第4話 武装する七大勇者
何かに呼ばれたような気がして目が覚めた時は、周囲が明るくなっていた。
シーツから這い出した俺は、下着姿のままで、部屋に付属する水場で顔を洗い、同様に付属のトイレで用を足す。
別に上水道があるわけでは無く、洗顔の方は水瓶から洗面器のような容器に水を足して使ったが、トイレの方は水魔法系である洗浄の魔石が備えられた、一種の水洗式になっているようだ。
そう、唐突に召喚されたこの世界には魔法が実在するのだ。
こうして魔力を蓄積した結晶石……つまり、魔石を備えた『魔道具』を使ってみると、しみじみと実感する。
俺達の世界で言う、水で洗い流す方式の水洗では無くて、じわりと水が湧いて、汚物と共に消え失せる光景を見れば、今までの常識がぐらつこうと言うものだ。
ベッドの近くに脱ぎ散らかした服を着ながら、殺風景な部屋を見回した。
昨夜に侍女と思われる女性が案内した部屋は、俺だけが他の面々とは離れた場所にあった。
「取り急ぎ支度した部屋ですので、ご不便を感じるかもしれませんが、何とぞ、ご容赦下さいませ」
すまなそうにそう言われて、仕方ないかとも思ったが。
しかし、よく考えてみたら、あちらの都合で一方的に召喚(?)されたわけだよな。
まぁ、侍女に当たってもしょうがないが、何となく納得できない話だ。
そんな事を考えていると、扉をノックする音がした。
「おはようございます。お目覚めでございますか」
昨夜の侍女らしい。
既に身支度まで済んでいる旨を応えると、扉を開けて軽く一礼した。
「ご挨拶が遅れました。私、コウイチ様の専属となりましたセリアと申します。今後ともよろしくお願いいたします」
「あ、那嘗……じゃなかった、久門光一です。こちらこそよろしくです」
小柄な侍女は、明るい中でよく見ると、俺と同年代のようだった。
取り立てて美人と言うわけではないが、大人しそうな雰囲気で、俺としては好印象を持った。
何しろ、義妹達があんな感じなので、こういうタイプの女性には安堵感を覚える。
「お食事の準備ができましたので、食堂までご案内いたします」
そう言われて、彼女について廊下を歩く。
俺の部屋以外にも、いくつかもの扉が並んでいたが人の気配は皆無だった。
階段を二階分降りたところに食堂はあった。
「こちらへ」
セリアさんに示された席に腰を下ろすと、この異世界に召喚された七人が、ぞれぞれに案内されて来るところだった。
七人とも、俺同様に専属の侍女がつけられたようだ。俺と違うのは、どの侍女も、すらりとした長身の美女ばかりと言うところだろうか。
あ、いや、こういう比較するような真似はセリアさんに失礼だろう。
皆が席についたところで、昨夜に振る舞われた紅茶のような飲み物に加えて、焼きたてのパン、サラダ、ベーコンに炒り卵と言った定番的なメニューが配膳された。
異世界であっても、食材は俺たちの世界とさほど変わるものでは無いようだ。
もっとも、メニューこそありふれたものだったが、材料は吟味されているようだった。
サラダに使用されている野菜は見覚えの無いものばかりだったが、じつに新鮮で、若干の苦みと、そして意外な甘みがあった。
ベーコンは何の肉か不明だが、塩味と胡椒とハーブが脂の旨みを引き立てている。
卵は味が濃く、このベーコンとじつによく合っていた。
パンは若干固めだが、香ばしさと風味が絶品で、これだけでもいくらでも食べられそうだった。
男達はともかく、女性陣までが、あっという間に平らげたのは、育ち盛り、食べ盛りな年齢だったせいだろうが、やはり、美味しかったからだろう。
食後のお茶でくつろいでいると、昨夜の銀髪のお姉さんと、もう一人、初めて見る男性が食堂に入ってきた。
「お初にお目にかかります、勇者の皆様。私は、近衛騎士団を束ねるルトガーと申します。お見知りおき下さい」
騎士みたいな格好だなぁ、などと、思っていたら本物の騎士サマだった。
年齢は三十半ばと言ったところだろうか。
整えられた口髭がダンディな雰囲気を醸し出している。
「皆様におかれましては、この地に降臨されましたばかりで、分からぬ事ばかりでしょう。後ほど学術院長より詳細な講義があろうかと思いますが、まずは、私から簡単に説明させて頂きます」
そう前おいて、ルトガーと名乗った騎士の長は、この世界の説明を始めた。そこへ、麗香が積極的に質問をする。その応答の中でわかった事は次のような事実だった。
まず、ここはアンベルクと言う王国であり、この建物は国王アトモンド三世の居城でもある宮殿である事。
従って、政治体制は君主制、それも絶対王制で、議会とか民主主義と言う概念は生まれていない事。
電気とか蒸気機関の概念も無いので、科学文明的には産業革命以前のレベルである事。
一方で、魔法が存在する為、独自の文明が発達している事。
大雑把にはこんなところだろうか。
ちなみに、質問する麗香も電気の概念を上手く伝えられずに困っているようだった。
あれは電気機器を通じて初めて一般の人々の目に見える形になるのであって、雷と同じものとか、触るとビリビリ痺れるものとか言う表現では、電気が生活に必要とされる俺達の文化は伝わらないだろう。
スマホや携帯が壊れていなければ、それらを見せれば一発で解決した話かもしれない。
ともあれ、麗香としては、もっと深く、広範囲な質問をしたかったようでもあったが、騎士団長とは言え、そもそも武をもっぱらとするルトガー氏にこれ以上を尋ねても、当人も困ったであろうし、後ほど学術院長なる人物から講義があると聞いてもいたので、質問の矛先を納めたようだった。
「いや、さすがは〈光輝の勇者〉。その見識は私などの及ぶところではありませんな」
のっけから多彩な質問攻めに遭い、銀髪の召喚術師の支援で何とか乗り切った近衛騎士団長は、さすがに辟易している様子だった。
勇者と言うからには、基本的には武人だろうとのことで概略的説明の役回りが来たのかもしれないが、残念ながら俺達は学生である。
もっとも、先生に質問するような、殊勝で勤勉な学生は麗香ぐらいのものだっただろうけれども。
「さて、勇者の皆様には、各々のお力に応じた装備がございます。こちらへどうぞ」
武人であるルトガーが現れたのは、こちらが本題の為だったようだ。
騎士団長に率いられ、俺達が案内されたのは、地下にある扉の前だった。
何となく、怖い雰囲気と言うか、毒々しい瘴気のようなものを感じる扉である。
「封印の間でございます。この三百年、誰も足を踏み入れた事はありません」
「封印?」
ルトガーの説明に、麗香が首を傾げる。
この頃になると、交渉事は全て麗香に任せて、俺を含めたその他の面々は傍観しているだけと言った形になった。
「さよう。歴代の宮廷魔道師すら手が出せない、闇魔法による強力な結界が施されております。言い伝えによりますと、これを解錠できるのは、闇魔法に対抗できる〈光輝の勇者〉か、闇の支配者たる〈冥闇の勇者〉のみと……」
「へぇ。じゃあ、俺がやってみっか」
と、前に出たのは郷田だった。
雰囲気とか瘴気などを全く感じていない様子で、郷田はあっさりと扉に手を触れた。
その瞬間、真っ黒い何かが滲み出て来た。
「ふうん。これが闇魔法による封印ねぇ」
郷田は、そのえたいの知れない何かを恐れるふうでも無く眺めている。
本来なら、黒い瘴気とも見えるモノは、禁域に触れた人間に危害を加える役回りだったのだろう。
だが、郷田には手が出せないようだった。
「大人しく引っ込んでろ」
郷田が命じると、それらは瞬時にして消え失せた。
「確かに、あなたは闇を支配する〈冥闇の勇者〉です。見事に闇の封印を退けられましたな」
ルトガーが思わずと言った感嘆の声を上げる。
郷田は得意そうな表情でこちらを見やった。
「ま、麗香ちゃんにばかり、勇者させるわけにもいかないからな」
などとうそぶいている。
俺としては、なんとなく不愉快だったが、麗香はあっさりとスルーしたようだった。
瘴気のようなものが無くなった扉を開くと、中は結構な広さの部屋だった。
部屋の中央に、七つの宝箱のようなものが円を描くように並べられている。
それぞれ、白、黒、青、赤、黄、緑、そして、紫と、麗香達が水晶玉で顕したのと同じ色に輝いていた。
「古文書にあった通りですね。これが七大の勇者に与えられる伝説の武具です」
いっしょについてきたエレオノーラさんが感慨深そうな声をあげた。
ゲームなどとは異なり、のっけから伝説級の専用武具が与えられると言うことらしい。
麗香達は、さっそく、各々の色の箱を開けて、中をあらためていた。
員数外の俺は、何となく手持ち無沙汰でそれを眺めているしかない。
その時、何かに呼ばれたような感覚があった。
「ん?」
そちらを見ると、部屋の奥の片隅に、もう一つの箱があるのに気がついた。
他の宝箱とは異なる、粗末な作りの小さな箱だった。
そのくすんだ灰色は、俺が水晶玉に触れた時に顕れた色と同じである。
「あの、エレオノーラさん。あれは?」
念の為、それを指さしながら召喚師に尋ねてみると、銀髪のお姉さんは意外そうな表情になった。
「これは……古文書にはありませんでした」
「開けてみても?」
「え、ええ。おそらくは、あなたの装備でしょう」
俺にも専用装備があった!
わき上がる期待と共に俺は箱を開け、そして、唖然として、それを見つめていた。
ひょっとすると、眼が点になった状態だったかもしれない。
◇◆◇
俺達はいったん、各自の部屋に戻り、それぞれの武具を装備した後に、再び、食堂に集まる事となった。
「へぇ、凄いな」
「じろじろ見るな」
郷田が感嘆の声を上げたのも無理からぬ話だった。
由美の装備は、ビキニアーマーとか、メタルビキニと呼ばれるものだったからだ。
しかも、それ以外の部分は、忍者が装束の下に着込むような、目の粗い鎖帷子と言うか、はっきり言えば全身網タイツである。幾重にも巻いた状態で腰に下げているのは鞭か。
全てが赤一色であり、発育の良いボディーに合ってはいるのだが、伝説の武具と言うより忍者風ボンテージファッションと言うのが一番近い印象だ。
もっとも、郷田の装備の方が、見た目は忍者に近いかもしれない。
胸当てや手甲があるので厳密には異なるのだが、黒一色のそれは忍び装束のようだった。ベルトにある短剣が専用武器だとすると、あるいは暗殺者みたいだと形容すべきかもしれない。
イケメン相沢の格好は、軽装甲冑とでも呼べば良いのか。
一応はフルプレートの部類に入るのだろうが、その青い輝きも相まって重々しい感じはしない。手にした槍も見るからに軽そうだ。
それとは正反対なのが田原の装備だ。
横幅のある巨躯に相応しい、重装としか言いようのない甲冑だ。色が黄というところが、体格に合ったお約束と言ったところだろうか。
俺だったら持つのがやっとと言うサイズの、重そうで無骨な戦槌をバトンのようにくるくると廻しながら、不満そうにぼやいている。
「もう少しメタリックだったらのう。せめて、肩に百の字を書くような……」
どうも、金色でなかったのが不満らしい。
さて、妹達の方だが。
鈴音の装備は、基本的に由美と同様の造りだった。
だが、メタル部分の面積が大きく、目に優しい緑色と言う事もあって、これは扇情的と言うより健康美と言うべきだろう。腰に佩いた長剣は、彼女が修めていると言う古流の剣術に合うかもしれない。
美穂の装備は、甲冑と言うよりドレスと言った方が正しいだろう。たしか治癒職とも言うべき能力の勇者だった筈なので、手にした盾以外、武具と言えないデザインなのは良しとしよう。
だが、白い肌を強調するかのような紫色のそれは、〈聖祈の勇者〉の名にマッチしているとは到底思えない。大きく開いた胸元からは爆乳がこぼれ落ちそうだし、スカート部分の大胆なスリットからは悩ましい太ももがちらちらと見える。
扇情の度合いで言えば、由美の装備を遙かに超えるのではないだろうか。治癒の対象となる、安静が必要な筈の怪我人や病人に、これはいかがなものかとも思う。
麗香の装備は、白いドレスに胸当てや手甲のついた軽装甲冑と言う風情だ。
他の勇者とは少し異なり、白一色では無く、所々に、青、赤、黄、緑、黒、紫、銀と言った小さな宝石や飾りがついている。手にした杖や頭のティアラにも、様々な色の宝石や宝玉がちりばめられており、武装したお姫様といった風情である。
さて、俺であるが。
上下一体の、これはツナギと言えば良いのか。くすんだ灰色も相まって、ただの作業服と言うか、野良着と言う感じである。
素材も、単なる布にしか見えない。
「ぷぷ。伝説級の……『布の服』……」
田原は吹き出すのを堪えていたようだが、相沢は遠慮無く笑い転げていた。
由美もけたたましく笑いながら、俺を指差して言った。
「きゃはは。あんなところにポケットが。ドラ○もんみたい」
下を見ると、確かに腹のところに、未来からきた猫型ロボットのような大きめのポケットがある。
中に手を入れると、これまた一枚の布があった。取り出して、しげしげと眺めてみると、片面に魔法陣のようなものが描かれている。
エレオノーラさんに見せると、何故か失望したような表情になって言った。
「これは……召喚魔法で使われる魔法陣です。ええ、確かに、コウイチ様は召喚師に違いありません」
どうして失望しているのか判らないが、どうやら俺は、この綺麗なお姉さんの仲間と言う事になるようだ。
色々と残念な『装備』だが、エレオノーラさんといっしょに居られるのであれば、それはそれでOKかもしれない。
そんな事を考えていたら、臀部に激しい痛みがあった。
「なっ!」
慌てて振り向くと、郷田が、艶が全くない黒い短剣を手にしていた。
「わりぃ、わりぃ。一応、伝説級の装備って事で、防具としてどんなもんかを試してみたんだ」
どうやら、自分の短剣を俺の尻を突き刺したのだろうが、悪びれる様子は微塵も無い。
ニヤニヤと笑っているのは、俺の装備に防刃性が欠片も認められず、あっさりと刃を通した為だろうか。
大きくなっていく痛みと共に、じわじわと広がって行く赤い染みを見て、エレオノーラさんが顔色を変えた。
「な、なんて事を。〈闇の短剣〉で刺すなんて……」
ただ事では無いと悟った様子の麗香が、それまで何かを話していた美穂に鋭く言った。
「美穂、急いで。今、教えた通りにして」
「ん~。こんな感じ?」
おっとりとした口調で、そう言いながら、美穂は俺に向かって手をかざした。
淡い紫色の輝きが俺を包み、次の瞬間、耐えられないレベルの直前にあった痛みが嘘のようにかき消えた。
「良かった。〈聖祈の勇者〉の治癒ならば、命を縮める〈闇の短剣〉も効果を失うでしょう」
エレオノーラさんが安堵の息をつく。
つか、命を縮める〈闇の短剣〉……て。
美穂が居なかったら、間違い無く、俺の命に関わる事態だったんじゃねぇか。
さすがに、エレオノーラさんが厳しい声を出す。
「皆様の装備は一歩間違えれば、極めて危険なものばかりです。少なくとも、その扱いにつきましては、こちらの指示に従って頂きます」
「は~い」
反省の無い棒読み口調で返事をする郷田に、さすがにおれはカチンときた。
「おい。お前、いい加減にしろよ」
「ん? 何だ、やろうっていうのかよ。〈冥闇の勇者〉である俺相手によ」
短剣を見せびらかす郷田に、俺がぐっと唇を噛みしめると、麗香の叱責が聞こえて来た。
「二人とも、止めなさい」
年下ではあるが、有無を言わせぬ迫力がある。
郷田は渋々と短剣を腰の鞘に戻した。
「きゃはは。叱られてやがんの」
由美がケラケラと笑う。
郷田が舌打ちしながら、すれ違いざまに囁いた。
「恥をかかせてくれた礼はいつか返してやるぜ」
自分の事を棚に上げた言い分にキレそうになったが、麗香の視線を感じて我慢する。
まぁ、〈冥闇の勇者〉だか何かは知らないが、俺にだって召喚師と言う才能があるようなのだ。
そのうちにでも、ドラゴンあたりを召喚して、けしかけてやる。
「それにしても、本当に何だかなぁ、この装備。早速に傷ものになるし」
俺はそう呟きながら、刺されたと思しき場所に手をやって、そして首を傾げた。
後ろを振り向くと、郷田の短剣が刺さった跡が見当たらない。
結構深く刺さった感触だったので、穴くらいはあいている筈なのだが。
「治癒の魔法って、衣類まで治すものなのか?」
この時に俺がそう思ったのも、これは仕方が無い事だったろう。
そうして、一通りに装備を終えた俺達に向かって、ルトガーは、この後に、アンベルク国王に拝謁する旨を告げたのだった。




