第32話 新たなる冒険者
主人公以外の視点と主人公の視点です
中央市場における一連の騒ぎが持ち上がった、その夜。
前回の鷲獅子出現とは異なり、被害が庶民のみの範疇で収まった事から外出禁止令を出すことも無く、王都は正常化を取り戻したと見なされた。
そして、宮殿の奥まった一室で、アンベルク王国の重鎮達を始め、各関係者が顔を合わせたのである。
その中には勇者の代表として〈光輝の勇者〉も姿を見せていた。
ちなみに、宮廷召喚術師である私は、各関係者の一人として、この場に末席を与えられている。
この集まりの主旨は、隣国プレニツァで発見された、〈禍神の使徒〉に関する新たな石碑に関する報告を聞くためとの事だった。
〈光輝の勇者〉が生成した光のウィンドウが壁の一面を占め、その中に、プレニツァの石碑が映っていた。
学術院の長であるトビアス卿が、その石碑の映像の傍らに立ち、席に着いた面々に向かって口を開いた。
「陛下を始め、お集まり頂いた皆様に申し上げます。既にお聞き及びの通り、このたび発見された石碑の解読を一通り終えました。つきましては、その詳細を、このトビアスから説明させて頂きます」
偏見を捨てて、あらためて見ると、穏やかな物腰の老人だ。
バルテルの情報によれば、誤解を受ける事も躊躇わず、オリヴァー卿を守った人物でもある。
してみると、〈勇者〉を召喚した夜、不作法をした私をかばったのも、特に他意はなかったのだろう。噂を鵜呑みにし、曇った眼で見ていた自分を恥じるばかりだ。
マチアスの言うとおり、私はもう少し書物を読み、考えを深める必要がある。
そんな気持ちで見つめる中、トビアス卿の言葉は続いた。
「これによれば、〈禍神の使徒〉が出現する前兆として、異界よりの存在――魔物が極めて活発となる旨がありました」
「先日より立て続けに現れた鷲獅子は、その前兆であると言うことですかな」
そう発言したのはジークベルト将軍だった。
「将軍の言われる通りです。かの鷲獅子もそうですし、過日に〈疾風の勇者〉が退治したと言う上位猪鬼もこれにあてはまるでしょう。確実な事は、上位種に分類される魔物が、この先も現れると言うことです。従って、我々はこれにも備え、対応しなければなりますまい」
このトビアス卿の言葉に、財務卿のオットーが苛立たしげに叫んだ。
「話が違いますぞ。そんな事態は予定にありません。〈禍神の使徒〉の襲来に向けての、〈七大の勇者〉を旗頭とする七万騎の騎士団構成に関して、ようやく各国と予算計画を詰めたばかりだと言うのに」
「オットー卿。気持ちはわかりますが、こればかりはどうしようもありません」
「情報収集は学術院にも責任がありましょう。そのような重大要件を今になって……」
トビアス卿がなだめようとするが、昂ぶったオットーは聞く耳を持たないようだった。
「オットー、そのあたりにしておけ」
だが、さすがのうるさがたである財務卿も、国王陛下の一言には口をつぐまざるを得ない。
財務卿を黙らせた国王は、何かを納得するような仕草で言葉を継いだ。
「三百年前の記録を読むに、いかな〈禍神の使徒〉相手とはいえ、あまりにも〈勇者〉任せといった印象だったのは腑に落ちぬと思ってはいた。だが、そういう事で戦力を削がれていたとあれば、無理からぬ話と言えような」
どうやら、御自身でも、各種文献には眼を通されていたようだ。
ある程度は精査され、集約されたとは言え、膨大かつ難解な作業だった筈だが、さすがに名君と謳われるだけのことはある。
トビアス卿も「ご慧眼、恐れ入ります」と、頭を低くしている。
「この際、戦略を根本的に見直さねばなるまい。ジークベルト、オットー。やってくれるな」
「はっ」
「……御意にございます」
この王命に、軍務卿は即座に、財務卿は渋々といった様子で首肯した。
国王は軽くうなずくと、再び学術院長に視線を向けた。
「石碑にあったのは、それだけか」
「他にもありましたが、さすがに年月を経て破損が酷く、全てを解読はできませんでした。かろうじて解読できたのもとして、脈絡は不明ながら〈禍神の使徒〉に関わる存在についての記載がありました」
トビアス卿の語る、その存在とは次のようなものであった。
天より万象を見通す真龍。
剛力にして技能なる神鬼。
疾走する皇獣。
水を呼ぶ極鮫。
智の深淵たる無殻。
毒もて癒す界樹。
「厳密には不正確なところもあり、今少し形容の長いものではありましたが、大意としてはこんなものでしょう。そして、もう一つ、何かの記載があったようなのですが、これは石碑の破損が酷く、全く判読ができませんでした」
学術院の長は、そう言って話を結んだ。
それまでにトビアス卿が列挙した諸々を聞いた私は、思わず息をのんでいた。
真龍は別として、それらはマチアスが教えてくれた、召喚術師の伝承のみに記された存在だったからだ。
国王がすかさず、射貫くような眼を向けてくる。
「神鬼に皇獣か。たしか、中央市場に現れたのは、その二つだった筈だな、エレオノーラ」
「ぎょ、御意にございます」
私は表情を悟られまいと、首肯するふりをして顔を伏せた。
中央市場に現れた五本角や、それが突然に消え失せた直後に出現した、巨大な獣人のようなものについては、マチアスの助言を得て、既に報告済みである。
だが、五本角とコウイチが召喚した大鬼もどきとの相似性は、誰も気がついていない様子だった。
あの召喚獣、いや、使役獣の角は、二本以外は全て小さいものであったので、私のような立場で無ければ、まず気がつくことはあるまい。
そして、私は、あれが大鬼の一種であると報告してしまっている。
むろん、中央市場に現れた五本角とは明らかな別物であるのだが、この件に関して、あらためて報告すべきか否か、判断がつかない。
下手をすれば、コウイチは元より、彼が身を寄せている先……オリヴァー卿の身にも影響が出てくるのだ。
そんな私の心中を、当然のことながら知る由も無い国王は、やがてひとつの結論を出した。
「上位種の出現が〈禍神の使徒〉の前兆だとすると、それらも同様のものに違いあるまい。つまり、我らの敵だと言う事だ」
そこで発言したのは、近衛騎士団長のルトガーだった。
「そういえば、上位猪鬼出現のおり、真龍のブレスらしきものが天空に放たれたと、目撃の報告がありましたな」
「つまり、それを含めると三つまでもが現れているというわけか……」
王の御前であるにもかかわらず、腕を組んで考え込んでしまったのは、ジークベルト将軍である。
「かの神鬼には、〈火炎の勇者〉〈氷雪の勇者〉が二人ががりでも傷一つ負わせられなかったとか。〈禍神の使徒〉の前に、とんでもない難敵が現れたものだな」
呟くように軍務卿の口から出た言葉は、決して揶揄する意図はなかったのだろうが、それを聞いて、居合わせた面々が〈光輝の勇者〉に視線を向けたのは無理からぬ話だったであろう。
だが、そうした視線を受けても、〈光輝の勇者〉はたじろぐ気配を見せなかった。
ひとつには、周囲の被害を顧みずに〈勇者〉達の能力を全開にすれば、話は別であっただろうと言う事もあったかもしれない。
「私の妹……〈疾風の勇者〉たる鈴音が、あの五本角は敵では無いと判断した事、及び、事実として五本角が鈴音に危害を加えなかった旨は報告した筈ですが?」
たじろぐどころか、国王の判断に真っ向から逆らうようなことを毅然として口にする辺り、さすがに〈七大の勇者〉を束ねるだけのことはある。
女性としては結構な長身になるが、それを差し引いてもかなりの迫力だ。
今の彼女を見ていると、ミホが私だけにこっそりと教えてくれた諸々は、とても信じられるものではない。
そんな事を考えていると、レイカの冷ややかな眼が、私を睨んだようだった。
遙か彼方のオムーまでを見通す〈光輝の勇者〉は、あるいは人の心もお見通しなのかもしれない。私は慌てて、再び顔を伏せたのだった。
「いやいや、〈光輝の勇者〉殿。我らとて、〈疾風の勇者〉殿の言葉を信じぬわけではありませんぞ。ただ、強大なお力を持つ〈勇者〉なれば、そのようにも感じましょうが、力なき凡人にとっては、あれは紛れもなく脅威なのです」
その場を納めにかかったのは、やはり、トビアス卿だった。
「まこと、学術院長のおっしゃる通りですぞ。確かに〈疾風の勇者〉殿は無事であったかもしれませぬが、中央市場に居た民の中には、怪我人や死者まで出ております。〈聖祈の勇者〉並びに〈紫の騎士団〉が早急に対処せねば、死者はもっと増えた筈かと」
神殿の長たるディートハルトも、トビアス卿を支持するかのような発言をする。
彼の麾下にある、〈紫の騎士団〉の功をアピールすると言うしたたかな側面もあるのだろう。
しかし、これはミホの名前を出してレイカを牽制しつつ、五本角に関するスズネの主張を退ける性質のものだった。
中央市場における被害者の内訳――鷲獅子によるものか、五本角によるものかは目撃した人々に聞いても不明瞭で、一括りにせざるを得なかった事が神殿長の意見に説得力を持たせていた。
「かの皇獣が逃走した際にも、少なからぬ被害が生じておりますな」
と、これはルトガーの言である。
確かに、中央市場から南大門へと至る、王都では最も大きな通りを逃走路に選んだ皇獣が、それなりの物的被害と、それに伴う一定の人的被害――さいわいにして、全て軽傷で済んだが、それらをもたらしたのは事実だった。
だが、あの巨体があれだけの速度で移動するとなれば、それだけで済んだのは奇跡としか言いようが無い。
むしろ、もっとも被害が少ないように振る舞ったとも、私には思えるのだが。
「そういうわけだ、〈光輝の勇者〉殿。〈疾風の勇者〉殿の意見については、それとして、基本的には石碑に記された存在は敵として扱う」
最終的な国王の断は下された。
〈光輝の勇者〉も、この決定には重ねて異論を出さなかった。
多少は不満があるようだったが、スズネの主観以外に根拠を示せず、逃走した皇獣を捕捉できなかったと言う負い目もあったのかもしれない。
もっとも、彼女に不可能であったのなら、それが可能な者など存在しない筈なのだが。
なお、五本角について言えば、〈勇者〉の中でも見解が分かれている。
直接に目撃した三勇者の中で、スズネの主張はレイカが述べた通りだが、ユミは次に会ったら仕留めてやると息まいている。どうやら、簡単にあしらわれた形になったのが悔しいようだ。
もう一人のヒロシは中立、保留の立場を取っているが、どちらかに断を下すとなれば、おそらくユミに与するだろう。
私としては、あの妙ちくりんで意味不明なポーズの印象も強く、スズネの主張が正しいと思えるのだが、特に確証があるわけでもない。
この場でスズネの主張のみを取り上げたところを見ると、遠見していたレイカも同じ判断だったものと思われた。
ともあれ、差し当たりは、鷲獅子に変じる可能性のある鷲馬を根絶やしにする旨について、その実行の詳細を軍務卿と財務卿に一任する事をもって、この集まりは散会することになった。
◇◆◇
そう言えば、麗香と鈴音が隣国に行ったり、例の鷲獅子騒ぎが続いたりで、少し間が空いてしまったわけだが。
そろそろ、麗香からの連絡、及び、俺の動向に関する確認が来る頃だろう。
当初は俺の方からも宮殿に行くつもりだったのだが、そっちの方はどうにも気乗りがしないので、サボらせてもらっている。
先の麗香と鈴音の出張(?)に見られるように、義妹達は三人とも多忙のようで、都合の良い日時がこちらでは分からない、と言う事もある。
のこのこと行って、一部の騎士や神官連中に見下された視線を向けられるのもご免だし、下手に郷田あたりと顔を合わせたら、どうなるか分かったものではない。
そういえば、他の連中はどうしたのだろうか。
相沢や由美は先日からの鷲獅子出現で活躍したようだが、田原や郷田は何をやっているのか、ほとんど情報が入ってこない。
この二人については、時々宮殿に放つドローンコンビがキャッチする事も多くはない。
ま、俺にとってはどうでも良い事なので、注意を向けていないと言うこともあるのだが。
「以上で登録の手続きは終わりました」
受付の娘はそう言うと、チェーンのついた認識票のようなものを手渡してきた。
これで、俺も冒険者となったわけだ。
ここはアンベルク王国における、冒険者ギルド本部。マルタに連れられて、登録を済ませたばかりだ。
AからFまでクラス分けされた冒険者は、たいていFクラスからスタートを切るのだが、俺の認識票にあるのはDクラスを示す刻印である。
これは、先日の中央市場において、単身で鷲馬を斃した事が評価されてのことらしい。
マルタを始め、その場に居合わせた何人かの冒険者が証人となってくれたのだ。
「さすがは〈装魔の勇者〉様だな。初っ端から二つも飛び級するなんざ、たいしたもんだ」
ドレイグの処方にもかかわらず、なお二日酔い気味のマルタに代わって、いっしょに立ち会ってくれたエッカルトさんが、ニヤニヤと笑っている。
だから、その呼び名はやめて欲しい。恥ずかしいったらありゃしない。
それに、じつのところ、この手のケースは珍しいものでもないようだ。
オリヴァーさんも言っていたが、Dクラスまでなら、だいたいは一定期間で昇級するものなのだ。
これは、クラス毎に上納金が定められている為で、ギルドとしても、収入面ではその方が都合が良いらしい。
ただし、DクラスからCクラスへの昇級は並大抵の事では無いらしく、ギルドの扱いはともかく、Cクラスになってはじめて周囲からは一人前と見なされるそうだ。
その後、Bクラスを経てAクラスへと昇級するが、Bクラスはともかくとして、Aクラスに行く冒険者は滅多にいないらしい。
ちなみに、いわゆる『Sクラス』は正式な階級では無く、一種の称号なのだそうだ。
ここまでくると、努力とか何とかいう以前に、人間離れした資質――固有スキルが必要になる。
どちらにせよ、駆け出しの冒険者である俺にとって、縁の無い話には違い無い。
「ところで……」
俺は声を潜めて、登録手続きをしてくれた受付を示しながら、エッカルトさんに尋ねた。
「例の受付の娘って、あの人なんですか」
色々とポカをやって、冒険者集団〈暁の翼〉を危機に陥れ、今も係争の元となっている噂の受付嬢当人かどうか確認してみたのだ。
「いや、さすがに謹慎処分をくらっているようだな。当分は出てこないだろ」
「ははあ、やっぱり」
俺の登録手続きをしてくれた受付嬢は、結構きびきびと動いていたし、別人ではないかと思ったが、その通りだったようだ。
「例の娘も、定型的な仕事なら問題無くこなすぜ。ただ、ちょいと不規則な要素が入ると、どえらいポカをやらかすんだ。応用が利かねえっつーかな。ま、仕事の本質がわかってねぇんだろうさ」
「そんな事を言って、周りが甘やかすから、懲りないんじゃない」
エッカルトさんの、意外にも例の受付嬢を擁護するような言葉に、ようやく立ち直ってきたマルタが文句をつけた。
「あいつ個人を責めても始まらねぇさ。こいつはギルドの教育とか、そっちの問題だからな」
さすがは冒険者集団のリーダーを務めるだけあって、大人の態度である。
居酒屋で愚痴っていたのは、まぁ、酔って本音が出たと言うところだろうが、そこは忘れるのが優しさってもんだろう。
「何にせよ、これでお前さんも冒険者の一員だ。ようこそ、俺たちの世界へ」
エッカルトさんがそう言うと、マルタを含む、ギルド本部に居合わせた他の冒険者達が口々に叫んだ。
「ようこそ、コウイチ」
「よく来たな、坊主」
「しっかりやれよ、新入り」
「ヘマすんじゃねぇぞ」
「引退するまでくたばるなよ」
立ち会いの先達が音頭を取って、その場に居合わせた者が手荒い歓迎と激励の言葉を贈る。
これは新たに冒険者に加わった人間に対する、一種の慣例なのだと後で聞いた。
その時になって、俺はようやく気づいたのだ。
まともな召喚獣も呼べない意味不明な召喚師ではなく、未だに詳細の分からない〈勇者〉でも、美貌の薬師に世話になっている居候でもない。
そう、俺は召喚されたこの異世界で、初めて、堂々と名乗れる自分の立ち位置を得たのだった。
なんとなく熱いものがこみ上げてくる気がして、それを誤魔化すように、皆に向かって俺は頭を下げ、声を張り上げた。
「このたび、冒険者になりました、コウイチです。よろしくお願いします」
次回更新は3/13の8時です。




