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第20話 八人目の勇者?

説明回(?)の前半です。

少し長くなります。

 オリヴァー親子の住まいは、そのあやしげな小路の、かなり奥まった一画にあった。

 台所と一体になった居間以外は奥に寝室らしい部屋があるだけの、いわゆる1DKといったところだろうか。その居間へと俺を通すと、オリヴァーさんは気さくな口調で言った。


「まぁ、狭い所だが、ゆっくりしてくれ。なに、気兼ねは無用だ。今日から君の住まいでもあるんだから」

「はい。ありがとうございます。お世話になります」


 その言葉に礼を言って、俺は敷物の上に直に腰を下ろした。

 アンベルクにおける庶民の生活様式は、いわゆる西洋式の椅子やテーブルでは無く、どちらかと言うと東洋に近いもののようだ。

 たいていは、ここのように敷物の上に座卓と言うのが基本的な調度品だ。

 もう少し裕福な家庭になれば、座椅子やクッションが調度品に加わる事になる。

 それにしても、女性だけの住居に初対面な男の俺を招き入れて、全く気にする様子も無い。

 オリヴァーさんは結構図太い神経の持ち主のようだ。

 あるいは、エレオノーラさんの紹介した人物と言う事で信頼されているのかもしれない。だとすると、紹介してくれたエレオノーラさんの為にも、いっそうに身を律して過ごす必要がある。

 特に奥の寝室は着替えをする場所でもあろうから、立ち入らないようにしないといけないな。


 そんな事を考えて、清く正しくの決意を新たにした俺の目の前で。

 オリヴァーさんはさっさと服を脱ぎ、下着だけの格好になって、敷物の上にどっかと胡座をかいたのだった。

 元の世界でも滅多に見かけないほどのオヤジっぷりである。


「う~む。やはり、我が家が一番くつろぐなぁ」


 いくら何でも、くつろぎ過ぎでしょ!

 てか、ひょっとして、俺って男扱いされてない?

 オリヴァーさんの隣にちょこんと座ったシャルロッテちゃんが、その幼さには不釣り合いな溜息をついて、眉の間を揉んでいる。


「お母様。いくらなんでも、お客様の前で、その格好は見苦しいと思います」

「ん? いや、それは違うな、シャルロッテ。コウイチは今日からここで暮らすのだ。つまり、家族のようなものだ。家族の間で隠し事はしないものだぞ。それに私の身体は、別に見苦しくは無い筈だ」


 いえ、確かに見苦しくはなく、それどころか、娘さんがいるとは思えないほどに若々しくて素敵だと思います。

 それに、家族の間で隠し事は、と言う意見には大いに賛同するところですが……って、隠し事ってそんな意味じゃねぇだろ!!

 俺は大人しく顔を赤らめるべきか、突っ込むべきか、反応に迷って頭を抱え込んだ。

 ひとつだけ分かったことは、この人は感性が常人とはかなりズレていると言う事だった。

 それでも、俺は何とか抗議を試みた。


「あ、あのーですね。一応、俺も男なんで、その辺りを配慮してもらえると……」

「おや、一人前に私の身体に劣情したか? ま、シャルロッテに弟か妹ができるのも悪くは無いが」


 駄目だ、この人。

 徹底して話が噛み合わない。

 こうなれば、実力行使あるのみだ。

 俺は上空にいるローグに、支援の魔力を送ると同時に取り急ぎ洞窟からいくつかの物資を持ってくるように命じた。

 そして、少し考え込む。


「ま、相手は女性だし、俺が魔力で支援すれば何とかなるだろ」


 そう呟き、お腹のポケットから例の魔法陣を取り出しすと、電光石火のスピードでドレイグを呼び出した。そして、召喚するやいなや、その細いながらも強靱な触手でもって、彼女の四肢を拘束させたのだ。

 無論、こんな真似は雑草に毛が生えた程度のドレイグ単体では無理な芸当だが、俺が魔力によって支援すれば、か弱い女性程度なら何とかなる。

 それに、あられも無い格好の女性が、触手に勝てるわけもないと言うのはお約束であろう。


「な……なんだと?」

「お母様に何を!」


 あまりの事に驚くオリヴァーさんと、非難の声を上げるシャルロッテちゃんに構わず、俺は次にヴァルガンを呼び出した。

 そのタイミングで、超特急で物資を運んできたローグが、窓から飛び込んでくる。


「ヴァルガン、その女性にそれを着せろ。ドレイグはそれを手伝うんだ」


 そこまでを命じると、俺はくるりと後を向いた。


「くっ、やめ、やめろ。何をする…………って、え?」

「がう」


 ヴァルガンの合図が聞こえたので、再びオリヴァーさんの方に身体の向きを戻す。

 そのオリヴァーさんは、光沢のあるバスローブのような衣装に身を包んでいた。

 斑土蜘蛛の糸でヴァルガンが編んだ品々のうちの一つだ。

 肌触りは極上だし、ゆったりとした造りなので、充分にくつろげる部屋着になる筈だ。


「ほう、これはいいな」


 オリヴァーさんも気に入ったようだ。

 無理矢理に着せられた事になるが、手足が自由になっても脱ぎ出そうとする素振りもない。


「斑土蜘蛛の糸か。うむ、この紋様も美しい」

「お母様、お似合いです」


 シャルロッテちゃんもうなずいている。

 この子の分は、後でヴァルガンに造らせるとしよう。

 ローグが持ってきたのは、他に金尾狐の毛皮が数枚である。

 居間の敷物が薄くて、正直尻が痛かったのだが、これで少しはマシになるはずだ。


「金尾狐の毛皮を敷物に使うなど、中々に贅沢な話だが、ま、ありがたく使わせて頂こうか」


 オリヴァーさんは少しも動じる事なく、金尾狐の毛皮を尻の下に敷いた。

 後に、金尾狐の毛皮については、こうした使い方は贅沢どころか非常識だと知ることになるのだが、この時の俺は毛皮の相場を知らなかったし、オリヴァーさんは、そうした事には無頓着な人だった。


「ええ、これからお世話になりますんで、当面の家賃代わりと言うことで」


 オリヴァーさんは、その俺の言葉を聞くと、軽く睨むように俺を見た。


「気兼ねは無用だ。言っただろう、家族のようなものだと。いっしょに暮らす家族から家賃を取るような真似はせんよ」

「はあ、すいません」


 正直、そこまで言ってくれるのはありがたい。しかし、初対面の俺を、エレオノーラさんの紹介があったとは言え、そこまで扱ってくれるのは何故だ。

 それが顔に出たのだろうか。

 オリヴァーさんは、一転して柔らかい笑みを浮かべて言った。


「これでも人を見る目はあるつもりでね。初対面だが、君が悪い人間でない事は一目でわかった。事実、私の肌を見て多少の劣情を催したのは男としては当然の反応だろうが、君はそれを抑制しようとしていたしな。たいていの男は、あのような状況になると無遠慮な視線を向けてくるし、中には衝動のままに振る舞う者もいるが、君は違った」


 あれは、俺を試していたと言う事か。


「ああ、勘違いせんでくれ。もう分かったと思うが、私は感性とか感覚が通常とは少し異なるようでな。例えば羞恥心と言うやつは知識としてはあるが、実のところピンとこない。今後もいろいろとやらかすとは思うが、大目に見てもらえるとありがたい」


 俺としては、「はあ」と生返事をするしか反応のしようがない。

 それにしても、こんな調子で、治安の悪そうなここいらでよく無事に過ごせたものだ。


「断っておくが、私とて貞操観念が無いわけでもないし、それに決して無力ではないぞ」


 オリヴァーさんは、そのしなやかな手をかざして、その中指にある指輪を示した。


「この指輪には、毒針が仕込んである。これでも薬師の端くれなんでな。身を守る武器は色々と仕込んでいるのさ。もっとも、君には、と言うか君の召喚獣にはろくな抵抗もできなかったわけなんだが」


 オリヴァーさんはそう言うと、俺の周囲にちょこんと鎮座したローグ、ヴァルガン、ドレイグを興味深げに見やった。

 シャルロッテちゃんも、恐れるふうも無く俺の使役獣を見つめている。


「ふうむ。系列としては召喚術になる……か。エレオノーラが面倒を見るわけだ。しかし、召喚獣と言うより、これは使役獣……いや、〈使い魔〉の類いだな。そうか、八人目とはそういう事か。〈召魔〉と言う事ならば対にもなる。いや、〈召魔〉と断定するには情報不足だが」


 言葉の後半は意味不明である。

 しかし、オリヴァーさんは、この手の天才にありがちな、自分だけ納得すればそれで良しとするような、独善的な性格でもないようだった。

 きょとんとする俺に向かって、うなずいて見せるとこう言ったのだった。


「色々と疑問もあるだろうが、後でゆっくりと説明するよ。私も聞きたい事があるしな。だが、まずは、夕食の仕度を優先させてくれ。いろんな話は食べてからにしよう」



    ◇◆◇



 王都の家々で蝋燭やランプが灯される頃。

 オリヴァーさんの料理が居間の座卓に並べられ、夕食が始まった。

 その料理の腕は確かなものだった。

 俺も王鳥や矢車鹿の燻製肉を食材として提供したわけだが、オリヴァーさんはその素材の滋味を引き出した上で、素材に負けない『味』を構築していた。

 使役獣の中で、なんとなく俺向けの調理担当なポジションになってしまったヴァルガンもお相伴に預かったわけだが、一口食べて「がうう」と低く唸り、オリヴァーさんに深々と頭を垂れていた。

 ちなみに、味のわかるのはヴァルガンくらいのもので、植物系のドレイグを除くと、他の連中は鮮度重視である。もっとも、使役獣どもは俺の魔力を糧にしているので、元々飲み食いする必要はないわけなのだが。

 食事が済み、オリヴァーさんが淹れてくれた食後のお茶を前に、俺は礼を言った。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」

「いやいや、君が提供してくれた食材のおかげだよ」

「そんな事はないですよ。ええ、本当に。これだけの腕があれば、お店が開けるんじゃないですか」


 お世辞などではなく、全くの本音だったが、意外にもシャルロッテちゃんが即座に否定した。


「それは無理。お母様はムラがありすぎだもの。死んだママも、よくこぼしていたわ。出来不出来に差がありすぎるって」

「へ? ママって……」


 俺はシャルロッテちゃんとオリヴァーさんを交互に見ながら、混乱してしまった。

 オリヴァーさんの事を、シャルロッテちゃんは「お母様」と呼んでいるわけだが、その「お母様」とは別に、シャルロッテちゃんには「ママ」がいるのか?

 そんな俺に、オリヴァーさんが説明するかのように言った。


「シャルロッテは、言ってみれば妻の連れ子でな。だが、血の繋がりは無くとも、私の愛しい娘には変わりないぞ」

「あの……妻って??」


 全然説明になってない。

 オリヴァーさんが女性である事は、この目で確認したわけだが、そのオリヴァーさんに妻?

 いや、そういえば、エレオノーラさんからも奥さんがいるとは聞いていたな。


「ん~。まずは、そこから説明が必要だな。エレオノーラから、私の事はどのように聞いている?」

「ええと、以前に学術院で教鞭をとっていて、今は奥さんと薬師を営んでいると」

「そうか。学術院を放逐されて以来、文のやり取りしかしていないからな。当時の『男』だった頃の私しか知らないのも無理はないか」

「はい? 『男』だった?」

「胸にさらしを巻いたり、体形を誤魔化す下着をつけたり、付け髭やら声を変える薬やら。いや、実に面倒だった。その意味では、放逐されてせいせいしたくらいだ」

「な、なんで、そんなことを?」

「ん? 学術院の高等科以上は男子にしか門戸を開かないからに決まって……ああ、そうか、君は異世界から来たんだったな。まぁ、そういうことさ。このアンベルクの慣例だか、何だかしらんが、よくわからん決まり事で、女性は一定以上の学問を修める事ができないのさ。魔道関連に進めば話は別だが、そちらの方面には才覚の無い私が学問を続けるには男に成りすますしか方法がなかったわけだ」


 女性に学問は不要。

 日本も昔はそんな時代だったそうだが、このアンベルクも同様のようだった。

 いや、今の日本だってそんな考えから完全に脱却しているわけでもないか。

 まぁ、社会批判は柄じゃないので、それは置いとくとしてだ。

 そうすると、エレオノーラさんは、オリヴァーさんを男だと思っていたことになる。


「私の名は、正しくはオリビアだ。ああ、今はオリヴァーで慣れているので、そっちで呼んでくれ。オリビアなんて呼ばれると、昔の事を思い出す」


 なにやら触れられたくない、複雑な過去がありそうだった。

 とりあえず、それも置く事にしよう。

 だが、それも、オリヴァーさんに奥さん……『妻』がいた説明にはならない。


「あー、なんというか。私には女性としての自覚が薄いようなんだな。いや、別に自分を男だと認識しているわけじゃない。そもそも自己に対する性別という概念が皆無と言った方が近いかもしれんな」


 同一性性障害とも違うと言う事か。

 まぁ、振る舞いには女らしさは皆無だが、男のようかと言うとそれも違う。容姿は別として、その言動だけだと性別不詳というところか。

 男の俺の前で、肌を晒して平気だったのは、そういう要因があったというわけだ。


「ま、そうはいっても身体は女性だ。突発的なある出来事から、結局はそれがバレて学術院を放逐されたわけだ。私の『男装』を見抜けなかった学術院側も、実情を公けにできなかったんだろうな」


 そこで、オリヴァーさんは愉快そうにクスクスと笑ったが、少しまじめな表情になると言葉を続けた。


「なので、建前としては今の学術院長との政治的闘争に敗れての放逐、と言う事になっているが、実際は逆だ。学術院を始め、結果的にアンベルクをも欺いた私は、本来なら極刑に処せられても不思議ではないところだったんだ。今の学術院長たるトビアス卿が庇ってくれなければ、あるいは、そうなったかもしれないな」


 俺は、麗華達に〈禍神の使徒〉について説明していたトビアス卿を思い出した。

 なんとなくエレオノーラさんが嫌悪していたように見えたので、俺も偏見を持っていたが、結構良い人だったんだな。


「トビアス卿は良い人だよ。しかも、誤解を受ける事を恐れない胆力と調整型の政治能力を備えている。波乱がおきそうな局面でその場を納めると言った手腕に関して言えば、あの人の右に出る者はいないだろうね」


 そう言えば、激高する宰相をうまく宥めていたもんな。


「もし、君が政治的な援助を求める必要が生じたら、トビアス卿を頼ると良い。アンベルクの各要所に人材を輩出する学術院の長と言う立場は、目立ちこそしないけど、隠然たるものがあるからね。きっと力になってくれると思うよ。後で私も一筆したためておこう」


 オリヴァーさんは、そう言ってくれたが、しかし、他の〈勇者〉ならともかく、落ちこぼれな召喚術師と言う立場の俺が、援助を必要とするほどに政治的なアレコレに関わりを持つことなどあるだろうか。


「おっと、話がそれたか。そういうわけで、極刑は免れたものの、行く当ても無くなった私を拾ってくれたのが、学術院に出入りしていた薬師達の中で、特に親しくしていた夫婦だった。それが、このシャルロッテの実の親でもあるわけさ」


 お腹がくちくなったせいか、いつしかオリヴァーさんの膝にもたれかかるような格好で寝入っているシャルロッテちゃんの頭を優しく撫でながら、オリヴァーさんは静かに言った。


 その後のオリヴァーさんの語った内容は、次のような経緯だった。

 オリヴァーさんを引き取った直後、その夫婦のうち、旦那の方が野盗の襲撃で亡くなった。

 薬師は文字通りに薬草を使って人を治癒する仕事だが、肝心の薬草が無くては何もできない。

 通常、薬草は冒険者ギルドを通じて依頼を出し調達するのだが、この方法だと、緊急の需要に応じた供給は難しいのだ。

 その当時、王都を襲った流行病はやりやまいで慢性的に薬草が不足するといった状況に陥り、やむなく、旦那は有志を募り、冒険者を雇って薬草の採取に出かけ、その帰りを盗賊の集団に襲われたのだ。


「あの頃は薬草には結構な高値がついていたからね。充分に警戒するように言ったんだが、多勢に無勢ではどうしようもなかっただろう」

「流行病……って、神殿は? それに盗賊がいたのに騎士達は何をしていたんです」


 俺は、つい激昂しそうになるのを押さえて言った。

 それは、宮殿での神官や騎士達を思い出したからでもある。

 〈勇者〉である麗香達の手前、その縁者である俺にあからさまな事はしなかった。

 しかし、郷田の影響や、財務卿の不興をかった事もあってか、中には露骨に見下した視線を向けて来る者もいた。

 気にしないようにしていたが、結構、傷ついていたのかもしれない。


「そうだな。三百年ぶりになる星辰の配置を数年後に控えて、騎士達は王国の各地に保存されている古文書とか、前回の勇者召喚に関連した遺物の収集に駆り出されていたし、その古文書を解読する為に神官や魔道士が総動員されていたな。言うまでも無く、学術院も全面的に協力していた。私が放逐されただけで済んだのは、それどころじゃ無いと言う事情もあったのだろうさ」

「え? それって、つまり……」

「そうだ。君たちを召喚する為の準備が、その頃から始められていたんだよ」


 オリヴァーさんは、穏やかな視線を俺に向けてそう言ったのだった。

 異世界からの勇者の召喚。

 ラノベなどではありふれた話だが、こうして聞くと、かなりの時間と労力が費やされた、言わば一大事業だったことがわかる。

 その余波として、シャルロッテちゃんは実の父親を失ったのだ。


「ああ、君が気に病む話でもないさ。これは巡り合わせと運不運の問題だ。ちなみに、その盗賊集団は、とっくに全員が捕縛され処刑された筈だ」


 古文書や遺物の収集が済んだところで、治安維持に全力を注いだ騎士団により、それまであちこちに蔓延っていた盗賊達は壊滅したのだそうだ。


「エルザ……シャルロッテの実の母親は、私の親しい友人でもあり、恩人でもあり、何より素晴らしい人物だった。夫の方も恩人ではあるんだが、私が女と分かってからは、少し関係がぎくしゃくしたかな。良い人物ではあったが、典型的な価値観の持ち主だったからね」


 つまり、アンベルク標準の男尊女卑的な考え方をする人だったと言うことか。

 今まで男と信じて尊敬していた学術院の講師が、実は女性とバレて放逐されたのだ。

 有志を募り、危険を冒してまで流行病に苦しむ人々の為に薬草を採取に行くような人物なので、それなりに立派な人だったんだろうけど、それとこれとは話が別なんだろう。

 ともあれ、夫を亡くしたエルザは悲しみに暮れる暇もなく、シャルロッテを育てる為にも薬師を続けて行かなければならなかった。

 そして、制度上のある問題にぶち当たったのだ。

 オリヴァーさんは淡々とした表情で説明を続けた。


「薬師の免状は、原則として男性にしか認可されない。ただし、薬師として十分な腕前と実績のある女性については、その結婚相手を名義人として認可すると言う抜け道もあるんだ」


 そうした事情の中で、オリヴァーさんは再び『男装』し、言わば偽装結婚によって薬師の免状を得たのだそうだ。

 最高学府とも言える学術院ですら、突発的な出来事なるものが無ければ見抜く事のできなかったオリヴァーさんの『男装』である。薬師ギルドの担当者に、それを見破るなど到底不可能だっただろう。


「まぁ、そんなわけで、エルザを妻、シャルロッテを娘としてしばらく薬師を手伝っていたんだが、今度はエルザが……」


 薬師は治癒職と言うイメージがあるし、事実その通りなのだが、薬草を採取する為には冒険者並みの危険を冒すこともあるし、そうでなくても、薬草を扱うと言うのは危険な仕事なのだそうだ。

 一般に薬草と一括りにしている植物群だが、大雑把には二種類に分けられる。

 一つは、名前通りにそのままで薬として使えるもの。これは扱いには問題が無く、相応の知識さえあれば、素人でも処方が可能だ。

 問題は、もう一つの、そのままでは毒にしかならない種類のものだ。


「毒と薬は表裏一体なところがある。そのままでは猛毒であっても、薄めれば有益な薬となるんだ。薬効と言う面では、こっちの方が効き目が高いかな。ただし、扱いは難しい。薬師と言う職業がギルドによる認可性となっているのは、そうした理由もある」


 職業ギルドによる独占的な認可制度は、職種選択の自由を奪うものでもあるが、一定の技能が必須とされる職業では、その技術レベルを担保する側面もある。

 日本だって薬剤師の資格が無いと薬の処方なんかはできないわけで、それと同じようなものなのだろう。

 だが、資格を持つからと言って、それが完璧な安全を保証するかと言うと、そういうものでもない。

 例えば、公的な資格である運転免許を持っている筈のドライバーだからといって交通事故を起こさないわけでもない。

 シャルロッテちゃんの母親も、薬草を煮詰めた液から薬効成分を抽出する、その作業の途中に事故で亡くなったそうだ。

 原因はギルドが下ろした通常の薬草の中に、見分けのつきにくい、本来は薄めて使う猛毒性のものが混じっていた事が原因だった。


「本来なら救えた筈だよ。神殿の治癒魔法ならね。だが、薬師ギルドは外聞をはばかって彼女を連れて行かなかったんだ」


 その結果、薬師ギルドは代償として、腕利きの薬師を二人も失ったのだ。

 一人は亡くなったシャルロッテの母親。

 そして、もう一人はその手伝いをする中で急速に腕前を上げたオリヴァーさん、その人だった。


「まぁ、事故ではあるんだが、その原因はギルドの職員が起こしたミスにあるわけだ。体面を繕う為に、結局は薬師を見殺しにしたんだ。本来は薬師を守る立場のギルドが、本末転倒もいいところだ」


 表面上は、あくまでも淡々と語っているオリヴァーさんだったが、その口調には苦いものが混じっているようにも感じられた。


「そんなわけで、それまで住んでいた場所を引き払って、ここでモグリの薬師をやっている次第だ。どの道、『男装』をやめた私には免状の認可は下りないしね。まぁ、ギルドが徴収する金額を上乗せしないで済む分、安く提供できるんで、この界隈では大事にされているよ。見ての通りの土地柄なんで、薬師ギルドもうるさく干渉してこないのも気に入っている」


 そこまで言うと、オリヴァーさんは冷めてしまったお茶の残りを飲み干した。


「私の事情などは、これで全部かな」


 今度は俺の番だと言わんばかりに、こっちを見つめてくる。

 俺としても、これまでの疑問やら何やらを含めて、誰かに聞いて貰いたかった気持ちもあった。

 そんなわけで、俺は召喚されてからの諸々を話し始めた。

 使役獣との「感覚の共有」についても、残らず話した。

 この人なら信頼できると言う、具体的な根拠こそ無いが、何か確信めいたものを感じたわけだが、それは即座に報いられることになった。

 決してわかりやすいとは言えない俺の話を、ただ黙って聞いていたオリヴァーさんは、俺が話し終えると開口一番、こう言ったのだ。


「だいたい事情は分かったよ。ええと、まずは、君の誤解を解いておこうか」

「誤解?」

「あー、君だけじゃないな。エレオノーラも含めて、アンベルク宮殿の連中も誤解しているようだが、君も〈勇者〉の一人だ」


 驚きに目を見張る俺に向かって、オリヴァーさんは断言した。


「いや、正しく言おう。君こそが古文書に記された、〈禍神の使徒〉に対抗する為に召喚された勇者なんだ」



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