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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
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191話『ドキッ! 術式内部のお触り体験!』

 災厄術式『ヴォイジャー・フォー・デッド』の内部侵入に成功し、これからどう行動するかと言うところで、イリスは入り口の広間に横たわったワズ爺さんのことを静かに見下ろしていた。彼の死因は頭部を打ち付けたことによる脳挫傷で、頭の天辺はひしゃげてしまっている。

 首から下を巨大なサイボーグへと改造したワズ爺さんの顔は、直前までの武勇を誇るかのように目を開いたまま笑っていた。


「……わかってはいましたが、人って死ぬ時は簡単に死んでしまうものなんですね」


 呆気なく人が死んでしまったことに思うところがあるのか、イリスは少し呆然とした様子で漏らした。今の彼女は、人の命が持つ儚き側面を実感として触れつつある。

 そんなイリスの隣にナハトが並ぶ。敵地に潜入ということで、彼女は鎧をまとって右手に亡失剣を握った戦闘装束のままだ。


「それもありますが、今度の敵の性質もあると思いますわね」

「性質?」

「悪意が大きい人間ということです、それが死傷者の数にも現れている」


 と言う話をそこそこに、靖治がアサルトライフルを肩に提げてワズ爺さんの遺体に近づいた。


「このおじいさんの装備で使えるものないかなー? 弾薬欲しいね」

「とりあえず対不死装備だけでも回収させてもらいましょう。この辺りかしら?」

「流れるように死体漁りすな」


 当然のように褒められない行為に及ぶ靖治とナハトに、思わずアリサが口を挟んだ。


「少しでも生存率を上げるためだよ」

「いやわかるけども、あんたらタガ外れてて怖いなぁもう」


 この状況下ではすべてを利用しなければならないのはわかるのだが、顔色一つ変えず実行することにアリサはうんざりした顔で肩を落とす。

 その様子を眺めていたイリスが靖治に尋ねてきた。


「遺体は弔うんですか?」

「そうしたいけど、こんな場所じゃあね。仕方ないけど一旦ここに置いて行って、終わった後に余裕があればにしよう」

「ですね、靖治さんはそういうところ合理的で助かります」

「アグニで燃やすにもこの爺さんほとんど鉄だしね、変な煙出たら危ないわ」


 死体漁りという外道行為はしても、それはそれとして靖治は自分なりの敬意を払うつもりだ。ひとまずワズ爺さんの目元を手で覆ってまぶたを閉じさせる。

 残念ながら使える弾薬はなかったが、靖治はわずかな時間、このお爺さんの死に際が生の歓びとともにあったことを祈った。そしてその最期が苦しいものだったとしても、その先にあるのは優しいから大丈夫ですよと、そう胸の中から語りかけた。

 それから靖治は立ち上がって、魔獣の内部を見渡した。


「この大蜘蛛の中、建物みたいに作られてるけど、材質は何だろ?」


 赤黒いタイルと柱で整えられた入り口部分はまるで神殿だ。柱の上には松明のようなものが篝火として燃えており、更に上を見ると内臓の内側のような肉肉しい天井が見える。

 外部とも魔獣の口から繋がっていて外の景色が見えるが、空間が歪んでいるためか音までは届いてこず、戦闘の振動音すら届いてこなかった。


 色合いは毒々しいが、全体として几帳面な印象を受ける作りだ。

 イリスは近くの柱に近づいて左手で触ったり、スカートの内側からサバイバルナイフを取り出して突き立てたりしたが、柱には傷一つつかない。


「振動波による計測は無理ですね、魔術的防護が張られていて振動を通しません。それに硬くてナイフじゃ刃が負けます。アリサさん、アグニで砕けますか?」

「任せなさい」


 アリサはマントを翻して魔神アグニを浮かべると、遠慮なしに拳を振るわせて柱の一つをへし折った。

 豪快に砕かれた柱がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。

 ナハトは左腕の呪符を伸ばすと、落ちてきた松明のようなものを絡め取ったが、それは松明ではなかった。


「篝火に使われているのは、腕や脚ですわね。火は魔力で作られているので、分離させると消えるようです」

「うげっ、ちょっと取ってんじゃないわよ!」


 絡みついた呪符でぶらりと吊るされた腕を見てアリサは顔をひきつらせる。使われていた腕は肌をひん剥かれたような見た目だ。

 更に柱の瓦礫を確認してみると、そこにあったのは建材などではなく柔らかな肉の山だった。


「柱や床も魔術で硬質化した肉みたいです、術式から離れたら元の硬度に戻りました。溶かした肉を成形して作ったのでしょうか……?」

「徹頭徹尾、人肉製ってわけね。気味悪いわ」

「実際には動物やモンスターも材料に使われてるでしょうが、人々の被害もかなりのものでしょうね……」


 すべての材料を生き物から巻き上げてこんなにも巨大な魔獣を作ったなど、どれだけの命を取り込んできたのか、それを考えるだけでも腹の底に淀むような、ドス黒い気持ちになってくるようだ。


「ともかく進もうか。青騎士のおじいさんの話だと、後方の肉樹に術師本体がいるらしいし、そこを目指そう」

「ハイ、そこに月読さんもいるはずです!」

「まぁ、進まないことにはしゃーないわね」


 靖治たちは入り口の広間から奥へ続く通路を覗き込み、警戒しながら慎重に足を踏み入れた。

 広間と違って通路の中は平らに均されておらず、そこら中がデコボコしていて、赤黒い色も相まって細長い内臓の内部にも見えた。

 柔らかそうな見た目だが、ナハトが剣先で地面を叩くとコンコンと硬い音が響いた、やはり硬質化した肉でできているらしい。


 横幅は四人が並んで歩いても窮屈しない程度に広く、壁には手脚の篝火がパチパチと燃えていて、光源に苦労することはなさそうだ。

 ムワッとした空気を感じながら通路を進む、すると三叉に別れた道と出くわした。


「分かれ道。ダンジョンみたいな形ですね」

「……城であれば、内部を複雑な地形にすることで侵入者への対策とすることもありますが」


 ナハトが訝しむように言葉を漏らすのに、靖治が目を向ける。


「ナハト、何か気付いたことが?」

「……違和感を覚えますが、まだ確証はありません。もう少し進みましょう」

「で、どっち行くのよ?」

「みんなで行きたい方向を指差そう」


 どうせ正解はわからないし当てずっぽうだ。せーので指を差すと靖治が正面、ナハトが左、イリスとアリサが右方向を指差した。


「んじゃ、イリスとアリサのほうで」

「ハイ、行きましょう!」

「うぅん、女性メンバーでわたくしだけ除け者……」

「そのくらいでネガんじゃないわよって、ホラ歩け!」


 ナハトの曝け出しの背中をアリサが叩き、一行は再び歩き始める。

 他の冒険者たちはさっさと先に行ってしまったのだろう、靖治たち四人以外は誰もおらず、壁に掛けられた篝火が火が燃える音と、自分たちの床を踏むゴツゴツとした足音がイヤに耳に残る。


「意外と静かですね。術式内部に突入と聞いて、もっと危険ばかりかと考えてましたが」

「今のところ普通の遺跡探査と変わんない感じよね。でもなんか……」


 アリサが言葉の途中で鼻をスンスンと鳴らし、鼻孔に感じたものに顔をしかめる。


「ヘンな臭いしない? 気のせいかもしんないけど」

「本当だ、ちょっと気持ち悪い感じだね」


 キツい臭いではないが、薄っすらと生っぽいエグい空気が漂っている事に気づいた。

 二人の意見を聞き、イリスが空気中の状態を調べる。


「術式内部に入ってから空気状態をモニターしてますが、酸素濃度などはすべて正常値の範囲。毒はありませんが、ログを見返すと確かに独特の臭気が散布されてるようです。しかも一定間隔で臭いが切り替わってます。これでは人間の鼻では慣れず、不快感が続くかもしれません」

「あーもう、マントに臭い付いちゃわないかしら」


 人間というのは環境に慣れるもので、悪臭もしばらくすれば何も感じなくなるはずだが、細かく切り替えられてはずっと鼻の奥に違和感がつきまとう。

 臭気は気分を害するほどではないが、胸の奥をじわじわと真綿で締め付けられるような不快さがあるのは確かだ。

 その臭いを気にしていると、靖治はつい足元のおうとつにつま先を取られて体をよろけ、慌てたイリスに支えられた。


「靖治さん、大丈夫ですか!?」

「ごめん、ありがとうね。ちょっとよろけただけだよ。この通路デコボコしてるし、それに微妙に上ってたり下がってたり、曲がってたりで歩きづらいね。入り口の床はあんなに整理されてたのに」


 靖治の言う通り、通路はわずかな傾斜が付けられていたり、地味にカーブしていたりして奇妙な不安定さがあった。


「ったく、嫌がらせみたいな作りしてるわね」

「……それが目的やも知れませんね。精神攻撃の一種と捉えて良いかと」

「人を不安にさせる作りか……」


 地味ではあるが精神的ストレスは思考と行動を鈍らせる、注意しなければならないだろう。

 気を引き締めて歩くと、やがて奥に両開きの扉が現れた。見た目的には鉄製で、硬く閉じている。


「扉だ、どうしようか?」

「奥から聞こえてくる音は何もありませんね。防音仕様なだけかもしれませんが……」


 イリスのセンサーでも奥の様子は伺えないが、不用意に開ければ不意打ちを受けるかもしれない。

 なのでナハトが進言した。


「念の為ブチ破りましょう、アリサさん」

「りょーかい。アグニ、優しくノックしてやりな」


 イリスとナハトが警戒する中、アリサの背から燃え上がった魔神アグニが、熱拳を勢いよく突き出して轟音とともに扉を吹き飛ばした。

 ひしゃげた扉が飛んでいくのを見ながら進むと、そこにあったのはまたもや予想外の光景だ。


「これは……街だ……!?」


 広がっていたのは、無人の街だった。肉をドーム状にくり抜いたような空間に街が再現されていたのだ。街の広さは直径で200メートルくらいはありそうだ。

 灰色のコンクリートのビルが立ち並んで肉の天井に突き刺さっている。足元には黒いアスファルトの道路が敷き詰められ、脇には色んな車が駐車されていた。道の沿って緑の街路樹が植えられ、わずかな地面からは雑草も伸びている。

 細やかなところまで丁寧に作られている。不気味な通路を進んだところに色のついた景色が見えて少しホッとしたが、残念なことに街を覆う天井と外周部は相変わらず赤黒く、あまり気は休まりそうにない。

 ここだけは篝火でなく街灯が光を放っており、通りの商店では看板に英語で店名が書かれているのが見えた。


「懐かしい造りだ、僕が生まれた時代と似てるな。アメリカとかその辺みたいな感じがするけど。大きさは東京ドームとかくらいかな?」

「何よ東京ドームって?」


 イリスが周囲を注意しながら街路樹に近寄り、細い枝を両手に握って思いっきり力を込めてみたが、非常に硬くてへし折るのに数秒ほどかかってしまった。

 ボキリと音を立てた枝の断面を見てみると、そこにあったのは赤黒い腐った肉のような色。切り離した枝は煙を上げながら肉に変貌し、ダラリとイリスの手から垂れ下がる。


「構造物は入り口と同じで肉ですね、表面だけ光を屈折させて色付けしてるみたいです」


 靖治がその辺の民家を窓から覗き込むと、家庭の光景が見えた。中に誰もいないことを確認してから窓にアサルトライフルの銃口を向け、トリガーを短く引いてみる。

 パパンと二発の弾丸が放たれたが、音速を超えるはずの弾は呆気なく弾かれてしまい、傷一つ付けれていない。


「ガラスっぽいのもあるけど、これも頑丈だね。アサルトライフルじゃ通らない」


 街の再現ではあるが、これも術式の一部である以上は堅牢であるようだ。

 辺りを検分していると、急にアリサが天井を指差して声を上げた。


「ちょっと見て、上よ!」


 全員が上方を見上げると肉肉しい天井に見えたのは、垂れ下がった無数の肉の塊のようなものだ。まるでミノムシのように、細い肉の先に大きな塊がくっついている。


「何だろ、繭みたいなのに見えるけど」

「またさっきの蜘蛛が出てくるわけ?」

「わたくしの翼でなら届きますが、不用意に近づくのは危ないかも……」


 いくつもの肉の繭は動きを見せないが、異質なものなのは確かだ。


「銃弾を撃ち込んでみませんか? 反応があるかもしれません」

「よし、僕じゃ外すかもだからイリスにお願いするよ」


 靖治は肩にかけていたスリングを外し、アサルトライフルをイリスへと手渡そうとした。

 だがその時、靖治の足元にあったマンホールがガタリと動くのを耳にし、イリスは咄嗟に靖治に飛びついた。


「危ない、靖治さん!」


 イリスが靖治の体を抱きしめて連れ去った瞬間、真下にあったマンホールが吹き飛んで放物線を描いた。

 靖治を降ろしてイリスが振り向いた先には、地面の穴から八本の脚で這い出る魔獣の子機の姿がいた。

 子蜘蛛――と言ってもやはり人間以上のサイズだが――は顔を表すと、凶暴な牙を開いて奥からシャァアアア! と鳴き声を上げてきた。


「敵です!」

「みんな、頼んだ!」


 一匹目の鳴き声を狼煙とするかのように、他のマンホールからもワラワラと子蜘蛛たちが湧き出してきた。

 アリサとナハトも異変に気づき、戦闘態勢を取る。


「外でやりあったやつと同じタイプか!」

「この程度の敵を、何故……? ここまで来られる相手に、こんなものが通用するはずもないのに……」

「何であれ、立ち塞がるなら倒します!」


 威勢よくイリスが飛びかかり、片っ端から子蜘蛛を蹴散らしていく。幸いにも敵の数は外で相手をした時よりもずっと少ない、この程度なら苦労なく倒しきれるはずだ。

 しかし嫌な予感がしたナハトが遠巻きに様子を見ていると、天井から吊るされていた肉の繭が揺れ動き、紐をちぎって落ちてくるのが見えた。


「イリスさん、お下がりになって!」


 ナハトは左腕の呪符を伸ばしイリスの腰に巻きつけると、彼女の体を引っ張って引き下がらせた。肉の繭はイリスの目の前に落下し、子蜘蛛たちの中央でグシャリと潰れた。

 粘液を飛び散らしながら割れた繭の隙間から、腐った肉の臭いが周囲に広がってアリサとナハトは顔をしかめた。

 ひしゃげた繭をどけ、中から現れたのは緑色に変色した肉体を引きずる、腐った人間の姿だった。


「いぃ!? ゾンビ!?」


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