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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
七章【過去を見るは昏き瞳】
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163話『踏み入れたる真理の扉』

 電気式のランプに照らされた岩の洞窟の奥深くで、無数の屍に囲まれながらマナがぼんやりした琥珀色の視線でイリスのことを射抜いてきた。


「イリスちゃん。あなたも万葉靖治には何かが足りないと思ってるでしょ」

「っ!」


 マナの素早く入り込んでくる言霊に、イリスは驚いて身を強張らせた。

 そのものズバリ胸中の不安を言い当てられて押し黙るイリスに、次いでマナは語りかける。


「それと同様に、あなたもまだ生きるに足らないものがある。この中でそれを探してごらん、きっと道が拓けるよ。これは心の奥底を覗くことのできる扉。進めばいろいろな物を見つけられるよ、見たいモノも、見たくないモノもね」


 そう言ってマナは創り出した幻の扉を杖で示して道を譲った。

 隣でナハトが困惑とともに成り行きを見守る中、イリスはしばし難しい顔をして考え込むと、やがて結論を出して強い瞳をして口を開いた。


「わかりました、行きます」


 確信を持った言葉に、ナハトは眼を丸くして声を荒げた。


「本気ですか!? このような妖しい童に!!」

「ハイ、本気です!」


 信じられないというナハトの訴えも動じず、イリスは繰り返し、断固として意思を唱える。


「確かにマナさんは怪しいですが、私は靖治さんを助けることを使命と決めた身。そこに靖治さんを手助けする何かがあるなら、逃げるわけには参りません!」


 靖治のために邁進しようとするイリスは、拳の中に引かぬ覚悟を握りしめていた。

 そして揺るがぬ虹の瞳でマナをしっかりと見つめながら、見てきた彼女の姿を思い浮かべる。


「それに、この人は自分の役割から逃げることはしない人だと思うんです」


 まともに話してみて数時間と経たぬが、それでもイリスはマナから他の人間にない超常的な意志を感じていた。

 多分、マナは悪意で動くタイプの人間ではないと思うのだ。彼女は彼女なりの哲学と、独自の『目線』から人並み外れた道を行くが、それは決して人を貶めるための歩みではない。


「これがマナさんの役割なら、このことが私にとって、あなたの世界にとって必要なことなんですよね。料理に拘らず、私の人生全てに影響するような何かを伝えようとしてるんですよね」


 きっと大きな視点を持っているんだろうと確信を持って問いかけるイリスに、マナは静かにニヤリと笑って返すだけだった。

 だがそれだけでもイリスには十分だ。人懐っこいはずのマナが口数を減らすことに意味はあるのだろう、進む価値があるはずだ。


「ならば行きます! 明日は続くのだから、イリスは進みます!」


 どこまでも純粋に突っ走ろうとするイリスを前にして、ナハトは諦めて肩を落とした。

 ナハトには本気で前へ進もうとする者を止める力などありはしない、ただ見送るのみだ。


「……わかりました、そうまで言うならばイリスさんを止めはしません。しかし」


 ナハトは呪符カースドジェイルを解いて内側から亡失剣を抜き出すと、欠けた白刃をマナの首元にあてがった。

 歪な刃が白い肌にわずかに食い込み、溢れた血がぷっくりと膨らんで刀を濡らす。

 凶器を向けられながら、しかして微動だにしないマナに対し、ナハトは殺気を込めた刃物のような眼で見下ろして重々しく言葉を発した。


「わたくしはアナタを信用したわけではない。イリスさんや我らに害するとわかれば、その首、即刻切り落とす」

「お姉さんったら怖いなぁ。あなた達のリーダーほど肝っ玉大きくないのにね。こんな美少女の柔肌傷つけて、失礼しちゃうわ」


 マナという得体のしれない要素の多い少女を、ナハトは持てる限りの警戒心を持って向かっていた。いかに見た目が幼いからと言ってこの世界では油断ならないし、9歳という自己申告を信じる根拠もない。

 それに何より冷徹な殺意を見せても動じないこの様子、やはりこのマナという少女、侮れない女に違いない。

 一見すると過剰にも見えるナハトの対応に、けれどもイリスは頼もしさを感じ、ニンマリ笑って頷いた。


「マナさんのことはナハトさんにお任せします。ともかく私は試しに行ってみますね!」


 ナハトのことだ、マナが本当に害あらば容赦なく始末するだろうし、そうでなければ騎士として命懸けで彼女を護るだろう。どちらに転んでもナハトになら安心して任せられる。

 イリスが決意を持って扉へと踏み出すと、マナが刃を向けられたまま視線だけを向けて口を開いてきた。


「イリスちゃん」

「なんですか?」

「頑張ってね」

「ハイ!!」


 短い応援に笑顔満点で答えたイリスは、幻影の扉に手をかける。

 真鍮に似たドアノブを握って撚ると、扉は奥へ向かってギイイと音を立てながら開いた。奥は真っ白でぼんやりで、何があるのかあらゆるセンサーでも見通せない。当然だろう、この先にあるのは心の領域という話なのだから。

 それでもイリスはその先に希望があると期待しながら、勇ましく向こう側へと踏み込んでいった。

 イリスが奥へと進みに連れて自然と扉が閉まり始め、隠れる背中を見送りながらマナがぼんやりと呟く。


「いい子ねぇ、素直に何でも受け取って」

「えぇ、まったく」

「……ところで、この刀、どけてくれないの?」

「イリスさんが戻ってくるまでこのままです」

「えっ、マジぃ……? 心臓バクバクでしんどいんだけど。割とけっこうビビってるから、背中冷や汗ビッショリで気持ち悪いから。お願いどけてぇ……」

「ダメです」

「そんなぁ……」


 必要とあらばどこまでも無慈悲になれるナハトは、一切の手抜かりなく向けた刃を動かさない。

 涼しい顔は生まれつき、天然のポーカーフェイスの下で密かに怯えたマナは「これ処刑される人みたい……」など思って内心泣きそうなのを堪えながら、怖いお姉さんと二人きりで待つしかなかった。




 ◇ ◆ ◇




 イリスが奥へ入って背後で扉が閉まるのを感じると、すぐに白く濁った視界は開け、ある光景が映し出された。

 そこにあったのは予想だにしない場面。金箔を至るところに張り付けられた豪勢な和風の大広間で、天井を震わせて大いに賑わう宴会の場面だった。


「な、なんですかこれぇ!?」


 目を丸くするイリスの前で、宴会の中心となっているのは坊主頭に袈裟を着た数人の者たちのようだった。男性もいれば女性の坊主もいる。

 その中でも奥にいるひときわ高級そうな袈裟を着た坊主の男は、大量のご馳走が乗せられた膳を前にして、手に持った盃を振り回して赤らんだ顔で愉快そうに叫んでいた。


「美味い! 美味い、美味いぞぉ!! もっと持ってこい!!」


 そう言っては手掴みで馳走を持ち上げると、汚らしく食べクズを散らしながら口の中に押し込んでいく。坊主に従えられ、下女たちが慌ただしく料理を運んでくる。

 その他にも坊主頭の者たちは揃いも揃って酷い有様だった。手にはめた宝石の指輪を見せびらかす者、綺麗な女性を侍らせて悦に浸っている者、デカイ腹を膨らませて眠りこける者、やせ細った者たちに自分を拝ませて笑っている者、手に持った札束を数えて妖しく目を光らせる者。


「おほほほほほ、良い宝石でしょぉ? 光り輝くこの魅惑、素晴らしいわ」

「ガッハハハハハハハ、もっとちこう寄れ。可愛がってやろうじゃあないかあ」

「グガーッ、スピーッ……ぐぬ……あと十分……」

「もっと褒めろ、褒めて讃えるがいい。ワシはすごいんだ!!!」

「金ぇ、金だぁ。ふひひひひ、これだけあれば一生安泰じゃわい」


 他の者達を奴隷のように従えながら、坊主頭たちは宴の楽しさに浸っている。

 笑い声を身に打たれたイリスが唖然としていたが、やがて彼らの着ている服が先程の部屋で見た白骨死体がまとっていた服装と似ていることに気付いた。


「もしかして、かつて帰ってこれなくなったという修験者の皆さんでしょうか……しかし人はこれを、修行どころか堕落と言うのでは……?」


 何がどうなってこんな状況になっているのかは知らないが、マナの言っていた真理に至ろうとして失敗したという者たちではないだろうか。

 しかしおおよそ道徳に背いた有様だ。暴食、強欲、色欲、怠惰に傲慢、様々な欲望の歪んだパラダイス。弱者を踏み台にした盛大なパーティー。

 飲んで騒いで悦楽に浸る者共を前にして、驚きが去った後のイリスは特に感情を浮かべていない瞳で、軽蔑もせず羨望もせずに宴を見つめる。


「ふむ、人間がこういうことをして喜ぶというのは興味深いですが、どれも私とは縁がなさそうですね。靖治さんたちはこんなことしませんし、アリサさんだってあそこまでお金好きでは……」


 そう割り切った言葉を吐いていると、突然騒いでいた坊主頭たちが一斉に口を閉じて、イリスのことを丸い目で睨みつけてきた。

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