言った。


「ふむ。〈見者の水晶〉を満たしたと言えど、輝きに欠けると言うことは、つまり、魔力はあっても資質には疑問が残ると言う事か。エレオーラ」

「御意にございます」


 魔道に詳しい筈もない国王の、その洞察の鋭さに内心舌を巻きつつも、私は首肯した。


「だが、何故にそのような者まで召喚されたのだ?」


 その疑問を発したのは、将軍職にあるジークベルト卿だった。

 私は、彼ら勇者達から聞いた、彼らが召喚された時の状況を伝えた。


「何でも、その者は〈七大の勇者〉と共にいたところだったそうです。加えて、勇者の三人までが縁を持つ人物だったとの事ですので、そのあたりが原因かもしれません」

「ほう? 勇者の召喚には、そのような事が影響するものなのか」

「申し訳ございませぬが、詳しい記録は散逸しておりまして……」


 何しろ、三百年ぶりの〈勇者召喚〉だ。

 儀式に必要な魔法陣や手順について、膨大な古文書から読み解くだけで精一杯だったのだ。

 それ以上のことを求められても、無理というものだ。


「資質はさておき、魔力が充分と言う事であれば、かの〈使徒〉に充てる事はできませぬかな。こたびの『蝕』が片付いた後、勇者の一人くらいが残っておれば、何より重畳かと」


 そう発言したのは、宰相のマインラート閣下だ。


「そうだな。できれば、〈光輝の勇者〉か〈聖祈の勇者〉あたりは残しておきたいものだ」


 宰相閣下の意見に、国王陛下も同意したようだった。


「私としては、是非、〈聖祈の勇者〉を残して頂きたいと考えます」


 神官長ディートハルトの主張は、その立場から言えば、もっともらしく聞こえた。

 しかし、役職に相応しからぬ、その好色な目つきは、本音が別にある事を雄弁に語っていた。

 召喚された勇者達について、各々のおおよその外見や特徴と、七大のどれに当たるかは、先の簡単な報告に記していた。

 彼は、あの儀式に立ち会ってもいたから、勇者達の中で、一際に胸の大きさで目立っていた娘が〈聖祈の勇者〉である事を知っての上での物言いに違いない。

 確かに、同性の私から見ても、あれは……いや、そんな事はどうでも良い。アンベルク首脳陣の〈七大の勇者〉に対する口ぶりには、どうにも違和感を覚えずにはいられない。

 だが、宮廷召喚術師たる身としては、開示された魔道技術が全てである。それ以外の、これからの彼らの処遇については、私が口を出すべきものでは無い。


「それで、勇者達はどうしておる」


 今度の国王の問いには、特に悩むことは無かった。


「はい。短い時間に色々と重なり、かなり疲れた様子でしたので、用意した部屋に案内しました。全員が既に就寝しているようですが、念の為に、ドロテア様が番をしておいでです」


 異世界から召喚されたばかりでもあり、右も左も分からぬ状況であれば、そんな心配は無い筈だ。しかし、還る事を口にしていた事もあるし、何よりも隷属の印を刻んだ召喚獣とはわけが違う。

 万が一にも逃亡されぬよう、ドロテア様自らが結界を張っているのだ。


「では、封印の間にある伝説の装備を試すのは明朝。陛下に謁見頂くのは、その後と言うことで」


 近衛騎士を束ねるルトガー団長の言葉に、国王がうなずく。

 そして、勇者達が召喚された夜にこの部屋に集った王国の支配者達は、翌日の儀式に向けた準備の為に各々の領分へと散会した。

 身分において最下級である私は、彼らが最後の一人まで出て行く間、頭を低くして見送らねばならなかった。


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