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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
二章【栄光のきざはし】
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34話『アグニの暴威』

 靖治に頼まれたイリスが引き返した時には、辺りは炎に飲まれていた。

 ホバーを止めて立ち止まったイリスの目の前では、橋の上の建物が延焼し、被害を拡大させながら火が勢いを増していくところだった。

 その中央で、アリサがマントをはためかせて、背中を向けて立っている。


「これは……」


 火で真っ赤に染まった視界でイリスがよく観察すると、アリサのそばに大きな塊がいくつが燃え上がっている。

 炎の内側はよく見えないが、恐らくは――。


「あーあ……とうとうあたしから誰かを裏切っちゃった。これがアグニが暴走してー、とかならもちっと言い訳もつくのにね」


 イリスに気付いていたのか、アリサは背を向けたまま抑揚のない声で話し始めた。


「今までずっと裏切られて、裏切られて、裏切られて、せめてあたしだけは誰かを裏切らないようにしようって、慣れない日本語まで覚えて契約書で条件をガッチガチに固めてここまでやってきたのに、どうしてケチ付いちゃったかなー」


 火に囲まれながら、アリサがのそりと振り向く。


「ねえ、あんたはどう思う?」


 火に照らされた青い眼の深い失望の眼差しに、イリスは胸のコアが一気に冷たくなったような、奇妙なざわめきを覚えて身構えた。

 それまで軽蔑してきた過去の悲惨と、現状の自分を重ねた今のアリサは、その眼に膨大な負荷を込め、積み重なった怨嗟を漏らしつつある。

 だがその意味がまだ理解できないイリスは、あくまでも靖治の従者として言葉を選んだ。


「――どうも思いません、私と靖治さんの邪魔をする相手に興味はありません」

「そっかそっか、そっちの方があたしもやりやすい」


 平坦な声でそこまで言ったところで、アリサはうつむかせた顔で歯を噛み締めて、枷の嵌められた手を力の限り握りしめた。


「あぁ、クソ――むかつく、ムカつく、むかつく、ムカつく。お前も、あいつも、この下らないクライアントも、それに手ぇ出したあたしも!」


 火に煽られながら呪詛を吐き出したアリサは、再び魔人アグニを作りあげ頭上に浮かべた。

 アリサの嘆きを受けて魔人はより強く、より高々に全身から炎を高ぶらせ、開かれた口から慟哭を響かせる。


 ――オォォォォォォォォォオオオオ!!!


 重たい野獣のような咆哮が大気を震わせ、イリスの脇を熱風が吹き荒れて、建物のガラスが衝撃を受けて破片を散らした。

 零れ落ちたガラス片が火の輝きを反射させる中央で、アリサはどこか先を睨み上げていた。


「よくわかった。あたしは信頼とか約束だとかとは縁がないんだ。みんなあたしを裏切るし、あたしもみんなを裏切ってしまう」


 咆哮の下でアリサの体が浮き上がり、魔人へと近づいていく。そしてアリサの身体が頭から、ドプンと魔人の内部に飲み込まれた。

 目を見張るイリスの前で、上半身だけの魔人はアリサを腹部に取り込むと、肉体そのものを鼓動させるように律動しながら徐々に大きさを増し、建物を肩で押しつぶしながら巨大化していく。

 身にまとった赤熱の火は、赤黒い炎へ転じ。全高10メートルほどのサイズにまで成長した魔人は、燃え盛る大岩のような拳を固めてイリスを見下ろしてきた。


『クソッタレクライアント共へのたむけだ! あたしの未練の最後に、お前にぶっ潰してやるよイリスとやら!』


 魔人の口を通してアリサの声が響き渡り、次いで魔人そのものがイリスを睨みつけた。

 その眼光に明確な敵意を感じたイリスが、急いでホバーブーツを起動させると、間髪入れずに魔人が拳を振り上げて、イリスへ目掛けて打ち落としてきた。


 ――オオオオオオォォォォォォォォォオオオオ!!!


 雄叫びと共に、幾人も飲み込めるほどの巨大な拳が橋の上に落とされて、拳から発せられた熱で火の嵐が吹き荒れた。

 その燃え上がった火の中から、疾走するイリスがメイド服の端々を焦げさせながら飛び出てきた。


「なんて熱量ですか、これは今までで最大の――!?」


 耐火繊維のメイド服が形無しだ、今の魔人が秘めたエネルギーは昨日の戦艦での戦いを遥かに超えている。

 街中で魔人が身じろぎするだけで建物が倒壊し、新たに火の手が上がり、黒煙が空を覆う。

 河川上の街を燃やし尽くしながら、赤黒い炎を燃やす魔人がイリスを追って動き出した。


『もうこうなったら、あのバカ男が前に出ようが容赦しないぞ! アグニの自動行動だ、あんたをぶっ壊すまで手加減なんぞできやしない!』


 魔人は建物を破壊しながら一直線に迫り、再び熱拳を空から打ち落としてきた。巨大化したぶん全体の動きは緩慢に見えるが、実際の速度はそう遅くはない。

 攻撃を察知したイリスが速度を上げると、背後のギリギリを拳が燃やし尽くして、街の一角が崩れ落ちてゆく。

 崩壊した瓦礫が川に落ちて水しぶきが上がり、イリスは水を被りながら、斜めに崩れた足場をホバー走行で必死に駆け抜けた。


「くっ!? これって、もしかしなくてもマズイのでは!?」


 現状の装備では上空から強襲してくる魔人に対し、即応力が低すぎて反撃する暇がない。

 だからといってこのまま靖治の元まで逃げるのはもっとマズイ、アリサの言葉が本当なら、靖治を回収したところで諸共に燃やし尽くされる可能性が非常に高い。

 とにかく今は魔人の攻撃をしのごうと、イリスはスピードを落とさないまま横道に入り、魔人の目に入りにくい路地裏を走った。


 限られた空間結界の内部に作られた街は、どの建物もビルのように階層を積み重ね、また建物同士の幅も狭い。

 立ちふさがるビルと同等の大きさにまで膨れ上がった魔人では、路地裏のイリスを探すことはできなかった。

 だが無論、その程度でこの魔人が諦めるわけがない。


『ふん、しゃらくさい。その程度でアグニが止まるかぁ!!』


 魔人の内部から戦いを眺めていたアリサの叫びが、能力を通じて空気を震わせる。

 彼女の言う通り、独自に行動する魔人は大きく口を開き内部に炎を掻き集め、一筋の熱線を吐き出した。

 木製の家屋も、コンクリートの壁も、別け隔てなく溶かして貫通した熱線は、そのまま横薙ぎに振るわれて、複数の建物をまるごと真っ赤に燃やして切断した。


 まるで赤熱した刃で雪を溶かすかのように、いくつものビルが地響きを上げながら崩れて、炎の海に沈んでいく。だがその中から、イリスの姿が現れた。

 倒壊していく壁面にホバーブーツの靴底を向け、ほぼ垂直に近い角度を走行して高くへ上っていく。

 煙を引きながら疾走するメイドの姿に、アリサが魔人の中から悪態をついた。


『ちょこまかと……!』

「そう簡単には行きませんよ!」


 魔人と同等の高さにまで達したイリスは、壁面からジャンプして進行方向へ足を構えた。

 このホバーブーツのにも両横にスラスターが内蔵されている。イリスはそれらを動作させ、空中で更に加速したジャンプ蹴りを魔人へと見舞った。


「今度はこっちから! ホーバーブーツ版――ダイナマイトメイドキック!!」


 鉄をも粉砕する強力な一撃が速度を増して迫るのを、魔人もただ見ているだけではなかった。

 イリスの攻撃に合わせ、熱い拳を突き出してカウンターを狙おうとする。巨大さ故に緩慢な動きであったが、タイミングは完璧に合わせられていた。

 激突の寸前、魔人の拳に込められたエネルギーを観測したイリスは、血相を変えてスラスターの向きを転換させた。


「か、回避~!!」


 空中で斜めに方向転換したイリスの真横を、巨大な火の塊が通り抜けて、余波でスカートの端が焼き焦げる。

 イリスは引きつった顔で、すれ違った拳を仰ぎ見た。


「拳の中心部は核弾頭を超えた熱量って、これじゃ触れただけでプラズマ化するレベルじゃないですか!」


 いかにイリスが堅牢な機械の身体を持つとはいえ、この攻撃と正面からかち合えば一瞬で跡形もなくなる。単なる物理法則の範疇では対抗できない。

 となると武器はやはり、右腕のフォースバンカーだ。これならアリサの異能力にも対抗できる可能性がある。

 だが昨日もアリサの魔人とこの右腕でぶつかり合い、押し負けたばかりだ。なんとかしてフォースバンカーの威力を引き上げねばならないが、それには精神の高揚が必要不可欠、この状況でそれが成し得るのか。


 燃え盛る街の上に着地したイリスは、とにかく距離を離そうと間髪入れずに走り出す。

 その背中を、再度魔人が熱線を溜めて狙い始めた。


『今度こそ、焼き尽くしてあげるわ!!』


 光が奔る、熱く熱く、すべてを破壊する暴威の火が、空を裂いて一直線に突き進む。

 必死に走るイリスだが熱線のほうが速度が早い、横に逃げるのも間に合わず、猛然と火の手が押し迫る。


「振り切れな――」


 迫りくる火の光にイリスが呆然と見つめ合うしかなかったところに、突如どこからか飛来した四つの短刀が空中で静止して、お互いの間に光の壁を作り出した。

 障壁は火を弾き、魔人の熱線はいくつにも割かれて目標を外れ、見当違いの場所に着弾して被害を広げる。

 魔人の内部にいるアリサは、無傷のイリスを見下ろして驚愕に顔を歪める。


『結界!? こいつは――』


 障壁を解除した短刀がひとりでに空を飛び、使い手の元へと戻っていく。

 高いビルの上で受け止めたのは、ウサギの耳を付けたスーツの男。


「言ったはずだぞアリサ・グローリー、街に仇なすなら容赦はしないと」


 巨大な魔人を見据え、この街の現統治者であるアルフォードがメガネを光らせた。

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