167話『ここがイリスの楽園』
「あぁ、イリス。君は美しい! その胸の想いも、浮かんだ笑顔も、何もかもが素晴らしいよ!!」
「――――ハイ!!」
最高の褒め言葉を受け取って、イリスは満面の笑みでガッツを握ると嬉しさに喉を震わせた。
無垢な心は憂いを乗り越え、不安をも拭い去る。
虹色は闇を突き破って、どこまでも未来を明るく照らしていた。
虹の薔薇と笑顔を振りまくイリスに、大笑いさせられたアリサがようやく落ち着いて、目尻を拭いながら背筋を伸ばす。
「まったく、こんな綺麗な場面にあたしは縁がないって思ってたんだけど……まぁ、たまにはこんなのもいいわね。とにかく後に残すは……」
呼吸を整えたアリサは力を込めた手に炎を浮かばせると、空間の奥にいる修験者たちが形作った翠眼のイリスを睨みつけた。
「袋叩きよ!! 準備はいいかチンケの残留思念さんよぉ!?」
『うぅっ……』
向けられた覇気の強さに圧倒され、翠眼のイリスは大きくよろめいた。
同時にナハトもまた己が剣で風を切り、勇ましく名乗りを上げる。
「我が剣に曇りなし! 白刃に乗るのは命への讃歌、邪を斬り裂いて先へ進みましょう!」
戦意を露わにするアリサ、誇りと共に剣を握るナハト。そして頭上に座すのは自信満々の笑みで虹の瞳を輝かせるイリスの姿。
どんな悪意も跳ね除ける力強い光景に、イリスの姿を真似た修験者たちの成れの果てはおののいて怯えた顔を見せる。
『冗談でない! こんなの……こんなの勝てるかぁ!!』
圧倒的な想いの差に気圧された翠眼のイリスは、塗りつぶされた白い心象空間を駆けて逃げ出し始めた。
その背中に、アリサの容赦ない熱気が突き刺さる。
「ぶっ飛ばせ、アグニ!!」
アリサの背後に浮かんだ魔人アグニが、号令に合わせて口を開くと細長い熱線を吐き出した。
空間を穿つ熱い閃光に、翠眼のイリスは顔を青くしながらもメイド服をはためかせて跳躍してこれを避ける。
しかしそこに片翼を広げたナハトが飛び込んできて、亡失剣ネームロスで鋭い剣撃を振るう。
「遅いっ――!」
瞬間に振るわれたのは二度。一振り目が防御しようとした翠眼のイリスの両腕に深い切り傷を付け、下へ返された二振り目がスカートの上から両足に更なるダメージを与える。
十分な手傷を追わせてからナハトはブーツの底で蹴り飛ばし、翠眼のイリスは腹を打たれて大きくよろめきながら、やっとのころで真っ白な床に着地した。
『くっ、この……!!』
こうなれば一矢報いようと、修験者たちの意思は傷ついた右腕のトライシリンダーへ再び精神力を注入しようとする。
だがその前に、宙に浮かぶイリスが体内のフォースマテリアルを開放して次々に薔薇の花を創り出しながら、波をまくるように勢いよく両腕を振り上げた。
「パラダイスウェーブ! ざっぱーん、ですっ!!」
前を向いたイリスの明るい仕草とともに繰り出されたのは、視界一面を覆うほど大量の花によるビックウェーブだった。
押し寄せる虹色の洪水に、翠眼のイリスは抗う暇もなく『ぬぉぉっ!?』と驚きながら飲み込まれる。
そして吹き荒れる花吹雪の奥で、本物のイリスが長手袋の下から現した本物のトライシリンダーに光を集めていた。
「エネルギーチャージ100-90-60! 鮮やかなるは私たちの拳! 虹を越えて共に願いを叶えましょう!!!」
声は高く、想いはどこまでも疾走る。集められた想いはトライシリンダーに瞬くような緑色の篝火を灯し、透き通った光を掲げる。
彼女が見据える先は花の波の下からもがき出てきた翠眼のイリス、そしてよりその先へ。
幸福とともに走り出したイリスは一直線に空間を突っ切って、自分と同じ顔をした修験者たちへと握る拳を振り落とした。
「フォースバンカーッ!!!」
眼を丸くした翠眼のイリスの前で、白銀の拳が光芒を打ち放つ。空間をも揺るがす想いの輝きが、どっと重い音を立てながら先へ先へと続いていく。
強い閃光が走り去り、静まった空間に佇んでいたのは、仁王立ちで誇るイリスと、尻もちを付いて唖然と見上げる修験者たちのイリスだった。
偽物の体に付けられた傷はナハトからの斬撃によるものだけ。自信の偽物に、イリスはニンマリ笑って話しかけた。
「私たちの勝ちですね。もう悪いことしちゃダメですよ?」
修験者たちの成れの果ては、驚きがまさって声も出せないまま動けずにいる。
そこに片翼を羽ばたかせたナハトが降りてきて、イリスへと声をかけた。
「始末しなくても良いのですか? たかが残留思念、かつていた人の影に過ぎませんよ」
「ハイ。悪意があろうと、大切なことを教えてくれましたから!」
体を奪われそうになったのはとんでもないことだが、それでもこの戦いがイリスにとって重要な思い出の一つとなったのだ。
「それに、この人達が残留思念という情報体だというのなら、私も生まれはもっと単純なプログラムでしたし。だからこれでいいです」
自らの納得を口にしたイリスは、穏やかな顔をして偽物の顔を見つめる。
そこには自らの根源的な欲から走りながらも、その先で獲得した”慈愛”が浮かんだ顔があった。
「あっ! でも私以外の人にも迷惑を掛けるなら、今度こそこらしめちゃいますからね!」
最後に忠告だけ残してからイリスは踵を返し、勝利を手に駆けていく。彼女の慈悲深い対応にナハも薄く笑って亡失剣を呪符の中にしまうと、敵だった者に背を向けて歩いていった。
イリスが向かったのはもちろん、預かっていた荷物をアリサへと返している靖治のところだった。
「靖治さーん!!」
「イリス! 綺麗だったよ」
「ハイ! ありがとうございます!」
ほんのり笑って迎えてくれた靖治に感謝して、イリスは満面の笑みで生きる歓びを表現した。
しかし何かに気付いたイリスは、しかめっ面で靖治の顔を覗き込むと口を尖らせた。
「むむっ。靖治さん、ちょっと顔腫れてませんか……? あっ、さてはまた無茶したんですねー!?」
「うっ、バレた……ごめん、ごめんってば」
すでにナノマシンの治癒力で治りつつあるが、さっき修行という名の泥仕合を楽しんだところだった靖治は、顔をひきつらせてイリスのお叱りに肩を狭くしていた。
呆れた一幕に、魔法の鎧を解除したナハトが静かに言い寄った。
「セイジさんを見ればわかりましたでしょうイリスさん。欲も過ぎれば身を崩します、何事もほどほどが大事です。あなたは気をつけてくださいね」
「ハイ、わかりました!」
「ぐぬぅ、思いっきり反面教師の材料にされた……」
「ったく、イヤなら反省しろバカセイジ」
仲間たち全員から言われてしまい、さしもの靖治も眉を曲げて肩を落としていた。
ひと悶着ありながらも健闘を称え合っていると、奥でへたり込んでいた翠眼のイリスが形を崩して霊魂のようなモヤが舞い上がったかと思うと、それらは元々の袈裟を来た修験者たちの姿に戻って、未だ虹色の花びらが振る中に現れた。
二列に並んで道を作るかのように肩を揃えた修験者たちは、驚くイリスたちの前でしげしげと頭を下げる。
「あなたたちの決意、見せていただきました。どうぞ奥へお進み下さい」
突然従順になった彼ら彼女らにイリスたちが眼を丸くしていると、修験者たちの頭目が頭を下げたまま言葉を続けた。
「この先は、より心の奥深くへと続いている。ワタシたちには耐えられなんだが、あなたたちなら大丈夫でしょう」
修験者の声に、先程までのような我欲や悪意らしきものは感じられなかった。彼ら彼女らからの態度には、ただ強い光を見せたイリスへの敬意だけがあった。
舞い降る花びらの中で頭を下げる坊主頭の列を見つめていたイリスは、やがて決意すると頷いて仲間たちへと振り返る。
「行きましょうよ!」
「信じて問題ないわけ? 罠かもしんないわよ」
あくまで警戒を取るアリサに、イリスは自信を持って胸を叩く。
「その時はその時です、三人ならきっと大丈夫ですよ!!」
「ナチュラルに靖治さんは頭数に入ってませんのね……」
「あっはっは、さもありなんだよ」
実際戦力にならないのは確かだしと、靖治はほがらかに笑っている。
どうやら奥へ進む流れのようだが、アリサと少し気まずそうに頬をかいて視線を反らす。
「あーでもさぁ、もっと奥ってだいぶプライバシーの侵害になっちゃうんじゃ……」
「もぉー、何言ってるんですか! アリサさんとナハトさんにも来てもらいたいんですよ!」
イリスは有無を言わせずにアリサとナハトの手を取ると、力強く握りしめて二人のことを引っ張り出した。
「うわっちょ!?」
「きゃっ! イリスさん!?」
「ホラホラ、二人共こっちですよ! 靖治さんも早くー!」
「うん、みんなで一緒に行こうよ」
修験者たちが頭を下げるあいだを、笑うイリスが二人を引っ張りながら駆けていく。
少し遅れた靖治はマイペースで歩きながらついていき、途中で動かない修験者たちに軽く会釈してから、改めて小走りで駆け出した。
白い空間の奥にあったのは、また新しい洋風の重厚そうな扉だった。
その前で立ち止まったイリスとアリサとナハトは、靖治が合流してからお互いに頷き合い、イリスが先頭に立ってドアノブを握る。
意思を統一し、イリスのより深くへとパーティは一丸となって潜っていった。
休みがちで心配かけてごめんね~!
自信を持って大丈夫とは言えない性分ですけど、まぁなんとか書いていきます。




