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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
三章【カルマ・オーバーラン!】
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43話『予言の子たち』

 靖治たちを送り出したアルフォードは、屋敷の執務室で椅子に座ったまま、目を閉じて耳をそば立てていた。

 その耳には壁を隔ててはるか遠くにいる靖治たちの声が、ハッキリと聞こえていた。


『まっ、ミールさんの言う通り、今はとにかく仕事を始めようよ。このボート動しかた分かる人ー?』

『ハイ! イリスにお任せください!』

『じゃあ頼むよ。僕、船初めてだ! 楽しみだなー』

『お、おーし、頑張ろうぜぇー!』

『あったま痛い……』


 音を頼りに様子を観察していると、扉のドアが叩かれて、外からくぐもった声が届いてきた。


『オーガストだ』

「入れ」


 了承を得て、外から半裸の豚の獣人が部屋に入ってくる。このファミリーきっての戦士にして、アルフォードとも親しい突撃隊長のオーガスト・レイジだ。

 木製の重厚なドアを閉めながら、巨大な牙の生えた口を開く。


「彼らの人選、どういう魂胆だ?」

「なんだ、気になるのか?」

「あぁ。まともに仕事をさせる気があるとは思えん、何か別の意図があるのだろう」


 オーガストは上の命令に従う従順な戦士だが、決して馬鹿ではない。むしろかなり聡明であり、だからこそより賢き者の意見を愚直にまで信じて従う傑物だ。

 とは言え気になるものをそのままにしておくほど主体性がないわけではない、そのためこうして今回の件について直接足を運んできたのだ。


「わざわざ敵対していたもの同士を引き合わせて仕事をさせるなど、効率がいいとは思えんが」

「見極めたいのさ、あのメイドの本質をな」


 アルフォードが背もたれに身体を預け、ギシリと椅子を鳴らさせる。


「昨日の彼女は見事に主人を手助けした、だが自分に恨みを持つものと相対した時にどうするか? 揺れ動く状況の中で、見えてくるものがある」

「探ることが目的か、先代の真似はお前には無理だぞ」

「ははは、言ってくれるな。だが中々諦めきれないものでな」


 ファミリーの先代首魁、リキッドネスは超能力が合わさり凄まじいまでの慧眼を持ち得た人物だった。

 一目見ただけであらゆる人間の心を見抜き、その奥深くの心理までつぶさに識り得て、心を揺さぶる言葉を放ったものだ。

 アルフォードもその境地を目指して日々修練を積んでいるつもりだが、目標は遥か遠くで辿り着ける気はしていない、しかし努力をやめるつもりもない。


「リキッドネス様は亡くなられる前日におっしゃった。重大な運命を担う機械の少女と少年が現れるとな」


 元よりファミリーはリキッドネスの予知能力のもとに繁栄した組織だ、彼らにとってその言葉は疑いの余地はない。

 しかし重大と言っても何にとって重大なのか、このオーサカ・ブリッジシティという街か、リキッドネスが遺したこのファミリーか、あるいはそれよりもっと大きな何かか、それはわからない。

 だからこそ、イリスや靖治の本質を掴まねばならないと、アルフォードは躍起になっているのだ。


「それ以外には何か予言したか?」

「何も」

「なら我らの干渉は不必要ということではないか? あの方は必要のある言葉しか話さぬ」

「そうかもしれん。だが私は曲がりなりにもこの街の統治を任されている、そのままには捨て置けないさ。あの方がそこまで言うからには、何かあるはずだ」

「うむ、だが……」

「あぁ、そうだな……」


 話し合っていた二人だが、急に歯切れが悪くなって押し黙る。

 お互いに神妙な顔をして深い溜め息をつき、重苦しい静寂がわずかに過ぎる。


「あの方は重要な部分は何一つ言わないお人だったからなー……」

「我らの成長と自主性を重んじるが故だったが、後から考えないとわからないばかりか、後から考えてもよくわからないことも多々あり……」

「その癖、我々の戸惑いや、予知へのあがきまで含めて、すべてをコントロールしてくる人だったからな。おそらく現在の我々の愚痴も、あの方の手の内なのだろう」

「賢人というものは厄介よな……」


 賢すぎるがゆえに、リキッドネスの理解者は一人もいないだろう、それほどまでに卓越した知性を持った人だった。

 たった一つの言の葉だけで世界を動かす怪物など、リキッドネスに面倒を見てもらった二人からしても遠い存在だ。


「先代なら、今の我々にも『私に依らず、自らの心で考えなさい。その悩みも迷いも、いずれはあなたの智慧となり、この世界を潤すのだから』と言いそうだな」

「目に浮かぶよ、あの方は自らを、この世界の一部分を補うシステムとして徹した方だったからな。俺たち家族になら私情を見せてくれてもよかったろうに……」


 少し物寂しそうにアルフォードは未練を唱えた。リキッドネスは一度として、自らの感情を曝け出すことはなかった。

 自らの死すら規定の範囲内のように予言し、事後処理のほとんどを死亡前に済ませてしまったことで、改めてその異常性を思い知らされたばかりだ。


「まったく、自分を殺した相手くらい誰なのか言い残してくれよと……」

「まだ見つからんか」

「あぁ、大阪内の勢力はすべて洗ったが目ぼしいやつは見つからない。外の人間がこの街に侵略を掛けてきている、というのが俺の予想だ」


 わずかに口調を歪めたアルフォードは机に肘をついて、口元に手を組ませた。

 主の死を想い、彼の眼がドス黒い殺気を放ち始め、部屋全体が重力を増したように軋みを上げる。

 殺意が渦巻く瞳をメガネの裏で歪ませて、手で隠した唇を静かに動かす。


「我らがリキッドネス様を殺した不届き者は必ず殺す、よくも俺の、俺達の親を」

「……殺意ばかり先走っては足元をすくわれるぞ、油断するな」

「わかっているさ」


 同朋にたしなめられてリキッドネスは殺気を沈めると、左胸のポケットチーフを取り出して鼻に当てて深く息を吸った。

 アルフォードは元々浮浪者だったのを、リキッドネスに能力を見出されて保護された。このハンケチはその時にリキッドネス本人から贈られたものだ。


『君は親愛から力を取り出すことができる素晴らしい人だ。このハンケチを身に着けていつも私を想いなさい、それが君に力を授ける』


 それがリキッドネスから与えられた最初の助言だ。その言葉を頼りにして、アルフォードはファミリーを支える柱になるべく修業を重ねてきた。

 その結果、彼はリキッドネスには及ばないものの、空間を操る術師として若くから大成し、30代にして街の統治者にまで成り上がっていた。

 だがアルフォードは自分が富むことなど考えていない、彼の胸にあるのは亡きリキッドネスに対する忠誠心だけだ。

 最後まで大勢の人の幸福のために身を尽くしたリキッドネスのため、その志を受け継ぎ終生まっとうするだけである。


「さて、彼らはどうなるかな……」


 清潔なハンケチの匂いに心を洗われながら、再び予言の子たちに耳を傾けた。

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