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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
六章【朝へ向かう夜の狩人】
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144話『無慈悲なる刃』

「紫煙の奇術師アゲイン・ロッソよ、あなたの悲哀は理解できます。だがそれでも! わたくしはあなたより浅ましく、あなたよりも穢らわしいが故に、悪しき側には立ちません! 眼の前で傷つく者がいるならば、青春を喪いし亡失の剣にて悪逆を絶ち、無辜の笑顔を護ります!」

「言ってろ都合のいい軟弱者が、いつまでも夢を捨てられないガキが」


 再起とともに刃の欠けた亡失剣ネームロスを握り、声高く宣言したナハトに対し、紫煙の奇術師は腹立たしそうに怒りを滲ませる。

 そこにナハトの背後にいた靖治がひょっこり顔を出した。


「夢を捨てられないのはそっちもだろ? 悪党気取って彷徨って、女性を口説きたいなら顔くらい見せられるようになってからにしたらどうだい」


 そう言われた瞬間、奇術師は不気味なペストマスクの下で恐ろしい形相を浮かべると、直後に発火能力(パイロキネシス)が発現し、巨大な火炎が巻き起こった。

 火によってもうもうと煙が立ち込める中から、ナハトが左脇に靖治を抱えて飛び上がった。すでに何度も見せられた攻撃だ、呪符で発火地点を狂わせ、風の魔法による障壁で防御すれば火炎だけの単体攻撃は問題とならない。

 片翼を広げたナハトは、靖治へと言葉を向ける。


「セイジさん、あなた意外と人を煽るのも上手いのですね」

「アッハハハ、思ったまま言ってるだけなんだけどね」


 見下ろす先で奇術師は「チィッ……!」と舌打ちを漏らし、足元から異空間の扉を開いてサーベルを現出させ始めた。

 戦いが本格化する前に空洞内の壁際へと飛行したナハトは、抱えた靖治を石垣の裏側へ放り込む。

 彼は投げ捨てられながらも、笑って声をかけてくれた。


「ナハト! 君の自由な羽ばたきを見せてくれ!! ――おわっ!?」


 靖治は地上に背中を打ち付ける寸前に、集まってきたスライムヒューマンたちがクッションになって受け止めてくれ、背中越しに「ありがと~」と暢気に礼を言っていた。

 期待の言葉を受けたナハトは、戦場でありながらいっとき闘争を忘れ、焼けただれた顔に薄い笑みを作り出す。


「イリスさんの気持ちがわかりますね、あなたの前でならこの背の十字でさえ力になる」


 火炎で黒焦げになった背中の痛みから、漏れ出すような十字の疼き。戦いの時、疚しい時、いつもこの疼きがナハトの心を責め立てた。

 だが今は違う気がする、すべてが祝福だ。

 ナハトは気持ちを切り替え表情を引き締めると、果敢に敵へ飛びかかった。


「さあッ! 殺し合いを始めましょうや!!」


 空中から片翼を広げて向かってくるナハトに、奇術師は周囲にサーベルと古びた人形たちを浮かべて呪詛のように吐き捨てた。


「もう慈悲は与えん、躊躇なく串刺しにして焼き捨ててやる……!!」


 飛来するサーベルと、発火能力、そして自律行動する複数の人形による三重の攻撃網が迎撃を開始する。サーベルの無数、人形は目につく限り12体。

 ナハトは鷹のような切れのある飛行でサーベルの雨をくぐり抜け、続いて周囲に発生し始めた火炎に対しても怯まなかった。


「来たれ風の守護結界ウェントゥスガーディアン!! 暗雲払いし息吹ここにあり、この空は我が領域、自由などないと知れ!!」


 詠唱とともに吹き抜けたのはやはり風の魔法。周りで発生し始めた火を飲み込んだ風は、広がろうとした火炎をナハトに寄せ付けずに吹き飛ばした。

 上空で吹き荒れる火を見上げて、奇術師はマスクの下で顔をしかめる。


「ヌッ……さっきと動きが違う!?」


 火の手を追い払ったナハトは、人形たちが鋭利な剣を持って飛びかかってくるのを前にして、攻撃的な笑みを浮かべると左腕の呪符を構えて、風の魔法を呪符内部に仕込んだ釘に装填した。


「行けッ! 邪を縫う精霊の爪(スピリタスネイル)!」


 弾丸のように飛び出した灰色の釘が人形に突き刺さり、わずかに動きを阻む。魔術式により動く人形は完全に粉砕しない限り恐ろしい怪力で動作するが、一瞬の隙があれば逃げるには容易い。


我が身は雷の如し(フルメンストライク)フルスピード、この身は天の裁きの如く敵へ堕ち行く!!」


 ナハトは宙で逆さに立ち人形たちの追撃を振り切って、地上にいる奇術師へ目掛けて一直線に降下した。

 急降下と共にくる斬撃を警戒して、奇術師が異空間から二本のサーベルを取り出して両手に握るのを見て、ナハトは右手のネームロスでなく、呪符を巻いた左手を振り上げた。

 呪符の内側から予備の短刀が飛び出してきて左手に握られる、そのままスピードを乗せ、短刀だけを使った一撃を直上から振り下ろした。

 破壊力を持った短刀がサーベルと共に砕け散る、だがナハトの右手にはまだ本命がある。

 追い詰められた奇術師が「クッ……!」と呻きを漏らしながら飛び退りながら両手を掲げ、全力のサイコキネシスを前面方向へと発振させた。

 波打つ斥力が高鳴りを響かせて一帯を吹き飛ばすが、その波動から一瞬早く抜け出たナハトは、羽根のようなステップで、しかし疾風のように素早く奇術師の背後へと回り込んだ。


「早っ――!?」


 ネームロスが振るわれ、寸分狂わず首筋の急所へ迫る。

 だが奇術師の懐から転がり出た獅子のぬいぐるみがギリギリで刃へ飛びついた。術式を付与された人形は頑強な壁となって一瞬刃を防ぎ、両断される。

 人形が稼いだ時間により奇術師は致命傷を免れたが、それでも右肩を斬られて、傷口を押さえながら後退する。


「先程よりも遥かに……キサマ、手を抜いていたというのか!?」

「手を抜いていたというか、自罰的になっていたというか」


 風の魔法の威力も、飛行のスピードも、斬撃の鋭さも、どれをとっても先程までとはレベルが違う。

 ナハトは実力を出し切れていなかった自らの愚かさに鼻で笑い、眉をひそめて難しい表情を浮かべる。


「情けないことですね。ちょっとブレたら自分を傷つけたくなって、苦痛に身を差し出して、今までそんなことばかり。そうしたって何の贖罪にもなりませんのに。あぁ、まったく自己嫌悪ですね」


 悪い癖だとうそぶきながら、ナハトは上空から降り掛かってくる人形たちに対し、振り向きざまにネームロスを一閃して薙ぎ払った。

 咄嗟の迎撃では数体の人形を破壊できはしなかったものの、それでも衝撃を受けて吹っ飛んで行くが、それを見届けもせずナハトはただ独り言のように語る。


「まあ、そんなわけです。わたくしは強くはありません、弱いですとも。弱くて一人で立っていられない。しかしわたくしを信じて後ろにいてくれる人がいる、ならば負けませんとも」


 嬉しさと言うよりも安心を得たような心地で言葉を並べて、ナハトは決意を胸に刀を構える。


「呪われた技も! 殺しの極意も! すべての恥ずべき業を使い、その邪悪を討つ!!!」

「ならばお前の勘所を打ってやろう!!」


 奇術師は自分の周囲に人形を呼び寄せて陣を築きながら、ローブの表面からサーベルを現出させて、サイコキネシスにより街外周に作られた石垣へと打ち放った。

 暴雨のように降り注ぐサーベルが石の壁を打ち崩していくことに、隠れて様子を見ていたスライムヒューマンは慌てふためき、靖治も吹き飛ぶ瓦礫から顔を防ぎながら表情をキツくした。


「ワー!」

「キャー!?」

「狙いは僕か!?」


 ナハトもまた奇術師の狙いを瞬時に悟った、当然妨害しようと斬りかかる。


「させません!」


 果敢にネームロスを振るうが強固な人形たちが妨害してきて攻めきれない、かと言って人形の破壊に集中すれば、奇術師が手にマスケット銃を呼び出して銃弾で牽制してくる。

 遅延戦術にナハトが足止めされているあいだに、崩れた石垣の奥から靖治が下半身を瓦礫に埋めた姿で現れてしまった。


「いつつ……」

「そこかァ!!」


 見つけた獲物を奇術師が睨みつける、だがその瞬間、薄ら笑いを浮かべたナハトは超能力の射線上に亡失剣を投げ込んだ。


「暴れなさいネームロス――」


 奇術師の視線に従ってパイロキネシスの力が奔る、その途中に割り込んできて地面に突き刺さったネームロスは、内側に預けられた魔力を発揮して、周囲の瓦礫を巻き上げるように竜巻のような暴風を発生させた。

 風に煽られた瓦礫が視界を塞ぎ、パイロキネシスはその手前に発生して目標には届かない。


「防がれ……」

「おっと、余所見などしていて良いのですか?」


 余裕めいた声を出し、ナハトは左腕に巻いた呪符を人形たちへと伸ばす。触手のように絡みついた呪符は、人形を白い布の内側に封じ込めてしまった。

 最初はもがいて抵抗していた人形たちだが、封印の檻(カースドジェイル)の名を与えられた呪い(まじない)の符は奇術師が行使する魔術そのものを押さえ込んでしまい、やがて動かなくなった。

 こうしてしまえばただの人形、ただの物質。そしてナハトが使う魔法は風がメインであるが、それ以外が使えないわけでない。


「――ignis(イグニス)


 ナハトが短く唱えると、簡単な火の魔法が呪符の内側で発生し、捕まった人形はあっという間に燃え上がった。

 火達磨になった人形が地面に捨てられるのを見て、奇術師が苦々しさを噛み潰す。


「まさかキサマ、仲間を囮に……!?」

「最初からあなたのやりそうなことなどわかりますとも、同じ外道ですしね」


 ナハトは靖治が狙われるのを織り込み済みで、奇術師の意識が逸れる瞬間を狙っていたというわけだ。

 普通なら戦闘能力のない味方を囮に使うなど躊躇することだろう。良心が咎めるし不和の種火にもなりうる。だがそのどちらも、もはやナハトには心配いらないことだった。


「言ったでしょうにすべてを使うと。あの人はそれだって受け入れてくれるから、わたくしも存分に戦える」


 少なくともあんな馬鹿なことを言う彼が、自分のことを見捨てるかもなんて気にする必要はないのだ。

 ナハトは胸を張って、己のやり方を見せつけるかのように微笑んでいた。

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