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第35話 手段を選ばぬ闘い

 何でも有り、と言う話があったわりには、対戦相手の男はボクシングでいうアップライトスタイルのまま、開始の合図前に仕掛けてくるような事はなかった。

 それにしても、この『盗賊』の連中は何者なんだろうか。

 いや、本当に今更の話だが、そんな疑問がわいてきた。

 本物の盗賊の類いにしては、あまりにも気配に濁りが無い感じがする。

 ――今は男色に染まっているっぽいけど。


 ともあれ、オリヴァーさんと俺を狙った時でも、殺意とか害意のようなものは感じなかったのは事実だ。

 逆に言えば、それだけ腕に覚えがある手練れ揃いだって事だ。

 認識票を持ってないようだから冒険者と言うわけでもなさそうだし、他の国でも〈禍神の使徒〉との戦いに備えて軍備や人員を拡充している筈だから、騎士とか兵士でも無いだろう。


 いや、そんな詮索は後だ。今は戦いに集中しないと。

 俺は短剣を持った右手と右足を前に出し、いわゆる半身の形で構えた。

 鈴音と違って武道を修めたわけでも、格闘技を習ったわけでもないから、何かの本で読んだり、テレビで見たりした事を真似るくらいしかできない。

 たぶん、その手の人間から見れば充分に隙だらけの筈だが、仕掛けてくる様子が無いのは俺の右手の短剣を警戒しているのだろうか。

 前方に突き出した、柄の両側に刃がある独特の形状から通常のナイフとは異なる使い方を予想しているのかもしれない。

 あるいは、先ほどから開いたり握ったりしている左手を警戒しているのか。

 ガイナス導師に、隠し武器云々と言った伏線が効果を上げている可能性もある。

 そんな事を考えていると、対戦相手の男がつまらなそうな口調で呟いた。


「ふん、素人だな」


 やはり、構えを見ただけで、色々と見抜かれたようだ。


「あの夜は、ずいぶんと〈使い魔〉とやらに助けられたということか。その思わせぶりな左手の動きもはったりだな。そんなもんが、カブルーンの闘奴相手に通用すると思うなよ」

「闘奴?」

「アンベルクじゃ、知らねぇのも無理はねぇか。死ぬか、戦えない身体になるまで、貴族どもの娯楽のために戦いをやらされる奴隷だよ。俺たちは、例の〈禍神の使徒〉に備えるってんで、兵士に組み込まれるところを、どさくさに紛れて逃げてきたんだ」


 たしか、カブルーンって、隣国プレニツァの、その向こうにあった王国の名前だった筈だ。

 その国では未だに奴隷制度があると聞いていたが、古代ローマにおける剣闘士グラディエイタみたいなものまであるらしい。

 この男達は、そこの出身と言うことか。道理で手練れ揃いなわけだ。


「自由を求めてアンベルクに来たんだが――今はガイナス様の、愛の奴隷ってわけだ。夕べも散々泣かされたぜ」


 真顔で、そんな事を言うんじゃない!


「そんなわけで、じつのところは、お前に恨みは無い。おかげで、本当の自分に目覚める事もできたし……うふ」


 いや、だからって、そこで嬉し恥ずかしな感じで顔を赤らめないで。

 つか、うふって何だよ、うふって。それを言うなら、うほ……いや、何でも無い。


「それはそれとして。負けた借りは仲間の分まで、きっちりと返させてもらう」


 そう言うなり、男は信じられない速度で間合いを詰めてきた。

 男の左拳が顔面に向かってくるのを見て、俺は反射的に両手でガードした。短剣を使ってどうこうするなどは、思いもつかない。

 そして次の瞬間、腹部にもの凄い衝撃を感じた。


「ぐ……」


 俺は思わず、息を吐き出した。

 左の顔面狙いはフェイントで、本命は腹を狙った右のストレートだったようだ。

 技の組み立てとしては単純とも言えるが、その本命が全く見えなかった。

 これが、カブルーンの闘奴の実力というわけだ。

 〈使い魔〉抜きでの俺には、万に一つの勝ち目などあるわけもない。

 ――正々堂々とした勝負なら、だ。

 即座に距離を取った男が、訝しげな表情を浮かべた。


「この手応えは? お前、腹に何か仕込んでいるな」


 ご名答というべきか。

 下着の長袖がヴァルガン謹製の、斑土蜘蛛マーブル・スパイダの糸で織られたもので無ければ、俺は今の一撃で気絶していただろう。

 冒険者に登録し、最初の探索クエストに赴くのだから、俺だってこれくらいの準備はする。

 オリヴァーさんは『勝負下着ストライテ・ウンター』などと命名するつもりだったようだが、さすがに意味が違うと、その呼称は勘弁して貰った。

 それにしても、斑土蜘蛛マーブル・スパイダの糸は耐刃性や対魔法に優れると聞いていたが、耐衝撃性能もなかなかのものだ。

 もっとも、これは素材によるところもあるが、大部分はヴァルガンの編み込んだ紋様が関係しているらしい。

 どうも紋様による魔道的な働きもあるらしいのだが、さすがのオリヴァーさんも、その辺りの詳細はよく分からないようだ。

 それにしても、紋様の編み方次第で素材独特の光沢すら打ち消すってのは、あの大鬼もどきはどこまで器用なんだか。

 ともかく、これは〈使い魔〉を使ったうちには入らないよな、うん。


「すると、下も同様か。蹴り潰してやろうと思ったが」


 そんな事をされたら、俺も男色に染まるしかないじゃないか。つか、俺を引き込むな!

 美穗の治癒魔法を信じないわけじゃないが、あの腐女子ぶりを見ると、場所が場所だけに少し不安が残る。

 別に、個々の性的嗜好を云々するつもりは無いんで、俺の嗜好も考慮して下さい。


「そうなると、あとは剥き出しの顔を狙うしかねぇが、ちっ、厄介だな」


 顔面のガードに専念する俺を見て、男は舌打ちした。

 狙いが分かっていれば何とか防ぐことはできる。

 男と、レベルアップした俺の実力差は、何とかその範疇には留まっているようだった。

 だが、守るだけでは勝てないのも事実だ。

 攻撃は最大の防御などと言うが、それは相応の攻撃力があっての話だ。

 今の俺の実力では、たとえ仕掛けても、この男に通用するどころか、逆に隙をつくるだけだろう。

 だが……。


(あっちの方も、準備ができたようだな)


 俺はちらりと『それ』に目をやって確認すると、それまで右手に持っていた短剣を放り出し、後ろに飛びすさって大きく距離を取った。


「何のつもりだ?」


 手にした武器を放り出す俺の行動は意表をついた筈だが、対戦相手の男はその言葉を口にする以外の反応を示さなかった。

 こんなことで隙をつくるほど、甘い相手では無いと言うことだ。

 だが、『これ』はいかにガードしようとも防ぐことができまい。


「今こそ見せよう。俺の秘技を」


 適当なことを言いながら、これまた適当なオーバーアクションをとる。


「秘技?」


 眉をひそめる男に向かって、俺は言い放った。


「そう、離れた相手に触れる事無く、一撃で倒す勇者の秘技。その名も遠当ての術、受けてみよ」


 本物の『遠当ての術』なるものを知らないので、かめ○め波なアクションで、俺は構えた両手を突き出した。

 その瞬間、男の身体は見えない何かに吹き飛ばされ、凄まじい勢いで壁に叩きつけられた。

 男はひとたまりも無く意識を失い、そのまま床に崩れ落ちた。

 さすがのガイナス導師も、驚きに目を見張っていた。


「風の攻性魔法だと!?」


 マルタや他の男達も同様で、そちらは驚愕のあまり、声も出ないようだ。

 先ほどから視界の隅にある『それ』――俺だけに見えるように調整してもらった光のウィンドウに向かって、俺は片手で拝むようにして感謝の意を示した。

 前回、オリヴァーさんに見つかって、色々とやらかされた反省にたって、こっそりと美穗に伝言を頼んでいたのだが、ちゃんと伝わっていたようだ。

 そのウィンドウに『事情は後で説明してもらいます』との文字が現れたので、了解したとうなずいて見せた。


 そろそろかと思われた麗香による俺の動向確認について、この戦いが始まるちょっと前に、俺にしか見えない『めーる』で連絡があったのは、僥倖以外の何ものでも無いと思う。

 事情の説明は後にして、俺のかめ○め波な合図で鈴音の攻性魔法を遠隔で発動してほしい旨を、パーカーの背中に日本語の血文字で書いたのだ。

 細かいところの確認は、麗香の質問に左手のグー(イエス)とパー(ノー)で答えてしのいだが、何とかうまくいった。

 強いて言えば、パーカーの血の染みが洗い落とせるか悩まないではなかったが、ヴァルガンならなんとかしてくれるだろう。

 そんなわけで、〈使い魔〉を使わなきゃ何でも有りと言質をとれたので、〈使い魔〉に代えて、〈勇者〉を使ったわけだ。

 俺自身が持つコネを武器にしたとも言える。


「小僧、何を仕組みおった!!」


 さすがにAクラス。ガイナス導師は、俺のとんでもないズルに感づいたようだった。

 射貫くような、凄まじい眼光が向けられてきた。


「手の内を明かすのも条件ですか」


 そんなガイナス導師に向かって、俺はぬけぬけと言ってみせた。

 むろん、内心はガクブルだったわけだが。


「いや……これは見抜けぬ儂の問題だな。少なくとも、悪知恵だけは『本物』だと言う事か。それも一つの資質じゃ」


 ガイナス導師は目を閉じつつ首を横に振り、深い息を吐いてそう言った。

 少し引っかかるところが無いでは無いが、それでも、ほっとした心情が顔に出るのをこらえつつ、俺は対戦相手だった男を見やって言った。


「それで、最後まで、やらなきゃいけませんか」


 手加減したとはいえ、〈疾風の勇者〉の攻性魔法をまともにくらっては、治癒魔法を使うまでも無いにせよ当分は立てないだろう。


「必要ない。お前の勝ちを認めよう」


 ガイナス導師のその言葉を聞いて、俺は今度こそ、その場にへたり込んだ。

 手段が手段なんで、勝利したなんて実感は皆無だ。

 だが、条件を達成した事実は事実に違い無い。

 昏倒した男が仲間達に奥に運び込まれるのを見ながら、俺は気を取り直して立ち上がった。


「じゃあ、これで……」

「儂はいくつかの条件と言った筈だがな」


 今度こそ安堵した、その俺の声にかぶせるように、ガイナス導師が冷ややかに言った。

 まだ、この上に何かあるのか?

 さすがに愕然としかけたが、導師の傍らにいたマルタのアイコンタクトに気づき、俺はひとつ深呼吸して、心を落ち着かせた。


「なに、これはそう難しい話ではない。オリヴァーの、つまり、お前の住む界隈で『大鬼殺し(オーガキラー)』なる銘の、たいそう珍しい酒を扱う店があるそうじゃな。流通が限られるとかで、こちらにはいっこうに回ってこんのだが、そいつを一本手に入れて欲しい。あの辺りの店なら、オリヴァーの伝手でなんとでもなると思うがの」


 そんなことなら、お安いご用である。

 俺は背嚢からブランデーの小瓶を二本取り出すと、ガイナス導師に差し出した。

 エッカルトさんに渡すつもりで、うっかりと忘れていた品である。

 先ほど衣服を取り出す時に気がついたのだが、まぁ、エッカルトさんには後で渡せばいい。


「ご要望の『大鬼殺し(オーガキラー)』です」

「それって、坊やの〈使い魔〉が製造元よ」


 マルタも、そう口添えしてくれた。

 その女冒険者だが、あれだけ飲んだ挙げ句に二日酔いで呻ってた筈なのに、舌なめずりせんばかりに、ガイナス導師が受け取った瓶を見ている。どんだけ呑兵衛なんだ。

 そのガイナス導師は、早速に受け取ったブランデーの栓を開け、香りをかぐと大きく眉を動かした。


「ほう、これは、なかなか」


 そして、リーダだった男にグラスを持ってこさせると、半分ほど注いで口をつけた。


「むう!!」


 驚愕の表情を浮かべた後、しばらく黙ったままだったが、再び俺に視線を向けるとこう言ってきた。


「ものは相談じゃが。これ、儂の店にも卸してもらえんかのう。代わりにたっぷりとサービスするぞい」


 猫撫で声で、ウィンクしてくる。

 いきなり、キャラ変わったよ、この人。


「そ、そのサービスとやらを、金輪際しないと約束してくれたら、検討しますです」

「検討だけか。お前と儂の仲で、つれないではないか」


 だから、どんな仲なんだよ。

 つか、巻き込むな、何度も言うが俺はノーマルなんだ。

 是非、このままノーマルでいさせて下さい、お願いします。


「ええと、その、本格的な蒸留設備が無いんで、あんまり量産がきかないんです。それに、今卸しているとことの義理もありますし……」

「設備の方は儂が何とかしよう。それに、今の卸先から横取りするつもりはないぞ。だいいち競合することも無い筈じゃ。あちらとこちらでは客層がまるで違うでの」


 そこまで言われては、拒否するわけにもいかない。

 何しろ、相手は、俺がこれから見習いで加わる〈暁の翼〉にとって師匠にあたる人物だ。

 つまり、冒険者たる俺にとっても、師匠筋に当たるわけだ。

 あちらの店主からも供給量の増大を請われているし、蒸留設備を何とかして貰えるのは、願ったり叶ったりでもある。


 そのブランデーに関する諸々はともかくとして、本来の取引である古文書については、二日後まで待つことになった。


「封印を解かねば、儂でも入れん場所に仕舞っておる。そうそうに解けるものでは無いのでな、そのくらいの時間をもらいたい」


 とはガイナス導師の弁である。

 紆余曲折はあったが、これで、冒険者としての、俺の最初の探索クエストは何とかクリアできそうだった。

感想欄でもご指摘を頂きましたが、下着はアレでした。

紋様の力で、変身時には装備に取り込まれると言う設定です。

(変身を解いた後、装備の下がノーパンでは、ちょっと収まりが悪いと言うか)

まぁ、変身の自覚が出るまでは気づかないでしょう。


次回更新は3/27 8時。

→ すいません、3/21 7時更新に訂正します。

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