夕暮れ――公爵邸の広間にて
黄金の残光が窓辺に差し込む中、リリアは重厚な扉をくぐった。
朝とはまた違う、落ち着いた灯りに包まれた部屋。
銀器に反射するその煌めきが、薄暗い部屋に柔らかな明かりをもたらしている。
先に到着していたエルヴィンが、椅子を引いて彼女を迎え入れる。
「ようこそ。……今日一日、穏やかに過ごせたか?」
「はい、とても。午前中は屋敷の中をいろいろ案内していただきました。
部屋で本を読んだり……。
午後は、使用人の皆さまをご紹介いただきました」
リリアがそう話すと、エルヴィンはゆっくりとワインを口に含み、ひとつ頷いた。
「ふむ。それは何よりだ」
銀の食器に、香ばしく焼かれた魚と温かなスープが静かに並べられていく。
料理の香りが、やわらかく二人の間に満ちた。
「専属のメイドがついたと聞いている」
「はい、エリスです。とても優しくて、少し年も近くて……安心しました」
リリアが微笑むと、彼の視線が、かすかに和らいだ気がした。
「……そうか。
彼女は若いが、気配りができる。適任だろう」
リリアはふわりと微笑んだ。
「あ、それと……お茶菓子もいただきました。
厨房の皆さんが、いろいろ作ってくださったんです」
思い出して、少し頬を染めるリリア。
「どれもおいしくて、でも一つ選ぶなら……あの、小さなリンゴのタルトが」
エルヴィンもまた、わずかに口元を綻ばせた。
「――あれは、王都の菓子職人から伝えた配合だ。
君の口に合ったのなら良かった」
リリアの胸の奥が、ほんのわずかに温かくなる。
ナイフとフォークが静かに皿を打ち、二人の食事は淡々と進んでいく。
だがその静寂は――どこか、安らぎにも似ていた。
「……この屋敷での暮らしには、まだ不安があるか?」
「……いいえ。初めての場所ばかりですが、皆さまが親切で……それに、公爵様も」
言いかけて、リリアははっと口をつぐんだ。
その言葉に、エルヴィンの指が止まる。瞳がほんの少しだけ細められた。
「――お互い、少しずつ歩み寄れたら良い。
……焦る必要はない」
その言葉に、リリアは胸の奥にふっと小さな灯りがともるような心地を覚えた。
まるで、自分の存在を急かさずに認めてくれたような、そんな感覚。
やがて食後の香り高い紅茶が運ばれ、二人は夜の静けさの中に溶け込んでいった。