日曜日 Part.1
…………ともあれ。
実際の暴走はともかくとして、本来の用件は聞くまでもなく。元気に走り去っていった天下谷さんを見送った後、僕は寝巻からジャージに着替えて部屋を出た。
昨日、普段着は買わされたものの依然として部屋着は持っていない。そのためコレが僕の『天下谷宅での姿』であり……────
「…………ルームウェアも、見るべきでしたね。忘れてました」
「いいよコレで。不都合ないし、楽だし丈夫だし動きやすい」
「いいわねぇ、スラッとした男の子って何着ても格好良いんだもの」
大家の方である天下谷さん、もとい千雨さん。そして孫娘の方である天下谷さんも既に見慣れたものだろう、ツッコミも弄りも少々で済む。
と、いうことで。
「………………ぁ、えっと」
成さなかった用件、つまるところが朝食の報せ。呼ばずとも来た僕の隣で箸を取りつつ、チラと視線を送って来ていた元気娘と目が合った。
さて、次に続くであろう言葉……というより、問いを察した僕は、
「今日は出掛ける予定じゃないけど、どこか行きたいなら付き合うよ?」
そのもの、今日これからの動向を尋ねたそうにしていた天下谷さんの先手を取った。然らば───……なんというか、なんだろうか、その顔は。
「…………今日は、おやすみ、です」
「……? まあ、うん、了解。それぞれ頑張って、のんびりしよう」
「のんびりすることを、頑張るとは……?」
不満気……それはもう、物凄く不満気……あるいは、この野郎みたいな顔をして。言葉を返しつつ前を向いた彼女は、きんぴらごぼうをチマリと口へ運ぶ。
そして、そんな僕らの様子を見て。
「…………うふふ」
千雨さんが、なにやら楽しそうに笑んでいた。
◇◆◇◆◇
さて。
のんびりしよう────とは言ったものの。日曜日にて外出の用もナシとなれば、天下谷さんはともかくとして僕こと居候に『予定』が生まれないはずがなく。
なにか出来ること、手伝えることはありませんかと……つまり、一宿一飯どころでは済まない、累積され続ける恩を返す手立てを大家様に求めたところ。
「……………………………………………………」
「……そんな、羨ましそうな目で見られても」
僕の『やりたがり』な性質は、既に底まで見抜かれていると考えて良いだろう。
もう渋る様子さえも見せずに「あらほんと?」と顔を綻ばせた千雨さんの厚意により、僕は朝食後。せっせと風呂掃除に勤しんでいた。
お誂え向きの作業時は変わらず、ゴム手袋に長靴にゴーグルにマスクに三角巾にと完全無欠のフル装備。やたら楽しげに次から次へ僕を着飾らせていく千雨さんに従うまま、カビを根絶することこそ使命みたいな有様で────加えて、
「……………………………………………………」
「……だから、そんな目で見られても困るんだけど」
無事お手伝いを賜った僕を、心底から羨ましそうに……敢えて悪意的に言い換えるとするならば、忌々しげに見つめる孫娘もセットである。
────いや、容易に察せられることではある。
彼女の性格、彼女の気質からして、それは『そう』だろうなと。できるものなら、自分こそが『やりたい』のだろうなと。考えるまでもなく、これまで……。
〝不幸〟の可能性さえ、なければと。
面倒を見てくれる祖母の手伝いを、ずっと我慢してきたのだろうから。
「「………………」」
然して、お見合い。掻っ攫った居候と、掻っ攫われた孫娘。
……然らば、溜息。居候から渡せる意向は、変わらず一つのみだ。
「なにを羨ましがってるのか知らないけど、やりたいなら一緒にやろうよ」
「…………ぇ、ん、え?」
即ち、どれだけ伝えれば足りるのかと。
「僕がいるんだから、大丈夫だよ。それとも、風呂掃除は熊より危険?」
「え、ぇっ……ぁ、え、ど、どう、でしょう…………???」
僕が傍にいる時、君は普通で在っていいんだよと。
「わかってると思うけど、神様由来の〝不幸〟以外も僕には足音が聞こえるんだからね。天下谷さんだって誰だって、僕の隣は世界一安全に掃除ができる場所だよ」
他ならぬ僕が、そう願っているのだから。
どれだけでもいくらでも性懲りもなく、都度説教していく所存だぞと……流石に口煩い奴になる頃合い、そろそろ諦めてくれないかなと思いつつ。
「………………────っ、ふ」
決して冗談ではない冗談交じり、僕が飛ばした戯言に。
「ふ、ふふっ……なんですか、それ」
ポカンとした後、耐えきれず笑み。
大真面目な顔で……もとい、キテレツな格好で堂々と何を言っているんだコイツと、天下谷さんは口元を押さえながら肩を震わせて。
「……いいから、早く装備一式を貰ってきなよ。手伝いたいなら手伝えばいい」
先程までの反転。今度は此方から半眼を向けた僕に対して、
「ふふ、ふ……っ────お風呂掃除は、芳野君に一任しちゃいます」
「えぇ……」
今朝これまでよりは、自然な風味で。
そして昨日までよりは、どこか距離の近い色味で。
「まずは自信満々の手並みを拝見しますね、お手伝いヒーローさん?」
「えぇ…………」
「似合ってますよ? そのコスチューム」
「それは完全に馬鹿にしてるでしょ」
僕としても披露されて満更ではない類の笑顔を、初めて。
浮かべて、見せてくれた。
ゆっくり着々と深めていけ。




