刀の振るいかた
──すらり
擬音にして表すなら そのような あまりに軽やかで 疾い太刀筋
袈裟懸けに振り下ろせばその射角のまま背骨ごと 頭蓋すらも真っ向から唐竹に割れるほど滑らかに
鋼武器も 魔力を編んだ防具も 視覚の写す通りそこに存在しているのか己の認知を疑うほどに 抜き放たれた刃に隔たりを感じない
仮面の男は自身の流した血液でしとどに塗れ 右腕は完全に脱力したまま身を翻した勢いの慣性で無残に振り回されている だというのに
『……ッ』
この鮮烈な切れ味に誰よりも困惑しているのは他ならぬソフィナ自身だった
───どうしてこんなヤツに己を使用わせるに至ったか
戦場と化した舞台上で捕縛され地に転がされたソフィナはユンだけでも逃げ延びて欲しいと必死に請うたが 彼は座り込み頑として動かなかった
このままでは二人とも死んでしまう そんな時 すれ違いざまにユンを蹴り飛ばしソフィナを放り投げた仮面男
ユンを蹴り飛ばしたのは頭にキたが 状況を動かしてくれたのは事実、それにソフィナを投げる際 周囲に悟られぬよう仮面男に耳打ちされた言葉
「相棒を雑に扱ったのはスマないがお前達はこのまま逃げろ」
「え?」
「出口付近に投げる、拘束も解いた」
「お前、どうして」
「せっかく好い人が居るんだ、みすみす死ぬこともないだろう 元気でェ…っな!!」
「なにを勝手に、はっ!離せ!この!許さッ!きゃあああああ!!」
男の言ったとおり ソフィナ達は出口付近まで投げられたが
その場から逃げるのを躊躇ったのは 今度はソフィナの方だった
「ソフィナ!自由になったんだね!じゃあ…に、逃げよう!今なら誰も僕達を見ていない!」
「え!?えぇ、そう…そう、ね」
ユンは正しい。さっきは動けない私を慮って運命を共にしようとしてくれていたんだ 逃げられる状況になれば そうするのは当然のこと それが自然なことなのに
ソフィナは仮面の男が気掛かりになっていた
(いやいや!アイツは敵でしょ!?賞金首と賞金稼ぎの関係じゃない!気紛れに助けられたからって、恩に……)
本当に気紛れで助けられたんだろうか? たしかにあの戦闘方法は一見、場末の喧嘩屋の如く粗雑だ
だが疑念が湧く 世界獣と互角以上に戦い 常軌を逸した規模の異能を持っている それがどうして細々と看守1人1人を懇切丁寧に相手している?
最初に放った暴風のような異能で点ではなく面を葬ることは容易いはず
傷まで負って余裕や遊びもないだろう その上でアイツの行動に理由を求めるとしたら
亜擬達を能力の余波で巻き添えにしないため
(気に入らないっ!勝手に助けて、逃げろ?侮ってるの!?私だってッ私だっ、て)
──自分に何が出来るだろうか?
ここで仮面に与すれば隠遁生活すら送れなくなる 賞金首にされ今後の一生を追われ続けるのだ
(でも、ここで背を向けたら……)
自分の全存在を軽んじられ嗤われ足蹴にされて尚、その相手に笑顔を浮かべて媚びる生を送る
今までは一時の事、堪えて やり過ごして それでも歯を食いしばり功績を立てれば 自由を得られると思っていた
『どこでそんな歪曲された誤情報を仕入れたか知らぬが 最至都市に亜擬が入場など、あり得ませんな』
獄長に吐き捨てられた言葉が脳内で繰り返される
目的としてきた桃郷移住の夢は。求めた楽土への道は最初から存在などしていなかった
足場が全て崩れ 凍える闇中に放り出されたような
──不安で足が震える
こうして思考に足を止めてる間にも眼前の戦況は刻々と動き 悠長に時を見送る猶予は終わりを告げようとしていた
「吾輩の能力にて監獄内 全ての亜擬を葬って差し上げましょう!」
獄長の虐殺宣言によって
「なッ!?」
無慈悲な言葉に意識を刈り取られそうになると 腕をユンに掴まれた
「逃げようッ!今から走れば能力の圏外まで…そうだ!キミの【無作為脱出】なら!またどこか別の場所でやり直そうよ!」
「う、うん…そう、だよね」
それが正しい。その筈だ
動揺に彷徨う視線が 鉄格子の向こうに居る亜人の女性とカチ合った
「ぁ……」
目が合っても その瞳は助けを求めなかった 髪は皮脂で固まり 頬は痩せこけ 肌は血が巡っているのか遠くからでも危ぶまれるほど 青に近い白い色をしている
全てを放棄するように 投げ出された その足は 1本しか残されていなかった
珍しくはない 逃亡防止のためという名目で斬り落とし 鬱憤晴らしと 他の亜擬の反応を見て愉しむのだ
そして競売にかけても 労働力としても鑑賞用としても買い手はつかず 使い物にならないという理由で処理される 自分達で斬っておきながら、だ
あの人は既に諦めている 自分の運命は決していると もう何も起こらないと
(私も、私も 同じ瞳をしてるのかな)
目を伏せ 差し出されたユンの手へ 手を伸ばし剣の形態へ変化しようとした時
「おいッ!あ~…そ、そぉ~、そふぃな?だったな!こっちに来てくれ!!」
突如、間が抜けたイントネーションで名前を呼ばれた
「はぁ!?な、なに言ってるの!馬鹿じゃないの!どうしてお前の言うことなんか」
ずっと目で追っていた癖に いざ声を掛けられたら 反射的に反発してしまった
(いや、なにちょっと罪悪感かんじてんの!協力する義理なんて)
「頼むッ!説明の時間がないッ!これに賭けるしかないんだッ!!早くッ!!!」
自分に言い訳をし終わる前に 仮面男は更に食い下がってきた 声には焦りと必死さが滲んでいる
(いま?いまなの?何かを変えるのは、変えられるのは……)
─目を覚ませ
唇を噛む
──前を見ろ
俯き下がった視線を上げる
───踏み出せ
望みを放棄した亜人の女性に視線を送る 今度は力強く 動いた先に何かがあると 先ずは私が!
────立ち向かえ!!
「あーーっ!!もうッ!!わかったわよ!!」
「ソフィナ!?」
握り返そうとした手をユンから離し 一歩踏み出す そして 振り返って自分のしたいことを 想いを伝える
「逃げる為に走るより立ち向かう為に走りたい だから、待っていて!」
その後、まんまと釣られた私は仮面の奇人に左胸を触られるという狼藉を働かれたが
代わりに仮面の意思を確信できた その瞬間 心の指針が定まった
ユンの所へ戻ろう!逃げる為じゃなくこの男と並んで戦う為に!
ユンの居る方へ駈け出そうとした刹那───
「照準いいかッ!!──ってぇ!!」
「はァ”!?」
油断だ 完全に気が緩んだ 獄長が死んで天秤が傾いた、と 我ながら馬鹿みたいに浮足立った
舐めていた。ここの連中は天上人が自ら接触を図る正規軍だ 日頃から鍛錬を徹底していた人類列強の連携は 司令塔を失っても容易く瓦解するものではなかった
既に足を踏み出した体勢で回避行動はもう取れない 一部だけを剣に変じて 駄目だそれも間に合わない
無遠慮に襲い来る砲弾の恐怖に 目を瞑ってしまう
私は間違っていたの?
結局 踏み出した先にも 道なんて 無かったの………?
≪キュドッッッ≫
「けほっ!けほっッ!」
鼻孔の奥を刺すような火薬の濃い匂いとパラパラと頭上に降りかかる土塊
痛みは無い、が 瞬間的に甚大な損傷を受けて感覚が麻痺したのかもしれない
だが薄目を開けて自分の身体を見て取っても どこにも欠損箇所はなかった
視界はまだ開けず 傍に立っている仮面男の姿がやっと見える程度だった
(無事だったの!?て、当然か)
この男は 収監された全ての亜擬への処刑の呪を肩代わりして膝もつかない 等身大の怪物だ
(爆風程度でどうにかなるわけも…?)
違和感を感じて男の身体をざっと観察すると 太々しく突っ立っているが 仮面男の左足の爪先は真後ろを向いていた
瞬間、気付いた
「お前、私を庇、った?なんで? 馬鹿じゃ、ないの?」
「違わい!蹴り返したんだよ 平気だと思ったのに この身体、血が抜けて身体熱量を全身の傷の治癒に回してるから皮膚が柔くなってる こんな仕組みだったんか…」
後半部分は他人事のように誰ともなしに呟くと ヒラヒラと左手を振り
「礼を忘れてたな、お前さんが来てくれるか完全な賭けだった ありがとう」
ユン以外から聞かされたことのない 人類種が亜擬に対して 社交辞令であっても絶対に言わない言葉をなんでもないことのように言うと ひらひらと別れを告げるように男は手を振った
「もう行け 次が来る」
「次…?」
男はバイバイ、と振っていた手をそのまま握り 迎撃の形を取る
≪照準そのままッ!!いいか!?いいかぁ!?≫
遠くから看守の装填指示が聴こえる まだ砂煙が晴れてもいないのに 徹底して追撃するつもりらしい
仮面男は ここまでズタズタになりながらも 戦闘を続行するつもりだ
身体が熱を持った 私を戦力として勘定に入れず 逃がしてあげる庇護の対象として見ていることに苛立つ
そして何より腹立たしいのは
そう思われても仕方がない程に役に立っていない自覚があった 言い訳をすれば装備型擬人は1人で真価をはっきする種族じゃない
処刑の呪で1回 さっきの砲弾で2回 3回も一方的に救われるなんてゴメンだ!
カッ!と頭に血が上る
考えるより先に 手を差し出していた
「ん。」
「?」
男は ぶっきらぼうに差し出された手を見て戸惑っている たしかに言葉が足りない、でも 言いたくないのだ この唯一に対する裏切りめいた行為を自分の口からは決して
「…んっ!」
「……なんだよ」
ぐい!と 手を前のめりに突き出すが 男は要領を得ていないようだ 焦れったさを堪えて 仕方なく私は言葉を選んで発した
「手!出しなさい、私は願いを聞いた、理由も聞かなかった、お前も同じことをしなさい」
私は仮面男と同じ賭けをすることにした 説明を省いても相手が協力するか 伸るか反るかの 分が悪い賭け
普通の人間ならまず手を取らない 亜擬の提案より自分の愚策が優れていると信じて疑わない そういう考えをコイツが持つならもう終わりでいい 緊張で頬を汗が伝うのがくっきりと感じ取れた
「じゃあ、はい」
「は……?」
提案した私のほうが動揺の吐息を漏らすほど、いともあっさりと。
疑念の唸り声ひとつ上げず 握手するように柔らかく握られる手 血が過剰に巡り全身がピリピリと熱い
冷えた心臓が息を吹き返したように激しく脈動し胸が疼く 嬉しいのか?コレに信じて貰えて?
(違う!違う違う違うッ!どーせ深く考えていないだけだ!)
血迷った錯覚を焼き尽くす為に意識的に 盛る炎の如く目を怒らせ、手を強く握り返した
「ふん!後悔しなさい!」
強く握り返したと同時 号令が叫ばれた
≪───ってェ!!!≫
ーーーーーーーーーーー
俺の足を抉った1射目は徹甲弾だったが
2射目は榴弾だった 勿論 見分けた訳では無い 戦争兵器に詳しくはない、が 砲撃担当の看守に現在進行形で教えてもらっている
「どうして生きているッ!?」「馬鹿者めッ!!装填する弾を間違えたか!」「いえッ!あれなるは確かに炸裂榴弾を撃ち込みましたッ!!」「不発か?火薬が湿気たかッ!!こんなときに!」
その後に続く3射、4射、5射 弾頭を真正面、人体で例えるなら正中線から真っ二つに両断する
何れも発破せず 二つに割れた途端に推力を失い ボタっ…ボタっ…と地味な音を立てて地に落ちた
過敏な信管に 質量と接触したことを認識させぬほどの雑味のない切れ味
俺の芸当ではない 剣技は純粋な積み重ねをした者の技術 いかに異能でも習得時間を踏み倒すことはできない
襲い来る弾頭の嵐を1つとして逃さず両断しながら砲塔へ 歩を進めがてら声を掛ける
「すごいな 日本刀なんて触ったことも斬ったことも無いが みんながこうじゃないんだろ?」
独り言ではない 語り掛けたのは左手に握っている刀に向かってだ その証拠に
≪当然でしょ!これは、混じりっけない正真正銘!私の!硬度と切れ味だから!お、お前は関係ないから!一切!なんにも!握ってるだけ!言ってみれば土台!三脚みたいなもんだから!≫
「わかってるよ……」
ガァー!と鋭利さを多分に含んだ言葉が頭の中で聴こえる
三脚とは たんなる嫌味ではなかった 実際、刀には手を添えている程度で ほぼ握力を加えていない
刀を振る、というより 刀に腕を引っ張られる感じ 文字通り刀が意思を持ち 自動斬撃で脅威に対処してくれている
そうして砲弾を吐き出し続ける砲塔 20mほどにまで接近したところで
≪砲塔を斬るために技を使うわ、手首は回る?≫
「ああ、見た目ほど酷くはない、問題なくイケるよ」
≪本当?親指が欠けて人差し指は半分しかないじゃない!手首に痛みは!?≫
「ふっ」
≪なによ!お前の肝心な時にへらへらするの本当に気に入らないわ!!≫
「さっきも思ったんだが 随分と優しいな、と」
≪馬鹿にしてんの!?≫
「違う。お前さんこそ俺の言葉にいちいち噛みつき過ぎだ 俺はただ」
≪ただ?≫
「護身剣っていうのを何かで見たな、って。もし実在したならお前さんみたいに持ち手を気遣ってくれるんだろうさ」
≪なっ!?がっ!ぐぅ…!!ぐぅうがっ…!アホ!馬鹿!あ…アホ!だ、誰がお前なんか護るかッ!あ、アホ!!≫
動揺するように刀が カタカタと震えると子供みたいな罵詈雑言が鼓膜の奥に飛んでくる
「まぁ、少し持ち辛い、かな?」
ソフィナが変じた刀は 刀身は薄く濡れたようにギラつき 刃の紋様もくっきりと見事に映えているが 柄の部分は非常に簡素…というか そもそもしっかりと柄紐が巻かれておらず 厚い魚か何かの皮革を巻いてその両端を紐で適当に結わえているだけだ
「こりゃあ なんとも……」
≪お前にちゃんと握られたくないの、文句ある?≫
意図して光沢を出せるのか 「お”う?」と脅すようにソフィナが刃が妖しく光らせる
「皮を巻いてくれてるだけありがたい 銘と目釘穴剥き出しより断然いいね」
≪ばっ……ッか!じゃないの!?素肌を晒す訳ないじゃない!変態!≫
「あ~、そういうもんなのね」
姿を変えても羞恥心はあるらしい 擬人特有の複雑な心境、というやつか
≪無駄話はいいわ!やれるってんならカマすわよッ!≫
「あぁ!」
ソフィナの意気に同意すると握っている左手が熱くなる 刀に腕を、身体を引っ張り回されているのに 不思議な一体感を感じる 手の先、指の先が延長したような 身体の一部として呼吸が合わさった時
何故か腹の底から声が出た
「≪【火筒斬り兼光】!!!≫」
刀に導かれるように自然と身体が動く 右足を軸に腰を捻り 未だ遠くに見える砲塔を撫でるように刀を振るう
取り囲むように設置された砲塔にピシりと切れ目が入ると一拍を置いた後にずるり、と 頭を垂れるようにゆっくりと巨大な砲身を落とした
「お次は 静かになった音楽家さんがお相手してくれないか!?」
切っ先をジックに向け宣言すると 整った顔を激怒に燃やし
「ノイズ如きが調子に乗ってんじゃねぇぇッ!!」
ジックが持っていた銀の笛が指揮棒に戻ると ジックは目を閉じ深呼吸を1つして
「【大劇場にて死劇謳う者】!!」
指揮棒を正面に軽く構え 紡がれた言葉に呼応するように白いローブを纏った者達が現出する
人の姿形をしているが体中が淡く発光していて人相などは見て取れないが それぞれが楽器を所持している
「 ───── ッ!!」
ジックが集中し指揮棒を振り始めると 一斉に白い者達が楽器を弾き始め 重厚な音圧が腹を叩く
「【見失いし夜に想う】」
「……ッ!?ぐぅ!!」
首元に温い風が吹き 意識をそちらに割いた瞬間 顔に鉄爪で引っ搔くような軌跡が描かれる 上体を反らし逃れると
「【道閉ざす軍楽太鼓】!【辿り着けぬ琵琶弦】!」
≪そこッ!!≫
空から足を狙うよう伸びた斬撃を反応したソフィナが払いのけてくれたが 同時 頭部に巨大な棍棒を振り下ろされたような衝撃が襲い、首の後ろからイヤな音がした
「くぅっ!攻撃手段持ってたのかよ!けど まだだな 決定打に欠けるぞ」
「そうかい、なら第二楽章に移行しようか」
正直 強がりが6割と言ったところだった。取り巻きの演奏が攻撃のトリガーになっているのか 飽くまでジックは指示を出しているだけなのでカッツァに施した【悪意の応報】の対象外になっている
直接攻撃を促す為に煽ってみたが効果はイマイチ、というか更なる策を引き出してしまったらしい
「【放逐されし獣葬列せよ】」
『Laaaaaaaaa!!!』
ジックが指示を出すと楽器を持っていなかった白い者が 一歩前に進み出て腹部に両手を当て 腹の底から押し出すような伸びやかな声を出した 澄んだ叫びだが嫌な気配を多分に含んでいる
直感というものは嫌なものほど的中するもので
歌うような叫びが辺りに響き終わると ひた、ひた…と出入口とは違うゲートから 十数人が歩いてくる
「看守、じゃない あの恰好は」
≪え……どうしてッ!?≫
姿を完全に現した集団にソフィナと同時に困惑する
制服で身なりを完全に整えている看守とは程遠く 取りあえずで着せられているボロ布 素足に血が滲むほど喰い込んだ枷を引いている者も居る
「囚人服、か?て、事は」
≪囚人をここに呼んだ?あの声で?目的は……≫
「ボクはカッツァと違って合理的なのさ。亜擬にお前を襲わせる、お前が殺されても それとも我が身可愛さに亜擬を殺しても どちらにしてもカッツァの犯した失態で損なわれた天上人様の御機嫌を直していただく出し物にする 一石二鳥だね」
当惑する俺達に説明するようにジックが淡々と告げた
「どいつも、こいつもッ!最悪だな。まだ若輩のくせにどこからそんな発想でるんだか」
「あぁ、思い出した。天上人様にもそんな汚言を吐いていたな 雑音がァ!【従僕を許可する卑しき狐】!!」
ジックが流れるように美しく指揮をするとバイオリンを持つ白い者が一際大きく奏でる
音が響くと舞台に集った亜人達が呻き 死屍累々と転がる看守達が落とした武器を手に取り 己の意思を感じ取れないような おぼつかない足取りでこちらへ近づいてくる
「また他人を操ってんのかよ、そればっかな」
「何とでも言えばいい。試されているのはお前だぞ、騒音。」
≪……どうするの?まさか≫
「おいおい。するわけないだろ?距離をとるぞ」
亜人を斬るのか?という不安を露わにするソフィナに 斬らぬ意思を示す為にソフィナを肩に担ぎ 囲まれぬ位置へ移動する
≪きッ気安いわね! んぅ、右!後方には誰も居ないわ!≫
ムスっとした声だったが安堵が含まれた案内に従う 最早十全に動くのは右足だけになってしまったが それでも拾い上げた武器で襲い掛かってくる亜人達の攻撃を躱していると
「【跳ねる足を千切れ脆弱な兎】!」
追い込むようにジックが指揮を執り 演奏する音に厚みが出ると 足下に光る縄が絡みつこうと迫ってくる
≪それくらい 予想つくってェ…ッの!!≫
左腕がソフィナに導かれ光の縛縄を断ち斬る が
「【爪を砕け脚と共に野卑なる愚狼】!」
待っていたと言わんばかりにジックの指揮は止まらず
今度は両腕に鋭利な杭が落ちてくる
≪大刀でもねぇ!小刀を兼ねるくらい小回り利くのよッ!≫
刃が上向きになるよう手の中でくるりと刀を持ち直し 真上に迫る杭を斬滅し 次いで右腕を襲う杭を払おうとしたソフィナの動きが止まる
≪ぁ……!≫
後退で移動した先には亜人が居た。地を這いずっていた為に接近するまで気付かなかった その姿を見てソフィナの動きが一瞬止まる
「ぬ”ぅっ!!」
≪しまっ!≫
その瞬間を狙い右手の甲に 杭が深々と打ち込まれ 膝を突くように体勢を崩してしまった
≪ご、ごめっ!あ いや、あの……≫
「いいさ、ヘンテコな呪文のせいで感覚が無くなってたんだ 痛みもあんま無い。でもどうした?」
咄嗟に謝ってしまったのだろう 人の良さを隠せないソフィナに問題ない事を告げ 調子が狂った原因を尋ねると
≪あの人…≫
這い寄って来ている亜人の女性を指しているのだろうか よく見ると女性は片足が無い
「知り合いか?」
≪…違う けど、けど、私はっ≫
右腕は力むことも出来ず 拘束を解くことは難しく 這う亜人は槍を手に もうその穂先が届く位置まで来ていた
「【終に選ばれし切り拓く者】」
本気で殺しにかかっているらしく ジックはこの状況に於いても更に何かの詠唱を始め
ジックの眼前に その身よりも巨大な斧剣が現れ こちらにギラリと白刃を向けている
絶体絶命に打開策を模索していると 掠れた声がした 出所を探すと、這い寄ってくる女性が口を開けて か細く何か言葉を発している
「いい」
「え?」
楽奏の渦中 消え入りそうな声に耳を澄ますと
「殺して、いい。もう 終わりたぃ……」
≪……ッ≫
ソフィナがショックを受けたように息を飲む気配がした
「………そうか」
≪おまえ…≫
ソフィナは戦意を喪失したように手中でおとなしくなってしまった
刀を握り直しても抵抗は無かった 俺が何を選択しても 委ねるということだろう
「【我らは人類】」
ジックが指揮の言葉を紡ぎ終わると 斧剣が猛進してくる
「それならよ、もう…これしか、……ッ。 ないなッ!!」
刃を立てたソフィナを自分の右脇下に差し込み
ギリィ!と 歯が軋むほどに食いしばり 襲い来るであろう痛みを身構える
≪え、なに。する気…?待ちなさッ≫
「グゥ”ゥ”ゥゥぅっく!ずぇあああああッッ!!!」
雄叫びながら刃を斬り上げた
「なんだと!?」
「ぇ…」
つぷ、と皮膚を裂き 肉と筋繊維を食い進む触感が白刃越しに伝わり ゴリ、と骨に行き当たるが
「い”っづぅぅェァっ! あ”ぁぁぁ”………ッッ!!!」
雄叫びで痛みを誤魔化し 刀を握る手に満身を込めて 振り上げきった
一瞬の間を置いた後 右半身がいやに軽くなり ──瞬間 焼け付くような猛烈な鈍痛が身体の芯に刺し込んでくる
≪な、に……ッやってんのぉッ!!!≫
「っぐぅ”! もう右腕は動かん ふぅ”ッ! それに稼働部位を制限する呪いが胴体に回りそうだったんだ 正直 自分でっ 引き千切るのは、っぐ! 怖かったんだが……」
≪だ、だからってッ!私で斬ったわね!?自分の腕をッ!≫
「すまない、な” 利用、させてもらった」
腕の切断面に 火炎の異能を注力させて 傷を焼き潰して止血する ジジ…ジリィと肉が焦げる嫌な匂いが鼻につく
≪馬鹿な、馬鹿な使い方してくれたわねっ ……いいわ! これで貸り1つ 返しよ≫
「なにも貸し付けた覚えはねぇよ でも力は貸してくれ まだ終わっていない!あの斧、ヤれるかッ!?」
≪ぅ…な、生意気っ言うなッ!私があんなモンと嚙み合わせで負けるか!!≫
気のせいか鼻声交じりになったソフィナの返答を聞き 膝に力を込めて立ち上がる
「上等ッッ!!!」
右足で強く地を蹴り 斧剣へ斬りかかる
「≪オオォォォッッ!!!≫」
ソフィナの宣言通り 刃は斧を木片のように裂き砕いた
「チクショウがッ!しぶといんだよ!!耳鳴りの分際でっ!!」
「いいや!まだ終わってないッ!お前の演奏も聴き飽きたぞッ!ソフィナ!このまま本丸に突っ込む!!」
≪ふんッ!私もそう思ってたところよ!!!≫
光となって霧散した斧を振り払い
異能を足に集中させて風を二段、三段と踏んで ジックの元へ肉薄すると
[バヂヂヂヂヂィィッ!!!]
蒼い閃光が奔り ジックの姿がハッキリと視認できるところで 障壁に阻まれた、が
≪こんなもんでッ!侵攻を止められると思わないでッ!!≫
掌中のソフィナが 液状に歪んで元の形を失い 一瞬で大太刀へと再構築される
「≪【壁圧し斬り長谷部】≫!!!」
内側から次々と湧き出る多重構造の障壁をゴリゴリと押して切り裂く 左の片手でしか振れないにも関わらずソフィナの手助けもあり 障壁を破るには充分な勢いでの斬撃だった
じつに長かった道のりを越え 遂にジックが立つ貴賓席へ降り立った
「覚悟ォっ!!!」
ドォっ!!と着地と同時に地を蹴り ジックへ突きを放った──
ずぶずぶと刀が肉を刺さり埋まって貫通する 慣れない感触が左手に伝わるが
「チぃッ!!」
「こんのっ!ヤロォ…!まだ小賢しいことをっ……!」
咄嗟にジックは身近に居た看守を複数人操って整列させ身代わりにする、が
大太刀に変貌した刀身の長さは 僅かにジックの左胸に到達し 鮮血を迸らせる
「がぁ”ッ”ッ!こ、の ノイズがぁッ!!天上人様の御前でこんなぁ!醜態ぃィ……!」
「決着といこうぜ、いい加減によぉ」
「ふ!ふふ!ぶっ!ぅぐ! …いいだろう 癪だけれど お前を認める。僕の幕引きとして、これで最後。ボクを奏でる時が来たんだ」
「まだ諦めないか!っぐ!」
処刑の呪の肩代わりと右腕を斬り落とした激痛に眩暈が起きるが 唇を強く噛んで気を保つ
「【最終戯曲】!!【神は】!【天より舞い降りたり】!!」
最後の力を振り絞りジックが指揮棒を振るった瞬間 ジックの心臓部が眩く光を放つ
「また奇天烈な技をッ!!なにをした!!」
「は、ははっ!全てを無に帰す最終手段さ。終焉の音はもう止まらない 周辺一帯が神の降臨で消し飛ぶ 安心しなよ 天上人様を讃え祈る時間くらいはある」
ジックへ 正確には左胸部へ 膨大な熱量が周囲の空気ごと渦を巻いて収束していく
(マズい、あれは絶対に地表で炸裂させてはいけない質量だ…)
臨界点に到達するまで そう時間を必要としないだろう だが僅かな時間でも実現可能な 対処法は
「時間がある、か たしかに安心したよ。お前自身だろ?その舞台装置の中核は」
──この方法しか思いつかなった
「だからなんっ!?」
苛立つジックを無視し 大人数に突き立てたソフィナを横に振り抜いて パッと左手を離す
カラン…、と乾いた音を立ててソフィナが落ちた
≪は…?おい!握力がないなら私が!≫
「わざと離したんだよ、コイツがやるのは要するに自爆だろ。ならここから必要なのは刃より掌だ。 あ~、と。トゲトゲと口は悪かったが おまえ…いや、ソフィナが居てくれなけりゃここまで来れなかった。本当にありがとう」
≪待て……待って!!そんなことしなくても 要を跡形もなく切り刻めばっ≫
俺の行動を察したソフィナが言い縋るが
「止まらないだろ…コイツがここまで自信満々ならな」
「なんだ?……あぁ、亜擬と話してるのか 気持ちが悪い奴。そうだ もう結果は確定した。ボクを殺してもどうにもならないよ」
「そうかい、ならッ!」
ジックの顎をワシッ!と片手で掴み上げ
「爆心地の位置を動かしたら!?」
「ぐぁ”っ”!は、離せ!!これ以上天上人様に恥じた姿を晒す訳には……!」
ジックは両手で俺の左腕を掴んで引き剥がそうと抵抗するが いかんせん非力で 腕力での競り合いは こちらに分があった
「答えを教えてくれてあんがとさん!じゃあ一緒に空中散歩といこうかッ!!【黄塵風積乱せし上昇気流】!!」
2人分の身体を軽々と吹っ飛ばす乱気流が巻き起こり即座に上方へジック諸共に吹っ飛ばされる
≪行くなァ!!また…また私を助ける気かァァッ!!≫
もう遥か下方からソフィナの慟哭が聴こえた気がしたが直後に
………ッドォォォッッッ!!!と、天蓋に衝突して 更に上空へ加速する
「このォッ!離せ!!ボクの命を費やした最後の楽章をこんな!駄音がァ!よくも!よぐも”ッ!」
「命なら俺もとおに賭けてんだッ!!どっちが勝つか!勝負といこうやァッ!!!」
雲を遥かに衝き抜けて 澄んだ 明けぬ夜空の真ん中で
───────ゴォ…ッ……ッ ヒュッ ドォォォォォォォォ…………!!!!!
激しい閃光と振動が世界全体を身震いさせた
ーーーーーーーーーーーーー
「う!うぅぅぅ……ぶ、無事か?」
「ごっほ!げはッ!!あ、あぁ!生きてるっ!生きてるぞ!」
演奏者と仮面男が天蓋を破った数瞬の後 遥か上空で凄まじい衝撃に身体全体を圧し潰される そんな怖ろしい感覚がどれほど続いたのか
伏せていた頭をそっと上げた看守達が互いの無事を確認し安堵し合う
「演奏者殿…あれではやはり」
大穴が開いた天蓋の向こうに広がる夜空を見上げると
───………どしっ!
耳障りな音を立てて何かが落下した
「「「「「ッ!!」」」」」
看守が揃って銃を抜き 落下地点に銃口を向けると
「あれはッ!」
落ちてきたのは 仮面の男だった
うつ伏せに倒れ 数分経ってもぴくりとも動かない
念のため銃弾を数発 撃ち込んだが呻き声の1つも上げぬままだった
「……終わったな」
「あぁ、やっとだ」
看守の1人が銃を降ろすとそれに倣って皆が警戒を解く
「ここ十数年で最大の不祥事じゃねぇの?」
「言うな、獄長殿も演奏者殿にも慢心はなかった。稀に現れる異常個体だったんだよ。むしろ始末できて良かった」
「だな、さぁ これからの事後処理が大変だぞ!」
「なにかするのか?」
「おいおい!業務規定にも記載があるだろう ≪天上人様、ならびに人類にとって不利益と見なす要因が起こり得た場合、職務に従事するもの以外の存在を一掃すべし 外部に漏らす事まかりならぬ≫ってな」
「マジかよ!一掃って……」
「そうだよ、お前の考えてる通りだ。まずは 逃げる危険がある客か?」
「客達は競売フロアに集まってるからマシだ それより亜擬が何匹収監されてると思ってんだ」
「全部殺るのか?今は封印指定の特殊個体も収監していただろ?アレもか?」
「無論だ。アレらは売るわけにもいかんし持て余していたからな、いい機会さ」
「さぁ、やるか あそこに転がってるのも片付けなきゃな」
看守の1人が仮面男を指差す
「そうだな、死んでるとはいえ触りたくねぇなぁ 見ろよ まだ血ぃ流してるぜ…溜まった血が湖みたいになってるぞ」
「あぁ それにさっきから なんだか湿気が酷いな、霧もかかってないか?」
「屋根が吹き飛んで外の霧が流れ込んだんだろう。ここは山岳に囲まれた盆地だからな」
「そっか、でもこの霧、なんだか……」
看守が汗を拭うように顔を手で拭くと じっとりと纏わり付いた霧が水滴となって袖に張り付く
「真紅く、ないか?」
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