武門の一族
辺りに響き渡る、剣劇の音。周囲にこだまする、断末魔のうめき声。阿鼻叫喚の地獄絵図が、そこにあった。
斬られてちぎれ飛ぶ手足。幾多の身体から流れ出し、地面を紅く染める鮮血。それらを踏みにじるように、数多くの敵が蹂躙されて逃げ惑う味方を追って進撃を再開する。
「わははっ。あいつら、あの程度の奴らにやられてるぞ」
「口ほどにもない。やはり、俺らしか太刀打ちできんな」
口々に、敗走する味方を嘲笑する者たち。その声を聞き、カルムは少し顔をしかめる。
「ライル、クリス。そのような事、あまり口にするなよ。誰が聞いているか分からん」
「ははっ、本当の事を言ったまで」
「兄者は相変わらず、心配性だな」
カルムは弟たちを窘めるも、返ってきたのは不真面目な言葉ばかり。その言葉に、彼は内心で頭を抱える。
「……仮にも、味方が総崩れなのだ。少しは言葉を慎め」
「へへっ。どうせ、俺らに楯突く奴なんか、いやしねえって。王も側近も、度胸のねえ屑ばかりなんだからよ」
「大言壮語ばかりの輩など、配慮する気も起きん」
カルムが窘めるも、効果はまるで無し。それどころか、大胆にも自身が仕える王の悪口まで堂々と口走る始末。状況が状況なら、どう考えても不敬罪だろう。
だが、弟たちがそのような不敬を口走るのも、裏打ちされた実力があってこそなのだ。今まで敵国に蹂躙されて押し込まれ、滅亡寸前になった国家をかろうじて支えられているのは、カルムたちメルクニア家の軍事力に寄るものが大きかったから。
その兄弟たちが呑気に会話している間にも、次々と敗走してくる味方がなだれ込んでくる。だが、彼らは決してその敗走兵を迎えることはしなかった。それどころか、彼らは配下に命じて兵たちに槍衾を並べさせ、敗走兵たちを追いはらってしまう。逃げ場を失った敗走兵たちは、追撃してくる敵軍に次々と討たれていく。
場面だけ見れば、非情な采配。だが、兄弟たちから見れば理にかなった判断でもあった。敗走兵を取り込むことで、陣形などに乱れが生じるのを嫌ったのだ。それに、練度の低い兵たちを取り込んだところで、足手まといにしかならないのだ。
そして、その判断を行ったのは、カルムである。この三人の中では一見カルムが最も大人しそうな佇まいのだが、実は一番苛烈な判断を下すのもこの長兄だった。だからこそ、傍若無人を地で行く弟たちも、この兄の采配に黙って従っていた。
芳しくない戦況で、陣形を保っているのはカルムたちメルクニア軍ただ一つ。その数五千に対し、敵のアーシア軍は総勢十万で、先鋒だけでも二万を数える。それでも、カルムたちは自身が負けるとは思っていなかった。
「さて、そろそろ俺らも突っ込むぞ」
「どっちが多くの敵を殺すか、勝負するか?」
戦場に流れる血を見たことで、逆に昂ってきたのだろうか。ライルとクリスは今か今かと攻撃の合図を待つ。
「……お前ら、あまり深追いはするなよ」
カルムはそう釘を刺すも、焼け石に水なのは承知していた。このような血に飢えた狼のような弟たちは、こうなっては止められない。
(……ご愁傷様)
彼は手を振り下ろして攻撃の合図を出しながら、敵兵に対して合掌していた。もっとも、彼自身、心から敵兵を悼んでいる訳では無かったのだが。
*****
雲霞のごとく押し寄せる五万の軍勢だが、とある場所で停止を余儀なくされる。
(……メルクニア家の軍か)
アーシア国の先鋒を務めるビスクは、いっそう表情を引き締める。その彼の目の前では、自軍の兵がメルクニア家の騎馬部隊に良いように翻弄されており、何とか陣形を保つのに精いっぱいであった。
これまでの戦いで、メルクニア家には何度も煮え湯を飲まされたのだ。メルクニア家当主のエジルは文武を兼ね備えた名将であったが、その息子たちも侮れない。長男のカルムをはじめとして、ライル、クリス、フラン、エルム、ウルフ、ガイン、マリスら八人の兄弟は全員が屈強な将であり、そのいずれにもビスクは勝てていなかった。その兄弟たちは、一番上が二十四歳、末弟に至っては未だ十代というから、末恐ろしい。
それでも、こうやってアーシア国が敵であるアムル国を押し込めていられるのは、アムル国の兵があまりにも弱兵であったから。メルクニア家以外は、練度の低い烏合の衆でしかなかった。それに加えて、アーシアは広大な領土と豊富な民と資源を持つ大国であり、一方のアムル国はアーシアに比べて民も資源も半分以下。戦争につぎ込める人員の違いが、アーシア国有利な状況をもたらしたのだ。
だが、大局では勝てていても、局地戦においては防戦一方。ビスクの命も、風前の灯火となりかけていた。
「ビスク殿っ、ご無事でっ!」
前線が混乱してるのを見て、第二陣の軍が駆けつけてくる。それでもメルクニアの軍は崩れるどころかしっかりとアーシアの波状攻撃を支えている。本軍を率いるカルムがしっかりと攻撃を受け止め、ライルとクリスが騎兵を率いて左右からかき回す。その連携のとれた動きは、おそらくアーシアのどの将軍も太刀打ちできないだろう。
だが、さすがに数の暴力には敵わないか、徐々にメルクニア家の軍は後退していく。彼らにとって不幸なのは、味方の軍があまりにも弱兵で使えないことであろう。今や、メルクニア家以外は戦場から離脱してしまっており、まさに孤軍奮闘といった状況になっていた。
(……惜しい)
それが、ビスクの正直な感想だった。先程は、騎兵の突撃で自身が率いる先鋒部隊を切り崩され、冷や汗をかいた。だが、いかに最強の軍をもってしても、数の暴力の前には太刀打ちできる筈もない。やがて、第四陣、第五陣と次々に波状攻撃を仕掛けられ、じりじりと下がっていく。さすがに、交代で襲い掛かる相手に対し、替えの利かない少数では身が持たない。
それでも、整然と陣形を崩すことなく退却していく様は、見るものを感嘆とさせた。いかに大国アーシアといえども、これだけの用兵術を駆使する将が、いったい何人居るだろうか。




