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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
七章【過去を見るは昏き瞳】
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152話『ユーモアセンスな向上心』

「ねー、この木の実食べれたっけ?」

「どうでしたか……異世界から転移してきたものだと微妙に品種が違うこともありますから、イリスさんに判別してもらいましょう」

「アイツが調べたら毒とか寄生虫とか全部わかるもんね」


 竹籠を背負って森をうろつくアリサとナハトは、森に生えていた食べれそうな実を適当にかごに放り込んでいく。

 多種多様な生物が集まるワンダフルワールドでは植物の鑑定は至難だが、イリスには何故か毒性の有無を見分ける機能もあり、ちょっと左手から出した針で刺すだけで有害か否かがわかってしまうのだ。どうやら右腕が強力な武器なら、左手はサバイバルキットになっているらしい。


「とりあえず今日のところは毒の有無を調べることにしますよ。キノコも片っ端から持っていきましょう、でも毒があると手がかぶれるかもしれませんから、素手では触らないで」

「あいあい」


 アリサは軍手をはめてキノコをもぎり取る、ナハトは左腕に巻いた呪符を器用に伸ばしてキノコを掴み上げていた。


「ところであたしらに狩りさせといて、リーダーはどこにいるわけ?」

「彼なら自分も料理を学んでみるとイリスさんと一緒です」

「ちぇ、あっちばっか楽しちゃって」

「嫌ならあなたも調理場に立ってみては?」

「そっちのほうがやってらんないわよ。この手枷じゃまともに料理できないし」


 アリサの両手には直接鋳造された大きな黒鉄の枷がはめられている、これのせいで手元の細かい作業はどうにも苦手で、食事にも苦労してるくらいだ。

 ナハトは「……お互い罪の証というのは難儀ですわね」と呟くと話を切り替える。


「イリスさん、張り切ってましたわね」

「セイジのためにできることを、か。よくやるわよね。あたしには真似できないわ」

「ならアリサさんがやりたいことはないのですか?」

「別にやりたいことなんか……いや」


 ぶっきらぼうに否定しようとしたアリサだが、何か思い当たったのか言い淀む。

 少し考え込んでから、確かな声で答えを返した。


「今は、強くなりたいかな」

「強く……」


 重い意味を持ち合わせたワードにナハトは思わず立ち止まってアリサの顔を見つめる。


「そういえばアリサさんのアグニとは何なのですか? あなたが生まれた世界ではみんなあんな能力を?」

「いや、あたしの世界にはアンタが使うみたいな魔法もあったけど、アグニみたいな異能力は稀ね。あたしが生まれた時から使えてたけど、正体は自分でもよくわかんないわ」


 実際のところどうして魔人の形をしているのか、果たしてその形の通りに意思があるのか、それすらも不明だ。そのことについて考えることもあるが、結論が出ない以上は半ばどうでもいいこととしてアリサの中では処理されている。

 それよりもアリサの関心は、もっか目の前に広がる現実と自分との格差だ。


「あたしは元から強いわよ。でもこの世界にはまだまだ強い奴らがいやがる。守護者なんてその最たるもんだし、きっと他にもヤバいやつは隠れてるんだわ」


 このワンダフルワールドの頂点たる守護者に反する力はアリサにはない、せいぜいは尻尾を跳ね返す程度の力でしかない――それでだって驚異的であるが――。

 何も守護者を打ち倒そうだなんて考えているわけではない、ただそれは好奇心にも似た心だ。

 自分はどんなことができる? 自分はどこまで強くなれる?


「上を見てると、あたしはまだまだ強くなれる気がするのよ」


 そんなシンプルな意欲に駆られ、アリサはちょっと殻を破ってみたい心持ちになっていた。それだけの話しだ。

 強くなりたいという言葉の真意を理解したナハトは、その直結した心理に思わずおかしくなって笑い声を漏らした。


「プッ」

「あぁ!? なんで笑うのよ!」

「いえ、馬鹿にしてるわけでないのです。強くなれそうだから強くなってみたいというのが、自然的ですごいなと思ってしまって。わたくしなら護るためにとか、理由がなければ強くなれませんから」

「そ、そう?」


 ナハトとて厳しい訓練に耐えたのは聖騎士に対する情景があればこそだ、そういった理由がなく今の境地に立てたかと問われれば否と返すしかない。

 その在り方そのものがアリサの強みであるなと感じながら、ナハトは話の流れを戻した。


「戦闘技能に限らず、上の実力者を知っているとそれだけで段階が引き上げられることはあります。経験を経て強くなれる予感がしたなら、今がその時なのかもしれませんね。手始めに技名でも付けたらどうですか」

「なまえぇ?」

「アリサさんの能力はわたくしには常識の埒外ですが、集中力が重要なのでございましょう? コンセトレイトのために名前をつけるのは初歩の初歩ですよ。わたくしが扱う魔法も集中が必要なので、名前を元にイメージを固める練習から始めるのですよ」


 だからこそナハトも主要な魔法には名前をつけている、人間は言葉で定義づけられたものに影響されやすい。


「人というのは案外単純なもので、名前があればそれに引っ張られるものです。強い自分、強力な技、それを想起させるワードを設定すれば集中の手助けになるかと」


 つまり先立って言葉の形だけ強いものを設定すれば、中身も変化するのではないかという理論だ。

 イメージ力は武術でも重要であるし、アリサのような精神が濃く影響する異能力であれば尚更だろう。

 しかしアリサは提案に対して渋い顔で眉を吊り上げた。


「嫌よ、バトル中に技名叫ぶとかダサいじゃん」

「ダサ……!?」


 率直な意見を言われ、パーティ内で技名を言う戦闘者第二号のナハトはショックを受けて顔を青くすると、その場に力なく四つん這いでうなだれてしまった。


「うぅ、所詮わたくしはダサい魔法剣士……!」

「そういやあんた、最近技名言い出したもんね。うぇんとぅすがどうとか」

「本気で張り切ると声に出したほうが魔法も使いやすくて……無論、暗殺の時とかにはこっそり使いますが」

「いま思いっきり暗殺って言ったなこの聖なる騎士」

「あと正面切っての戦いでも初撃は無詠唱が基本ですね、上手く行けば不意打ちになるので」

「うーん、この効率脳」


 しれっと冷酷無慈悲な一面を覗かせるナハトに、アリサは呆れ半分関心半分で頷いていた。この聖騎士様もひけらかさないが隠さないようになってきたものだ。

 気を取り直したナハトは立ち上がると咳払いを一つして仕切り直す。


「コホンッ。別に叫ぶ必要はないのです。素手での戦闘術だって、ストレートやジャブなど名前があるでしょう?」

「あー、確かに」

「とにかく攻撃方法の一つ一つをイメージしやすくするために、ラベルとして名前を貼って整理する。それだけでもいいのです。無論、技名だけでなく飛行形態とか防御形態などにも別の名前を設定して、戦闘フォームの切り替えに使うのも有効でしょう。というかそういう技術をなしに、直感だけでよくやれるものです」

「名前……名前か……」


 ナハトの説明でその気になったアリサが、試しに考え込み始めた。

 うわ言のように呟くアリサとナハトが眺めていると、近くの茂みが擦れる音がして二人共そちらへ振り向いた。

 見つめる先で草木をかき分けて現れた濃い茶色の毛並みに、戦闘意識に切り替える。


「おや、どうやらあなた向けのお客のようですよ」

「ハン、そうみたいね。あんたはどいてなさいよ」


 二人の前で荒い鼻息を零したのは、体長3メートルほどはある大猪だ。こんな世界では珍しいものでもない。

 片翼を開いてスッと後ろに下がるナハトに代わってアリサが自信満々で前へ出ると、いきり立った猪が地を蹴って大牙を振りかざしてきた。

 人を貫いて持ち上げるのも容易い凶悪な牙が迫りくる中、紅蓮の少女は恐れを感じずに負けじと悪どい笑みを見せつけた。


「軽くブチのめしてやりな、アグニ!」


 火炎を巻き上げて呼ばれいづる赤熱の魔人が、アリサの前にそびえ立つと大猪の牙を掴んで真正面から受け止めた。

 体重を乗せた突進をもってしてもアグニは負けず、本体であるアリサは1ミリも下がることなく立ち続けている。

 焦りを覚えた大猪が頭を振り回して拘束を解こうとするが、アグニあろうことか片手で敵の動きを完全に抑え込み、手放した右手を天へ掲げる。


「そうだ名前! えーっと、名前、名前…………アグニ・ウルトラアルティメットバーンデコピン!!」


 強いのか弱いのかよくわからない名前とともに、絶妙に手加減されたアグニのデコピン攻撃が、大猪の堅牢な頭骨を粉砕して内部の脳を圧潰させた。

 衝撃が巻き起こる強烈な指撃を受けて大猪は声すら漏らす暇なく絶命して、牙を押さえつけられたままその場で力をなくして倒れ込む。

 様子を見ていたナハトは、アリサの勇姿に思わず笑いを漏らしていた。


「プフッ。流石はアリサさん、素敵な名前でございますね……っ!」

「あ、あんたが付けてみろつったんでしょーが!!」


 今度こそ本当にバカにされたアリサがツインテールを振り回して怒鳴り散らす。

 パーティ随一の能力者も、どうにもネーミングセンスは振るわないようだった。




 ◇ ◆ ◇



 アリサとナハトが森の中で格闘している頃から少し時間を巻き戻し。

 岩おばさんの仕事を手伝うことと決めたイリスは、働く前に借りた部屋で身だしなみを整えていた。


 机に置いた折りたたみ式の鏡を覗き込みながら、髪の毛の形を整える。

 髪型はバッチリオーケー。ヘッドドレスに皺はなし。ポニテを結ぶ黄色いリボンは今日も元気に張っている。

 まあナノマシンで整えられた外装はこんなことしなくても最善の状態だが、今は湧き立つ心がそうしたいと叫んでいたのだ。


「――よし! 靖治さんのために、イリスがんばります!」


 今日はどんなことが識れるだろうかという形のない予測と予感に、やる気いっぱい唱えたイリスは、虹の瞳を煌めかせて意気込んだ。

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