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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
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191話『忌まわしき敵』

流れポンポンペイン斬りが完全に膝に入ってしまったので今日はお休みします

あとそろそろまとまって休みたい気もするので、次か次の投稿が終わったら三日ほど休むと思うぜよー

「いぃ!? ゾンビ!?」


 魔獣内部の都市内にて、落ちてきた肉の繭から現れた不気味な人型に、アリサが表情を歪める。

 繭の中で腐敗を進められた肉体は浅黒く変色して半ば溶け落ちており、吐き気を催す臭いを醸し出し、唸り声を上げながら歩み出てきた。


「オ……オォ……オォォォォ……」


 他の子蜘蛛たちはまるでゾンビに付き従うかのように、攻撃を止めて周囲に陣取っていた。

 新たに現れた敵を前にして、イリスとナハトが身構えながら様子を見る。


「呼吸なし、腐敗臭あり、どう見ても死体ですね」

「わざわざこのようなものを用意して、ご苦労なことですね」


 子蜘蛛たちの中央にダラリと腕を垂らしながら立つゾンビの姿に、それまで静観していた靖治が気に入らなさそうに眉を吊り上げた。


「……臭いね、撃つか」


 そう言うととりあえず数発、アサルトライフルから短く発砲された弾丸がゾンビ兵の胸部に命中し、相手はドロドロの肉を散らしながら後ろ向きに倒れ込んだ。

 呆気なくダメージを受ける姿に、イリスとナハトは拍子抜けして目を丸くする。


「意外と弱いですね、と言うか脆いです。これなら殴っただけで倒せそうです」

「……いや、お待ちになって!」


 イリスが油断して身を乗り出そうとしたのをナハトが制止する。敵の中央部では、倒れ伏したゾンビの上に子蜘蛛たちが群がり始めていた。

 すると、数匹の子蜘蛛の体が瞬時に溶けてドロリとした液体状に変質して柱のように伸び立つと、そのままゾンビの体に殺到したのだ。

 目を剥くイリスたちの前で、子蜘蛛を材料としてゾンビは欠損した部位を埋めると、無傷な部分をも新しい肉で覆って腐った体を強化する。


「オォォォォォォ……!」


 唸り声とともに再び立ち上がったゾンビは、全身に子蜘蛛の肉をまとい、背中からは先端が爪状になっている触腕を生やした異形の姿となっていた。


「子蜘蛛が変化して、肉の鎧に……!」

「……醜悪な仕掛けですわね」


 強化されたゾンビが、背中の触腕を振りかぶりながら走り出してきた。

 振り落とされる触腕をイリスとナハトは横に飛んで回避する。外れた触腕がアスファルトに偽装された地面に叩くと、恐ろしい重低音を上げて足元を粉々に打ち砕いて、イリスを驚かせた。


「硬化した術式の地形がこんな簡単に……!?」


 地面だって災厄術式の一部分だ、それを砕くパワーが直撃すれば、ロボットのイリスとてただでは済まないだろう。

 警戒を引き上げながらナハトが片翼を広げて飛び込んで、亡失剣ネームロスを触腕へと振るった。

 欠けた刃が肉の鎧に切り込みを入れたところで、強い抵抗が刀を握った手に返ってくる。


「硬い、しかし問題はない程度!」


 魔力を込めて刀を振り抜き、触腕を中央から両断し、即座に刃を返して二振り目で肉鎧の上から首を斬り飛ばした。

 だが触腕と首を失ってもまだゾンビ兵は動いている。後方に控えていた子蜘蛛たちも同時に襲いかかってきた。


「あたしがやる! 近づけさせんな、アグニ!!」


 イリスたちが危ないと見て、アリサが背中に浮かべた魔神アグニから熱拳を分離させていくつも撃ち放った。

 いつもなら延焼を気にして火力を抑えるところだが、この街ならそう簡単に燃えはしないだろう。遠慮なしに放たれた拳は、ゾンビと子蜘蛛の群れをまとめて吹き飛ばす。


「よしっ!」

「いやアリサ、それより上の繭だ!」

「あっ……!」


 靖治の言葉によりアリサが気付いた時には、街の天井から吊るされていた十数個はある繭が次々と切り離されて落ちてきた。

 慌てて魔神アグニの熱線で迎撃しようとするのだが、細かい制御が苦手なアリサは攻撃を外してしまい、すべての繭は街のいたるところに落ちてしまう。


「クソ! セイジ、なんであんたは撃たないのよ!?」

「僕じゃこの距離の狙撃は難しいし、当たったとしても致命打にはならないなら撃たないよ、弾にも限りがあるからね」

「あーもう、わかっちゃいたけどこの役立たず!」


 火力面では本当に何も出来ない靖治にアリサが悪態をつく間にも、弾けた繭からゾンビが這い出てきて、子蜘蛛たちが我先にと殺到して肉の鎧に変化していく。


「やばい……どんどん来るわよ!」


 そしてアリサが吹き飛ばしたゾンビ兵も、まだ止まってはいなかった。衝撃で左腕が千切り飛んだ状態で、なおも立ち上がって向かってくる。

 その様子を、ナハトが見て冷静に思考を巡らせて眼を細めた。


「これは、調べる必要がありますね」


 ナハトは踏み込み斬りで敵の左脚を斬り飛ばす。バランスを崩したゾンビ兵はもんどり打って倒れるが、まだ残った右腕右脚を振り回して暴れようとする。

 更に斬り、右脚を根本から切断するが尚も動く。ナハトは刀を両手に持って、今度は腹部から下半身を分かつがまだ動く。ならばと残る右腕を肩から斬り落とす。

 ここで奇妙な変化が生じた。一番大きな部位である上半身ではなく、切り離された右腕だけがもぞもぞと動いているのだ。目の色を変えたナハトが右手首を斬り落とすと、右腕は肘関節だけを動かして暴れている。


 ナハトは暴れる右腕を呪符で絡め取ると、イリスへと投げて寄越した。


「イリスさん! これを解剖して、内部を調べてください!」

「え、えぇ!?」


 いきなり言われて困惑したイリスだが、こうしている間にも完成したゾンビ兵が街中から近づいてくる。迷っている余裕はない。


「や、やってみます!」


 戦いは一時ナハトとアリサに任し、イリスは戦場の真っ只中でゾンビの腕の解剖を始めた。

 まず外側の肉の鎧を切り離す。サバイバルナイフでは中々切れずに苦労したが、途中で電撃を送り込むとわずかに肉質が柔らかくなることに気づき、腕から放電しながら鎧を裂いた。

 やがて見えてきた浅黒いゾンビの肉を見つけて左手を伸ばしたが、触れた先からジュッと音を立てて煙が上がり、イリスの顔が苦痛にゆがむ。


「ぐっ……これは……!」


 左手にはめた長手袋が融解し、その下の銀色の指までもが溶け始めている。戦闘中は痛覚センサーを切断しているにも関わらず、この痛みはイリスの頭脳に届いてきた。

 ナイフは無事だったところを見るに、これは物質に作用するものではない。


「痛覚センサーじゃなく、このボディの魂に直接染み込んでくる痛み……これは呪詛の類……!」


 魂を傷つける呪いがイリスを苦しめ、魂がダメージを受けることで機械の体にも状態がフィードバックしているのだ。

 呪いはすでに指先に付着して、ジワジワとイリスの魂を焼け付かせる。手元から煙を上げるイリスに、近くに来た靖治が声をかけた。


「イリス、大丈夫かい?」

「ハイ……この程度じゃ負けません!」


 魂に作用する呪いと言ってもまだ軽度なものだ、そうすぐに致命傷にはなりはしない。周りではアリサとナハトが、ゾンビ兵の侵攻を食い止めてくれているのだ、急がねばならない。

 イリスは左手でゾンビの腕を押さえつけながら、ナイフの先で腐った肉を切り分け、そしてその中に秘められていた物を見つけ出して、左手で摘み上げた。


「あった……! 体内に魔力を込めた石のようなものを確認、それが本体です!」

「場所はわかりますか!?」


 ナハトが前方でゾンビ兵の相手をしながら叫んだ。アリサは魔神アグニの力づくで敵を殴り飛ばしていたが、ナハトはどこを斬ればいいかわからず、数体のゾンビ兵に囲まれて回避と防御に徹している。

 イリスは左手に持った灰色の石から感じ取れる異能の力を計測した。


「石から異能素子の波形を登録、センサーで感知……靖治さん、グロックを貸してください!」

「オーケー、使ってくれ」


 靖治がすぐさま差し出したグロックをイリスは無事な右手で受け取ると、近くにあった街灯を足場にして大きく跳躍する。

 眼球のセンサーから観測した魔術の痕跡をたどると、イリスは正確な射撃で弾丸をゾンビ兵たちの体を次々に撃ち込んだ。狙った場所は頭部であったり、脚であったり、胸であったり、敵によってバラバラだ。

 いずれの銃弾も肉の鎧に阻まれて簡単に弾かれてしまったが、ナハトの鋭い視線は命中したところを確かに見届けた。


「着弾箇所に本体です!」

「心得ました」


 ナハトは静かに言うと、瞬速で踏み込んで本体のある部位を斬り飛ばした。弱点がわかれば多少は無理な攻めもでき、肌にわずかな傷を受けながらも次々と敵を切り伏せる。

 冷静に戦いを続けるナハトに対し、魔人を従わせるアリサは焦燥を顔に表していた。


「クソ……こいつら、気味の悪い敵だわ……っ」


 魔人アグニの前では、このゾンビ兵ですら苦戦する敵ではなかったが、アリサの精神は疲弊し始めている。

 動く死体に、殴り飛ばした下から届いてくるえげつない腐臭。潰れた肉がドロドロに飛び散り、千切れた胴体から臓物が四散し、欠損した部位を転がるこの戦いに、いつにない疲労感が心を蝕んでいた。


 それから戦いが終わったのは二十分ほど後だった。

 厄介なゾンビ兵をすべて倒した後、子蜘蛛が湧き出してくる穴を片っ端から魔人アグニで叩き潰して肉の瓦礫で塞ぎ、ようやくゆっくりと休める時間がきた。


「みんな、お疲れ様」


 結局最後まで手伝うこともなかった靖治が、頑張ってくれたイリスたちを労った。

 イリスは地面にしゃがみ込むと、手に受けた呪いをナハトに解呪してもらっており、アリサもその辺の自動車のボンネットに腰を下ろして重たい体を休めている。


「敵の襲撃も止んだ、少し休憩しようか」

「いえ、まだ行けます! 早く先に進みましょう!」


 しかし靖治の提案に対し、イリスは立ち上がって言葉を荒くした。


「その手の傷は?」

「ナハトさんに呪いを解いてもらい、すでに修復しつつあります。元々ダメージは軽微ですし、このまま戦えます!」


 まだ指の表面はただれていたものの、イリスは左手を握りしめて健在だと見せてくる。

 しかしナハトはイリスのことを静かな眼で見つめていたし、アリサもうなだれたまま手を挙げて口を挟んできた。


「あたしはセイジに賛成。休みたいわ」

「うん、アリサも頑張ってくれてありがとう」

「はいはい、あんたの代わりに戦ってあげたわよ」

「おかげで助かったよ」

「ったく……」


 皮肉も華麗に受け止められ、慰められてしまったアリサは肩を落としていた。

 靖治が今度は強い口調で言い放つ。


「休憩だイリス。ここを攻略するなら足並みを揃えないといけない」

「なら、私がアリサさんの分も頑張れば……!」

「焦っているね。イリス、何を感じている?」


 いつになく急ごうとするイリスに、靖治が尋ねた。


「聞かせてくれるかい?」


 重ねて尋ねられ、イリスは力なくうなだれて足元を見つめながら、ふと呟いた。


「靖治さん……あなたはいつも、生きている人も、死んだ人のことも、みんな大切にしていましたね……」


 イリスがここに来るまで見てきたことだ。最初に靖治は病院戦艦で死に行くトカゲ人間のことをイリスに見送らせたり、旅の途中で瀕死の人がいれば自ら引き金を引きながらも遺体は手厚く葬った。

 この魔獣の内部に乗り込んだ時も、ワズ爺さんの遺体を漁ったが、その冥福を祈って必要以上に辱めはしなかった。

 靖治は生きている人にも、死んでいる人にも優しい、それがイリスの受けていた印象だった。

 そんな靖治の姿勢を、イリスは受け止めてきた。


「靖治さん、最近私は、人の言う命の大切さというのが少しずつわかってきている気がします……命にはみんな、それぞれの生き方があって、大切なものを抱えながら、大切な仲間を作って生きている……」


 靖治との旅で最初に倒したミズホスだって、悪党だが大切な仲間がいてイリスは憎まれもした。

 ここで戦ったゾンビの人達だって、生前は大切な家族がいて、友達がいて、仲間がいたのであろう。

 もしその人達が、かつて生きていた人の亡骸を利用される姿を見ればどう思っただろうか?。


「このやり方は、酷いと思います……!」


 イリスは拳を握り込み、虹色の瞳から輝きを湧き立たせていた。

 機械として生まれた彼女の心には、いま義憤に燃えていた。

 その怒りを感じ取りながらも、靖治は冷静な眼をして口を開く。


「イリス、僕も同じ気持ちだよ、けどだからこそ一旦休もう。今回の敵はいつもと違う、慎重に行かないと僕らもこの人達と同じになるよ」


 靖治は『僕らも』という言葉を強調したし、その意味するところをイリスも理解した。

 イリスが早まれば、まず一番に危ないのは、もっとも無力な靖治なのだ。

 そのことを受け止めて、イリスは声を震わせながらも頷く。


「…………ハイ」


 怒りを飲み込んでくれたイリスに、靖治は感謝と慚愧の念を懐きながら、近寄って機械の手に自分の手を重ね合わせた。


「手、痛むかい?」

「……少し」

「そうか、頑張ったね」


 これがせめてもの慰めになればいいと靖治が与えた言葉は、イリスには届いていた。

 イリスは気が落ち着くのを感じ、気遣ってくれる靖治の顔を見てわずかに口元に笑みを作る。

 それを見て少し安心した靖治は、今度はナハトへと振り返った。


「まだ敵がいないか見回ってこよう。ナハト、僕と一緒に来てくれるかい?」

「それが良いでしょう。イリスさんとアリサさんはゆっくりとお休みください」


 消耗が見えるイリスとアリサに対して、ナハトは切り傷くらいはあったものの既に自己回復魔法による治癒が完了し、精神的な疲れもほとんどない。靖治に並んでもっとも万全で冷静だ。

 イリスとアリサをそこに置いて、靖治とナハトは二人で街の内部を見回りすることになった。



書く時には靖治くんがちゃんとしたスケコマシ野郎になるよう気を使ってます

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