長い階段の昇りかた
イアと手を繋ぎ合い身体を包む浮遊感に身を任せること数十秒──
不意に肩や首、膝にずしり!と重力が圧し掛かる
「ぅぉっ!お、おっととぉっと!」
靴裏に地面の感触が急に戻り、思わず前方につんのめると
イアも同じなのだろう胸元に薄桃色の頭が突っ込んできた
「はぷぷっ!……あ、ごめんなさい」
「いや、大丈夫だよ怪我は無い?」
「大丈夫です、へへ…」
イアは俺を見上げ笑顔で答える
互いの無事を確認し、次いで周囲の確認に移る
「町…かな?ここは」
先程まで身を置いていた煉瓦造りの町並みの風景が一変して
分厚い鉄板が太いボルトで壁一面に固定され、其処彼処のパイプからは蒸気か はたまた廃棄されたガスが絶え間なく噴き出し、頭上には薄暗い明かりを灯している電球が雑な間隔で吊るされている
「すごいな……」
「はい…前の町と全然違います」
壁の鉄板は大きさも厚さも色も角度もバラバラに打ち付けられている
「この壁は…補修されてるのかな?まさかバグとかに破壊されたからとか?」
イアが目をすっと閉じ探るように静かに呼吸をする
「……いえ、世界が解れている感じではありませんね、これは元々のデザインなのでしょう」
「へぇ、なんだか秘密基地とかアジトって感じだなぁ、こういう雰囲気も良いね」
「うぅん、私はこの空気はちょっと、前の世界が長閑で綺麗だった分、余計に…」
「確かに空気は淀んだ感じだね、木々とか緑が全く、っていうか。狭いなここ」
目が慣れると自分達の周囲を壁が囲んでいる、扉は…見当たらない
代わりに上へ続く螺旋状の鉄階段があった、工事現場などでよく見る仮設の階段だ
階段の行き先を視線でなぞり上を見上げると結構な高さに光が見える
ここは町中というより何かの施設の底なんだろうか
「これを上るしか、ないか。中年にこんな長い階段、死刑宣告じゃないか」
げんなりしながら階段へ向かう
「………」
イアがやけに静かだ、振り返ると こめかみに指を当てている、何かを探っている時の仕草だ
「どうかしたの?」
眉間に皺を寄せ「むむぅん」と難しく唸るイアが目を開けると
「はい…この階段を上った先の少し行った所に、バグの反応が……」
「えっ!?」
(着いて早々か、遭遇が早いな…)
「どう、しましょう?」
「……行こうっ」
思いがけぬ展開に臆してはいられない、俺達はこの世界でもバグを退治しに来たんだから
ーーーー
「とは、言っても、はぁ、この長い、ふぅ階段を、ぜぇ」
さっきの神妙な決め顔はどこへやら 息を切らしながら長蛇の階段を上る
凄まじく長い癖に踊り場が無いのはいかがなものか
「ひぇ、びゃぐと、はぇ、ちゃちゃかうみぁえに、
ふぅ、たおりぇちゃいますぅ……」
イアの体力も限界が近いのは言動から明らかだ
手すりに縋り付き 腕の力も総動員してなんとか殺人階段を登り切った
「はぁっ!はぁっ!おえっ……お?おぉっ!」
不安定な階段から解放され実に30分ぶりの大きく広がる地面に身体を受け止めてもらい
酸欠と疲労でこみあげる吐き気を抑え、膝に手をつきながら立ち上がって顔を前に上げると 全身を叩くように強風が吹き抜ける
眼前には夕映えを切り取ったかの如き橙色に染まった雲海が広がっていた
「はぁー、ふぇー、わぁぁぁぁ!」
階段下とは全く違う美しい景色と空気にイアも感嘆の声を上げる
「て、いうか此処は町じゃないのか?」
眼下に広がる雲は切れ目すらないほどに分厚く却って空の上だという実感が湧かない
少し離れた位置に『ジジ…ジジッ…』と頼りなく明滅をしながら掲げられている電光掲示板に見取り図が映し出されている
案内板に ぽちっと小さく赤い丸で表示されているのが現在地だろうか、それよりも全景図には見覚えがある
昔、修学旅行で退役戦艦を見学した際に貰ったパンフレットに描かれていた艦内図と似た造形だった
──だが
「ふ、ね…?いや、それにしてはデカイ、戦艦よりもずっと……」
強風に煽られて落下しないよう欄干から身を乗り出し、前後上下を見渡しても建造物の終端が確認できない
見える範囲から全長を凡そで試算しても500mは軽く超えているだろう
(こんな巨大な船なんてあり得ないっ!しかもこれが宙に浮いてるのか?どうやって……)
『キュキュキュキュッ!』
下方から鈍い金切り音を立ててプロペラのような巨大な羽が雲間に見えた気がしたが
「……まさかね」
それを認めたら今度は いつ墜落してしまうのかという恐怖に囚われてしまうので
視界で得た情報を一旦、頭の隅に追いやり、精神の安定を図る事にした
ーーーー
見取り図が示す現在地はこの巨大な艦の最下層を指し示している
「このお船は空を飛ぶんですねぇ…」
イアもあんぐりと口を開け呆気に取られていたが
「あッ!!いけない!バグ!」
そうだった、階段を登り切った所からそう離れていない所に居ると言っていたな
「どう?バグはまだ近くに居る?」
イアに問うと
「はい!あっちの方角……あのドアの向こうに反応があります!」
(……ふぅ)
深く肺の中の空気を吐いて心を落ち着かせ、両の拳を握り 気合を入れる
結局 重たくて扱いきれないから前の町で剣や槍といった武具は購入しなかった
棍棒は鼠人間の腕に食い込んだ際にバグに飲み込まれて消えてしまったので
両腕両足で立ち向かうしかない
「よし!」と意気込んで重苦しい鉄の門扉に据え付けられたノブを捻り、体重を掛けゆっくりと押し開く
重たく閊えるように何度か止まりながらも『ギ、ギ、ギィッ…』と軋む音を立て、開いたドアの先には
うず高く積まれた木箱に麻袋、閂で口を閉めた自分の背丈よりも高い鉄箱のピラミッドが鎮座していた
「これは…コンテナか?もしかして倉庫かな」
後ろから付いてきたイアがキョロキョロと周囲を警戒し
「向こうです」
小声で指し示した
示された所を確認する為コンテナの陰からそっと頭半分を出し覗き込むと
『 ───────── 』
………居る。
見紛う事は無い、あの異様な蜃気楼を
周囲を注意深く観察する、近くに人やモンスターなど、ヤツが乗っ取れそうな生物は居ない
(まぁ無機物にも取り憑けるんならヤバいんだが……)
最悪を考えても仕様がない、いつの間にか握られていたイアの手をそっと放し
『行ってくる』と頷きで合図すると
イアは心配そうな顔をしていたがコクッと頷き返してくれた
軽く震える手をもう片方の手で掴み強引に怖気を捻じ伏せ
心の中でカウントダウンをする
──3
不気味な空間の歪みは滞留したままだ
──2
弱点は共通しているであろう球体
──1
バグが肉体を得ていない今なら勝ち目は十分のはずっ!
──0
南無三ッ!!
決死の勢いでコンテナの陰から飛び出し、靄へと走り出そうとした時──
後方で閉めたはずのドアが『バンッ!!』とけたたましく開き
何者かが旋風のように横を走り抜けバグへと一気に跳躍して距離を詰めて抱えた長い棒のような物を
「おいっ!しょぉぉぉっ!!っとぉ!!」
鋭く振り下ろした
芯を叩き潰されたバグが瞬く間に霧散する
「ふぃ~、っと、こんなとこにも沸くなんてなぁ」
謎の闖入者は揺らめく電灯に照らされて姿が明らかになる
イアより背が高い、だが女性と表すには年若い少女はこちらを見ると片手を上げ
「やっ!どんも~、危ないとこだったね!」
にかっと人懐こい笑顔を見せた。
ここまでお読みくださった貴方に感謝を




