第21話 巻き込まれたのは
説明回(?)の後半です。
「俺が? 勇者?」
オリヴァーさんの、唐突とも言える宣言に、俺は驚くと言うより呆気に取られてしまった。
だが、目の前の麗人は、ゆっくりとうなずいた。
「間違い無い」
「いや、だって……俺、〈七大〉ってやつとは関係無いし……」
そんな俺を遮るように、オリヴァーさんは語り出した。
「古文書の解読は、学術院にいた頃に私も携わり、当時収集されたもの全てに目を通したんだ。その後に発見された古文書は、それらの写本ばかりだったと聞いているから、勇者に関する事項は、私が目を通したもので全てだろうね」
オリヴァーさんはさらりと言ったが、これはつまり、彼女が『勇者召喚』における最大のオーソリティーである事を物語っていた。
「その中には、少なくとも〈七大の勇者〉がそれであると明記された古文書は無かったよ。ただ、〈禍神の使徒〉に対抗できる勇者の定義として、『七つの大いなる力』と言う記載はあったけどね」
「それが〈七大の勇者〉の事なんでしょう?」
「記載された内容をそのように解釈した、と言うことならそうだな。しかし、その解釈が正しいとは限らない」
「はあ」
「つまり、だな、そもそも〈七大〉とは……」
半分思考停止になっている俺の前で、オリヴァーさんが講義口調になる。
俺は慌てて、それを押しとどめ、魔法陣を取り出すとガノンを呼び出した。
「ほほう。これが高度に思考するスライムか」
「ええ、難しい話になりそうなんで、色々と記憶して貰おうと」
「私の講義は、分かりやすいことでは評判だったんだがなぁ」
オリヴァーさんは慨嘆するように言うと、不意に何かを思いついたように眼を輝かせた。
「そうだ。君の使役獣を全員紹介してくれないか。他にもいるんだろう」
「ええ、おやすいご用です」
俺は、既に見せたのも含めて、飛龍もどき、大鬼もどき、剣牙狼もどき、雑草もどき、角鮫もどきの六体を次々に呼び出した。ちなみに、グロムは水が無いと困るので、水を入れたグラスの一つを貰って、その中に入れてやった。
「えーと、呼んでも反応しないやつが一体いますが、一応、これで全部です」
「ふむ。種族も属性も見事にバラバラだな」
「まぁ、一貫性に欠けると言うか、何と言うか」
「いや、多様性と言う意味では、これは凄いと思うぞ。普通の召喚術師は一種族しか召喚できないし、エレオノーラだって、せいぜい三か四だ。鬼族、龍族を始め植物系と水棲系までを幅広く召喚できるというのは大したものだ。しかも、これが全て使役獣とはね。いや、ますますもってただ事では無い。伝説級の召喚術師でも、使役獣レベルともなれば一個体か、真偽の怪しい話を含めても二個体止まりだったと聞いている」
オリヴァーさんは、興奮を隠せない様子だった。
しかし、そんなに興奮して動くと、シャルロッテちゃんが起きてしまうのではないだろか。
オリヴァーさんも、さすがに気づいた様子で、そっと娘を抱きあげると「ちょっとすまんな」と言って、奥の寝室へと連れて行った。
血の繋がりは無いのかもしれないが、それは紛れもない母娘の姿だった。
「まぁ、母娘と言うには、少し母親が若すぎるかな」
召喚したガノンが最近身につけた(余計な)特技の一つが、ザガードの嗅覚を共有しての分析技術で、対象の肉体年齢を判定すると言うシロモノだ。
これによると、オリヴァーさんの肉体年齢は二十代前半……いや、二十歳をそれほど過ぎてもいないと言う結果が出た。
シャルロッテちゃんが八歳付近のようだから、大雑把に十二歳違いと言うことになる。いくらなんでも、母娘にしては年が近過ぎだ。
「つか、お前ら、それは勝手にやるなって言っただろ。オリヴァーさんに失礼じゃないか」
我に返った俺は、オリヴァーさんのプライバシーを侵害したガノンとザガードを叱責した。
「ん? 何が失礼だって」
間の悪いことに、その叱責が、シャルロッテちゃんを寝かしつけて戻ってきたオリヴァーさんの耳に入ったようだった。
「あ、いえ、その、何でもありません」
俺と言う人間は、つくづくと嘘をついたり、とぼけたりが苦手なようだった。
汗を滲ませて必死でシラを切ろうとする俺に、オリヴァーさんは冷ややかな半眼を向けてきた。
「私は言った筈だな。家族の間で隠し事は無しだと」
「えーと、そうは言いましても、親しき仲にも礼儀ありと……」
「ほほう。それは、君の世界の格言か。生憎と、この世界に該当する言葉は無いぞ。それに何となくだが、用法が違っているような気がするが」
「えっと、あー、いや……」
「怒らないから正直に言ってごらん」
つまり、怒らないうちに白状しろ、と言うことだ。
観念した俺は正直に話した。
その結果、学んだことは三つ。
ひとつは、女性の自覚が無いと称するオリヴァーさんも、つまるところは女性だったと言うこと。
もうひとつは、オリヴァーさんの言う家族の間で隠し事と、女性のデリカシーに関わる内容は別次元であると言うこと。
最後に「怒らないから」と言われた時点で、怒られる事が確定済みなのは世界が違えど普遍的と言うことだった。
「使役獣だからこそ、召喚主たる君が手綱をしっかり押さえなければならない。これは理解してもらえたかな」
「ええ。身に染みて分かりましたです」
オリヴァーさんが怖い表情で念を押すのに、正座した俺は大人しくうなずいた。
同じく正座しているヴァルガンも、正座の姿勢を取れず小さくなっている他の連中も、同様にうなずいている。
「ふむ。まあ、いいだろう」
ようやく矛先を納めたオリヴァーさんだったわけだが、俺としては、もう既視感ありまくりである。
この世界に来てから、こういうシチュエーションは二度目だぞ。
ひょっとして、今後もこんな事があるのかな。
「さて、話を戻そう。〈七大〉の話だったな」
オリヴァーさんは、そんな俺には構わず、講義口調になって中断した話を再開した。
俺も、そろそろと正座を崩す事にした。
「いわゆる『地』『水』『風』『火』の四大原素に、『光』『闇』とされる万象の根源、そして万物を創造した至高神の象徴たる『聖』を合わせた、この世界の理を構成する七大と言う概念だが……少し不自然だとは思わないか?」
言われてみると、最後の、万物を創造した至高神云々が少し人為的かもしれない。
俺がそう言うと、オリヴァーさんは我が意を得たりと言う表情になった。
「まさにそれだ。〈七大〉の概念は、神殿勢力の台頭と共に主流となったものだ。それ以前は、各々の属性魔法は個別に考えられていたのさ。正確に言うと、対として捉えるのが本来のあり方かな」
「はあ」
「あの神殿と言うのは、今でこそ至高神だの何だのとそれらしい教義を持っているが、その源流は治癒魔法の使い手を束ねるギルドのひとつだったのだよ」
ここで、オリヴァーさんは、美しい眉をひそめて見せた。
「あの神殿の長、神官長には注意したまえ。学術院長とは別の意味で政治的に長けているやつだ。あるいは、今後の君にとって、最大の障害となるかもしれない」
その辺りの政治云々の話題は未だにピンとこないものがあるが、話の腰を折る気にもなれなかったので、素直に首肯することにする。
それに、あのディートハルトと言う神官長の、美穂を見る目つきに非常に不愉快なものを感じたのは事実である。
「話を続けよう。神殿勢力の政治的な思惑で歪められてしまったが、先ほど言ったように魔道の概念は、本来は対で考えられるべきものだ。『光』と『闇』は言わずもがなだし、四大属性もそうだな」
「四大原素の中で『水』と『火』が対ってのは何となくわかりますけど、『地』と『風』は……これって対なんですか」
「風は即ち空気の動き、だな。つまり、風属性と言われるものは、空属性と呼んでもいいわけだ。そして風も空も天に由来する。ゆえに、君の義妹の一人は〈疾風の勇者〉では無く、正しくは〈天空の勇者〉と呼ばれるべきだろうね。これはその辺りの古文書について、解釈を担当したやつの勉強不足だな」
つまり、鈴音は『風』では無く『天』の具象者と言うことか。
確かに『天』と『地』ならば対と考えても違和感は無い。
鈴音が田原と対と言うのは、あまり気分の良いものではないが、それを言えば、麗香と郷田の関係が『光』と『闇』で一対になるのは、もっと嫌だな。
「ところで、君の話によると、〈火炎の勇者〉と〈氷雪の勇者〉は仲がいいそうだね」
「ええ。元の世界でも、そういう関係だったようですが、こっちに来てから、見ている方が嫌になるくらいのラブラブで。いやもう、ほんとにリア充爆発しろって感じですよ」
つい、「リア充」などと言う表現を使ってしまったが、ニュアンスは伝わったようだった。
それはともかく、イケメンな相沢は〈勇者〉と言うことで結構モテているようだが、じつのところは、他の女性にはあまり目が行っていないように見える。
その分、由美とは親密度が増しているようだ。
召喚される直前に麗香達と揉めた由美が、すんなりと和解しているのは、この辺りの事情が大きいのかもしれない。
「さもあろう。魔法属性で対になった者は、一種の補完的な意味合いで、お互いに惹かれあう傾向があるからね」
「え?」
と言う事は、このままだと、鈴音と田原、麗香と郷田で、本当のカップルになってしまうのか。
いや、待てよ。
田原は魔術師長の方に夢中だった筈だ。鈴音に対しては同門の弟子くらいにしか思っていないようだったし。
もう片方の郷田について言えば、あいつが麗香に向かってやたらとモーションをかけているのは事実だ。
しかし、麗香の方はてんで相手にしていなかったように見えた。お互いに惹かれあうと言うなら、麗香のリアクションはもう少し違っていると思うのだが。
俺がその疑問を口にすると、オリヴァーさんは、あっさりとその回答を口にした。
「名は体を表すと言う。言霊の影響ってやつは、こと魔道においては重要な意味を持つんだ。鈴音という義妹さんは〈疾風の勇者〉と呼ばれ、その名によって定義されている。従って、先ほどの君の認識通り、〈大地の勇者〉との補完関係は成立しない筈だな。これが〈天空の勇者〉と言う本来の呼称であれば、また、話は変わっただろうがね」
つまり、鈴音が〈疾風の勇者〉と呼ばれている限り、その言霊の影響によって田原とカップルになる事は無いと言うことか。
いや、田原は悪い奴じゃないかもしれんが、鈴音の相手に相応しいかと言われると、正直、少し考えてしまうところがあるので、俺としては望ましい状況だ。
古文書の記述を不正確に解釈したやつに礼を言いたいくらいだ。
「もう一人の義妹さんの件だが、これは少し複雑だ」
麗香と郷田の関係について、オリヴァーさんは話し始めた。
「その〈光輝の勇者〉の装備だが、他とは違っていると言う話だったな」
「ええ、ほとんどの装備は、その象徴の色だけでしたが、麗香の装備だけが他の色を少し取り入れていました」
「古文書にも七大における『光』の位置づけを、他の上位に置くような記載があったな。してみると、彼女だけは少し異なると言うことだろうね。ただ、彼女が〈冥闇の勇者〉に惹かれない理由はそれだけじゃない」
「と言いますと?」
「魔道というやつはあれこれと入り組んでいてね。単純に属性だけで片付くものでもない。例えば、その象徴の色も少なからぬ影響を及ぼす事もある」
「ええと、麗香は少し混じっていますが基本は白で、郷田は黒ですね。白と黒で無彩の原色、でしたっけ」
「そう。白と黒。これだけであれば、そのまま対になるわけだが、ここにもう一つ、無彩とされる色がある」
「はい?」
「ほら、それだよ」
オリヴァーさんの白い手が、首を捻る俺の胸もとを指差した。
視線を下ろすと、俺の着ている灰色の服が見えた。
「白と黒の中間色を持つ君と言う存在。これが光と闇が惹かれあう事への障壁となっていると、つまりはそういうことさ。たぶん、自覚は無いだろうけど、〈冥闇の勇者〉が君を目の敵にするのは、それが要因だな」
謎は全て解けた、と言うにはまだ早かったが、オリヴァーさんの説明で、色々と腑に落ちる事が多かった。
いや、学術院で教鞭をとっていたと言うのも充分にうなずける、幅広い知識の持ち主である。
オリヴァーさんが男だったら、あるいは、学術院は史上最高の長を得ていたかもしれない。
もっとも、男にするには綺麗過ぎてもったいないと思うわけだが。
「なるほど、そういうわけだったのか」
おおいに納得する俺に、オリヴァーさんが呆れたような声を出す。
「おいおい。召喚された人間は、他にもいるだろうに」
「あ、そう言えば、美穂がいましたね……って、あれ? あいつの対は……ああ、そうか」
七は奇数なので、二で割れば余りがでるのは至極当然の話だ。
従って美穂には対となる相手がいないことになるわけだが、あの器量なら魔道属性などと言うものに頼らなくても、本人がその気になれば相手には不自由しないだろう。
「いやいや。相手に不自由しないなど、冗談じゃない。あいつもまだ未成年だ。お兄さんは許しませんよ」
兄としての義務感に燃える俺に、オリヴァーさんは心底呆れた声を出した。
「盛り上がっているところに水を差して悪いが、彼女にも対となる相手がいるぞ」
「ええっ、だ、誰ですか、そいつは」
「君もいい加減鈍いな。召喚されたのは八人だぞ。単純な消去法……ええい、まだるっこしい。彼女の相手は君しかいないじゃないか」
「え? いや、だって。その、俺は巻き込まれついでの、全くの員数外で」
「だから、そこが違うと言っているのに」
オリヴァーさんは、物わかりの悪い生徒を見る目つきで俺を見た。
そして、鎮座している俺の使役獣を示した。
「君が異界から呼び出したのは、普通の召喚獣じゃない。しかも、彼らと君は感覚を共有できるのだろう」
「ええ、まあ」
「私の知る限り、そんな召喚術は存在しない。だから、君は召喚術師と言う定義には当てはまらないと言うことになる」
「じゃあ、俺っていったい何なんです?」
「その前に少し訂正しよう。君が召喚した彼らだが、じつは使役獣ですらない。異界から呼び寄せ、かつ、感覚を共有できるまでの存在。これは、オムー時代の遺跡に碑文として少しだけ記載がある。それによれば、彼らは〈使い魔〉と呼ばれる範疇にある存在だ」
「使役獣では無く、〈使い魔〉ですか」
いっこうにピンとこない俺は、使役獣と呼んでいた連中を見やった。
一方のヴァルガン達も、きょとんとして俺を見つめ返している。
そんな俺達を見て、オリヴァーさんは、しなやかな指で形の良い顎をかいた。
「どうもやりにくいな。ええと、それでだな。美穂という君の義妹は何と呼ばれている?」
「治癒職の〈聖祈の勇者〉です」
「そう。七大と定義された中で、『聖』の具象化たる〈勇者〉だな。ところで、『聖』と対になるのは何かわかるか」
「ん~。俗……ですかね。聖俗と言いますし」
俺の答えに、オリヴァーさんはがっかりしたようだった。
「まぁ、ある意味、君はそうなのかもしれないな。考え方が俗物の極みと言うか何と言うか」
小声でそんな事を呟いたようだったが、すぐに気を取り直したように言葉を続けた。
「正解を言えば『聖』と対になるのは『魔』だ。〈使い魔〉を呼び、意のままに従える君は、つまり〈召魔の勇者〉と言うわけだ。断っておくが、あくまでも仮にそう呼ぶだけだぞ。その名称で君と言う存在を定義するつもりは無いからな」
オリヴァーさんのその言葉に、俺は唖然としてしまった。
「え、えーと。俺も勇者なんですか?」
「君は何を聞いていたんだ。さっきからそう言っているだろう。それに、君の話によると、召喚に応えた〈使い魔〉の数は全部で七つだったな」
「はい。先ほども言ったように、呼びかけても応えないのが一体いますけど」
「さすがに、その事情までは私にも予想がつかないな。ともあれ、古文書にあった「七つの大いなる力」と言う勇者の定義に、君は見事に該当する」
そして、オリヴァーさんはきっぱりと断言した。
「君は巻き込まれたんじゃ無い。もう一度言うが、君こそが〈禍神の使徒〉に対抗する為の、本来の召喚対象たる勇者だ。むしろ、巻き込まれたのは、他の七人の方さ」