141話『外道の道標』
【超能力者について】
・超能力は『命が持つ世界を変える可能性の発露』であり、他の魔法や異能力とは異なる性質である。
・あらゆる世界において一定以上の知能を持つ知性体の中から突然変異のように現れる。
・最低限”夢を見れる”程度の知能があれば覚醒がありうるので、犬や猫の中から超能力を持った個体が誕生することもある。
・魔力や霊力などの特殊能力を保有していない人種だけでなく、魔法使いや霊能力者などの中からも生まれることもあり得る。
・その場合は二つの素養を持って生まれてくることもあり、”魔法使いであり超能力者でもある”という人間になることもある。
・大別として情報を読み取ったりする感応系の『ESP』と、サイコキネシスのように物質に作用する『PK』の二つに系統が分かれる。
・サイコメトリーやサイコキネシスなど、得意な能力は個人によって違う。
・大抵の場合は一つ~二つ程度の超能力だけが覚醒し、二つ以上の超能力が発現してもESPかPKのどちらかの系統しか使えないケースが多い。
・しかしながらこれらはあくまで傾向であり、例外もある。
・遺伝子が超能力の発現に影響することもあるが絶対ではない。
・一卵性双生児でありながら、片方の子供だけが超能力に覚醒することもある。
・能力の系統に関わらず、超能力者は『運命』を凌駕する可能性を通常より高いレベルで秘めている。(もっとも、超能力者に関わらず魂を持つすべての存在は、運命を逸脱する可能性をわずかながら内包しているが)
・だが実際に運命を超えられるかはその人次第である。
・ちなみに作中でこれまで出てきた超能力者には、元々オーサカブリッジシティを統治していた故リキッドネス・ツリーがいる。(サイコメトリーや未来予知など複数のESPを極めて高精度使用できた、因果律まで読み取れる超高位の感応系超能力者)
天井の投影装置に映された天候は、すでに遺跡外部の空模様を再現し日が沈んで暗く、代わりに星々と雲の掛かった月が遺跡地下の街を照らし始めている。
夜の明かりが照らす中で、紫煙の奇術師が呼び出した無数のサーベルが星々に並んで宙に浮き、冷たく煌めく刃をナハトへと向けた。
「念動力だ」
冷たく呟いた奇術師が指を差して号令を発するとともに、サーベル群は冷たい風を切り裂いて地上にいるナハトへと突撃した。
殺到してくる凶刃を、しかしてナハトは左頬が焼け爛れた顔で臆さずに睨みつけると、片翼を羽ばたかせて飛び上がり回避する。
目標から外れたサーベルは地上に突き刺さり街のシルエットを粉砕するが、奇術師は構わず次々とサーベルを飛ばして敵を追いかけた。
ナハトは高速で街の外周を飛行し続け、背後の壁にサーベルが突き刺さっていく音を聞きながら疾走した。
このまま避け続ければ弾が尽きそうなものだが、外れたサーベルはまるで地面や壁の中に潜るかのごとくズブズブと沈んでいき姿を消し、代わりに奇術師がまとったローブの表面から、消えたのと同量のサーベルが伸びだしてきて空中に補充されていく。
おそらくは外れたサーベルを別空間に経由させ、ローブの表面から取り出してループさせているのだろう。
「……この程度は凌ぐか」
「このような甘い攻撃!」
ナハトが反撃へ向かう。空中を直角に曲がり、飛んでくるサーベル群をスレスレに掠るようにして飛行し、一気に奇術師に近づこうとする。
頬の火傷が風圧で激しく痛むのを意識外に追い出し、避けきれないサーベルを右手に握ったネームロスにより力づくで叩き飛ばすと、とうとう奇術師に接近した。
ナハトは渾身の力でネームロスを横薙ぎに叩きつける。迫りくる欠けた刃に対し、奇術師は両方の手の平からサーベルを取り出して握りしめると、二つのサーベルを掲げて攻撃を受け止めた。
魔力で強化された膂力とスピードの相乗した斬撃はすさまじいパワーとなって突き抜け、衝撃により受け止めたサーベルは一本が呆気なく圧し折られ、残るほうも大きなヒビが入ってあと少しで砕けるところだった。
飛び散る破片を見ながら、紫煙の奇術師はペストマスクの下からナハトを睨みつける。
「なるほど、相当に練り上げてるな……サイコキネシスと強化魔術でコーティングした剣を、一打でここまで傷つけるとは……!」
「しゃらくさい!!」
ここまでの力を発揮してもなおナハトの左手は自由だ。このまま相手を捕まえようと突き出した左手から、呪符カースドジェイルが触手のように伸びて襲いかかる。
だが紫煙の奇術師は瞳を見開いて小さな発火現象をいくつも巻き起こすと、火炎の風圧で呪符の進行を阻み、そのあいだに背後へ浮遊してナハトから離れた。
追いかけようとしたナハトだが、頭上から他のサーベルが降り掛かってきて、仕方なく反対方向に加速して難を逃れる。
再び空中で睨み合う形となった奇術師は、今度はサーベルだけでなく発火現象まで用いて攻め立てた。ナハトの進行方向に、人一人を覆い尽くせる規模の大きな火炎をいくつも作り出す。
だがナハトからしてもすでに二度受けた技だ、発火の中心部に火が起こってから最大範囲に広がるまでわずかなタイムラグ、そのあいだに方向を換え、ジグザグに飛行して火炎を避ける。
暗くなった街の上でサーベルが縦横無尽に飛び交い、爆発のような巨大な火炎が次々に巻き起こる。火はすぐに収まるものの、断続的な発火に区画全体が赤く照らされ、熱気が街中に押し寄せた。
ナハトが全力で飛び回り攻撃を避けるに連れ、外れたサーベルが街を崩し、熱風が瓦礫を吹き飛ばす。音を立てながら崩れていく街を見て、外周部の石垣に隠れていたスライムたちが怯えた悲鳴を上げた。
「キャー!! コワーイ!! 街が! 街がこわれてくよー!!」
「こ、こんながある世界なのー!?」
猛烈なスピードで動き回るナハトに対して、奇術師もまた素早く空中を飛び回り、街の上空全体を戦場として戦い続ける。
暴風の如き殺し合いを前にして、長らく闘争から離れていたスライムヒューマンたちは思わずこの光景を信じられないと疑い、それでも液体の底に響く剣戟と火炎が燃え上がる音に現実を思い知らされ、恐れおののくかのように身を震わせた。
「これが、この世界のヒトタチのたたかい……!」
青い液体状の体を赤く照らされながら、誰ともなく呟いた。
戦いに怖くなったスライムの一体が、ずっと傍観しているだけの靖治のそばへ跳ねてきて、縋るかのような声を掛ける。
「せ、せいじさんは戦わないのー!?」
「まだだ。僕にできることは少ない、ギリギリまで見てるだけだよ」
靖治はホルスターの拳銃に手すら着けないまま、石垣の影から目を細めて戦いの行方を眺めるだけだ。
戦いはわずかに膠着を見せていた。奇術師はナハトへ攻撃を当てられないし、ナハトは火炎とサーベルに阻まれて接近できない。
だがこの拮抗もわずかなもの、何かあればすぐに傾く。
「やるな、ならば……」
奇術師はサーベルのいくつかをナハトへ飛ばさず空中に静止させ、距離を置いて設置した。
そしてタイミングを見計らい、攻撃を避け続けるナハトの周囲にあるサーベルの内部に火炎を起こし、これまでにない爆発を引き起こした。
「剣の爆弾に……!」
内側からの火炎に弾けたサーベルが、手榴弾のように破片を飛び散らせる、それがナハトの周りに四つ。
全体に広がる破片はスピードでは避けられない、だがナハトは背の片翼に魔力を通して大きく伸長させると、自分の体に巻きつけて全面を覆い、爆発に対する盾とした。
柔らかそうにも見える純白の翼は堅牢な砦となってナハトを破片から守りきり、浮力を失った体が落ちかける直前に再び羽ばたいて身を支えた。
だが今の爆発により、ナハトの周囲は爆煙で覆われてしまう。
「視界が――」
黒い煙が星明かりを遮り、戦場に一瞬の空白を作り出す。
その直後、紅い眼を見開いたナハトが大きく体を仰け反らすと同時に、煙の奥から二発の丸い鉛玉が飛び込んできて、顔の横をかすめていった。
「甘いぞ、アゲイン・ロッソ!!」
「殺気だけで銃弾も避けて見せるか……!」
ナハトが感じた気配を目で追った先には、晴れてきた煙の向こうで二丁のマスケット銃を構えた紫煙の奇術師の姿があった。
攻撃後にできるわずかな隙を流すまいとナハトは空を駆け出し、奇術師が鉄砲を放り捨てると発火現象で対抗しようとしてくる。
そのままならナハトの眼前に火炎が作り出されたはずだ。だがナハトが咄嗟に左手の呪符を盾のようにして顔を見えないように隠すと、火炎はナハトの顔でなく呪符の表面で明るく燃え上がった。
「布の盾で受け止めるか!」
「その炎、視界内にしか効かないとみた!!」
魔力を帯びた呪符は火を寄せ付けずに熱を防ぎきる。ようやく二度目の接近を果たしたナハトは、左袈裟斬りでネームロスを振るう。
それを紫煙の奇術師は、再び手に取り出した二本のサーベルで防いだ。
「甘いっ!!」
斬撃を受け止められたナハトは空中で体を捻らせると、奇術師の斜め上から蹴撃を放った。
ブーツを履いた足の甲が奇術師の首元に突き刺さり、鎖骨を軋ませながら彼の体を地面へと叩き落とす。
傾斜をつけてすっ飛んでいった紫煙の奇術師は、街に墜落すると石垣に衝突して停止し、浮いていたサーベルも制御を失って地上に落下する。
「我が敵を斬り裂け、亡失剣ネームロス!!」
居丈高に叫んだナハトは片翼をはためかせサーベルの雨を縫うように飛ぶと、決着をつけるべくネームロスの切っ先を相手へ向けた。
距離が零へと近づく中、ナハトは眼を細めて、ローブに包まれた奇術師の肉体を正確に把握しようとした。
――心臓は……そこっ!!
鉄をも穿つ刺突が、倒れていた紫煙の奇術師に襲いかかろうとする直前、細長いペストマスクの下から激しい声が発せられた。
「そうやってまた殺すか!? 自分のために!!」
「――――ッ!」
迷いが刃を乱し、奇術師が身を捻って逃げたのもあり、ネームロスの刃は狙いを外れて石垣に突き刺さるだけだった。
慌ててナハトが刃を引こうとする瞬間を狙って、紫煙の奇術師は墜落してから溜めていた念力を下から打ち上げるように発動し、ハンマーで殴られたような衝撃がナハトの手から刀を打ち飛ばした。
「ネームロスが……ぐっ!」
飛んでいく相棒を見て隙を作ってしまうナハトを前にして、紫煙の奇術師は超能力で飛び上がると、空中で回し蹴りをナハトの頭部左側に食らわせてふっ飛ばした。
ナハトは地面を転がって痛みに苦しみながらも、すぐさま起き上がって状況を探る。奇術師の出したサーベルは再び別空間へと潜っていく、そして亡失剣は天井に突き刺さったまま動かなくなっているようだった。
片膝をついて痛む左頬を押さえるナハトを前にして、紫煙の奇術師がゆらりと地面に立って、暗い視線を浴びせてきた。
「ククッ……無様だな。そんな天使のような翼をしながら、やるのは醜い人殺し……」
「戯言を、戦場でなら互いの命を懸けて当然でしょうに」
「それとはレベルが違うんだよ、お前は」
奇術師は指を立てて「チッチッ」と振ると、重たい声を響かせる。
「今までにもオレの前に、正義を振りかざす輩は何人か立ち塞がった……だが胸に偽善を振りかざす奴らは、悪党を打ち倒すのが殺すことより優先順位が上だ。だがお前は殺気ばかりが先走り、まるで殺しそのものを目的として立ち回っているかのよう……わかるか? 手段が目的に近くなっている」
ナハトは表情は変えなかったが、手元で指がピクリと動いた。
「今はまだだが、お前はいずれ完全な殺戮機械になる……いずれお前の戦い方を見て、誰もが偽善のほうがまだマシだと言うようになるだろうな」
「っ……」
ナハトは思わず周囲の気配を探る。戦闘が一時止み、石垣から覗くスライムたちが「すごいねー……」「こわいねー……」と震える声で囁いているのが聞こえてくる。
彼らが向けた畏怖は果たして誰へのものか、ナハトはわずかに恐怖を覚えて手を握りしめた。
「だがお前の気持ちはわかる、わかるぞ……声がするよな、今まで殺してきた数と同じだけの怨念が……」
紫煙の奇術師は嘲るかのようにニィィと眼を細め、耳にへばりつく嫌な言葉を並べていく。
「一人殺せば、もう一人殺さないといけなくなるよなぁ……二人殺せば今度は二人を、四人殺せば更に四人を……やめようと思っても止められなくなる。歩いてきた過去が怖いから……だよなぁ?」
ナハトは足元から自分が飲まれていくのを感じていた。だが止められなかった、咄嗟に言い返すこともできない。
かつてサリーを殺した時、ナハトの胸にあったのは「彼女の死を無駄にしてはならない」という義務感。それに背中を押され、戦場で、街で、あらゆる場所で殺し続けてきた。
犠牲になったサリーはそんなこと望んでいないだろうに、そんなことはなんの償いにもならないというのに。
「止まると過去を振り返ってしまうんだ、自分の行いに向き合わなければならない、だからそれが怖くて殺し続ける……止められないものならそれは使命のようなものだから、これは仕方ないことなんだと、ゴメンナサイって世界に頭を垂れながらも殺して殺して殺す、それがオレたちだ」
「…………一緒に……するな……!」
ようやく搾り出した声で睨みつけるのが精一杯だった。
一言一言が胸に突き刺さる。自分が殺してきた人達をつい数えてしまい、耳元で亡霊の呼び声が聞こえてくる気がする。
正しく有りたかった、これで正しくなれますようにと祈るように殺してきた。神の供物にしてきた、自分の生贄にしてきた。
殺し続けてきた。何のために? 神様のために?
本当は違うんだろう。信仰なんていうのは建前でしかなくて、全部自分が報われたくて殺してきたんだ。
自分の弱さを隠すために、サリーを殺してから続く血の道を走り抜けてきたんだ。
何人も、何人も、何人も殺してきた。
果たしてこれから先、この宿業から逃れられるというのか?
「だからオレは神に代わって言ってやろうじゃないか、お前は仕方なかったんだ、だからこれからも、殺しまくって良いんだってな」
「…………」
思わず軽蔑してしまうような言葉を聞き入ってしまう自分に、反吐が出したいと思いながらナハトは紫煙の奇術師を睨みつけていた。
本文外で設定を垂れ流すことを覚えた!




