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晴れた日の休日。アイリーンはマスターにハーブを買ってくるよう頼まれ、王都から西のハーブ荘に来ていた。
「こんにちは~」
店に入るなり挨拶をすると、暖簾の向こうから返事が。このハーブ荘の店主、結城紗絵だ。
「あら、ミス・アイリーン。しばらく見ないうちにまた可愛くなってるんじゃないの?」
「えへへっ。そんなことないですよ。ミス・ユウキこそ、いつお会いしても綺麗ですね」
アイリーンはいつも、この店に来ると、立ち込める数多ある種類のハーブの香りに、自然とまったりした気持ちになる。
「またまた、うまいこと言ってぇ」
紗絵はアズマの国からはるばる移住してきた、東人。とーきょーという都市で、一人前のハーブ屋になるべく、修行して、五年くらい前からここ王国西部で《ハーブ荘》というハーブ専門店を営んでいる。
紗絵はサッとアズマの国でよく飲まれている緑茶を淹れた湯呑をアイリーンに渡す。これはハーブ荘に来た客皆にするおもてなしのため、料金はとらないらしい。
「いただきます……」
「それで。今日はどのハーブをお求めで?」
「今日は、ルイボスと、ローズヒップをお願いします」
「ルイボスとローズヒップね。ちょいとお待ちを」
「はーい」
ものの十秒でローズヒップとルイボス、それぞれ別々の袋に入れられてグリーンカラーのカウンターの上に出てきた。
「お待ちどうさま。合計で2200マギね」
「2000と、200マギです」
「まいどあり! また来てね。春夏はよく冷やしたアイス緑茶、秋冬はあったかい緑茶で待ってるよ」
「ありがとう、ミス・ユウキ。また来ます」
アイリーンはボストンバックに紅茶の袋を入れると、店を後にした。
「ただ今戻りました~」
「おかえり、アイリーン。ハーブは買えたかしら?」
店番をしていたセリーナが駆け寄ってきた。
「買えましたよ。ほら、こんなにたくさん!」
「これは、ミス・ユウキ、おまけしてくれたね」
「えっ、そうなんですか?」
「何か良い事でもあったのかしら、いつもより多めに入れてくれたようね」
「今度行ったら聞いてみます!」
セリーナはアイリーンから受け取ったハーブをキッチンスペースへ持っていくと、何か思い出したのか、ハッとした表情になり言う。
「あっ。アイリーン、ポストにあなた宛の入学案内が届いていたわ。屋根裏部屋に置いといたから見てきたら。今日は定休日なんだし、マスターも夕方まで喫茶連盟の更新手続きでいないから」
「マスター居ないなと思ったら、そういうことだったんですね。承知しました。見てきます」
アイリーンは自分の居住空間である屋根裏部屋へ向かった。
やさしい色合いの木製の椅子に腰掛けて、目の前の四角い封筒を手にとり、匂いを嗅いでみる。何故か洋菓子のような甘い香りがした。封をこじ開ける。びりびりになった開き口に手をつっこんでみると、5センチほどの厚みのある冊子が入っていることがわかった。しっかり掴んで取り出してみると、なかなかの重量である。
表紙には、〝どんな魔法のことも学べる特殊教育機関――王都立聖魔法学城〟の書名がつけられていた。書名の背景には、青空へと聳え立つ巨城のイラストが描かれている。
最初の2~3ページ目は、男女の制服についてが載っている。聖魔法学城の制服は、男子はブレザーで、女子はドレスらしい。女子の正装としては、例として一年生女子の場合、ローズピンクのAラインドレスを着、その上に真珠のネックレス、更にアウターとしてキャラメルカラーのローブを着、足元は黒のハイソックス、つま先にパステルブルーのリボン付きのローズピンクのパンプスを履くのが正装らしい。男子は女子よりは緩めに指定されているらしく、淡い黄色と白の細いストライプ柄のシャツを着、ネクタイに黒猫の刺繍が、結んだ時に表に見える位置に一匹されており、無地のキャラメルカラーのスラックスを穿けばそれは正装として認められるらしい。男子の場合、靴下の色・柄の指定は特にないのだとか。
そこまで読むと、アイリーンは次のページをめくった。
一通り、ペラペラと捲っては眺めを繰り返していると、ふと、窓の外がすっかり暗くなっているのに気づく。
(あら、いけない。私ってば、読み耽に読み耽って、もうこんな時間!!)
パタン、と読んでいた冊子を閉じて、階下へ降りようとドアを開ける。
その瞬間――。
「あらっ、アイリーン。もう読み終わったの?」
「わっ、セリーナさん。――えぇ、一通り読みました。すいません、私も下に行って、手伝います!」
「手伝ってくれるのはありがたいんだけど、実はもう、今日の仕事は終わってしまったのよ」
「あら……。ごめんなさい、セリーナさんに全部任せてしまって」
セリーナは優しくアイリーンの頭を撫でて微笑む。
「いいのよ。それより、お腹すいてなぁい?」
セリーナが差し出したのは、甘酸っぱそうなストロベリーやオレンジが綺麗に丸く並べられた、見た目はパイのような焼き菓子。
「これ、下で一緒に食べましょう」
「どうしたんですか、こんなに美味しそうなもの」
「マスターがね、連盟に手続きに行った帰りに知り合いの喫茶店店主から頂いたんだって」
「マスターの誕生日とか、何か特別な日でもないのに、何故くださったのでしょうね」
考えるポージングをするアイリーン。
「マスターの話によるとね、新商品として作ったものが多すぎて困ってたから、おすそ分けだとか何とか」
「へぇ……。じゃ、冷めないうちに食べましょうか」
「そうね」
アイリーンは部屋の外に出ると後ろ手にドアを閉め、セリーナと一緒に階段を下りていく。
焼き菓子が入ったバスケットを持っているセリーナが聞く。
「そういえば、アイリーンは入りたい学科とかはもう決めているの?」
「えぇ、もちろん。私は魔獣召喚飼育学科にしました。魔獣だって、悪いのばかりじゃないですし、今はカフェの看板娘としての地位にまで上りつめる可愛い魔獣、綺麗な魔獣も居るくらいですからね。もちろん、負けてなどいられませんが、良い魔獣がいるなら、その魔獣の能力を雇って、一緒にお店を盛り上げる良き同僚になれたらもっと良いなって、個人的に思いまして」
「なるほど、それで魔獣学科か」
階下に着くと、既にコーヒーを淹れて待っていたマスターが眠りこけていた。よほど連盟の手続きがしんどかったのだろう。




