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対面の翌朝

夜が明けきらぬ薄明のころ、重厚なカーテンの隙間から、淡い朝日が差し込んでいた。

静かな寝室。

しんとした空気の中に、どこか甘く澄んだ花の香りが漂っている。


「……リリア様、お目覚めでしょうか」


ノックの音と共に、扉の向こうから、クラリーチェの柔らかな声がかかる。


「……はい。今、起きます」


昨夜、彼女に支度されて眠りに就いた、豪奢なベッド。

天蓋にはレースが揺れ、窓の向こうには、青みがかった庭園の緑が輝いている。

リリアは緩やかに身を起こし、ふわりとカーテンを揺らす光に目を細めた。


――まるで夢の中みたい……。





着替えを手伝われながら、鏡越しにそっと訊ねる。


「公爵様は……もうお目覚めですか?」


クラリーチェは微笑を浮かべた。


「ええ。リリア様より少し早くお目覚めになり、今は庭を散歩していらっしゃいます」


「お庭を……」


「はい。朝食の席にて、お待ちしておりますとのことでした」


やがて支度を終え、扉を開ける。

その先に広がるのは、淡い光に包まれた朝の廊下。


吸い寄せられるように歩を進め、

リリアは館の奥にある、小さな朝食の間へと案内された。





朝食の間は、白を基調とした優美な空間だった。


磨き抜かれた銀器。

庭に面した窓からは朝日が差し込み、そこに在るすべてを柔らかく照らしている。


静寂の中に、香ばしいパンと紅茶の香りが漂ってくる。

その中央に、ひときわ静かな存在感を放つ男が座っていた。


「……おはようございます、公爵様」


リリアが静かに声をかけると、エルヴィンはゆっくりとこちらに顔を向けた。

琥珀色の瞳が、リリアを見つめる。


「……おはよう、リリア嬢」


彼はそう言って立ち上がり、リリアの椅子を引いた。

その仕草はどこまでも丁寧で、リリアは小さく礼をして、椅子に腰を下ろした。


「――昨夜はよく眠れたか?」


「はい。とても……。

あの……素敵なお部屋をありがとうございます」


「……喜んでもらえたようで良かった」


エルヴィンは小さく微笑んだ。


短いやりとりのあと、再び沈黙が訪れる。

窓の外で小鳥がさえずり、紅茶の湯気が淡く立ち昇る。


「……こちらの朝食を気に入ってもらえると良いのだが」


「……はい。

とても、美味しそうです」


焼きたての白パン、果実のコンポート、卵料理と温かなスープ。

飾り立てず、それでいて細やかな心配りを感じる品々に、リリアの心がほぐれていく。


「お庭、とても素敵ですね。……今朝、少し窓から見えたんです」


少しだけ緊張して話しかけると、彼の手元の紅茶が静かに揺れた。


「気に入ってもらえて良かった。

あの庭は……母が好きだった場所で、季節ごとに植え替えを」


「まあ……素敵なお母様だったのですね」


リリアの言葉に、公爵は一瞬だけ、視線を遠くへと向けた。


「……ああ。静かで、優しい人だった」


ふいに流れた沈黙を破ったのは、リリアのふとしたひとことだった。


「いつか……あのお庭を歩いても……良いでしょうか?」


その問いに、公爵は一瞬彼女を見つめ……静かに微笑んだ。


「……もしよければ、明日の朝、共に歩こう」


「……!」


頬に花が咲いたように、リリアの顔が明るくなった。


「はい。楽しみにしています」


侯爵の視線が、ほんの一瞬だけ揺れた。

朝の微光が、二人の間をやわらかく包み込んでいた。

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