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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
六章【朝へ向かう夜の狩人】
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142話『過去から伸びた呪い』

 愛刀は夜を映した天井に突き刺さり、左腕に呪符を巻いたナハトは、跪いたまま奇術師のくぐもった声を聞いている。


「だからオレは神に代わって言ってやろうじゃないか、お前は仕方なかったんだ、だからこれからも、殺しまくって良いんだってな」


 奇術師の言葉が鈍く肝に震えている。否定すべきなのに、ナハトは愚行を一喝する声が絞り出せない。

 天井に投影された星と月が街を照らす中、冷や汗を首筋に垂らし、何も言えず睨み合う。遺跡内部の空調が夜に合わせて冷たい空気を調整し、それが片翼を撫でてひどく癇に障った。

 しばし淡い光を受けながら静寂が過ぎ去り、ナハトは前触れ無く翼を広げて飛び上がった。


「あの刀は取りに行かせん!!」


 先手を打って聖騎士が飛ぶより早く振り返った奇術師は、天井に突き刺さったネームロスの周囲に派手な発火を巻き起こして、付近一帯を火炎で包み込んだ。

 だがナハトは赤い火に照らされると同時に直下へ急降下し、今度は奇術師に向かって真っ直ぐ飛び降りてくる。


「わたくしの(わざ)を舐めるな!!」


 怒鳴るように叫びながら左腕に巻き付いた呪符の内側に右手を差し込むと、内側から取り出されたのは二本の短刀だった。

 新たに現した武器を両手に持ち、直上から振るい、奇術師が異空間から手に取ったサーベルと正面から激突する。

 短刀もサーベルも、魔力などを付与されているがどちらも大した業物ではない。ぶつかりあった刃が鈍い音を響かせて、二人のあいだで粉々に砕け散るのを睨みながら、更にナハトは吠える。


「ネームロスはあくまでメインウエポン。非常時の武器ももちろん用意している!!」


 ナハトは左腕を持ち上げて呪符の帯を顔の前にかざすと、「フッ!」と息を吹きかけて風の魔法を発現させ、内側から何かを飛ばした。

 残像を作りながら奇術師の眼前に飛び込んできたのは、建築に使われるような釘が二本。指ほどのサイズがある釘は、空を裂いてペストマスクのゴーグル部分へ正確に着弾するも、ぶつかったところで念動力(サイコキネシス)の壁に阻まれて停止する。

 繰り出される武器の数々に、端から見ていた靖治は驚いて眼を見開いていた。


「すごいなナハト、ネームロス以外にもあんなに武器を仕込んでたんだ。あの呪符は武器ラックか」


 止められた釘が眼を塞いでいる内に、ナハトが背中に巻き起こした突風で駆け巡り、奇術師の背後に回り込んで、右腕の手甲下部から現した小さな刃を突き込んだ。

 首元を狙った一撃だが、奇術師がギリギリで身を捻ったせいでわずかに外れ、皮一枚を裂くに留まる。毒でも塗っておけばこれで決まっていたはずだが、生憎とここのところ毒物の入手ができなかったためそれは叶わない。

 奇術師は間近に煌めく凶刃をサイコキネシスで砕くと、地面を蹴って間合いを広く取る。


「風圧で飛ばす釘に、手甲に仕込んだアサシンブレード……殺意全開だな!!」


 紫煙の奇術師が喋っているあいだに、ナハトは呪符から細身のナイフを取り出し、風を纏わせて投げつけるが、回転しながら飛び込んだ刃はあえなくサイコキネシスで弾かれる。やはり手元から離れて魔力付与(エンチャント)量が減った武器で足りない。

 普段は見せない暗器まで使って殺意をみなぎらせるナハトに対し、奇術師はマスクの下でニタリと薄気味悪い笑みを作り、シルクハットを被り直しながら着地する。


「ククッ、いい顔になってきたじゃないか……その顔で、子供だって殺してきたんだろう……」

「――っ。サリー……」


 紫煙の奇術師からの指摘に、ナハトの手が軋みを上げた。


「綺麗な顔して大した殺戮機構だ……ゾクゾクくる! いいぞ、もっとこい。もっとお前の殺意をオレに見せてくれ……!」

「あなた、何を……?」


 一瞬、謎の執着心を見せてきた奇術師に、ナハトが警戒して足を止める。


「そろそろオレも、手加減なしと行こうか……!」


 そう言った奇術師が厚ぼったい紫色のローブを持ち上げると、内側からボトリと何かが地面に落ちた。

 最初に落ちたのは綿が詰まったクマのぬいぐるみだった。それに釣られて次から次に様々な人形が出現する、鼻の長い木製の人形、糸の切れた操り人形、他複数の動物型のぬいぐるみに加えて、手にはめて遊ぶライオン型のパペットなどもあった。

 そのどれもが子供が遊ぶようなもので、使い込まれているのか薄汚れていたが、それとは別に本来は人間用の刃物を手に持たされていた。


「人形……?」

「行け、懐かしい思い出たち(パスト・マスコット)


 最後に奇術師は右手の指に小さなウサギのぬいぐるみを出現させると、丁寧に左肩に置き、ローブをはためかせながら腕を振るうと、地面に落ちていた人形たちがひとりでに起き上がった。

 ウサギのぬいぐるみを除き、他の人形たちは嵌められた瞳を夜の中で黄色く光らせてナハトへ目掛けて駆け出すと、小さな躰で大きな武器を振り回して来た。

 ナハトは驚きながらも新たに二振りの短刀を呪符の中から取り出して人形を迎撃する。恐るべきことに人形たちは可愛い姿でナハトに拮抗するほどの怪力で、しかも空中に浮かび上がって四方から襲いかかってくる。

 人形が繰り出す刃を両手の短刀で受け流し、凶弾を呪符で防ぎ、ナハトは片翼を羽ばたいて地上間際を滑空して逃げ回るが、人形たちも空を飛んで獲物を逃すまいと追いかけてきた。


「さっきのサーベルの乱舞とは違う、一つ一つが意思を持っている……!」


 サーベルは一つの意思のもとに統率されたが故の単調な動きしかしなかったが、今度の人形たちはそれぞれが独自に動いて襲いかかってくる。動きは緩慢だが、サーベルよりもよほどタチが悪い。


「コイツらは、オレの昔の仲間たちが幼少期に遊んでいたものだ、慣れ親しんだ物のおかげで術式がよく吸い付く……もっとも、最終的にはオレがそいつらを殺したがな」

「外道が、この技は何の……!?」

「元の世界で学んだ魔術と、ワンダフルワールドに来て得た空間と炎を操る超能力サイコキネシスとパイロキネシスの組み合わせ……オレは複合能力者(マルチアダプター)だ!」


 啖呵を切った紫煙の奇術師は、再び足元から黒い水たまり――魔術により繋げた異空間を広げるとサーベルを浮かび上がらせナハトへ繰り出してきた。更には両手に使い捨てのマスケット銃を取り出し、発火能力(パイロキネシス)までも用いてナハトを追い詰める。

 ナハトは険しい顔をして回避に徹する。直線的な狙いのサーベルに突如目の前に現れる火炎、どこまで行っても人形たちはまとわりついて刃を突き立ててきて、少しでも隙を見せると即座に奇術師が銃弾を撃ち放ってくる。

 かわしきれなかった刃がむき出しの肩部に切り傷を作り、飛んできた弾丸が純白の鎧をへこませ陰りを作る。ナハトが魔力で作った鎧は機動性を重視した軽量型だ、もっと魔力を増強して面積を増やせば人形にも対処しやすいが、動き回りながらでは難しいし、スピードが下がればどちらにせよジリ貧だ。


「どうした騎士様!? お前の実力ならこの程度なんてことないはずだろうに!?」


 紫煙の奇術師が挑発めいた叫びを上げる。

 彼の言う通り、ナハト本来の力なら、トップスピードで飛び回れば避け切るのは造作も無いはずだ。だが羽が重い。奇術師の嫌な言葉が思い出され、呪詛がまとわりついたかのよう。

 いや、奇術師の言葉は不愉快ではあっても魔力の類がこもっていたわけではない、それでも宿ったドス黒い言霊がナハトの心を締め上げてきていた。


『だからオレは神に代わって言ってやろうじゃないか、お前は仕方なかったんだ、だからこれからも、殺しまくって良いんだってな』


 紫煙の奇術師の言葉が蘇ってきて奥歯を噛みしめる。常人ならば怖気が走るだろうこれが、なんとも甘く脳髄を満たすのが嫌でたまらない。


「本気でやれないか!? お前の殺意は見かけだけか!? お前はオレの同類だろう、神様だって呆れるような殺しの(わざ)を披露してみせろ!!」

「黙れ……わたくしはもう神を捨てた身……!」


 この世界に来て神様などいないと思い知った、今までの殺しの無意味さを悟った、だというのに胸の奥にあるしこりが消えてくれない。

 躍起になったナハトは近寄ってきた人形を肘鉄で振り払いながら、奇術師に対して両手に持った短刀を投げつけた。

 奇術師が飛来する短刀をサイコキネシスで防いでいるあいだに、自身は天井に突き刺さった亡失剣へと羽ばたく。


「ネームロスっ!!」


 今の状況でもこの愛刀があれば戦況は五分になるはずだ、そう思い垂らされた柄に手を伸ばす。

 だが掴もうとする直前、刃の影に隠れていた一体のパペット型人形が飛び出してきて、ナハトの二の腕に噛み付いてきた。


「ぐっ……!?」


 人形の口には鋭利な牙が取り付けられており肉に食い込んでくる。

 その痛みに怯んだ瞬間、奇術師の一睨みで燃え上がった火炎が右背の片翼を根本から焼き切った。


「翼が……!?」


 魔力でできた片翼が空飛ぶ風をコントロールする要、再生も自在だが回復には数秒の時間が必要だ。そのあいだに浮力を失って落ちかけるナハトに、人形たちが群がってくる。

 落ちながら必死に振り払うが、いくつかの人形が無防備にさらけ出された背中に刃を突き立てた。

 十字を刻まれた柔らかな背筋に硬い刃が突き刺さり、ナハトは目を剥いて口の端から血を吐き出す。


「――こん、のぉぉおお!!!」


 まだ心臓は刺されていない、ならば抵抗の余地はある。

 急速に片翼を再生させたナハトは、翼を中心として竜巻状の烈風を作り出し、背中に取り付いた人形たちをズタズタに引き裂いて吹き飛ばした。しかし技に対して体勢を制御できず、ナハトは哀れにも地上に墜落し、硬い石の上に身体を強く打ち付けた。

 奇術師が左肩にウサギのぬいぐるみを乗せ、様子を伺いながらにじり寄ってくる。ナハトは傷だらけの身体を抑えながらも、気丈な顔をして起き上がった。


「フン……無様だな……力も発揮できず、そのザマとは……」

「……この身に剣が突き刺さって、それで問題があると思いますか? わたくしの戦いに、支障などありませんとも」


 ナハトは何でもないように涼しい表情を浮かべてみせる。笑みの下で、苦しい状況から逆転の糸口を探している。

 それでもズタボロになったナハトの姿は、傍目には悲痛なものとしてしか映らず、影で見ていたスライムは心配そうな声を上げていた。


「ヒャー!? だいじょうぶなんですかー!?」

「……不味いね。大分劣勢だ」


 靖治はあくまで冷静に戦いを俯瞰する、慌てたってできることは何もない。


「でもナハトならそう簡単に押し負ける相手じゃないはず……迷ってるのかな、戦うことに」



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