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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
八章【SHINING SURVIVORS -死の霧を超えろ- 】
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187話『異質な術師』

「――我が主を狙う不届き者、何者ですか」


 剣がぶつかりギィィィンと音が鳴るそばで靖治がよろめきながら逃げ出す。その背後には亡失剣ネームロスを握って、謎の男と向かい合うナハトの姿があった。

 魔力の鎧を編みながら剣を押し付けるナハトに対し、レイピアを構えた薄気味悪いコウモリ羽の男は感慨のない眼で口を開く。


「ふむ、何者かと問われれば――」


 言葉を紡ごうとするその横合いから、跳躍したイリスが靴底を向け穿つ。


「ダイナマイトメイドキック!!」


 スラスターを併用した鋭いジャンプ蹴りが放たれるが、謎の男はノーモーションからトップスピードに移行して離脱する。

 イリスの足が石畳を粉砕する中、男は残像を残す速度で回り込み、イリスの死角からレイピアを突き込んだ。


「は、早――!?」


 レイピアの刀身が細かく振動し、甲高い金切り音を立てながら振り返ったイリスの眼前へ押し迫る。

 避ける暇もないという状況で、ナハトが先んじて行動していた。


「カースドジェイル、受け止めなさい!」


 左腕から地面に向け振り落とされたナハトの呪符が、足元を伝ってイリスのそばに伸びてくると、レイピアの矛先に集まってイリスを護る盾を形成した。

 魔力を帯びた呪符は振動するレイピアにヴィィィィィンと音を立てながら切り裂かれたが、破れてもなお刀身に吸い付くよう動き、イリスに届く前に絡め取る。

 すんでのところで刃は停止し、イリスは命拾いした。


 だがそれで終わるはずもない、イリスの目の前でレイピアの先から紅い魔法陣が浮かび上がった。

 慌ててイリスは右腕を持ち上げて拳を向ける。


「フォースバンカー、拡散でシュートッ!」


 自己進化を繰り返したイリスのボディは、即座の要求にも応えられるようになっていた。

 右腕内部にシリンダーが格納されたままフォースマテリアルをぶち込んで、低チャージで打ち出す。長手袋を突き破って発射された青い光のような衝撃は、レイピアの魔法陣から吹き出した火炎放射を弾き飛ばした。

 街中で炎が散る。レイピアを封じられ男が動けないこの瞬間に、片翼を広げたナハトが背後からネームロスを振り上げて首を狙う。

 だが男は自らの武器からパッと手を離すと、再び新たなレイピアが煙のごとく浮かび上がり、古い方は砂のように消え去った。

 欠けた刀と振動する黒き細剣が打ち合わされる。ナハトから仕掛けて一合、即座に男が切り替えして二合、互いに引かず更にぶつかり合って二合。

 レイピアが超高速振動の牙を突き立て火花を散らそうと、亡失剣ネームロスは驚くほどの頑丈さでビクともしないのを見て、謎の男は眼を細めた。


「なるほど、その刀は空白の器か。厄介だな」


 その背後から再びイリスが殴りかかるも、やはり男はするりと抜け出してこれを避ける。

 距離を取って立つ男に対し、イリスとナハトは靖治を守るように並び立った。


「イリスさん、冷静に。しっかりと追えば捉えられないことはありません」

「は、ハイ!」


 街中で突如行われた切った張ったに、周囲の住民がようやく「うぉぉお!?」「きゃああああ!!」と悲鳴を上げて離れ始めた。

 野次馬が不安と興味から遠巻きに見てくる中、謎の男はコウモリの羽を畳んで背筋をピンと伸ばして立つ。


「一筋縄では行かないようだ。とりえあず……」


 男はレイピアをかき消すと、胸に手を当ててしげしげと頭を下げた。


「私の名はアッシュ・ザラルト。よく他人からはハングドマンと呼ばれているよ」


 いきなり自己紹介を始めたハングドマンに、靖治たち三人は目を丸くする。

 しかしナハトは思う所あり。亡失剣を呪符の中にしまうと、油断せずに名乗った。


蝕甚の聖騎士エクリプス・パラディン、ナハト・マーネ」

「僕、万葉靖治です」

「あっ、い、イリスです!」

「ふむ、よろしく頼む」


 普通の受け答えをするハングドマンに対し、ナハトは更に話しかけた。


「街の結界を破ったのは貴方か?」

「いかにも、私の魔術により破壊した」

「好きな食べ物なんですか?」

「特にないな。食事は必要としないが出されれば何でも食べるよ」

「何故彼を連れ去ろうとする?」

「友が困っていたからな」

「どんな女の子がタイプ?」

「大人しめだが芯の強い女性……かな」


 ハングドマンは靖治の関係ない質問にまで律儀に答えてくれている。

 彼の誠実な姿勢にイリスは思わず気が抜ける。


「何だか話が通じそうな人ですね。話し合いだけで済むのでは……?」

「どうでしょうか、わたくしは逆だと思いますが」


 ナハトは依然としてハングドマンのことを警戒して睨みつけていたが、イリスは試しに尋ねてみた。


「あのー! 靖治さんに危害を加えるのは止めてくれませんか!?」

「それなら大丈夫だ。最初から彼を傷つけるつもりはない、ただ連れて行くだけだ」

「なら連れていくのを止めてほしいのですが!」

「それはできない」


 ハッキリとした言葉でハングドマンは拒絶し、イリスは苦い顔をして続けて問う。


「靖治さんをどこへ連れて行こうとしたんですか」

「あそこへ――」


 ハングドマンはゆらりと腕を持ち上げると、病的に細い指で街の遠く、禍々しく地にそびえる蜘蛛型魔獣を指した。


「災厄術式『|絶対なる死地への流離人ヴォイジャー・フォー・デッド』、その中枢へと彼を運ぶ予定であった」


 語られた内容にイリスとナハトは息を呑む。

 ナハトは意を決して核心を尋ねた。


「貴方が、あれの術師だと?」

「いいや、違う。それは我が友、ラウル・クルーガーである。私は彼が困っていたから、手を貸そうとしただけだよ」


 幽霊騎士からの事前情報とも一致する名前だ。

 真実を語っているらしいハングドマンに、靖治が首を傾げて聞いてみる。


「どうして僕を連れて行こうとするんですか? 行くと何が起こる?」

「それは言えないな、秘密という約束だ」


 紳士的な物腰であるが頑なな男だ。問題がない範囲でならいくらでも譲歩してくれるが、達成すべきライン以上は決して譲らない。

 言葉での解決が難しいと見て、イリスは視線を前へ向けたままナハトへ話しかけた。


「ナハトさん、あの人は普通の術師じゃありません。私のセンサーが、単なる異能素子とは違うものを観測しました」


 先程からずっと、イリスは眼球のセンサーを総動員させて状況を観察していた。

 ハングドマンが用いた火炎放射は魔術の類であったが、彼が使役しているのはそれだけでない。ハングドマンの周囲には、これまでとは異なる分子レベルの機械が滞留している。


「ナノマシンです! あの剣はナノマシンを集合させて作ったものです!」

「その通りだ、良い眼をしているな虹の瞳の機械嬢。ついでに人ではなく正しい種族は吸血鬼(ドラキュラ)だ、もっともこの世界でなら人で括ってもおかしくないが」


 優れたナノマシン技術と魔術を用い、ガネーシャ神の創る結界すら打ち破る人物。これまでになく異質な存在だ。

 得体の知れないハングドマンに、イリスとナハトは最大限の警戒を持って拳と剣を構え直した。


「さて、その少年を連れていきたいところであるが――」


 ハングドマンが一歩距離を詰めた時、上方から一筋の熱線が飛来したが、またもやハングドマンは恐るべきスピードで逃れた。

 地面に残った焼け穴と煙を見て、建物の上に陣取っていたアリサが魔人を浮かべながら悪態をつく。


「チィ、外したか!?」


 アンフィスバエナの業火を防いでから、その辺の屋根に乗って回復しながら様子を伺っていたのだが避けられてしまった。

 ハングドマンはコウモリ羽を羽ばたかせ、街の上から靖治のことを見下ろしている。


「ここからどうするか……」


 その時、イリスともアリサともナハトとも違う、第三者が爆発的な速度で空を駆けて近づいてきていた。

 空間をバンッと爆ぜさせて人垣を飛び越えたその人物は、目にも留まらぬ速さでジグザグに機動し、マフラーをたなびかせて両刃の大剣を握る。

 ハングドマンの頭上へと回り込んで、威圧感とともに二振りの大剣を構えたのは、我流大剣二刀流の使い手冒険者『アラタ』だった。


「街中で暴れてんじゃねえぞクソムシが。住人が不安がるだろうが」

「ふむ、それもそうだな。申し訳ないことをした」


 この騒ぎを嗅ぎつけて乱入してきたアラタが荒い言葉と血走った眼を向けると、ハングドマンは至極誠実に答える。


「謝るなら、地べたにデコを擦って謝りやがれ!」


 アラタが大剣を振るう直前、マフラーの両端がひとりでに動いて狙いを定めると、ハングドマンの両翼へ向かって一発ずつ破壊力のある弾丸を打ち出した。デザートイーグルを流用した仕込み銃だ。

 先手を打たれて羽を潰されたハングドマンは空中で一瞬の隙を晒し、そこへ二本の大剣が横並びで振り落とされた。

 ハングドマンは再びナノマシンを集めてレイピア状に固め、重々しく大剣を受け止める。細身の剣でありながらも、特殊な魔術と技術が合わせられたレイピアは折れはしなかった。

 だがそこまでだ。大剣は反対側から魔力による爆発を発生させると、それをブースターとして圧力を高め、力づくでハングドマンを地上に叩き落とした。

 足元から着地したハングドマンは生身のままでは衝撃を殺しきれず、下半身を無数のコウモリに分解することでダメージを防ぎ、即座に肉体を再構成する。


 翼も含めて再生するハングドマンに、ナハトとアラタがそれぞれの剣を構えて突撃した。

 ハングドマンは劣勢でありながらも、両手にレイピアを作り出して防御に徹する。

 アラタが豪快に大剣を薙ぎながら叫んだ。


「悪党が! 何者か知らんがこのクソ大事な時に騒ぎ立ててきてんじゃねえ、不穏の芽はここで潰す!」

「それは困るな、その末路は私の役目に反する」


 アラタの踏み込み斬りを受け止め、ナハトが密かに伸ばしてきた呪符から逃れながら、ハングドマンは眼前に空気中の水分子を集めて水のボールを作り上げた。

 その内側からゴポリと泡が立つのを見て、ナハトがアラタの肩を掴む。


「お下がりなさい!」

「あぁん!?」


 水は一瞬にして沸騰し、熱い蒸気となって辺り一面に広がった。ナハトは片翼を伸ばしてアラタを抱え込むと、広げた翼を盾として蒸気から身を守った。

 蒸気は遠く離れた時点で冷却され無害なものになっていたが、それでも大きく辺りを包んで野次馬を飲み込み、靖治の周囲をも白い霧で包み込む。

 ハングドマンは蒸気で自焼した顔を再生しながら霧の中を縫って走り、靖治の体へと右手を伸ばす。だがそばに控えていたイリスが石畳を踏みしめ、強力な右フックでハングドマンの腕をへし折った。


「靖治さんは、渡しません!!」


 肉の内側から飛び出た骨を見つめながら、ハングドマンは変わらぬ顔で言い放つ。


「仕方がない、ここは引かせてもらおう」


 虹の瞳で睨んでくるロボットをくぐり抜けて万葉靖治を捕まえるのはどうやら無理そうだと、ハングドマンは判断した。

 それに街を覆う物理結界も再生しつつある、修復が完了する前に脱出しなければ更に骨を折ることだろう。


「だが万葉靖治くん、抗う気ならば気を付けたほうが良い。ラウルは君のことを諦めることはしないだろう、ヴォイジャー・フォー・デッドは地の果てまで追い詰めてでも君のことを捕まえるに違いない。君の持つ因子を追い求めるよう、あれはプログラムされているのだからな」


 忠告を残してハングドマンは上空へと浮かび上がる。目標を失敗したはずだが、彼の顔は相変わらず感情というものを浮かべない。


「では、さらば」


 その背中からアラタがしつこく大剣を振りかぶっていたが、今度はしっかり大剣を避けた。

 翼を羽ばたかせたハングドマンは修復していく結界を乗り越えて、蜘蛛型魔獣の方へと飛び去っていく。

 蒸気が漂う街から小さくなっていく黒い影を見送り、靖治はイリスの後ろで肩を落としていた。


「どうやら、僕だけのんびりってわけにはいかなさそうだ」

 この後の展開考えたいので三日ほど暇を貰います。次の投稿は12月1日で、アデュー!

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