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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
七章dash【未来を向くは虹の瞳】
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178話『超越者の密談』

 ――小世界黒の記念碑(ブラックモニュメント)で、そこに住んでいるシオリは新しく舞い込んできた一冊の本に夢中になってかじりついていた。


「ふーむ、ふむ……なるほど……おぉ……」


 本の山に腰掛けながらブーツを履いた足はブラブラと興奮を隠せず揺れ動き、しわがれた声で感心したうなりを漏らし、眼鏡の奥にあるいつもは気怠げな瞳も今は輝かしく見開かれている。

 歳幼い外見と行動が今だけは一致しているシオリの隣では、椅子に座るシスター姿のリリムが、膝の上で開かれた本に視線を落としていた。

 シオリと違い、いつもは穏やかな魔王様の目元は悲しそうに歪んでいる。


「ふむ、そうか、マナという少女はこういった経緯で誕生したのか……そういう思惑……ほぉ……」

「……セイジちゃんたちは、蜘蛛の魔獣に挑むのね」


 リリムが読んでいたのは、更新されたばかりの靖治の情報であった。

 それを聞いたシオリが、手元の本から顔を上げて横目で隣を見る。


「の、ようだな。すでに万葉靖治の最新の物語はチェック済だからネタバレは気にしなくていいぞ。それでお前は魔獣について知っていたのか」

「えぇ、シオリちゃんは?」

「他の物語からいくつか記載があった。核心的な部分はまだ読めてないがな」


 二人ともワンダフルワールドへの干渉は限定的ではあるが極めて広範囲に手を伸ばしているのだ、例の魔獣ほどの暴れまわってる相手であれば噂が指先にかすりもする。

 リリムは万葉靖治の本を閉じながら、眉間にシワを作りながら口を開く。


「近頃、犯罪者引取サービスに一般人からの呼び出しが続いていたの。すべての集落を壊され、拠り所を失った人達が、避難先を求めて藁にもすがる思いで、ね……」


 リリムの話に、シオリは片眉を吊り上げた。それはどちらかというとリリムへ向けられた感情だ。


「そうか。だがあまりワタシたちのような存在が干渉するのは……いや、よそう。お前はお前か」

「シオリちゃんの主義はそうでしょうね。でもワタシは、助けを求められて拒むことは出来なかったわ」


 リリムは優しい魔王様、それだけのことだ。シオリがどう言おうが彼女の性質はそれであり、誰にも止められるものではない。

 詫びのつもりでシオリは指を振って虚空からティーセット一式を創り出し、適当な本の上に置いた。ホカホカの紅茶をティーカップに注ぎ、リリムの前へと浮かばせる。


「ありがとう……とはいえ、ワタシがワンダフルワールドで取れる活動には限りがある。避難民たちは全員まとめて空間凍結により保管することになったわ。いつの日か、捕まえた犯罪者たちを開放する時がくるまで一緒にそのまま」


 リリムは紅茶を受け取りながら、自分が取った行動を語ってくれた。


「避難民だけの解凍は出来ないわけか」

「えぇ、もしかしたら永遠に解放の時が来ないかも知れない。そのことを念を押して確認したけど断る人は一人もいなかったわ、みんな蒼白な顔で口を揃えて『アレに喰われるよりかはいい』って……シオリちゃんは、蜘蛛型魔獣について何か知ってる?」


 紅茶で胸を温めるリリムを前にして、シオリは過去に閲覧した情報を思い出し、口元に手を当てながら知り得たものを伝えた。


「あれをテイルネットワーク社から最初に観測したのは、オーストラリア大陸の北西にあるソロモン諸島だ。最初は人間大の大きさしかなかったようだが、周囲の生き物を取り込みまたたく間に巨大化した。そのまま海を渡りニューギニア島、フィリピン諸島、台湾など、島国を経由しながら日本にまで北上してきた」

「その進路上の人達は……」

「当然全滅だ」


 予想を遥かに超える甚大な被害に、リリムは瞳を震わせ我がことのように胸を痛めていた。

 その様子を横目で見ながらも、シオリはただあるがままに事実を語る。


「猫の一匹に至るまで、一定以上の生物はすべて吸収されたようだよ、しかも生きたままな。進路の近くにあれば小さな島まで寄り道して虱潰しだ、執念深いことだな。迎撃に挑んだ冒険者は数しれないが、誰一人として帰ってきてはいない」

「ワンダフルワールドにはとっても強いドラゴンの守護者さんがいるんでしょう? 直接お話したことはないけれど、あの世界を護ってくれてるはずなんじゃ……」

「わからんな。そもそも守護者の判断基準からして謎だからどうとも言えん。ただこれだけの規模の被害だ、普通ならとっくに駆除されていそうなものだが、他の視点の物語から確認した限り、守護者に動きは見られない。逆に言えばここまで動かないのなら、この先もずっと守護者から見逃されるかもな」


 ワンダフルワールド最大の抑止力も来ないとあれば、この先も被害が増え続ける可能性が非常に高いことを示唆する。

 あるいは、地球上のありとあらゆる生命を貪り喰い、なおも止まらぬような未来すらあるかもしれない。


「ワタシはテイルネットワーク社の顧客の物語はすべて蒐集するようプログラムしているが、この術式ではダアトクリスタルに再び接続するか、顧客が死亡しなければその情報を更新できない、故に生きたまま取り込まれた者たちが見たものを識ることは出来ないし、それが生存していることを証明になる。取り込まれた人間は、すべて徹底的な延命処置を取られているんだろうな、果てのない拷問のようなものだ」

「それだけの罪を、このラウルという人物がたった一人で犯してしまったのね……」

「業の深いことだ、こいつは大した人物だよ」

「……ふふ、シオリちゃんらしい評ね」


 善悪に頓着せず偉業のスケールのみで評価するシオリに、リリムは苦い顔をしながらも少しだけ気を抜くことが出来た。

 彼女のような見方こそが、きっとリリムの手の届かない誰かを救えるから。


「気になるのは行動の法則だな。あれは無闇に人の集落を喰らって力を溜め込んでいるが、最初から日本を目指して北上している気がする……あるいは、何かを探しているのかもな……」

「何かって?」

「知らん。ただの根拠のない直感だ、断片的に読んだ物語からそんな気がしただけだ。忘れてくれ、無粋な深読みは物語を読む眼を曇らせる」


 口が滑り少し後悔した様子のシオリは、指を立ててリリムへと突きつけた。


「それよりもお前とて現役魔王だろうに。他所の世界にばかり首突っ込んでないで、故郷の統治をちゃんとしとけ」

「……えぇ、そうね。こんな顔して帰ったらみんなに心配されちゃうわ」


 リリムは生まれた世界で前魔王を打倒し、魔族と人間との友好の架け橋となった最重要人物だ。すでに統治者の権能は手放して民衆に政治を任せているが、なおもその存在の影響力は大きい。

 いわば全人類がファンの偶像(アイドル)のようなものだ。人間魔族、老若男女、民衆から教皇まで分け隔てなく敬愛され親しまれているリリムは、彼女が仕える神よりも信望されていると言っていい。おかげで彼女の世界はシオリが驚くほど犯罪率が低く、高官の汚職も少ない。

 逆に言えばリリム一人が心労で倒れただけで世界中大パニックになりかねない。無論、リリム自身もそれを理解して、今すぐ不慮の事故で死んだとしても問題が少ないように調整しているが、それでも混乱は免れまい。


 自らの世界とそこに住まう民を愛することが、世界で一番信仰された魔王が成すべき責務である。リリムはそのことを思い出して、シオリから淹れてもらった紅茶に元気を貰い、気持ちを切り替えた。

 リリムの眉間からシワが取れたのを見ながら、シオリは次いでこんな話を始めた。


「それにだ、ワタシたちがどんなに気を揉もうが、ワンダフルワールドの問題はワンダフルワールドの住人が解決するだろう。例え住んでいるやつらが別世界から意思に関係なく転移してきただけとしても、そこに生きる以上はすでにそこの住人だ」


 いくつもの物語を見つめてきた瞳は、世界の仕組みに対して彼女なりの見解だった。


「件の蜘蛛型魔獣術式が真に邪悪なるものであり、討伐される必要があるならば、その世界に生きる者たちの中から払う者が現れる。個人個人に与えられる力とは、つまりはそういうものだ。きっとな」


 それがシオリを楽しませてくれる物語に対する信頼と期待であった。

 とは言え、一個人が救いの手から漏れるなんてのは当たり前のことであるので、シオリも言葉を交わしたとある少年がどちらに転ぶかはわからない。

 それだけが、ほんのちょっぴり、彼女の平坦な胸をざわつかせるところではあった。

 それでもすべてを押し殺して読者に徹する、それがシオリの矜持だ。己のあり方を定めた彼女は、再び本を開いて物語の海に飛び込んでいくのだった。

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