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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
三章【カルマ・オーバーラン!】
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44話『ミールの視点』

 靖治たちはボートで橋の下の川を探索し、ウワサのモンスターを探していた。


「――ということなんですけど、何か知りませんか?」

「いんや、悪いけど知らんね。でも誰も死んでないんでしょ? あんま気にしなくていいよねー、んじゃ俺はこれで」


 さっきから靖治はボートの先端から身を乗り出して、すれ違う人に声をかけていたが、情報についてはさっぱりだ。

 話を聞かせてくれた笠をかぶった街の住民は、手漕ぎのボートを動かして岸の方へと去っていく。

 その背中から視線を切って、後ろのアリサへと振り返った。


「けっこうみんな呑気なもんだねー」

「お前が言うか。まあ、人が死ななきゃこんなもんでしょ」

「イリスはどう?」


 ボートの最後尾にいるイリスは、先程から手袋を脱いだ左手を腕から取り外し、川の中に放り込んだまま、じっと水中を見つめていた。

 有線で接続された手の先端は音波を発していて、ソナーで川の中を探っているらしい。

 

「ダメですね、魚ばかりで巨大な反応はありません」

「魚かー、そういえばそのモンスター、何食ってるんだろう?」

「そりゃ食うなら魚じゃないの? いっぱいいるし」

「でもさっき漁師の人に聞いたけど、漁獲量はそんな変わらないって言ってた。網が変に破けたりとかもないって」

「うーん……こっそり人を食べてるとか?」

「可能性としてはなくもないけど、だったら襲われた人を食べちゃえばいいじゃん。怪我だけさせてそのまま放置なのはおかしいよ」

「目撃証言では体長数メートルとのことでした、相当の食料が必要と思われますよ」

「そりゃ普通の生き物ならでしょ。そもそも食事を必要としない概念系とか、あるいは妖精や精霊だとかのケースだってありえるわよ」

「選択肢多いなぁ、現時点じゃわからなさそうだね」


 とかくこの世界では可能性は無限にある、情報が少ないと絞りきれるものじゃないだろう。

 靖治は四人目の仕事仲間に声をかけた。


「ミールさんは何か竿にかかりましたか?」

「い、いや……何も……」


 さっきから黙っていたミールはと言うと、一緒に船に乗りながら試しに釣り竿を構えてみていたのだった。

 餌は巨大なモンスターを想定し、その辺の店で買ったフライドチキンだが、竿はピクリともしていない。

 彼は最初こそ明るく振る舞ってみていたものの、すぐに苦しそうな顔をして黙りこくっていたのだった。


「ねえ、今何時? あたしお腹空いてきたんだけど」

「そろそろ12時だね。一旦街に上がってお昼にしよっか」


 靖治は左腕の袖をまくって液晶パネルの時計を確認した。病院戦艦から持ち出した数少ないアイテムだ。

 イリスの操作で船は係留所へ移動し、四人は日の下に躍り出る。


「かー、あっついわねー!」

「夏だねー」

「あんたそのカッコで暑くないわけ?」

「靖治さんの服は、戦艦で作った特別性ですから! 私が設計したんですよ!」

「日差しよけになるし、着てるほうが涼しいくらいだよ」

「いいなぁー、予備ないの?」


 靖治の学生服について話しながら三人は階段を上るが、遅れてくるミールは相変わらず暗いままで会話に加わろうとしてこなかった。

 だが彼にはまだ気になることがあったらしかった。


「な……なあ、靖治って言ったよな?」

「うん? なんですか?」


 前を歩いていた靖治たちが一斉に振り向く。視線を浴びてミールはビクリと肩を震わせたが、おずおずと手を上げてもう一度話し始めた。


「その……飯の前にちょっといいか……?」


 靖治はミールと二人っきりで話をすることになった。と言っても心配なので、イリスとアリサは影から様子を伺っていたが。

 係留所の階段に腰を下ろした二人は、建物の影の中で肩を並べることとなる。


「話ってなんですか?」

「ああ、いや……それがな……」


 ミールはかなり言葉に詰まりながら、ゆっくりと話し始めた。


「その、あんたって、あの戦艦にもいたのか?」

「はい、いました」

「なら最初にあの戦艦を襲った時に、戻れなくて残ったやつがいただろ?」

「あぁはい、女の人がいましたね」

「あいつ、どうなった?」

「……亡くなりました」

「…………そうか」


 ミールの暗い背中を、真顔のイリスと眉をひそめたアリサが並んで見つめている。


「…………俺、あいつに告白されてたんだ」

「っ」


 ミールの言葉に、流石の靖治も顔をひきつらせて肩を震わせた。

 イリスの表情は変わりないが、アリサなどは目元を押さえて「あちゃー」と呟いている。


「そんなに好きな女じゃなかった、でもこの世界でたった一人、生き残った同種の女だったんだよな……」

「そうなんですか」

「遺体は、どうなった?」

「…………その、火葬しました」


 実際には人間の習わしに無頓着なイリスによりゴミとして処理されたわけだが、靖治は言葉を言い換えた。


「そうか……俺らも元々火葬だったから、それで良かったかもな……」

「あなたたちは……」

「他から流れてきた組みさ。十年前のある日、いきなり集落の上にオーロラが降りてきて、気がついたら村ごとこの世界だ」


 靖治はあまり言葉を挟まずに聞きに徹する、なんとなくミールが話を聞いてもらいたがっているように思えたからだ。

 事実、ミールは何も言わない靖治に対して自分の言葉を並べ始めた。


「大変だったよ、訳わかんねえ俺たちの村に、モンスターが襲ってきて、混乱した村のみんなを食い荒らした。それを退治したと思ったら、今度は外からやってきた略奪者が村を襲ってきて……ムチャクチャだった」


 この世界ではよくあること、ありきたりな悲劇だ。

 いきなりオーロラを前にして目が眩んで気がつけば異世界、モンスターや野蛮な簒奪者が跳梁跋扈するこの世界で、適応できないまま最初に手痛い打撃を受ける。

 ミールたちの村もまた、最初の惨劇でほとんどの仲間を失った。


「ガウナは張り切り屋だったよ。エイジャは寂しがり屋で、ノールマンは頑固者だった。シタラベは煮物料理が得意だったし、エイメラは狩りが上手でいっつも獲物が一番多かったんだ。ベラノラは足が早かった、エンシシは腕っぷしはミズホスの次に強かったなぁ。シャシシンは小物作りが上手かった、ヌヌルンは頭が良くて新しい罠を思いついてた。ガガンナは弱いけど優しくてな、俺がいじけた時には慰めてくれた。ナナンは弓が上手かった、こっちにきても銃の使い方をすぐ覚えたよ。ホルナはナイフ捌きがすごくてな。ナウメナは勘が良くてみんな頼りにしてたなぁ」

「…………」

「みんな、死んじまった、俺一人だ……」


 もう、同じ村、同じ世界からやってきた同種の生き物は彼以外に誰もいない。そのことが途方もなく切なかった。

 感傷に耽り、仲間たちの名前を呟いていく。その行為に得るものはないが、胸に空いた虚しさを埋めるために、それが彼に必要だった。

 だがそのことがよくわからないイリスは、話を盗み聞きしながら首を傾げていた。


「ミールさんはどういう意図で話しているんでしょうか? 要領を得ませんが」

「まあ吐き出したいだけなんでしょ、センチな気分になるのもしゃーないわ」


 アリサもこれに茶々を入れるほど恥知らずではない、その気持ちはわからないまでも、そういう流れになるのは仕方ないことだろうと思った。


「ミズホスは……鬼子だった」

「鬼子?」

「俺はよく知らねえけど化物とのあいだに生まれた子供だって聞いたし、あいつも腹の中に化物を飼ってた」

「あぁ、そういえば触手が」


 靖治は砂漠でのミズホスの最後を思い出す。

 自棄になったミズホスは、体中から触手のようなものを出してイリスに襲いかかってきたのだ。

 本人は邪神との間の子だと言っていたが。


「ミズホスはそれで村じゃ迫害されてた」

「そうなんですか? でもボスだったんですよね」

「あぁ、そうだ。俺たちはミズホスを頼ったんだ」


 ミールは膝の上に置いていた手を握り、眉間に力を込める。


「村を襲った略奪者を相手にして、最初に声を上げてやり返したのもあいつだった、この世界で生きていかなくちゃとなった時に、みんなを引っ張っていけるやつがミズホスだけだったんだよ。だからみんなはミズホスを頼りにして、今まで石を投げてたあいつを今度はボスだって祭り上げて生きてきたんだ」


 粗暴だが、生きていくための力がある男だったのだ。

 平和な世界では鼻つまみ者でも、戦いが必要となればそのような者が称賛されることもある。

 事実、彼らの仲間が十年間こちらの世界で生き延びられたのだから、その実力は本物だったことに違いはない。


「でも、俺はそのことが悔しかったんだ」


 だがそれを良しとできなかった男がここにいた。

 されど彼とて、ミズホスを頼った内の一人には違いない。


「あいつ一人に、俺達の都合を全部押し付けておんぶ抱っこってのが、情けなくて、悔しくて……」

「…………」

「そしたら、そのことはミズホスにも伝わってたみたいでさ。ある日、二人きりの時に言われたんだ」


 ミズホスの背中に、自らの矮小さを思い知らされる日々。

 その毎日の中で、敵意にも似た感情がミールの内に芽生えていた。


『テメェの眼は他のやつとは違うな。腹のウチじゃワシのことを睨んできてやがる眼だ』


 ミズホスは、その本心を見抜いていたのだ。

 弱さを痛感し、場違いな恨みを贈られて、それでもミズホスは動じなかった。


『――好きにしろ、テメェなんざどうだっていい』


 その言葉だけで話を終わらせて、後のことは受け入れた。

 結局ミールはその言葉に流されて、ミズホスが倒されるその日まで彼の後ろをついて回ることになった。


「あぁ、あいつは強かったなぁ――」


 性格は悪かったけど、他人のことを顧みないやつだったけれど、それでもミズホスは、自分の歩いた道を言い訳したりはしなかった。

 彼の背中を思い浮かべ、ミールは切なそうに眉間を歪めて顔を伏せる。


「けど、ミズホスのやり方じゃ、いつかどっかでもっと強いやつに負けて当たり前だった……だから仕方ねえ、仕方ねえんだよな……」


 自分に言い聞かせるように、ミールは繰り返し呟く。

 その様子を、靖治は黙って見守るのだった。


体調不良に付き、3~4日くらい休もうと思います、ごめんね。

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