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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
一章【虹の門出】
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20話『旅が始まる』

 青空に光の柱が透けて見える下で、イリスが横転した救急車を持ち上げた。

 その背中にはもう翼のユニットはない。ミズホスを倒した後、ほのかな光を放ちながら消滅してしまった。


「よいしょ……っと」


 音を立てて起き上がった救急車をイリスがチェックする。車体はボロボロで助手席のドアが開かず、バックドアもブラブラしてたので引き剥がすことにした。

 だが幸いにもエンジンは無事だ。二人は車に乗り込んで、改めて旅立ちを始める。


 タイヤが駆動し、ボロボロの車体を走らせる。サスペンションがイカれてるらしく酷く揺れたが、まあ上出来だ。

 もう目に見える驚異もないので、転ばないようにゆっくりと走らせる。おかげで助手席に座った靖治の頬を、風が心地よく撫でてくれている。

 靖治が後ろを振り返ると、遠くで発生した積乱雲が大雨を降らせていた。前を向くと進行方向では大阪の街が、もう間もなくのところに広がっている。


 靖治は風で前髪を揺らしながら不意に吹き出した。


「ぷっ……ははは……」

「どうしたんですか靖治さん、お体の具合でも?」

「いや、楽しくってつい……ははは」


 堪えきれずに笑い始める靖治を、イリスが横目で見て、不思議そうに首を傾げた。


「靖治さんは楽かったのですか? 命の危機だったのに」

「でも生きてる! これ以上に楽しいことってないさ! あはははははは!!」


 全身砂で汚していて、体中打ち身だらけ。擦り傷からは血だって流れて頬を汚してるのに、靖治はこの上なく愉快そうに笑い声を響かせた。

 底抜けに明るい声に、とうとうイリスはこれまでで浮かんだ疑問を靖治に投げかけた。


「もしかして靖治さん、あなたはけっこう変な人なのですか?」

「そうかもね! ははははは! この1000年後に目覚めてからずっと驚くことばっかり、目が回りそうな勢いだ、生きるって楽しいなぁー!!」


 声が砂漠に響く、どこまでも嬉しそうに、生きる希望に満ち溢れた力強さを乗せて。

 どこにでも生きられる人間の面白さを目の当たりにして、イリスは不思議がりながらも、決して嫌な気分ではなかった。


「では驚いたのならちょうどいいです。靖治さん、今この世界がなんと呼ばれているか知っていますか?」

「へっ? 地球じゃないの?」

「異世界からやってくる中には、世界が球体だということすら知らない異人もいます。そのためいつしか、地球とは別の呼び方が生まれたのですよ」

「へえ、どんな?」


 興味深そうな視線を受けて、イリスは小さな口から澄んだ音色を紡いだ。



「――ワンダフルワールド」



 何か大きなものが車の上を通過して、大きな大気のうねりを上げて地上を揺らした。

 はるか宇宙から戻ってきた守護者が戦いの場にまで降りてきたあと、元いた場所へ帰っていくところだった。

 灰色の竜が翼を広げごうごうと風を鳴らしながら、東の空へと飛び、朝日の光の中に去っていく。

 しばしのあいだ救急車はすっぽり影に埋もれて暗くなった。改めて見た守護者の巨大さ、地上にいても感じられる羽ばたきの力強さ、それらに靖治は大きな感動を与えられ、胸の鼓動を感じた。


 彼らの後ろでは、戦いの終わった雨の中に艷やかに輝く虹の門が架かっている。

 守護者の残した置き土産に旅の門出を飾られながら、靖治は告げられた名を噛みしめる。


「ワンダフルワールド、か……いいね、胸が躍る名前だ」


 ここはその名に相応しい、未知と驚嘆に満ちた素晴らしい世界だ。生き甲斐がある。


「これから驚くようなものがたくさん見れるんだろうな」

「私としては、世界より靖治さんの行動に驚いてばかりですよ」

「そうかな?」

「そうですよー、独りで生きた300年よりこの二日間のほうがよっぽど大変でしたからね?」


 横目で靖治を見たイリスの顔は、そう言いながらもどこか笑っていた。

 美しく整えられた機械の顔を、奇跡のような心の色で満たして、彼女は満足そうな顔をした。


「でも、あなたと眺める世界がこの眼にどう映るのか、私はきっと楽しみです」


 虹色の瞳が前を向く、その色彩にこれからどれだけの景色を映していけるのか、それは誰にもわからない。

 期待を胸にして車のレバーを握るイリスの手に、靖治が手を重ねて優しく握った。


「イリス、これから大変だろうけど、よろしくね」

「はい、靖治さん。お供します、世界の果てまで」





















「それが善いだろう、往くがよい、幼き子らよ」

「いっ!?」


 突如、聞き慣れない声が背後から聞こえてきて、イリスは慌ててブレーキを踏んだ。

 車体がわずかにつんのめって停止し、靖治とイリスは慌てて車内の後部を振り返る。


「な、何奴ですか!?」


 積み荷のなくなった風通しの良い荷室に、一匹の奇妙な生き物が佇んでいた。

 一見すると黒猫のようだが、奇妙と表現する所以は、首の両側から蝶のような虹色の羽を生やしていることにある。


「お初にお目にかかる、我は運命と試練を司りし無名の神」


 その黒猫は蝶の羽をエリマキトカゲのように広げると、妙にしっとりした男性のイケメンボイスで言葉を発した。


「旅をするが良い若者よ、お前たちは世界を救うだろう」

「え……えぇーーーーーっ!?」


 無責任な言葉に、イリスの悲鳴が木霊するのだった。

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