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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
二章【栄光のきざはし】
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33話『業火』

 自ら刃を喉に受け入れようとし微笑んでいる靖治と、そんな彼を前にして何も言えず目を見張るアリサとイリス。

 わずかに身体の奥底を震わせていたアリサは、あまりに自然に寄り添おうとしてくる靖治へ、やっとのことで声を絞り出そうとした。


「ぁ……」

「オイ、傭兵!! 何をやってるんだ!!?」


 そこに背後から飛んできた怒声が彼女の言葉を止めた。

 驚いたアリサはようやく身体に力を取り戻し、靖治の手を振り払い、手放されたナイフが石畳の上に落ちて乾いた音を立てる。


「さっきから覗いてれば、何話してんのか知らねぇが突っ立ってやる気あんのか!?」


 アリサが振り返った先で声を上げていたのは、復讐を依頼したトカゲ人間たちだった。

 復讐に加担した8名全員が揃っており、怒りの形相で肩を並べている。各々が物騒な銃を身につけていて、中にはロケットランチャーのような大型の装備を背負っている者もいる。

 血走った眼をした彼らの一人が、イリスへと指を突きつけてアリサに怒鳴り声を叩きつけた。


「目標は目の前じゃねぇか! さっさとそいつを叩き潰せよ!?」

「あんたら……見てたの!?」


 仕事を任せておいて監視していた彼らにアリサは憤りを覚えるが、この状況では反論もできず、自分の不甲斐なさに奥歯を噛みしめる。


「わかってる……わかってるわ! やるわよこんなやつ!」


 アリサは再び魔人を作り出して背後に浮かべると、拳を振り上げさせてイリスへと向き直ろうとした。

 身構えるイリスだが、その前にまたもや靖治が腕を広げて立ちふさがる。


「まず僕からだよ、アリサ」

「ど……どけぇ!!!」

「どかない、殺すならまず僕からだ」


 すごんで見せても一歩も引かずに見つめて来る靖治に押され、魔人をもが震えてしまう。

 靖治の深い眼差しに押され、アリサは唸りを漏らすだけで、震える拳を打ち下ろせなかった。

 前のめりのまま動けないアリサに、とうとう堪えきれなくなったトカゲ人間の中から、銃に手を伸ばす者が現れた。


「テメェまさか、俺たちを裏切ろうってのか!?」

「ちがっ……う、裏切らない! 私は裏切ったりしないから! 信じてよ!!」

「オメェがやらねぇなら……俺が!」

「ま、待ちなさいよ!?」


 アサルトライフルがイリスをかばう靖治へと向けられ、容赦なく発砲した。

 飛来する弾丸が無防備な靖治を狙い、慌ててアリサが魔人に攻撃をかばわせる。大きな手が靖治の目の前で弾を受け止めた。

 空虚な銃声が換算とした街に響き、無思慮な殺意にアリサがトカゲ人間たちを睨みつけた。


「止めろ!! あんたらは手を出すな!」

「ざけんな! みんなやっちまえ!」


 次々にトカゲ人間たちは銃を構え、一斉に引き金が引き、銃口が火を吹く。

 けたたましい音を立てて襲いかかってくる銃弾を、魔人が前に出て炎を燃やした重厚な身体で受け止めた。

 弾丸の雨に降られたこの状況に、それまで傍観させられていたイリスも、いよいよたまらなくなって靖治の肩を再度掴む。


「靖治さん、下がってください!」

「待ってって、今いいところなんだ。まだアリサと話を」

「ダメですって!」


 イリスの進言にも、靖治は強情に反抗して踏み止まろうとする。

 一向に引き下がろうとしない靖治を背に、アリサは表情を歪めると喉を震わせて。


「ぐっ……この、お前ら黙れぇ!!」


 魔人の口が大きく開かれ、奥から一条の熱線がトカゲ人間たちへと放たれた。

 威嚇のつもりだった、熱線は足元を溶かすだけで終わるはず。だが揺らいだ心で放った攻撃は、構えられた銃の一つを射抜いてしまった。

 銃身下部に装着されていたカートリッジが爆発し、使用者と周囲のトカゲ人間三名ほどが破片に打たれて痛みに苦しんだ。


「ぎゃあああ!!」

「いでえ! 腕が!!」

「あっ……ちがっ……!?」


 頑丈な彼らには致命傷ではないが、十分な深手ではあったようで悲鳴が上がる。

 青い顔をするアリサへと、口先々に批難が向けられた。


「見ろ! あいつやっぱり俺らのこと裏切る気だぞ!」

「クソが、やっぱ戦艦で逃げ出した時と同じだ!」

「やめ……そんな……あたしは……そんなつもりなんて……」

「こうなったらそいつごとやっちまえ!!」


 後先考えなくなったトカゲ人間たちが、アリサへと矛先を向けた。

 いくつもの引き金が躊躇なく引かれ、続けざまに投げ込まれた手榴弾が魔人の表皮で爆発を起こす。

 すべての攻撃は魔人が防いでくれていたが、爆煙が周囲に撒き散らされ、煙たい中で靖治が持ち上げられてもがいていた。


「離してイリス、まだアリサと話すことが残ってる!」

「だから危ないですって靖治さん! これ以上は看過できません、逃げますよ!」


 駆け寄ろうとする靖治を、イリスが後ろからお腹に手を回し抱えあげて、その場から逃走を図ろうとしていた。

 ホバーブーツを起動し背後に後退しながら、イリスは担いだ靖治の横から状況を覗き見た。その虹色の瞳の裏側では、アリサの周囲に渦巻く赤い熱量がハッキリと見えていたのだ。

 アリサは精神的に弱ったところにこの打撃を受けて、魔人の身体は銃弾により少しずつ削れ、能力の負担により本人も激しい頭痛を感じて頭を押さえている。


「違う……待ってよ……話を聞いてよ! あたしは、裏切ったりなんかしない!!」


 だがいくら言ったところで、ミズホスの部下たちは争いをやめようとはしなかった。

 結局の所、目先の感情に流された彼らにとってイリスのことは重要ではない、ただ自分たちの不安と怒りの鉄槌を叩きつける相手がいれば誰でも良かったのだ。

 仲間が死んでいった恨みと悲しみ、これからどう生きれば良いのかという不安、それらを自分たちは正しい、お前が間違っている、そんな正義感でコーティングしてぶつけたい。

 今はただ自分たちに反抗したアリサに対して、怨恨の罵声を浴びせた。


「どうせ最初から裏切るつもりだったんだろ!」

「違う!」

「やっぱ女のガキが、何も出来ないなら大人の下で黙って護られてればよかったのによ!」

「違う!!」

「契約だ何だの言って、ボスの時も逃げ出したんじゃねえか!」

「違う!!! あれは契約通りの……!」

「この裏切り者のクソ女!!」

「……違う……あたしは……うらぎっちゃ……うらぎり……?」


 うわ言のように繰り返し、アリサはその場でひざまずき、呆然と顔をうつむけてしまう。

 赤い髪が垂れて、影がさした表情に絶望的な暗がりを作りガチガチと歯を震わせた。

 彼女が抱え持ったもっとも重い枷を真っ赤に熱されて、胸の奥で心が悲鳴を上げて自身を誹る。

 冷静に考えようにも、弾丸が魔人の身体に食い込むたびに頭痛が走って、脳がまともな思考を許してくれない。


 うずくまるアリサのはるか後方で、後退を続けるイリスに抱えられた靖治は、まだもがき続けていた。


「イリス、頼む離して!」

「できません! あなたの身を危険に晒すわけには!」


 アリサを説得したい靖治と、靖治の身が最優先のイリスは話が平行線だ。

 互いに同じ言葉を叫んでいると、アリサのいるところから爆発が巻き起こって火と黒煙が登るのが見えた。恐らくはロケットランチャーによる攻撃だろう。

 言い合っている時間はないと感じた靖治は、イリスに振り返って彼女の目を見ていった。


「じゃあ僕は隠れてるから、君だけでも行って、アリサが手を出さないようにしてくれ」

「な、なんで彼奴らを助けなきゃいけないんですか!? 私を狙ってきたんですよ!」

「彼らを護るためじゃないよ、今のアリサが殺してしまうことがまずいんだ」


 先程から靖治の行動がまるで理解できないイリスは、見つめ合ったまま逡巡してしまう。

 その戸惑いの見える虹彩に、靖治は再度語りかける。


「頼むよイリス」


 アリサのところでは、爆発を受けた魔人の表面がわずかにえぐれて、身体を構成する炎がボボボと空気を揺らす不吉な音を立てていた。

 しかし攻撃を受けるたびに魔人の身体はえぐれつつあるように見えて、その実、内部に蓄える熱量は増加し続けている。


 争いの音を遠くに聞きながら、アリサの心は深くへと閉じこもろうとしていた。

 生まれた時から命を望まれずにいて、誰からも裏切られ、置いていかれ、たった一人で孤独に生きてきた過去がいよいよ彼女を押し潰そうとしている。

 今までの裏切りが思い出される。誰からも見捨てられ、護ってくれるはずだった人も自分を置いていってしまったことを。

 その時の悲しみと怒りが一度に蘇ってきて、アリサはズキズキと痛む頭を押さえて、泣きそうな顔をして唇を震わせた。


「契約は……約束は守らなきゃ……でも……なんであいつのこと殺せないのよ……!!」


 契約は守らないといけないという義務感、されどあの眼で自分を見つめる男を、アリサは殺すことが出来なかった。

 自分を信じてくれず銃を向けてくるクライアントと、自分を信じて命を差し出すことすら厭わなかったターゲットのパートナー。二つに挟まれて、どうすることもできず、ただ目尻に涙を溜めて宙ぶらりんのまま敵意を受け続けるしかない。

 だが精神的に衰弱したこの状態では、いかに彼女の能力でも受け止めきれずに崩壊し、凶弾に倒れることは間違いなかった。アリサ自身が、そのことを誰よりよくわかっていた。



 ――――わかってしまっていた。



「やめろ……やめろ……やめて……」


 揺らめく炎の魔人越しに銃の閃光を覗きながら憎々しげに口を叩く。

 語気は弱まり、膝をついたまま顔を手で塞ぐ。

 だが魔人の篝火は強さを増し、燃え盛る熱気に残酷なほど彼女の本心を表現にして。


「やめて……やめてよ……!」


 半壊した魔人の口が薄く開き、内部に明確な意思を持った熱量が蓄えられ始める。

 どれほど言い訳しても否定しようがないほど、アリサ本人の殺意で。


「やめろぉ!!!」



 ――――火が、街に放たれた。

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