静かなる帰路
泣きじゃくっていたリリアは、しばらくしてようやく嗚咽を鎮めた。
「……申し訳ありません、エルヴィン様。
私……取り乱してしまって……」
彼の腕からそっと身を離し、ハンカチで涙の跡を拭う。
「……大丈夫か?」
優しい声が響き、彼の手が、リリアをそっと自身の肩にもたれかけさせた。
「……はい。ありがとうございます……」
リリアはそっと目を閉じ、エルヴィンの肩に身を任せていたが、隣に座る彼の様子に気づき、はっと身を起こす。
「……エルヴィン様……っ!」
仮面から覗く右目が、いつもの穏やかな金色ではなく、わずかに紅を帯びている。
そして、彼の手がわずかに震えていた。
「問題ない……少し、抑えが効かなくなっているだけだ」
低く押し殺した声。
長時間の舞踏会、王都の喧騒、そして人々の悪意ある視線やささやき。
すべてが彼の中の”呪われた血”を刺激してしまったのだろう。
リリアの胸が締め付けられる。
迷わず、彼の手に自分の手を重ねた。
氷のように冷たい。
「エルヴィン様……」
エルヴィンは答えず、ただ目を閉じる。
その紅の色が濃くなり、彼の肩がわずかに震える。
次の瞬間――
リリアは彼を抱きしめていた。
胸に顔を埋めると、彼の震えが伝わってくる。
リリアの心の奥に、旋律が浮かぶ。
母が歌ってくれた、歌。
『リリア。これはとても大事な歌。大切な人を守るための歌なのよ』
リリアは知れず、その旋律を唇に乗せる。
「……♪……森に眠る、やさしい風よ……」
静かな旋律が馬車に満ちる。
すると、リリアの髪が淡く光り、彼女の身体から、無数の光の粒がふわりと立ち上った。
その光がエルヴィンに降り注いだ瞬間、熱に浮かされていた彼の呼吸が落ち着き、燃え盛る衝動が静かに鎮まっていくのを感じた。
エルヴィンは目を見開く。
紅い瞳の輝きがわずかに柔らぐ。
「……こ、れは……」
エルヴィンが息を呑む。
紅の目が、ゆっくりと金色に戻っていく。
まるで春の陽だまりが、氷を溶かしていくかのように。
「リリア……君は……」
エルヴィンは呆然とリリアを見つめる。
彼はしばらく黙ったまま、やがて低く震える声で囁いた。
「――君は……いったい、何者なのだ?」
リリアは答えられず、ただ手を握りしめた。
けれどその手のひらには、淡い光がまだ残っていた――。
「わ、私は……何を……?」




