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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
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190話『ザ・突入』

 戦場では基本戦わない靖治だが何もせずボーッとするつもりはなく、縮小化したガネーシャ神の分身体を肩に乗せながら、ぼんやりとした眼で戦場を見渡した。門の前は丘陵になっていて、戦況を広く見ることが出来た。

 近づいてくる子蜘蛛についてはアリサが対処してくれるので無視して遠くを見る。そして敵で埋め尽くされた光景の中から、目ざとく何かを発見してイリスに呼びかけた。


「あっ、イリスー! 右後方、助けたげてー!!」

「ハイ!!」


 簡潔な指示から意図を拾い上げて、イリスは迷うことなく跳び上がる。

 向かいながら遅れて視線を走らせた先にいたのは、元バーリトゥード選手のアレクサンドル・エッジだった。

 身長2メートル近い大柄なアレクサンドルは丸太のような腕を振り上げて、必死に、本当に必死に子蜘蛛の群れへ立ち向かっていた。


「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょぉおおおおお!!!」


 彼は元の世界では生きた伝説とまで言われる不敗のチャンプだった、それがワンダフルワールドに来て最初は喜んだ。

 アレクサンドルは最強だった、自分と対等に戦える者すらいないことに失望し、生きることに飽いていたのだ。

 それがどうだ! この世界には異世界から集められた多くの戦士と、人知を超えた未知のモンスターがわんさかいる。思いっきり戦うことのできなかった悲しき渇きを癒すのに、ここは最高の世界だと思った!


 だがそれは束の間の幻想だ、彼はワンダフルワールドでは平均以下でしかなかった。必死に鍛え上げた彼の肉体を、簡単に弾き飛ばす年若き少年がいた、必死に練った技術をひと目見ただけでコピーする女がいた。

 今度は世界でなく自分に絶望した。異世界の人類は同じ見た目であっても、根本的に体の作りが違っていた。アレクサンドルがどれだけ心を振り絞って肉体を極めようと、他の冒険者やモンスターは彼の限界のはるか先を行った。

 一時は本気でサイボーグ手術も考え、それでも己の肉体にこそプライドがあると信じ、憔悴するのを感じながら負けてばかりの人生を続け、ついに背水の陣を敷く覚悟でこの魔獣に挑んだのだ。


「なんでなんだよ、何でオレはこんなに弱いんだぁあああああ!?」


 だが追い詰められたところで何も変わりはしない、彼が倒せた子蜘蛛の数は他の者達よりずっと少なく――それだって彼の肉体のスペックを顧みれば、健闘と言ってよかった――戦場の中で逃げ回るように戦って、わずかに命を繋ぐことで必死だった。

 そしてとうとう、彼の拳の骨が砕けた。限界を超えた腕の筋繊維はちぎれ、もはやファイティングポーズを取ることすら出来ない。

 自分の限界をまざまざと見せつけられ、牙を開いた蜘蛛が目の前に迫り寄ってきて死の臭いを感じ取った時、上空から飛来したイリスがスラスター加速と重量を乗せたキックで、アレクサンドルが手こずる子蜘蛛を一撃で砕き潰した。


「うぉわああああ!?」

「跳びます! 捕まっててください!」


 狼狽するアレクサンドルを無理矢理抱えてイリスが跳ぶ。いつも靖治相手にやって手慣れたものだ。


 イリスが大男を抱えて子蜘蛛の上を跳び回る様子を遠目に見ながら、靖治はまた別方向を指差してアリサへ教えた。


「アリサ、左側、あっち! 見える?」

「見えん! アンタ台になれ!」

「オーライ!」


 目まぐるしく状況がかわる戦場で、アリサが指示された方向を見た時にはすでに子蜘蛛の背中しか見えなくなっていた。

 靖治はすかさず両手を組んで腹の前に構え、中腰で重心を安定させる。アリサはその手の上に足を乗っけて、靖治に打ち上げてもらいながら上空へと浮かび上がった。


 空中での移動速度は決して早くないアリサだが、頑張って筋トレしていた靖治に助けられて迅速な上昇を達成できた。

 上空からは地上がよく見える、おかげで一人の冒険者が危なくなってる場面を発見できた。アリサが名も知らぬ男だ、へっぴり腰で保ちそうにない。


「そこか、アグニ!」


 アリサは延焼しないようにコントロールしながら魔人の口から熱線を吐かせ、死にそうな冒険者を助けに向かった。

 取り残された靖治の肩の上で、ガネーシャ神が拍子抜けした声を漏らす。


「えっ、防御役いなくなったけど、キミどうすんの?」

「そりゃあもう」


 目の前から子蜘蛛の群れが壁となって迫ってくるのを見て、靖治はニッコリ笑って新品のアサルトライフルの薬室に弾薬を装填して構えた。


「助けてもらえるまでなんとか生き延びる!」

「銃一丁だけで!?」


 とりあえず先頭の子蜘蛛に銃口を向けて、フルオートでドリガーを押し込むように発射した。

 連続して撃ち出された弾丸が直撃し、子蜘蛛は目を潰されて頭部を抉られながらも、ほんの少し体を揺らすだけで気にせず靖治を目指してくる。

 マガジンを撃ち尽くして靖治の攻撃が止んだ時、子蜘蛛が涎まみれの牙を開き、奥から耳障りな鳴き声を上げた。


「シャアアアアア!!!」


 一切気勢が衰えない子蜘蛛に対し、靖治もまた冷静に弾薬をリロードする。だが初めてまともに使う銃だ、そのスピードは戦場では致命的なほど遅い。

 それでも靖治は一度もミスをせず新しいマガジンを挿して、再び弾薬を装填すると、狙いを付けてトリガーを引き絞った。

 二度目の銃撃が同じ場所に着弾し、子蜘蛛の頭部を削り潰していく。やがて二つ目のマガジンが空になった時、顔の半分以上を損失した子蜘蛛は、断末魔のような鳴き声を上げながら倒れ込んだ。本当の生き物ではない魔術による疑似生物だが、頭部を破壊されればそれなりに効くらしい。


 だが一匹仕留めたところで――それでも完全には止まらず地面でもがいている――他の子蜘蛛が横から出てきて牙を開く。

 未熟な靖治ではアサルトライフルをリロードしている暇はない。だが靖治は一切怯えず、それでいて冷静に後ろへ走りながら、腰のホルスターから拳銃を引き抜いて銃口を前へ向けた。


「幸い、持ってる銃は一丁じゃない」


 オーサカブリッジシティでガンクロス氏が選んでくれたコルトガバメントで、躊躇なくトリガーを引いた。

 しかし一発ずつ発射される拳銃の弾では、子蜘蛛はまったく動じず迫ってくる。


「あっ、ダメだ。ハンドガンじゃ止まらないや」

「ダメじゃん!?」


 間抜けにこぼす靖治に、ガネーシャ神が象の顔を青くさせてツッコんだ。

 なんとか距離を取ろうと後ろ走りで下がる靖治だが、それより早く近づいてくる子蜘蛛の凶暴な面構えが、靖治視界いっぱいに広がった。

 しかし鋭利な牙が少年の首元に突きつけられる直前、上空から伸びてきた欠けた刃が、先頭の子蜘蛛の頭を貫いた。


「――彼への手出しは許しません」


 冷徹な眼をしたナハトが、足元を睨みながら静かに言い放った。

 そのまま刃を奮って子蜘蛛の頭部を両断したナハトは、片翼の翼を羽ばたかせながら鎧に包んだ体を踊らせ、更なる斬撃を周囲の敵へと放った。

 剣閃が奔る毎に、大きな体の子蜘蛛たちの関節が綺麗に分断され、一瞬にして戦闘力を失いただの肉の瓦礫となる。


「サンキュー、ナハト。おかげで助かったよ」

「いえ、あなたこそよくぞ生き残りました」


 先端の子蜘蛛が障害物へと成り果てて、後部に続いていた他の子蜘蛛が一瞬足を止めた。そこにようやく到着したイリスが、アレクサンドルを担いだまま子蜘蛛の一匹を踏み潰し、慌てた顔で靖治へと振り向いた。


「靖治さん、ご無事ですか!?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう、イリス」


 イリスは肩の上に担いでいたアレクサンドルを靖治の隣へと投げ込んだ。疲弊していたアレクサンドルだが、彼の体に染み付いた技術はしっかりと受け身を取らせた。

 そのままイリスとナハトが押し寄せる子蜘蛛を捌いていると、空を浮遊するアリサが、死にかかっていた冒険者を吊るすようにして運び込んできた。


「こっちも回収完了! ったく、役立たずのくせに付いてくんじゃないわよ!」

「す、すまねえ!」


 アリサは冒険者を投げ出すと、魔人アグニを奮い立たせて戦線に加わる。


 助けられたのは発掘冒険家のエンドロ・アだ。彼はだらしのない男で、妻と子供にも愛想を尽かされて出ていかれた。

 それから飲んだくれになった自堕落な日々を過ごし、やがて金が尽きて借家からも追い出され、人生の一発逆転を狙ってこの魔獣攻略作戦に乗り込んできた。

 だが人生そうは上手くいかないものだ。哀れなエンドロ・アは無様に這いつくばる身。彼は靖治の肩に乗ったガネーシャ神を見上げると、拝むように両手を合わせて泣きついた。


「ひぃー、手柄を立てれるって期待してたのに、こんなの無理だー! ガネーシャ神、まだ街に戻れますか!?」


 同様にアレクサンドルも、意気消沈した様子で潰れた手を挙げ「すまんが、オレも……」と帰還を宣言した。

 ガネーシャ神は靖治の頭上から、呆れた様子で鼻を曲げて背後を指し示す。


「あー、はいはい。まだギリギリ通路空いとるから、とっとと帰っとれ」


 結界の修復はもう間もなく完了するが、まだギリギリ人が通れるだけの隙間があった。

 エンドロ・アは地獄に神を見た気持ちで涙を浮かべて走り出し、アレクサンドルは重たい体で立ち上がりながら、ふと靖治を見た。


「お前は……戻らないのか……? そんな虚弱そうな体で……死ぬかも知れないぞ……?」


 靖治の体は、最近鍛え始めて筋肉がついてきていたが、それでも同年代の男子よりもまだ貧弱だ。服の上からでもアレクサンドルはそれを見抜いた。

 疑問を投げかけられた靖治は、明るい笑顔を見せて言い放った。


「あっはは。もし明日死ぬとしても、やるだけやってみるだけですよ」


 その笑みは、背を向けて走りだしたアレクサンドルの眼に焼き付いた。




 戦場から逃げたした二名は運良いほうだ。

 自称夢見の魔族アイシャは、悪魔の角と魔力を持ちながらも、それはワンダフルワールドでは平凡な特徴でしかなかった。

 平凡な家庭で平凡に育てられて平凡な経験しか得られなかった彼女は、ロマンに憧れ特別な人生を生きたいと夢に見た。

 すべての人から褒められたい、尊敬されたい、愛されたい、認められたい。そう強く強く願って願って願って願って願いまくって、そしてある夜、眠りの中で未来を夢を見たのだ。


 その夢を予知夢と信じ、アイシャは生まれ育った村を飛び出した。夢を通して現実を見て、数年間ずっと夢のお告げの通りに頑張ってきた。

 それで今までは上手く行った、それが真実だとアイシャは考えていた。だが、いま目の前にある光景は夢とは決定的に違っていた。

 未来なんてどこにもない、見渡すばかりに広がるは凶悪な魔獣たち。いくら子機でもその数はアイシャの実力に有り余る。

 手の平から魔力波動を撃ち放ちながら、アイシャは狂乱して叫んだ。


「わ、わたしは死なないんだ! だって夢で見たから! わたしは街を救ってみんなから敬われるヒーローに……ひ……っ!!」


 夢での自分は華麗に敵を蹴散らしていたはずなのに、現実の子蜘蛛は次から次へと沸いて出て、死体を乗り越えどんどんアイシャへ近づいてくる。

 怯えて息を詰まらせたアイシャが、夢を信じられず背後へ下がった時、足のかかとが子蜘蛛の死体にぶつかって体が大きくよろめいた。


「いやぁぁあああああああ!!!」


 殺到する子蜘蛛でアイシャの姿はすぐに見えなくなり、後から聞こえてきたのは肉が引き裂かれるグチャグチャという音だけだ。

 靖治の頭上からガネーシャ神が呼びかけたのはその直後のことだ。


「結界の修復を確認した! 段階を移行、南西の丘の上に移動しろぉー!!」


 神力を付加された号令が、風にのって戦場の隅々まで行き渡る。

 冒険者たちは一人漏らさず指示を聞き届け、死んだ者を残して次へと向かった。


 靖治たちのパーティも、ガネーシャ神の分身体を連れながら移動を開始する。

 今度はアリサを先頭として、魔人アグニで詰め寄る子蜘蛛の津波を弾き飛ばしながら走り抜けた。


「この馬鹿でも行けるように、道を作らないと……!」


 背後の優男のことを考えながら、アリサがひっそりと言葉を漏らす。

 とは言え数が多い、アリサも動き回りながら魔人アグニを使い続けるのは消耗が激しく、苦しい顔で冷や汗をかいた。

 だがアリサの行く手で、鋭いものが疾走ったかと思うと、前方にいた敵の群れがバラバラに切り裂かれて吹き飛んだ。

 目を丸くしたアリサの前に現れたのは、二体の鎧犬を従えたビーストテイマーであった。


「アリサ、助けてあげようじゃないか!」

「サキ!?」


 子蜘蛛の血飛沫を散らさせてふんぞり返った知り合いの姿に、アリサと背後に続いてきていたパーティの仲間は立ち止まった。

 その間にも後方から敵が押し寄せてきて、イリスとナハトが対応する。ナハトが敵を切り飛ばしながら、背中越しに尋ねた。


「信用足り得ますか?」

「……フン、こいつの実力はまあまあよ」

「誰がまあまあだよ! ヤケっぱちになってアグニで暴れられちゃあ、ウチのカワイコゃんが怯えるんでね!」


 しっかり聞いていたサキが、首から下げていた犬笛を摘んで息を大きく吸い込んだ。


「吠えな、ガル! ジャギ!」


 空気を吹き込まれ、犬笛の中からピィーーーーーと高い音が響く。これはただの笛でなく、親交に応じて獣の肉体から力を引き出すマジックアイテムだ。

 二匹のドーベルマンは、家を飛び出してきたサキに付いてきてくれた家族だ。サキは金ばかりを優先する両親に嫌気が差し、誰かのためになりたいと思いながらも、ひねくれて気持ちを上手く言葉にできなかった。

 ガルとジャギはそんなサキの気持ちに応え続けてきた。身体能力の向上のために肉体の一部を機械に置換して、魔導技術により作られた鎧を身にまとった。

魔導の鎧は二匹の忠犬の体内に魔力を目覚めさせ、それを笛の効力が爆発的に増加させる。ガルとジャギは魔法を発生させ、口から遠吠えに乗せて撃ち放つ。


「アォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!」

「ガァァァァアアアアォォォォォォォオオオオオ!!!」


 ガルの口からは真空波を伴う暴風が、ジャギの口からは無数の氷柱が放たれて、二つのマジックブレスは融合し前方の敵を斬り裂き、轢き潰し、薙ぎ払う。

 ポッカリ空いた平野を見て、後ろから靖治が笑い声を上げた。


「あっはは、やるねサキさん! アリサの友達なだけはある!」

「友達じゃねえって、ただの腐れ縁!」

「なんなら生きて帰ったら特別に、と、友達になってあげても……!」

「言ってろ、行くわよ!」


 無駄話もそこそこに、ガネーシャ神から指定された丘の上へと走る。

 靖治たちがその場所に辿り着いた時には、他の冒険者はほとんど集めってきていた。

 面子を確認して、ガネーシャ神が指折り数える。


「ひいー、ふうー、みいー……三人たらんぞ、どこだ!?」


 ここに来ているのは九名。上空を飛び回っている遊撃してくれているキッカー・ハンサ、逃げ帰ったアレクサンドルとエンドロ・アを除いてあと三人いるはずだ。

 そこに大剣を振るうアラタが言った。


「三人とも喰われやがった、闘気が止むのを確認した」

「そうかよし! んじゃワシの本体が来るまでまた時間を稼げ!」


 死んだ者より生きている者だ。状況を理解し、ガネーシャ神の本体も力を集める。

 ガネーシャ神本体の前にいる災厄術式ヴォイジャー・フォー・デッドは、横合いから襲いかかってくるアンフィスバエナの攻撃を無視してずっとガネーシャ神に狙いを絞ってきている。恐らくは術師本体がガネーシャ神のほうを警戒しているのだろう。

 驚くほど頑丈なヴォイジャー・フォー・デッドはアンフィスバエナの猛攻も、ガネーシャ神の抵抗にもわずかにダメージを受けた様子がない。これを退けるだけでも大変な力が必要だ。


「冒険者たちの準備も完了した……そんじゃあ、いっちょデカイの行くぞおおおおお!!!」


 ガネーシャ神は叫び声を上げると、手に持った杖に神力を集中させた。杖は先端から光り輝き、神の威光を放ちながら超常の力を発揮する。

 相対する災厄術式ヴォイジャー・フォー・デッドは、まばゆい輝きに包まれながらも怯むことなくガネーシャ神に飛びかかった。


「神の前にひれ伏せやああああああ!!!」


 光を放つ杖を、ガネーシャ神は渾身の力でヴォイジャー・フォー・デッドの頭部に振り落とした。

 これだけやってもヴォイジャー・フォー・デッドの全身に張り巡らされた魔術防護のバリアを砕くことはできなかったが、それでも衝撃が防護を貫通そ、この蜘蛛の魔獣を地に叩き伏せた。

 派手な土煙を上げながら地面に這いつくばる魔獣を前にして、ガネーシャ神が肩で息をしながらも振り返る。


「ゼェーハァー! い、今じゃ!」


 ガネーシャ神が目指す先は、冒険者たちが集まった丘の上だ。だがその背後から、体勢を整えたヴォイジャー・フォー・デッドが口部両脇の大鎌を振り上げて立ち上がってきた。


「ぬぉぉぉぉ!!! こっち来んなぁああ!!!」


 叫びガネーシャ神の背後で、アンフィスバエナがこれまでにない動きを見せた。

 尾にも頭をつけた双頭竜はヴォイジャー・フォー・デッドの肉の樹に巻き付くと、更には腹の下に、足の間に、長い体を絡ませて、両端の顎で大鎌に噛み付いて動きを封じ込めた。


「アンフィスバエナ……ワシに協力してくれとるんか……!?」


 知性というものをあまり見せなかった野生生物のようなアンフィスバエナであったが、この難敵を前にしてガネーシャ神と友情のようなものを芽生えさせつつ合ったようだ。


「済まぬ! しばしそいつを押さえていてくれ!!」


 ガネーシャ神は背後に向かって礼を言いながら、冒険者たちの待つ丘の上で四つん這いになり、象の長い鼻を伸ばしだした。

 これを受けて分身体も冒険者たちに声を掛ける。


「手はず通りだ! いいな!?」


 ガネーシャ神本体の大きな大きな鼻が丘の上を多い、二つの鼻孔がヒクヒクと動いた。


「ズォォォオオオオオオオオオオ!!!!」


 巨大なガネーシャ神本体の、強力な吸引が丘の上にいた冒険者たちを吸い込んだ。

 事前に伝えられた通りであるが、それでも冒険者たちは自分の体が上空に吸い寄せられる感覚に、恐怖を覚えて悲鳴が響く。


『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』


 長い鼻の中に、冒険者たちは互いにもみくちゃになりながらも、ガネーシャ神本体の内部に転がり込んだ。ついでに分身体も一緒だ。


「随分、スムーズに吸い込めたね」

「人間と違って動物って鼻毛ないんじゃよ、知ってた?」

「ちょっとアリサ、くっつくんじゃないよ!」

「サキこそその無駄乳どけやがれ!!」

「おぉぉぉぉぉぉ。このアトラクション、新しい芸のインスピレーションがぁあああああ!!!」


 攻略メンバーを吸い込んだガネーシャ神が、鼻の中から零さないよう立ち上がる。だが背後からは、アンフィスバエナを引きずったヴォイジャー・フォー・デッドがじわじわと近づいてきていた。

 双頭竜に締め付けられながらも、魔獣は恐るべき怪力で拘束に抵抗し、力づくで脚を動かして地を這う。

 そしてアンフィスバエナの顎を振りほどいて片方の大鎌を振り上げると、ガネーシャ神の背後から振り落とそうとした。

 それを見ていたのが、上空にいたキッカー・ハンサだ。


「むっ! 不味いな!」


 彼は唯一肉樹の上方から侵入する要員として、他の冒険者と違ってガネーシャ神に吸い込まれていなかった。

 自由に空を舞う彼は速度を上げて空を駆けると、剣を持った腕に力を込め、メキメキと筋肉を浮き立たせた。


「我が勇士、とくと見よ!!」


 甘いマスクに似合わぬ恐るべき膂力を持ってして、キッカー・ハンサの剣がヴォイジャー・フォー・デッドの大鎌に叩き込まれた。

 鈍い衝撃を受けて大鎌の機動が反れ、ガネーシャ神の横に刃が外れる。


「ナイスアシストだ、褒めるぞ!」

「この程度! お安い御用だとも!」


 キッカーはガネーシャ神の言葉にも、屈託ないイケメンスマイルで返した。

 ガネーシャ神は急いでヴォイジャー・フォー・デッドに取り付いて、四本の手で魔獣の顔を掴み上げた。

 しっかりと固定した大蜘蛛の口内に、冒険者を吸い込んだ長話を突きこむ。

 中にいた者たちも大きな振動がビタリと止まり、鼻孔が律動するのを肌で感じ、いよいよその時だと悟った。


「イリス、頼んだよ!」

「ハイ!!」


 直後、ガネーシャ神の鼻息が全力で吹き込まれた。


「ブォォォォォォォォォオオオ!!!」


 鼻から噴出する呼気に乗って、鼻の内部にいた冒険者たちも魔獣の体内へと滑り込む。

 凄まじい速度で打ち出される中、靖治の体をイリスが抱き込み、送り出された先にあった平べったい床のような場所に、庇うようにして背中から着地する。

 他の攻略メンバーも受け身をとったり、何事もなく降り立ったりして、それぞれヴォイジャー・フォー・デッドの内部にたどり着いた。


「突入完了……! みんな、無事かい?」


 靖治がイリスの胸元から起き上がって、下敷きになってくれたパートナーのことを見下ろす。

 イリスは虹の瞳を綺麗に煌めかすと、ニコッと笑いかけてくれた。


「私は問題なしです!」

「わたくしも」

「いったぁーい! またお尻打った!!」


 次々と上がる声に靖治は安堵しながら、イリスに手を貸して起き上がらせた。

 次いでアリサを助け起こしながら周囲を見渡す。魔獣の口内であるはずのそこは、タイルのようなものが床として並べられ、太い柱が伸びた人工的な空間であった。


「ここは……神殿……?」


 柱の上には篝火が燃えており、光源は確保されていた。タイルも柱も、どこを見ても赤黒くて気味の悪い色合いだ。

 背後を見ると遠くの方に魔獣の口があり、外の光景が垣間見えた。空間が歪んでいて距離があるが、一応は地続きのようだ。


「何だか、本当に入り口として設計されたみたいですね」


 上を見れば赤黒い天井がある。硬質感が感じられるが、わずかに脈打っていて生々しい。


「クゥーン」

「中は異界化してるって話は本当だね。明らかに外見より広いし、ずっと奥まで複雑に続いてるようだよ」


 サキがジャギの鼻に調べさせながら顔を向ける方向には、通路とらしきものが奥へと伸びていた。


「おい、一人頭打ってるやつがいるぞ。誰か診れるか」

「ハイ、私が! ……あっ、ダメですこれ即死です」

「そうか、じゃあ仕方ねえ」


 サイボーグのワズ爺さんはここでリタイアとなった。突入の際、生身の頭を強く打ち付けて頭蓋骨を骨折して死亡した。どこか誇らしげな顔だった。

 生き残って潜入できた冒険者は八名。靖治。イリス。アリサ。ナハト。アラタ。サキ及びガルとジャギ。レヒト。リンク。

 彼らの前に、付いてきていた小さな分身体のガネーシャ神が立ち、口を開いた。


「ではワシの案内はここまでだ。正直本体がいっぱいいっぱいなのでこの分身の神力も回収せねばならん。じゃあ後は頼んだぞ、冒険者諸君。健闘を祈る」


 それだけ伝えると、分身体は体の端から光の粒子になって崩れていき、風に巻かれるようにして魔獣の外へと飛んでいった。

 冒険者たちは生き残ったメンバーを確認する。

 結局、残ったのはほとんど高名な実力者ばかりだ。唯一ボンクラなのは靖治くらい。


「フフン。ここまで来ればあとは競争だね。誰が一番にボスをぶっ殺すか」


 サキは手に持った鞭をしならせながら、二匹の忠犬を従えて。


「どんな迷路なんだろうねぇ!? ワクワクするなぁ弟よ!」

「大丈夫さ兄さん、ミラーハウス全戦全敗のボクに任せてくれよ!」

「ってそれ負けてるやないかーい!」


 レヒト&リンクはどこか寒い漫才をしながら愉快なステップで。


「…………」


 アラタは無言で、二本の大剣を背に歩いていった。


 先に行く者たちを見送りながら、靖治たちは急ぎはせず、まずは仲間内で集まって顔を見合わせた。


「さて、僕たちはどう動こうか?」

乱戦を書くのは大変でした(小並感)

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