28話『とても大事な話』
「ところでイリス、ベッド一つで良かったの?」
寝床を決めた靖治だが、イリスに問いかけた。
二人はこの宿に泊まる時、ベッド一つ分の代金しか払っていなかったのだ。
そのことに対し、イリスは重いリュックを背負ったままハキハキと言葉を返す。
「ハイ、お金に余裕はありますが、節約するに越したことはありませんから!」
「でもイリスはどうするんだい、まさか夜のあいだずっと立ってるとか?」
「そのことについては私に考えがあります!」
イリスが自慢げに胸をドンと叩く。二人の会話を、アリサは向かいのベッドから眺めていた。
(こいつら、また何か馬鹿な話ししだしそうな気がする)
「宿は比較的安全ですが、問題が発生しないとは限りません。しかしそこはご安心を! 私はまだ数日の連続稼働可能です! そこで靖治さんと一緒のベッドで寝てあなたの安全を守るのが合理的だと考えます!」
(いや何でだ)
「そっかぁー、じゃあよろしくね!」
(あんたもそれで良いんかい!)
貞操観念がまるでないメイドに、顔色一つ変えずあっさり受け入れる靖治も動じなさすぎる。
アリサが内心モヤモヤしている前で、靖治は手を組んで口元に当てると、顔つきを神妙なものに変えた。
「さてイリス……ゆっくりする時間ができたところで、これからのために決めなきゃいけない重要な話があるんだ」
「重要な……なんでしょうか靖治さん」
低いトーンの靖治を前にしてイリスもわずかに表情を引き締めた。
緊迫した空気が流れてきて、見物しているアリサは口端を吊り上げた。
(おっ、なんか面白そうな雰囲気ね。こりゃあ意見が食い違って仲違いするパターンか? いいぞ、やっちゃいなさいよ)
「僕たちは話し合うべきだ……必殺技のキメ台詞を!」
「キメ、台詞……!?」
(違ったぁー! あたしが期待してた刺々しい針のむしろな雰囲気なんてどこにもない、アイスにメイプルシロップぶっかけた上、生クリームの海にブチ込んだみたいな、アマアマでIQがマイナスまで下がりそうな何かだこれ!)
真剣な顔して何話してんだこいつらと、アリサは聞いてるだけで頭を抱えてしまった。
それに対し、イリスは興味深そうに虹色の眼を輝かせた。
「決め台詞を用意すると、どうなりますか!?」
「それはね……カッコよくなるんだよ」
「カッコいいとどうなりますか!?」
「興奮する、主に僕が」
「おぉー!? では是非とも付けねばなりませんね!」
「いや、なんでそうなる!?」
アリサの口から思わずツッコミが出て、しまったと口を押さえたときには靖治とイリスが彼女に顔を向けていた。
「あっ、何々? アリサも必殺技とか前口上とかそういうのすきなタイプ?」
「いらねーわよそんな幼稚なの!」
「そうですね、彼女は戦場では『ぶん殴れ! アグニ!』と極めてシンプルな号令をかけていました!」
「真似すんな! 微妙に似てるのがムカつく!」
「なるほど、極めて明瞭にすべてを明らかにする言葉……アリだね! これもカッコいいね!」
「やめろ! あたしをお前らのアンポンタンな世界に引きずり込むなぁ!」
いつのまにか巻き込まれそうになったアリサは、両手をブンブン振り回して、精一杯の抵抗としてベッドの中に潜り込んだ。
そんな空気に、さっきのピアスの男が割って入ってきた。
「ヘイヘイ、少年少女たち、キメ台詞だってー? わかるわかる、重要だぜそいつぁー」
(何か妙なのやつが食いついてきてるし!)
アリサを置いてけぼりにして、技名やキメ台詞についての熱い談義が燃え上がる。
いつのまにか帽子の男も話題に加わり、アリサの目の前でしばらく議論が交わされた。
「いやさ、そういうのって馬鹿にできねぇもんだぜ。魔法とか使うなら言葉に宿る力ってのが重要ってケースは多いし、そうじゃなくてもコンセトレイトに利用してるやつもいるんだ。自分の理想のカッコいい自分でいるってのが、効果あるんだなこれが」
「ほうほうなるほど、お兄さんは何かしてるんですか?」
「おっ、聞きたいかぁ? 何を隠そう、俺はポンガダ族の由緒正しきシャーマンだ! 精霊を体に下ろすのに、声出して訴えかけてだなぁ」
「へえ、面白いですね」
「色々なパターンが有るのですね! カッコいい自分……私にも効果があるでしょうか?」
「キメ台詞使えるやつは良いよなぁ。俺はガンマンだから前口上なんて決めたってカッコつかねえ」
「技名とかないんですか? リボルバーなら、スポット・バースト・ショットって技とかあるじゃないですか」
「そうなのか。俺、生まれた時から銃握ってるが、そういうのは全然知らねえんだ」
(どいつもこいつも、アホばっかりかぁー!)
・たまに書くよ! 一行後書き
キメ台詞は書くと作者のテンションが上がるので大事です。




