173話『満希那の誇り』
長らく休んでてごめんね!!
また隔日で続けてくよ~。
白き夢の中でイリスは叫んだ。
「う○ち機能、いりません絶対!」
「ハハハ、諦めろ。食べたら出るなんて仕方ない」
目くじらを立てていきり立つイリスに対して、満希那は朗らかに笑って夢のココアをすすっている。
現実の時刻は夜。二人はまたイリスの夢の中で会合し、真っ白な空間でテーブルで向かい合って言葉をかわしていた。
目元を引き絞ったようなイリスを見るに、起きてるあいだにそれはもう苦労したようだ。珍しく憤る彼女に、満希那は面白そうに口端を釣り上げている。
「お前の機体に口から入ったものはバイオ燃料として利用できるようしてあるが、その時ついでに人間そっくりの排泄物が出るように設定してある。どうだすごいだろう! 臭いから形まで人間のそれとそっくりだぞ!」
「わざわざ形まで同じにする必要なんてないですし、ロボなんだからお腹周りにハッチでも付けて、まとめてポイってすればいいじゃないですかー! わざわざトイレでしないといけないなんて、無駄すぎますよ! 非合理です!!」
「私のわがままだ、仕方ないと思って受け入れてくれ。弟もそういう無駄が好きだったからな」
機械神と契約して手に入れた技術力を遺憾なく発揮する満希那に、イリスは恨みがましい視線を送りながらも気になって尋ねた。
「うぅー……靖治さんが……? う○ちが好き……?」
「いやそうでなくてだな」
イリスが頭をかしげるのを見て、満希那はティーカップをテーブルに置くと口を開く。
「靖治の体調が安定しだしたのは3歳くらいだが、それでも年一は発作で死にかけててな。毎年のことだが家族の私としちゃたまったもんじゃなく、毎回ハラハラしながら見守ってた。そんである時に、看護師から心配されるくらい焦燥した私にな、私より死にそうな顔をした靖治が笑って言ってきたんだよ」
満希那本人からすればかれこれ1000年も昔の出来事を、きっと何度も思い返してきたのだろう、まるで昨日のことのように彼女ははっきりと答えた。
靖治は次のように話したという。
『姉さん、来週はパフェを食べに行きたい』
その時の靖治は、きっと苦しさに汗をかき死相を浮かべてもなお、悲壮感を感じさせない屈託のない微笑みなのだろうと、見ていないイリスにもまざまざと思い浮かんだ。
満希那は含み笑いをこぼしてイリスを見た。
「おかしな話だろ? 今その瞬間に死にそうだってのに、そこに頓着せずのほほんとやりたいことだけ語ってたんだあいつは。つまりは好きだったんだよ、生きる上でそういう無駄なことがな」
「……何だかわかります。靖治さんってそういう人ですよね」
万葉靖治は小石の一つ一つの並び方を見て微笑んでみているような、そんな人だ。その靖治に併せて共に歩む者の器として作られた今のイリスの体なら、そこまでこだわって作られていて当然なのかもしれない。
現に靖治はイリスの体験する事柄の一つ一つを優しい目で見守ってくれ、共に喜んでくれもする。イリスが無駄と思う機能もまた、靖治にとっては生きる歓びの一つなのだろう。
彼はシモの話で例えるなら、自分の一本糞を見てすごい立派のが出たーと一人で満足してるような……ような……。
「……でもやっぱりう○ちは必要ないですよ!? どうにかならないんですか!」
「ダメだ、ブラックボックスの絶対領域に組み込んであるから、どうにも変化せんぞー」
「うぐぐぅ……!」
それでも納得行かず握りこぶしでテーブルを叩くイリスだが、むべもなく切り捨てられ、苦虫を噛み潰したような顔になっていた。トイレでの初戦はよっぽど苦労したらしい。
機械として生まれ電子の狭間に自我を獲得した彼女としては、有機生命体の生態は性に合わないのか、それとも別の何かか。
「うぅぅぅ……あっ、そうだ。靖治さんの話を聞いて、他に聞きたいことを思いついたのですが」
不満そうに唸っていたイリスだが、何かを思いついて眉間のシワを戻すと背筋を伸ばす。
「ん? なんだ?」
「靖治さんが二歳ぐらいのころ、死にかけた時に満希那さんの呼びかけで蘇生した、時の話を、満希那さんの視点から聞きたいんです」
言葉を聞き、満希那の手元がピクリと動いた。
満希那は少し溜息をつきながらテーブルを指で叩く、その様子は苛立ちと言うよりも、イリスを試すかのようだ。
「どうして質問にそれを選んだ?」
「私は靖治さんのことをもっとよく知りたいんです。彼がどこから来て、そしてどこへ向かえるのか」
イリスは万葉靖治の持つ可能性に、これからの人生について諦めていなかった。
靖治の持つ達観と死生観の始まりは、恐らく彼も語った臨死体験にあるだろう。なら当時について多くの視点からの話を聞きたい。
万葉靖治が死にかけ、死の本質を優しさと悟り、そして姉の『生きてくれ』という声を聞いたその時のことを、イリスは知らなければならなかった。
「靖治さんの根幹にあたる部分ですから、これを知るのがあの人を理解するにはもっとも早いと思いました」
「うん、そうだな。そうかもしれない。だがそれを語るなら、アイツが生まれたときのことから話させてもらうぞ。のろけ話だ、よーく聞けよ?」
満希那はココアの入ったティーカップを持ち、湯気の立つカカオ色の水面を見つめて口を開いた。
「私が12歳の頃に念願の弟が誕生した。家族が増えるってことで、両親だけでなく私も生まれる前から大はしゃぎで、そして靖治が産まれた。母親のお腹から出てきたばかりの赤ん坊ってのはしわくちゃでな、それは変な顔で見た瞬間笑っちまったんだが……でも、なんか愛らしいんだよな」
当時のことを呟く満希那は、今でも嬉しそうに頬をほころばせる。
しかしどうしたことか、すぐにその顔を苦々しく変化させた。
「でもそのすぐあとに、この子は病気で10歳まで生きられないでしょうって聞いて、それから興味を失くしたんだ」
「えっ!? そんなに靖治さんのこと好きなのにですか!?」
「ははっ、あぁそうだ」
隙あらば弟の遺伝子を身ごもりたいと欲望を垣間見せる満希那であるのに、赤子の靖治に無関心でいたと言われれば、イリスは信じられずに目を剥く。
満希那はそんな過去の自分が恥ずかしいのか、そばかすの散った頬を指でかいた。
「しばらくさ、赤ん坊の靖治とはまるっきり触れ合わなかったんだ、近くにいる時も一歩下がって遠目に見るだけ。父さんと母さんも、私に無理に仲良くしろとは言わなかったな。まあ遅かれ早かれ死ぬ人間に入れ込んだって、私が後で傷つくだけだって思ったんだろ、両親は靖治のことを大切にしていたが、私のことも尊重してくれていたよ」
「そういうものなのですか……?」
「12歳の子供にすぐに死ぬ子を慈しめって言っても難しい話だ、そんなもんだろうさ。それに生まれてすぐの当時が一番体調が悪くて、ずっと危険だって言われてたしな」
そうなったのも仕方のないことだろう。相手は将来何の見返りも見込めない常に死の淵にいる赤ん坊、後の悲劇を怖がって距離を取るのもまた一つの選択だ。
中学生になったばかりの満希那は、病気の子を慈しむ両親を遠巻きに見ているだけの寂しい日々がしばらく続いたという。
「だが、靖治が二歳の時だ、発作で峠を越えられないかもしれないって医者から言われた日が来た。別に私は家で待ってても良かったんだが、何か妙な焦燥感に押されて靖治が治療を受けてる病院に行ったよ。そして治療を受けてる靖治をガラス越しにずっと見てた。明らかに苦しそうな幼子が秒毎に死へ近づくのが見ててわかった。そのことを感じた瞬間、まるで靖治の真っ青な顔に心臓を鷲掴みにされたような感覚を受けたんだ」
満希那はその瞬間に感じたものをこの場で追想して、衝撃に目を見開いて愕然とした表情を浮かべた。
「あの時にわかったんだ。私はいずれ死ぬ靖治を好きにならないように距離を取ってたけど、本当はそんなことする暇なんてなく、最初に出会った瞬間に、あいつに首ったけだったんだってな」
そして満希那は自分を取り繕うのを諦めた当時のことを思い出し、苦々しく笑うとティーカップを傾けながら続きを話す。
「気がついたら、二年間ずっと我慢してたぶんをぶつけるように、靖治に向かって叫んでたよ。『生きろ、生きてくれ。私はまだお前にありがとうも言えてないんだ』ってな、もうがむしゃらさ。涙を流して、看護師に注意されても無我夢中で叫びまくって、いやもうアレは傍から見たら狂ってたろうね」
少しおどけて話す満希那だが、その顔はどこか誇らしそうだ。
それもそのはず、満希那は常に誇っている。弟のことを、そして弟を愛する自分のことを。
「その時に、私の声を聞いた靖治が、私に向けて薄っすらと笑った気がしたんだ」
話の終わりをゆったりとした笑顔で飾り、満希那はティーカップをソーサーに戻した。
彼女の昔話を、イリスは両手を膝に乗せて息遣いの一つまで漏らさず聞いていた。
「アレからだったな、靖治の体調がわずかにだが良くなり始めたのは。相変わらず綱渡りだったが、アイツはその蜘蛛の糸のような人生を見事に渡りきった」
「……靖治さんは、その時に満希那さんの声を聞きましたよ」
「あぁ、らしいな」
靖治がイリスたちに語ったところによると、彼は死の淵で姉の声に呼び戻されたという。
それが万葉靖治の契機であり、また同時に満希那にとっても姉としての転換期となったのだ。
「私はアイツの存在そのものが、嬉しくって仕方ない。靖治が今日も生きていてくれている、そのことが誇りだよ。産まれてきてくれて本当に良かった」
ちょっとみなさんに謝らなければならないことがありまして……いえ、風邪で休んでたことでなく、他のポカがありまして……。
今回の章で出た老人の名前を「ロイ・ブレイリー」としてましたが……。
このロイって名前……ナハトの回想で出た、ナハトを育てた聖騎士団団長にも「ロイ団長」って名前を使ってた……!!!(うっかり)
いやー、あははははは。ややこしいことしてマジでごめんなさい。お二人別に関係ございません。それもこれも全部、ACfaの色男がカッコいいから……!!
とにかく何とかしないといけません。
なので老人の方の名前は「ロイ・ブレイリー」そのままで、団長の方の名前を「アレックス」として新しく制定します。
こんなヘマして申し訳ありませんでした、以後気をつけます。今後とも虹の瞳を切に……切に宜しくお願いします……!!




