王家の呪いと吸血鬼の血
遥か昔。
人と異形のものが、同じ夜に息づいていた時代――。
北の果て、氷と影に覆われし地にて、ひとつの王朝が栄えていた。
それは「血を糧とする民」――吸血鬼の一族による、夜の王国。
吸血鬼たちはかつて人と共に生きていたが、長い年月の中で、人の血を糧とする魔性へと変貌し、やがて恐れ忌み嫌われる存在となった。
人を狩り、人を眷属とし、人を恐怖で縛るその力に、南方の若き国は、ついに終止符を打たんと決意する。
その先頭に立ったのが、のちに『光の王』と呼ばれる、初代国王フェルナンであった。
聖なる炎を纏った剣と、白銀の騎士団を率いて、フェルナンは吸血鬼の王都へと侵攻した。
数えきれぬ血の夜を越え、遂に王は吸血鬼の王の胸を貫き、その命脈を絶った。
死の間際、滅びゆく吸血鬼の王は、フェルナンに向かい、呪詛の言葉を吐いたという。
『……この血は終わらぬ。
いずれ、そなたらの血に牙が宿る。
人に仇なす力を抱えたまま、光に怯え、影を生きる者が生まれよう。
――その苦しみこそ、我らが魂の報いと知れ。
永遠の夜を拒んだ報いを、そなたらの子孫が味わうがいい』
その言葉は、風に消えた。
吸血鬼の城も、王も、その民も――すべて、炎と剣の果てに塵となった。
けれど、呪いだけは生き残った。
幾世代もの月日が流れ、人々の記憶が神話へと変わりゆく中――
王家に生まれし一人の少年に、“血”が、目覚めた。
名を、エルヴィン・ヴァルモンド。
王の弟にあたり、傍系ながらも、品位と聡明さを併せ持つ、若き王族として知られていた。
だが十歳のある夜、何者かに命を狙われ、深手を負い、死の淵に立ったその瞬間――
彼の中で、何かが弾けた。
その瞳は紅く染まり、心には、血を欲する獣の叫びが轟いた。
焼けつくような太陽の光に怯え、闇夜でこそ冴え渡る感覚。
彼は知る。
それは“自分のものではない本能”――
忌まわしき力の残滓が、数百年の時を超えて芽吹いたのだと。
そして王家もまた、気づいた。
始祖の呪いが王家に届いた証。
あの呪いは、終わっていなかったのだと。
吸血鬼の末裔としての宿命と、王家の呪いの結晶。
恐れと混乱の末、王家はエルヴィンに「北方の公爵位」を与え、王都から遠ざけた。
”ノワール”――闇の名を冠する公爵として。
王家は沈黙を貫いた。
“王家の誇り”と“王家の呪い”を、同時に封じたのである。
そして、彼に“封印の仮面”が用意された。
それはエルヴィンの力を封じるために、幾人もの高位魔導士と高位神官の力を合わせて造られた、封印と誓約の象徴だった。
それでも……封じることができたのは力の半分。
仮面の下にあるのは、人ならざる紅き瞳。
そのすべてを――ひとり、少年は受け入れた。
その紅き瞳の奥に、哀しき覚悟を宿して。
そして数十年後。
公爵のもとへ、一人の少女が現れた。
その名は、リリア・フェルト。
運命の糸は、ゆっくりと、静かに絡まり始めていた――




