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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
七章【過去を見るは昏き瞳】
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165話『集まる気持ち』

 イリスとマナを探し始めると、ロイという老人は靖治とアリサを引き連れて迷いなく正解のルートを引き当てた。

 山の崖下にある幻惑の岩をアッサリと看破して洞窟の奥へと進み、瞑想する巨大な猿を見ても物怖じせずスタスタと前へ出た。

 慌てて警戒しながらついてくる靖治とアリサを背中に、老人は猿を見上げて慣れ親しい友かのように話しかける。


「おサルさんや、邪魔して悪いのう。連れを探しとるんじゃが、見かけんかったかいね?」


 そう尋ねられた猿は、片方の瞼を開けて一行を見下ろすと、静かに印を組んでいた手で洞窟の奥を指差し、すぐにまた瞳を閉じて瞑想に戻った。

 ロイは「ありがとよ」とだけ言ってさっさと先へ進んだので、アリサは遅れないようついて行き、靖治は猿へペコリと会釈してから小走りで後を追った。

 道の途中でアリサが「なんでアレが害獣じゃないってわかったのよ」とロイに聞くと、彼は「ふぉっふぉ、勘じゃよ」と軽い調子で答えた。

 お陰で洞窟の奥で刃を首に当てられたマナを見つけるのに、そう時間はかからなかった。


「あの、マジでもう刀おろして? ねっ? そろそろガチビビリでおしっこ漏れちゃいそうなんだけど、それは美少女的に流石に……」

「出すならここで出しなさい、それくらいは許可します」

「鬼畜すぎない!?」


 一瞬の油断もなく冷徹に監視を続けるナハトに、マナは顔を青くして悲鳴を上げる。

 洞窟の最奥にある部屋で、哀れな少女を見つけた保護者のロイは眉を曲げて呆れた風に声をかけた。


「おぅい、何やっとんのじゃいマナや」

「じいじ!!」


 気付いたマナが目に安堵を浮かばせて入り口へと振り返る。

 ロイが倒れた扉をまたいで部屋の中に入ると、マナはナハトの亡失剣に囚われたまま両手を伸ばして助けを請うた。


「じいじ、助けてぇ~」

「お前さん、どうせまたあんまり説明せずそうなったんじゃろ。ちいと反省しい」

「しょんなぁ~……」


 マナが放って置かれる中、靖治とアリサも続いて部屋に足を踏み入れた。

 ナノマシンの治癒で腫れが引いてきた顔で部屋の白骨死体を見渡す靖治は、刃を構え続けるナハトへと話しかける。


「ナハトも来てたんだね」

「えぇ、偶然イリスさんたちとお会いして」


 ナハトはそう言うものの、イリスの姿はどこにも見当たらない。

 部屋の中に存在するのはナハトとマナを除けば、服を来たまま死んだ白骨死体たちと、奥にあるこの洞窟に不釣り合いな頑丈そうな扉。


「イリスはどうなったんだい?」

「ふふふ、聞きたい? ねえ聞きたい?」


 靖治が問うと、ナハトより早くマナが口を開いた。

 幼さ満点のいたずら口調で話す少女にナハトがため息をつくが、それを無視してマナは首元に刃を当てられたまま勝手に喋り始めた。


「イリスちゃんはね、『心象真理の間』に行ったんだよ。この山の中心部はおサルさまの出す思念波の影響で、いわばシミュレーションに適した状態になっているの。かつて修験者たちは、そこに自己の心理に潜り込むための場を用意した」

「仮想空間、みたいなものかい?」

「それに近いねー。もっとも、長らく続いたお陰で異空間に変貌して、半ば異界として固定されてるけど」


 アリサとナハトは「かそう……?」と首を傾げていたが、とりあえず未知かつ非実体の空間が潜んでいることは把握できたようだ。


「けれども自らの心の真理に到達しようとした修験者たちは、自らの欲望に飲み込まれ、帰って来れなくなった。今その場にいるのは、過去の修験者たちの思念だけ」

「それって幽霊みたいなものかな?」

「似てるけど違うねー、あくまで場に刻まれた残留思念であり、焼き付いた本人の模造品。モノホンの幽霊は滅多にいないよ。ポンポン幽霊になれたら地球埋め尽くされちゃうからね。まあ運命の悪戯で何でもない一般人が浮遊霊になったりするけどさ、それはまた別の話~」


 世の原理を語ったマナは、人をからかうような薄い笑みを浮かべて言った。


「この扉をくぐった先の心象空間には、欲望に塗れた残留思念たちが明け無き享楽に耽ってる。でも彼ら彼女らは再び実体を持って人生を謳歌したいと考えてるのよ。イリスちゃんみたいなロボットは、彼ら彼女らにとって格好の受け皿、いまごろ攻撃されて体を奪われそうになってるかもね。クスクス」


 靖治の後ろにいたアリサは「なっ……!?」とうめきを漏らして驚いてしまっていた。

 恐ろしい話を語る少女に、ナハトが眉をひそめて亡失剣を握り直す。


「やはりこのまま首を斬り落とすべきですか」

「ひぃっ!?」

「悪気はないんじゃ、勘弁してやってくれ」


 身を竦ませるマナを見て、ロイがフォローを入れる。

 マナは殺気を感じて涙目になりながら、必死に弁解を部屋の中に響かせた。


「そ、そうだよぉ~! ウチってば役割頑張ってるだけなんだからぁ~!!」

「だから役割ってなんなのですか」

「それは秘密だよーん! 美少女マナちゃんはミステリアスなのです、いぇい!!」

「埒が明きませんわね……」

「まあまあ、その辺りにしとこうよナハト。嘘は言ってないみたいだし」


 何だかんだ図太いマナと顔をしかめるナハトのあいだに靖治が仲裁に入る。

 靖治は思ったよりもイリスの状況が切迫していると見て、襟元を正してマナに向き直った。


「イリスのところへ行きたい、できるかい?」

「できるともさ~、扉を使って同じところへ行けるはずさよ。アレはウチが作った仮想空間へのゲートさ」


 マナは白い杖で部屋の奥に作った扉を指し示したが、更に言葉を付け加えた。


「でもね、深淵を覗くものを深淵に覗かれる。踏み込めば踏み込まれる。親密になればなるほど、ぶつかった時の傷も大きくなる」


 マナの琥珀色の瞳が靖治を見上げてくる。

 真価を測る鑑定士のように、あらゆる観点から靖治のことを見つめながら、逆に問いかけてきた。


「イリスちゃんの心をに踏み込む、覚悟はいいのかな?」


 なるほど、何やら視点が違う人間の聞き方だなと靖治は考えたが、どちらにせよ詮無い問いだ。


「傷つけられるのはまだいい、でもいつか僕はイリスを傷つけてしまうだろう。それはとても悲しいことだ」


 深く関わり合うならば、人はいつか傷つけ合う。片方がロボットでもそのことに変わりはあるまい。

 それは足の竦む事実だ。だが靖治は恐れ知らずの笑みをニヤリと浮かべ、怯えることなく言い放つ。


「でも僕はエゴイストでね。それよりも彼女のそばにいたいんだ」


 最初からそう決まっているかのように言いのけた靖治に、マナもわかっていたかのように得意げに笑って見せてきた。

 さて、奇妙なことになってきたが、とにかく奥の扉からイリスのいる場所へ行けるらしい。

 いざ踏み出そうとすると、脚を上げる前にナハトが言葉を差し込んできた。


「お一人で行くつもりですか?」


 どこか静謐さをたたえた冷たく、けれども揺らぎのない声で言ったナハトは、亡失剣ネームロスをマナの首元から離して呪符の内側へしまいこむと、靖治の前に歩み出た。

 すると何故かマナが、珍しく驚いた声を上げて目を丸くしていた。


「えっ」

「ナハト、来てくれるのかい」

「迷うところではあります。わたくしのような俗物が、彼女の領域に踏み込んでも良いものか。いえ、それ以上に怖いのです、お互いにわかり合おうとする行為そのものが」


 己の過去に見られたくない傷跡を持つナハトのその懸念は、ある意味もっともなものだ。

 多くの人々を殺してきた自分を知られれば相手を怖がらせるかもしれない、あるいは危険な人物が身内にいることを不安がるか、それともその両方か。


「けれども、イリスさんはわたくしの仲間。善き隣人であり、愛らしい彼女のために勇気を出したいのです。例えそれが独りよがりでも……いけませんか?」

「ははは、まさか! そんなことないさ」


 ナハトは自分に平穏の側に立つ資格がないと思っている、その上で無理を通す覚悟で靖治の隣に立ってみせた。

 自らの立ち位置を確立したナハトは、ずっと後ろから見ているだけだったアリサへと振り返る。


「あなたはどうするのです、アリサさん?」

「フン、あたしは元々一人でやってたんだ。互いの心に踏み込むなんてジョーダンじゃないわよ」


 アリサは切れたナイフのような鋭い目をしてナハトを睨みつける。

 幾度となく裏切られ続けたアリサは孤独を選ぶようになっていた。彼女はいつか、誰も彼もが自分を裏切ってそばを離れていくと考えている、それなのにどうして仲良くなどする必要があるのだろうか。

 何よりそうやってやさぐれてきた自分が使える言葉は、誰かを傷つくようなものばかりだ。そもそも仲良しこよしなんて土台無理。


「けど……脳内お花畑なコイツとポンコツメイド相手に、気を張ったって無駄ってもんでしょ」


 幾度となく馴れ馴れしくしてきた彼と彼女のことを思い出し、アリサは呆れて溜息を吐いて前に出た。


「まぁ、あいつは貴重な突撃隊長だからね、変なところで折れられちゃ困るわ。だからこいつはリスク管理よ」


 あれこれ理屈をつけて仕方ないなとうそぶいたアリサは丸鞄を背負い直し、彼女もまた靖治の隣に立つ。

 その姿をマナは「えっ、えっ」と大変困惑しながら見つめている。


「ははは、頼もしいね」

「しかし、屁理屈ばっかりですわね」

「うっせーばーか」


 笑う靖治の両隣でアリサとナハトは軽口を飛ばしながらも、信頼の灯った眼で相手のことを見ていた。

 役者が揃ったところで、ナハトが一度呆けたマナと傍観するロイへと視線を向ける。


「心配なのは、退路の確保ですが。この方たちを信用してよいのでしょうか」

「あんまり疑わなくていいんじゃないかな、多分損得とは別のところで動いてるタイプの人たちだよ」

「そうじゃそうじゃ、気にせず行ってくるがいいぞ」


 この『心象心理の間』とやらから戻ってくる時に、出入り口を封鎖されたりすれば大変困ったことになる。

 不安要素である得体のしれない少女と老人をここに残しておくのは少し憚られたナハトだったが、結局ここまでマナが見せたのは子供らしい稚気くらいで悪意を見せなかったので納得することにした。

 全員の意思が統一したところで、靖治がマナへと方法を尋ねる。


「それでマナちゃん、どう行けば良いのかな?」

「え、えっとね。万葉靖治を基点に肩に手を置いて繋がって、後はみんなでイリスちゃんのことを大切に想いながら扉を開けばいい、と思う。多分」

「なんか歯切れ悪いわね」

「とにかく行きましょう」


 妙にしどろもどろなマナの態度が引っかかったが、一行は早くイリスのもとへ行こうとうなずきあった。

 扉の前に立った靖治の左肩にアリサが手を置き、右肩にナハトが手を置く。

 アリサとナハトは、ここのところ思い悩むイリスから距離をとって逃げ出した。だが今度こそは、頼りにならない言葉でもいいから彼女に何かを分け与えたいと心に願う。

 そして靖治は自信を持って、自らが必要とする彼女のことを思い浮かべた。


「さあ、待っててくれよイリス。君が大変な時には、僕たちがそばに行くよ――――」


 そう言って靖治がドアノブをひねると、扉の奥に白くもやがかった道が開かれた。

 三人はお互いに離れないよう、慎重にその奥へと足を進めていった。

 やがて靖治たちの姿が見えなくなり、扉が自然に閉まるのをマナとロイが見つめていた。


「…………」

「行ったのう。これで良かったんだな、マナや?」


 ロイが白ひげを撫でながらそう尋ねると、それまで黙りこくっていたマナは、急に頭を押さえてうなり始めた。


「う……うぅ~~~~!!! 予想外だよぉー!!! 運命で見た限りじゃ万葉靖治一人で行くはずだったのにぃー!!!」


 わめき声を上げたマナは、たいそう困惑した顔で天井をあおぎ、混乱のあまり手足をジタバタと振り回しながら悲鳴を上げる。


「本当ならあの二人は踏み込むのに臆病がって遠慮しちゃって、ついていかずに万葉靖治にイリスちゃんのこと任せるはずだったのに……どうしてこうなったのぉ!!? どこでどう分岐したぁ!!?」

「ふぉっふぉっふぉ、なんじゃそうじゃったのか」

「うぅぅ……ウチの予知能力はお母様より劣るから……ううぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


 繰り返し唸り声を上げていたマナは、不意にロイへと振り向くと、必死な様子で老人の体に顔をうずめて泣き縋った。


「ねぇ、大丈夫かなじいじ!? みんなちゃんと戻ってこれるかな!? ホントに負けちゃって全滅とかしちゃったりしたらヤバいよぉ~!!?」

「まったく、普段は運命なんぞ嫌だ嫌だと毛嫌いしとるくせに、レールから外れたらすぐこれだの」


 ロイは呆れながらもシワだらけの顔を柔らかく緩ませると、マナの頭をポンポンと手で叩いて元気づけた。


「瞳を開けいマナや。人は弱く愚かだが、信じて見てみよ」


 老人の言葉には、長生きから来る達観とともに、まるで正義に燃える若者のような熱がこもっていた。

 未熟な少女の前で一切の悲観なく笑ってみせたロイは、人の可能性を信じた太陽のような言葉で叱咤する。


「運命から外れたのなら尚のこと目を逸らすでないぞ、人はいつだって予想を超えていくものだ。ワシはその時に放たれる輝きを見せるために、お主を引き取って、旅をさせてるのじゃからの」


 確信を持って強い言葉を唱えていたロイだが、年若いマナはそれが伝わっていないのか涙を浮かべた顔を見せると、駄々をこねるように恨みがましい眼をして爺のことを睨みつける。


「そんなこと言って、じいじが根無し草なのは趣味じゃん!! ウチは役目が来るまでのんびり暮らしたいのに、あちこち連れ回されて大変迷惑しています!!」

「ぬおっ、反抗期!?」


 これっぽっちも感動せずに、やんちゃな言葉をぶつけてくるかわいいかわいいマナの姿に、ロイはショックを受けて口をあんぐり開けていた。

 更にマナはロイから離れると、相手を指差しながらやたらめったら声を張り上げる。


「もぉー、説教バッカリばっかりでえ! こんなかわいいかわいい義理孫のこと可哀想に思ってくれないの!? みんなに付いてって変なことならないよう手助けしてくれるくらいのことしてよぉ!!」

「そんなこと野暮なことできるわけないじゃろうに! そう言うならお主が自分でいたせい!!」

「できないよ、ウチが下手な干渉の仕方して運命変な方向行っちゃったら困るじゃんー!!!」

「だあー、気弱なわがままっ子めが!」


 ないものねだりばかりされ、温和なロイも声を荒げて地団駄を踏む。

 やがて怒り狂って我を忘れた二人は、持っていた杖と剣を投げつけたうえ、それに飽き足らず周囲にあるものを拾い上げると相手へ向かって投げつけた。


「じいじのバカー!!」

「こんのバカ孫が!!」

「修行とか言って人のこといじめてきて!」

「もちっと体鍛えんかい!!」

「虫なんて食えるか!」

「好き嫌い多すぎじゃ!」

「屁が臭い!!」

「すぐ服汚す!」

「散らかし癖!」

「お前もじゃろ!!」


 部屋で永久の眠りについたはずの白骨たちが、少女と老人の手に掴まれて投げられ、掴まれては投げられ、白骨が飛び交う部屋はあっという間に散らかっていく。


「「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ、アホアホバカバカ、オタンコナスー!!!!」」


 聞くに堪えない罵倒の数々が、瞑想する猿の耳にも届いていた。

次の投稿は三日後の6日の日曜日になりますですよ。

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