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とある王国の都に、それはそれは可愛らしいウェイトレスが居ることで有名な喫茶店がある。そのお店の名はカフェ・ルナ。
一杯二〇〇マギの種類豊富なコーヒーと共に楽しめるのは、アイドルウェイトレスとの会話と、一流プレイヤーの奏でる上質な音楽。
十二月二十六日の今日も、喫茶店の窓の隙間からコーヒー独特の好い香りが辺りを漂う。聴こえてくるのは、トロンボーンとサックスのリズミカルなサウンドだ。
早速、客の一人が来店する。ドアベルがリリン、リリンと可愛らしい音を立てた。
「いらっしゃいませ。――あら、シリウスさん! こんにちは」
明るく柔和な笑みを浮かべて挨拶したのは、この喫茶店の店員、アイリーンだ。
「今日も、いつものを頼むよ」
シリウスはカウンターの一番端の席に着くと、ベレー帽のような形をしたニット帽を脱ぎ、首に巻いてきたマフラーもとってそれぞれ自分のすぐ隣の席に置く。
肩に斜めがけしてきたカバンの中から紙束と羽ペンを取り出すと、何やら書き始めた。
アイリーンがそっと様子を伺いながらコーヒーを持ってくる。
「新作ですか、シリウスさん」
「まだ書き始めたばかりだけどね。予定では長編の幻想小説さ」
そう。シリウスは王都で一番売れている一流小説家なのである。手元の紙束は原稿で、今、彼は執筆の真っ最中というわけだ。
シリウスは手にとったコーヒーカップを傾け、呷ると、おかわりを頼んだ。
ちなみに、この喫茶店はおかわり自由なシステムなので、飲む人によっては、十杯近く飲む客も少なくない。
「そうなんですね! 発売されたら、いのいちばんに買います!」
「ありがとう。アイリーンに言われると照れるな」
「あら、寝る間を惜しんであなたの執筆のお手伝いしてる私のことは無視なわけ?」
「セ、セリーナ……。今日も仕事だったのか」
セリーナとはシリウスの妻である。彼女もこのカフェ・ルナの店員ではあるが、仕事の前後はだいたい夫のシリウスの執筆原稿を読んで、加筆修正すべき箇所を教えてくれているようだ。
「当たり前でしょ。――ほら、仕事に集中なさいっ」
「はい! 書きまーす」
経済的生活基盤を支えてもらって、更には応援や励ましをしてもらっているシリウスは、セリーナに頭が上がらない。
「ふふっ。仲が良いんですね、シリウスさんとセリーナさん」
「なんせ、夫婦だからね、私たちは」
「良いなぁ、私も早く素敵な人見つけて夫婦生活というものを送ってみたいです」
「そのうちきっと、アイリーンにも彼氏が出来たりして。今から楽しみだわ」
和やかに談笑していると、間もなく二人目の客がやってきた。