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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
七章【過去を見るは昏き瞳】
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151話『メイドたるもの!』

 食事場の一角で、イリスがうなだれていると店の奥から少し慌てた感じのおばさん声が店内に響いてきた。


「ハーイ! キノコ定食お待ちのお客様ー!」


 そう言ってお盆を手に現れたのは、全身が赤黒い岩石で出来た体にエプロンを掛けたおばさん(?)だった。

 色んな人種がいるこのワンダフルワールド、無機物系の人だっているところにはいる。

 このテイルネットワーク支社の店長である岩石おばさんは、カウンターの裏から早足で出てくると、注文を待ちわびていたお客へと駆けつけた。


「おーい、こっちこっちー」

「どうもー! いやー、待たせちゃって悪いねー!」


 のっぺりした頭部に目と口の溝を掘っただけの顔で表情は変わらないが、声だけは明るさを絶やさないで料理を配膳していく。


「岩おば~、オレのはまだか?」

「悪いね、もうちょっと待っておくれ! 手伝いの子に風邪流行っちゃって手が足りないのよー!」


 注文の品を急かしてくる客に岩石おばさんが軽く頭を下げているのを見て、ナハトが食後のお茶をすすりながら呟いた。


「何やら大変なご様子ですね」

「あたしらの注文も中々来なかったしねー。他の客も苛ついてるわ」


 店の中は活気に溢れているが楽しい声ばかりというわけでなく、注文を受けるのもままならない店側に対する悪態や罵倒なども混じっていた。

 しかしここの店長は相当大雑把な性格らしく、時折怒鳴り声を掛けられても「ごめんねー、もうちょっと待っとくれ!」ぐらいで済まして仕事に戻る。ワンダフルワールドで冒険者の相手をするなら、アレくらいでなければ務まらない。


「あー、忙しい忙しい! 猫の手も借りたいぐらいだわ!」


 孤軍奮闘する岩石おばさんがせかせかと手足を動かして奥に戻ろうとしていたのだが、その途中で机に突っ伏したイリスを見つけると、食堂の中で急に立ち止まってしまった。


「あっ……あー!? 忙しくって気づかなかったけどその服……メイド!? あんたメイドさんかい!?」

「へっ? 私ですか?」


 店の喧騒にも負けないやたら大きな声にイリスが驚いて飛び起きると、岩石おばさんは大柄な体でドシドシと床を踏み鳴らして近付いてきて、ゴツゴツした四本指の手でむんずとイリスの腕を掴む。


「ちょうどいい手伝っとくれ! 後でお駄賃払うからさ!」

「えっ!? ちょっ……うわぁぁ!?」


 そして目を丸くしたイリスを有無を言わさずに引っ張り込み、喧騒の中を店の奥へと連れ去っていってしまった。

 あっという間の出来事に、見ていたアリサとナハトも唖然として目をパチクリさせてしまう。


「い、イリスさんが拉致されてしまいました……!?」

「別にいいけど、あいつこういう仕事とかできたっけ?」


 アリサが懸念を漏らした直後には、奥の調理場から岩石おばさんの張り切り声が食堂まで届いてきた。


「なに!? あんたメイドの格好してて料理もできないの!?」

「す、すいませーん!」

「あぁっ、どうしよう……じゃあ配膳頼むよ! アタシが作るから持ってって、ついでに余裕あったら注文も貰ってきとくれ!!」

「は、はーい!」


 やがて、なし崩し的に協力させられたらしいイリスが、困惑した顔で料理を持って再び食堂に現れた。


「ハンバーグ定食の人ー!」

「おおう、オレだ。早く寄越せ」

「えっと、お待たせしましたー!」

「メイドさーん、ワタシの注文いいー?」

「ハイ、今行きます!!」


 イリスが連行される場面はその場の誰もが見ていたはずだが、それはそれとして腹が減ってるのでこの新人ウェイトレスにみんなこぞって注文をふっかけた。

 メイド服が慌ただしく店の中を駆け回り始めたところに、トイレへ行っていた靖治がスッキリした顔で戻ってくる。


「ただいまー……って、どうなってるのこれ?」

「あー……なんだろ」

「イリスさん、案外流されやすいんですのね」


 無理矢理手伝わされたイリスは若干不憫だが、まあ店長さんも大変そうだし致し方ないかもしれない。

 そうアリサとナハトが考えていると、店員がまともに機能していないと見て、料理を食べたにも関わらず金を支払う前に出ていこうとする悪人面の男が一人いた。

 下卑た笑みで小狡いことをしようとする男だったが、店の扉に手をかけたところで風のように滑り込んできたナハトがその手を捻り上げて、男の体を壁に押し付ける。


「あだだだだだだだ!?」

「うふふ、元気がいい殿方ですね。そのまま代金も景気よくお支払いくださいませ。食い逃げとか許しませんから、えぇ」


 そのまま食い逃げ犯はナハトにテーブルへと連行され、料金をキッチリ請求される段となった。

 様子を見ていた靖治も状況を把握して手を叩くと、イリスへ向けた眼鏡を光らせる。


「面白そうだね、僕も手伝おーっと」

「あーもう。しょうがないわね、ったく」


 悪態を吐いたアリサも一人だけ何もしないのは罪悪感があって、靖治と一緒に荷物を持ってテーブルを離れた。

 パーティの荷物をカウンターの裏に放り込んだ靖治は、上着を脱いで腕まくりをすると慌てん坊のイリスへ、ハッキリした声で呼びかける。


「イリス、僕が片付けやっとくから、注文のほうお願い」

「ハイ、了解です!」

「おーう、嬢ちゃん。ズボン濡れちまったから拭いてくんねえかなあー? ゲヒャヒャ」

「ああん? 殺すぞ」

「姉ちゃん! 次はオレが食い逃げするから締め上げてくれー!」

「わたくし、サドの趣味はないのですが……よっと」

「ありがギャースッ!!」


 イリスを筆頭としてパーティの加勢があり、滞っていた店内の流れが段々と回り始める。

 それぞれ不慣れながらも出来そうな仕事をこなしているうちに、気が付けば三時間ほど店の手伝いで奔走することとなった。

 晩飯のピークを過ぎ、食堂に残った客もまばらになったところで一行は手伝いを終え、テーブルに集まってようやく休めるようになった。


「いやー、悪いね! みんなにも手伝って貰っちゃって! お礼に宿泊費はまけとくよ!」

「あっはっは、ありがとうございます」

「いや、こっちこそありがとうね! アタシの名はロッキン・ネスさ! みんなにゃ岩おばさんだとか呼ばれてるよ、ここに泊まるあいだは宜しくね!」


 のっぺりした顔から威勢のいい声で自己紹介した岩おばさんは、人数分のお茶とお煎餅をテーブルに並べてくれた。

 岩おばさんの接待を受けながら、一行は仕事の後の開放感に浸かって肩の力を抜く。


「イリスさん、意外と注文受けるのは上手でしたね」

「ふっふっふ、なんたって私はロボですから! 記憶能力はバッチリです!」

「あー、クソー。バカどもの相手すんの疲れたー!」


 人間にはない記憶力でお客の注文を一字一句覚えてこなしていたイリスは得意げだ。対して荒くれ者の相手ばかりさせられていたアリサは背もたれに体を預けて疲労困憊と言った様子で愚痴を吠えている。


「慣れない仕事させちゃってホント申し訳ない! メイドの格好してるからてっきり料理もパーペキかって思っちゃってね」

「まさかそんな、メイドだからって誰でも料理が……」


 岩おばさんの言葉を否定しようとしていたイリスだったが、何かに行き当たったようでハッと真顔で固まった。

 やがて瞳の虹色を懐疑的に漂わせて、顎に手を当てて神妙な顔で推論を口にする。


「もしやメイドって料理ができて当たり前なのですか……!?」

「えっ、そこからかい?」


 それは気さくなおばさんも思わず素でツッコむポンコツメイドロボっぷりだった。

 もちろんパーティメンバーだってみな一様に首を頷かせる。


「あっはっは、まあ普通そうだよね」

「そりゃそうに決まってんでしょ」

「せめて一通り出来て当然でありましょうね」

「え……えぇー!?」


 今更に今更すぎる衝撃を受けたらしいイリスは、愕然として悲鳴を上げて口をあんぐりを開けてしまう。

 余程ショックだったのか、長手袋をはめた手をわなわなと震わせて、恐ろしい現実に直面したかのごとく重々しい声を響かせる。


「そ、そんな……では私は……メイドではない……!?」

「あんた正直、最初からただの付き人でメイドじゃねーでしょ」


 あまりの狼狽えっぷりにアリサから冷静な指摘が飛ぶ。

 しかしそこに追い打ちをかけるかのごとく、ナハトが両肘を突きながら手を口元で組んで鼻で笑ってきた。


「フッ……想定が甘いですわね、イリスさん」

「な、ナハトさんが……戦闘モードの時みたいな真剣な顔に……!?」

「おい、なんか言い出したわよこのエロ天使」

「まあ見物してよっか」


 様子見してくる二人をよそに、真紅の瞳を際立たせたナハトは鋭い言葉を浴びせかけた。


「メイドとはプロフェッショナルな職業! 主人と屋敷の安全安寧を護り、快適な生活を約束する絶対從者! 忠誠だけでメイドはならず、掃除洗濯料理に育児、主人の身の回りであらゆる仕事をこなすものこそが真なるメイドとなれるのです! あとお茶を淹れるメイドも正義です。えぇ、お茶です。良いですわよね。わたくし大好きです、緑茶美味しい」

「真なるメイド……ですと……!?」

「こいつもだいぶ化けの皮剥がれてきたな……」


 謎の都合の良いメイド論に電撃が走って妙ちきりんなポーズで停止してしまうイリスを脇目に、アリサが呆れた顔でナハトを睨みつけながら顔を寄せる。


「メチャクチャ言ってるように聞こえるけど、ホントにあんたの世界のメイドはそうなわけ?」

「さあ? 我が家にいたメイドは単なるお仕事で、給料分働いてるだけでしたが」

「九割デマかよ。つうか金持ちのボンボンかよアンタ」


 あっさり虚実を口にする薄汚れた半天使にアリサのジト目が浴びせられる、なお荒い語気の半分くらいは金持ちへのやっかみだ。

 するとナハトは若干後ろめたそうに顔を背けてぽつりと言葉を零した。


「ここでイリスさんを焚き付けておけば、日々の食事が華やかになるかな……と」

「あぁ……あたしら、旅のあいだは保存食か丸焼きかばっかだもんね……」


 なにせこの靖治くんと一緒に京都へ行こうパーティは、料理人がゼロである。

 イリスはポンコツ。アリサも不得手。靖治も興味はあったが習う機会がないままここまで来たし、ナハトが覚えてるのは所詮サバイバル術、獣でも魚でも虫でも焼けば食えるというワイルドさである。

 そんなわけで野宿の時は毎回侘しい献立ばかりで、みな我慢して食べているものの地味にテンションが下がっていたのは事実。靖治もよく笑顔で「あっはっは、不味いねこれ!」などと言ってアリサに黙って食えと怒られている。

 そうした経緯からナハトにそそのかされたイリスが、やがて決心して椅子から立ち上がった。


「よし……決めました! 岩おばさん、私を弟子入りさせてください! 料理のイロハを教えて欲しいんです。お願いします!」


 こうと決めたら真っ直ぐなイリスが垣間見せる猪突猛進さに、岩おばさんは表情は変えないまでも体を揺らして驚いたそぶりを見せた。


「ほぉー、弟子なんて初めてだね! 良いよ良いよ、仕事の合間になら教えてあげるさ」

「ちょ、ちょっとちょっと、待ちなさいよ! 京都までもうちょっとじゃない、こんなとこで道草くっていいわけ!?」


 当初の目的地である京都まで今いるこの村はかなり近い場所だ、ここまで来て足を止めるなどじれったいとアリサが声を荒げる。

 しかし茶をすすりながら話を聞いていた靖治が、いつも通りのんびりと口を開いた。


「いいんじゃない? やる気になったのならその時だし、講師してもらえるってなら都合がいいじゃないか。イリスがやりたいなら僕は応援するよ」

「リーダーがそう言うなら従うけどさー、宿代とかどうすんのよ。何日も足踏みしてちゃそのぶん金は減ってくのよ?」


 現実問題、長期滞在にはお金がかかる。この村を拠点として冒険者への依頼を探すという手もあるが、収入が不安定な以上は余裕があるうちに足を進めたいのが本音だ。

 すると岩おばさんがゴツゴツした手を叩いて重い音を響かせた。


「なんだいそんなことかい、それなら……」




 ◇ ◆ ◇




 明くる日、食堂で提供する食材を求めて、森の中でウサギを追いかける竹籠背負ったアリサの姿があった。


「待てやウサギゴラァァアアア!!!」


 鬼のような形相を浮かべ、手枷の嵌められた手を振り上げてか弱いウサギを追いかける様子は正に悪鬼羅刹。

 マントの上から背負った竹籠に獲物をブチ込むべく駆けずり回るアリサだが、流石に野生動物相手に足の速さではかなわずみるみるうちに引き離されていく。


「クッ、ヤロ……待て、この肉ッ! 待ちなさっ……あだっ!?」


 終いには木の根っこに足を引っ掛けて、地面にビターンと打ち付けられてしまうのだった。

 打ち付けた顔を赤くしたアリサは、逃げていくウサギのお尻を見ながら悔しそうに拳を振り回していた。


「こんの、クソウサギ待ちやがれぇえええ!!」

「あなたがお待ちなさい」


 うるさい叫び声を上げるアリサに、眉を尖らせたナハトが呪符カースドジェイルを伸ばしてきて口元を塞いできた。


「フゴッ!?」

「まったく。そんなにドスの利いた声で騒いでいれば、ライオンだろうが逃げていきますわよ。狩りは静かに、自然との調和の中で行われるものです」


 そう唱えるナハトは鎧こそ身にまとっていないものの、右手に亡失剣ネームロスを携え、左腕に呪符を巻きつけた準戦闘モードだ。なお竹籠は翼のない左背側だけで背負っている。

 身軽な装備で周囲を見回したナハトは、遠くの茂みに向けて左腕を構え、呪符の内側に隠した釘を風魔法で打ち込んだ。

 飛んでいった釘が茂みの奥にボスンと消えた直後、隠れていたウサギが頭に釘を刺された状態でフラフラと現れて倒れ込む。


「隙なく鮮やかに、そして必要なのが辛抱強さです。おわかり?」

「ぐぅ……やってらんねー」

「覚えてくださいな。何かと役に立つスキルですよ」


 人手不足で悩んでいた岩おばさんが折衷案として提案してきたのが、店の手伝いをする代わりに宿と食事をタダで提供してもらうというものだ。

 岩おばさんは臨時の店員を確保でき、靖治たちは持ち金を失わずに滞在しながら料理について教えてもらえる。win-winの関係というわけだ。

 さしあたってアリサとナハトは食材を集めに、村から出た森の中を探し回っているのだった。

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