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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
七章【過去を見るは昏き瞳】
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153話『それぞれのセンス』

・9月3日の投稿はお休みするんだぜ!ごめんだぜ!ねむい……

 朝の身だしなみチェックを終えたイリスが部屋から出ると、階下のバックヤードに飛び込んで奥で話していた岩おばさんと、先に来ていた靖治に明るい顔を向けた。


「おはようございます! 岩おばさん!」

「あぁ、イリスちゃん。まだ休んでる人もいるから、朝はシーッ、ね」

「ハッ……!? シィー……ッ!」


 岩おばさんが2メートルはある大柄な体を軋ませながら背をかがめると、石ころを繋ぎ合わせたような指を立てて静かにするようジェスチャーを見せた。

 注意されたイリスは虹色の眼を真ん丸くして口元を押さえると、人差し指を口に添える真似をしてひっそりとした声を返す。

 一つ学んだ彼女に、岩おばさんが改めて挨拶した。


「イリスちゃんおはようねぇ、今日から頼むよ」

「おはよう、僕も一緒に仕事するよ、よろしくね」

「ハイっ。よろしくお願いします靖治さん」


 それからイリスは靖治と一緒に店の手伝いに勤しむこととなった。

 岩おばさんは「アタシに習う以上、家事は全部仕込んであげるからね!」と張り切って、掃除のやり方や洗濯の仕方から干し方まで懇切丁寧教えてくれて、一通り午前中の仕事が済んでから料理の練習を始めることとなった。

 調理のためにイリスが長手袋を外すと、下から現れた機械らしい白銀の手に岩おばさんが関心そうな声を出してくる。


「ほぉー、イリスちゃんの手は綺麗だねぇ。銀色でピカピカだ!」

「そうですか?」

「僕もイリスの手は綺麗だって思うよ」

「靖治さんも……ありがとうございます!」


 靖治からも褒められて、イリスは嬉しそうに顔をほころばせて明るい声を上げる。


「綺麗な手で羨ましいねぇ。ホラ、おばさんの手はどうにもデカくてゴツゴツしてて、可愛げがなくってさ」


 そう言うと岩おばさんは、石が連なってできた四本指の手を開いたり閉じたりして見せる。

 確かに見方によっては岩おばさんの硬い手は可愛くないかもしれない。

 しかしイリスはキョトンと首を傾げると、率直な考えを口にした。


「可愛げ、というのはわかりませんが、大きいと搬送や戦闘の際には便利そうです!」

「んっ? 言われてみりゃそうだねワハハ!」


 純粋な言葉を受けて岩おばさんはちょっと驚いたようにイリスの眼を見つめると、納得したように快活な笑い声を上げた。

 ともかくして料理の練習が始まる。


「包丁を使うなら反対側は猫の手だ。元々はやわっこい人間の手が怪我しないようにって形だけど、アタシらみたいな頑健な人種にだって有効さ。セイジくんだけじゃなく、イリスちゃんも真似しな」

「ハイ!」

「料理に大事なのは焦らないこと。慌てて雑に切ったら食べづらい大きさになるし、火を使う時も時間がないからって一気にやったら、外は焼けてるのに中は生っぽかったりする。人の口に入れるものは丁寧に扱わないとね」

「了解です!」


 岩おばさんは長年の経験から一つずつわかりやすい注釈を付けて教えてくれていった。

 時折、おばさんが自らお手本として実際に調理を見せてくれた。ゴツゴツした大きな手で包丁を握るだけでも大変そうなのに、繊細な動きで肉を切り分ける様子は感嘆ものだ。

 わからないことがあっても、尋ねれば明確な説明をしてくれる、お陰で安心して調理を進められた。

 そして調理も架橋に差し掛かったところで、イリスがふと尋ねた。


「岩おばさんって、味付けはどうやってるんですか?」

「あぁー、アタシは味がわからない、っていうかモノ食べるってことしないからね! まあてきとうさ、てきとう!」

「えぇ!? 岩おばさん、食事機能がないんですか!?」

「アタシ岩だからねぇ、自然の力を吸収して動く精霊タイプだから」


 調理場に立っていながら驚くべきことを口にする岩おばさんに、イリスも靖治も思わず目を丸くする。

 特に実際に岩おばさんの料理を食べて、その美味しさに唸った靖治の驚きは相当なものだ。


「それであんなに美味しい料理を作ったんですか!?」

「まずはレシピ通りに作って、そこからは練習の積み重ねさね。手伝いの子に食べてもらって、感想から味付け変えての繰り返しさ」


 あっさりと口にするが、言うほど簡単なことではないだろう。実際に食べた人を笑顔にさせるには、並ならぬ努力があったはずだ。

 細かい作業に向いていなさそうな大きな手に、食べる機能がない体でありながら、非合理にも美味しい料理を追求した岩おばさんに、イリスは大きな関心を惹きつけられる。


「どうして味がわからないのに、あえて料理を作っていこうと思ったんですか?」

「一つは頑張ればなんとかなるだろって思ってたからさ、世の中色んな難問をクリアしていってる人もいるんだ、案外なんとかなるもんだよ。あと他にはそうだね、アタシが食べれないからこそ、食べてる人を見るのが好きなのさ」


 好きこそ物の上手なれという言葉を地で行く岩おばさんに、イリスは気が付けば尊敬の眼差しを送っていた。相性の良し悪しを振り切って、好きだからで理想を達成する力強さは、機械としてそうあるように設計され生まれたイリスには刺激的な姿だった。

 キラキラとした輝きを瞳に浮かべるイリスに、岩おばさんが振り返る。


「イリスちゃんはロボットだけど、食事はできるのかい?」

「一応はできるのですが、どうも靖治さんたちが言うような美味しいや不味いというのがよくわかりません」


 イリスのボディは人に近い機能を持ち合わせており、食事も人並みにできるよう設計されている。しかしそれでも、機械から発生した自我である彼女は、人間の感性はいかんとも理解し難い面もあった。

 そのことにイリスは少し困った顔をして語る。


「甘いや苦いを数値で図ることはできるのですが、そこに感想を覚えることが難しいです」

「そうかい、そこらへん人間とは違うんだねぇ。まあ、味がわかるならアタシよか有利さ。頑張り次第だよ」

「ハイ!」


 岩おばさんの言葉に迷わず頷く元気なイリスを、靖治が傍から優しい目で見守りながら共に学んでいた。




 ◇ ◆ ◇




「――というわけで、こちらが私たちの作ったお昼ごはんです!」

「アリサもナハトも狩りお疲れ様~。お昼のピークの前に、これ食べて元気をつけてね」


 昼と言うには早い時間帯の客が少ない食堂で、イリスがドンとテーブルに置いたのは二人が岩おばさんの指導のもとで初めて作ったご飯だった。

 メニューは白米に鶏の照り焼きと卵焼き、味噌汁、そしてレタスやミニトマトなどを盛り付けたサラダだ。

 あっさり目のお昼ごはんに、森から戻ってきたナハトは手を叩いて明るい言葉を口にする。


「まぁ、美味しそうですわね。よくできています」

「そうかぁ? サラダとかちぎっただけじゃない」

「もう、アリサさん。ここは褒めるところですわよ」

「初めてだからね、簡単なのは許してよ」


 素っ気ないアリサにナハトは白い目を向けていたが、作りてである靖治はにこやかに笑いかける。

 そのあいだにも張り切ったイリスは食堂と調理場を行ったり来たりして、四人分の料理を俊敏な手付きで並べていく。


「千里の道も一歩から、です! さぁさぁ、食べてみて、そしてデータになる感想をお願いします!」

「良いけど強要されるのは嫌ね」

「むむっ、わかりました。黙って見守ります!」


 がっつくイリスだがアリサから冷や水を浴びせられると、口を両手で押さえて飛び出させたい言葉をグッと堪える。

 可愛げのあるロボットにアリサとナハトは薄く笑うと、お箸を持って実際に鶏に照り焼きを食べてみた。

 タレの付いた鶏肉を口に含んで咀嚼する二人は、口の中に広がる味わいに、ちょっと言葉に詰まって視線を移ろわせる。


「んー、これは……」

「不味くはない、ですわね」

「食えるけどパンチはないわね。ちょっと薄い」

「むう、あまり評価は芳しくない……?」

「いえ、初めてなら十分だと思いますよ」


 期待とは違った反応でイリスが難しい顔をするのをよそに、アリサは味噌汁のお椀を手に取った。


「……おっ、こっちのミソスープは美味いじゃん」

「それ靖治さんが作ったのです! どんな味なんでしょうか……」


 疑問に思ったイリスが、自分のぶんの味噌汁を一口飲んでみた。

 口の中に滑り込んできたスープを舌のセンサーで解析してから飲み込んで、イリスは眉を吊り上げる。


「むむっ……これでは塩が濃すぎでは? 健康を考えればもう少し薄いほうが」

「アリサとナハトは外で汗をかいてきた後だからね、ちょっと濃いほうが美味しく食べてもらえるかなって」

「あっ、なるほど! 色々考えて作ってこその料理なのですね……!」


 靖治の気配りに感心したイリスが、この情報を強く刻み込むように深く頷いている。

 そんなイリスがいつもと違って自分も箸を持っていることに、ナハトが不思議に思って尋ねる。


「今日はイリスさんも食べているのですね?」

「ハイ! 味覚について勉強すれば料理の助けになるかも知れないので、少量ですがみんなと同じものを食べておくことにしました。靖治さんの提案です!」


 食事の必要がないイリスは資源の無駄だと言って食事をしないのだが、今は靖治たちと同じメニューを食べていた。

 分量は遠慮して控えめで、半人前分にも満たない程度の料理がイリスの前にも並んでいる。


「へえー。そりゃ自分でも食べたほうが効率いいだわね」

「それもあるけど、イリスと一緒のもの味わえたら嬉しいなって」

「嬉しいですか!? よっし、イリス全力で味わいます!」


 靖治の言葉に勢いづいたイリスが、自分で作った卵焼きを口いっぱいに頬張って噛みしめる。

 よく噛んで飲み込むイリスに靖治が微笑みを投げかける。


「どう?」

「んー……栄養バランスは許容値です!」

「そっかそっか」


 人とは違った感想にも、靖治は嬉しそうに頷いていた。


「サラダ食うわ。ナハト、ドレッシング取って」

「はいはい」


 微笑ましい場面を横目で見ながらドレッシングを受け取ったアリサが、サラダの上で容器をひっくり返す。

 乳白色の液体がレタスに振りかけられるのを見て、イリスが椅子を蹴って騒ぎ立てた。


「あっ、アリサさん。あんまりドレッシングは掛け過ぎちゃダメですよ! 健康に悪いです!」

「えー、ちょっとくらい良いじゃない。濃い目が好きなのよあたしは」


 アリサはまともに取り合わず、好きなだけドレッシングを掛けていく。

 降りかかる液体にレタスの葉が重く沈んでいくのを見て、イリスは青い顔をして悲鳴を上げていた。


「あ……あー……あーっ!」

「あーもう、うっさいわね。いつもはそんな口うるさく言ってこないじゃない!」

「それはそうでしたけど、私が作ったご飯で健康を害するのはー……!!」


 もどかしそうな顔をして苦々しい顔をするイリスと、苛立たしそうに睨みつけるアリサ。

 二人のひと悶着を眺めて、ナハトも釣られて眉を垂れさせた。


「これは……案外前途多難なのでは」

「イリスって元は健康管理の看護ロボットだから、その辺のこだわりが強いんだねー」


 いつもは他人を尊重するイリスが珍しくあれこれ口を挟む様子を、靖治は冷静に分析していた。

 一筋縄ではいかない食事風景に、店の奥にいた岩おばさんが濡れた手をエプロンで拭きながら様子を見にやってくる。


「どうだいイリスちゃん、評判は?」

「うぅー、難しそうです」

「そうなのかい。まあなんとかなるさねワハハ」


 岩おばさんが快活な笑い声を響かせていると、店の戸がキイと音を立てて開いた。

 一同が入り口へと振り向くと、そこにいたのは老人と少女の二人組。

 枯れ木のような細い体に白い髪と髭を蓄えてボロ布を羽織った老人は、服装と違ってしっかりとした姿勢で床に立ち、背中には一振りの剣を背負っていた。


「おやいらっしゃい、旅の人かい?」

「ホッホ、その通りじゃ。宿を探しておるが、二名で空いとるかい」

「部屋ならあるよ、何泊の予定だい?」

「そうじゃのう、一泊もあれば……」


 老人の隣りにいたのは、朝焼けのようなオレンジ色をしたセミショートヘアと琥珀色の眼をした青い法衣の少女だった。

 歳は靖治やアリサより三つか四つ下くらいだろうか。ぼんやりとした読めない表情で、手には背丈ほどの白いトネリコの杖を握っている。

 何を考えているのかわからない顔をしているクールな少女が、何故か視線を向けてきていることにイリスが気付いた。


(この女の子、私を見てる……?)


 イリスが顔を向けると少女と目があった。視線が交わるも、少女は気にせず見つめ続けている。

 しかしやがて少女が顔を背けると、老人の袖を小さな手でクイッと引っ張って、透き通った細い声を出した。


「じいじ、一泊と違う」

「うん? なんじゃいマナや」


 耳を傾ける老人に、少女は口元を手で隠しながらヒソヒソと何かを囁く。

 何事かを伝えられて老人は頷くと、改めて岩おばさんへ話しかけた。


「うむ。女将さんや、予定を変えて半月ほど長期滞在したいが、いいかの?」

「良いともさ。まず一週間分前払いしてもらうから、レジの方へ来ておくれ」


 岩おばさんと老人がカウンターへ向かっても、少女はその場から動こうとしなかった。

 すぐにまたイリスを見つめて、囁くようなこそばゆい声で話しかけてくる。


「あなた、ここの店員さん?」

「ハイ。旅のものですが、事情があって臨時のお手伝いです! イリスですよ、宜しくお願いします!」

「ウチはマナ。よろしくです」


 他のメンバーには目もくれず、何故かイリスにだけ話す少女は、短い言葉で『マナ』という名前だけ告げる。

 そうしている間にカウンターではお金を受け取った岩おばさんが、老人へと部屋の鍵を渡していた。


「はいよ、鍵だよ。ゆっくりしていっておくれ」

「ホッホ。ありがとうのぉ。行こうかいマナや」

「うん。料理、頑張ってね」

「ハイ!」


 マナはそれだけ言って老人と一緒に奥の階段へ歩いていく。

 どこか不思議な雰囲気の少女を見送って、靖治とイリスが顔を見合わせた。


「神秘的な子だったねー」

「……あれ? あの女の子、どうして料理のことわかったんでしょう?」


 応援されてしまったが、そういえばイリスが料理を勉強しているなど言っていないはずだ。

 イリスが「んー?」と首をひねっている一方、アリサとナハトが鋭い目をして老人と少女を見ていることに靖治は気が付いた。


「二人共、どうしたんだい?」

「……あの子供、小さな体の奥からヤバいくらいの力を感じた」

「彼女だけでありません。あちらの老君も整った体幹、呼吸、気配、どれも戦士として修練を積んだ証」


 ナハトだけでなく、自分の能力に自信を持つアリサまで警戒心を露わにするのは普段はないことだ。

 老いぼれと歳下の少女の小さい背中を、油断ならない眼で見つめ続けていた。


「あいつら……」

「……強いですわね」

 ちょっと前の話なのですが、137話『交じり、別れ、交じる』(https://ncode.syosetu.com/n5706fe/144/)でハヤテが「神戸百果樹の商会ギルド」と話すシーンがあったのですが。

 正しくは「明石百果樹の商会ギルド」でした。間違えたー! ゴメンゴー!

 どんな場所かはそのうちのお楽しみ。

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