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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
六章【朝へ向かう夜の狩人】
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140話『剥き出しの殺意』

 石造りの建物に背を預けて座っていたナハトが、表情を引き締めたまま立ち上がった。その左手には、亡失剣を収めた呪符の端が握られている。

 開かれた鉄扉の奥から、紫煙の奇術師アゲイン・ロッソが紫色のローブを揺らしながらゆっくりと歩いてきた。

 天蓋に夕暮れが描かれる地下の街に踏み入れた彼は、顔を覆うペストマスクのゴーグルの奥から濁った眼でナハトのことを見つめてくる。


「待っていたのか……? ご苦労な……ことだ……」


 重たい声を紡いだ後は、立ち止まって微動だにせずナハトと視線を交わしている。

 その佇まいに油断はない、いつ何時殺しにかかられようと即座に対抗するだけの警戒心があった。

 そんな姿を用心深く睨みつけたナハトは、表情から敵意を削ぎ落とし、呪符を左背に担いで背中を見せた。


「……街を案内しましょう」

「フン……」


 背中の十字を揺らし歩み出すナハトの後ろを、紫煙の奇術師がシルクハットをかぶり直しながら黙って付いていく。

 街の中を距離を保って歩いていく二人の姿を、遠方にある石垣に乗ったスライムが観察していた。


「せいじさーん! 紫色のヒトきたよー!」

「っと、もうか! ギリギリだな、寝過ぎちゃってナハトとも話せてないよ」


 石垣の裏側には、荷物を降ろして武器の点検をしていた靖治の姿があった。

 二丁の拳銃の薬室に弾を装填しいつでも撃てるようにし、換えの弾倉を一つずつ上着の内ポケットに――正直、そろそろハヤテが着けてるようなタクティカルベストでも欲しい。

 それと野営の時などに使っているサバイバルナイフも一応用意する。握りこぶし程度の刀身を革の鞘の中に入れたまま、ズボンの後ろポケットにしまいこんだ。


「よし、準備完了! スライムさんたちも、よく短時間でこんな石垣作ったね」

「とっかんこうじですので、あまりキタイしないでくださいですー!」


 今、靖治がいる場所はこの地下に広がる街の壁際に作られた石垣の裏側だ。

 戦闘が起こる可能性があると言われたスライムヒューマンたちが、急遽作った身を隠しながら事態の行方を監視できる避難場所だ。これはスライムたちだけでなく、靖治も隠れられるぐらいのサイズの壁として建造された。

 壁には覗き穴が付いており、そこから靖治が街の様子を見ていると、人懐っこいスライムが肩に乗りかかってきた。


「ナハトさん、なにしてるですかー?」

「まず相手の出方を見てるんだと思う。戦わずに済めばそれが一番だし、警察でもなんでも、秩序側は疑わしきは罰せずだから」


 靖治は改めてこの場所全体の様相を確認する。

 地下の空洞に作られたこの街は全体のスペースが一辺200メートル程度の正方形に近い形だ、天井は天候が投影されててわかりにくいが50メートルくらいはありそうだ。

 他に、今しがた紫煙の奇術師がやってきた水路の扉が壁際に一つ、反対側の壁に外へ通じる扉が一つ。またこの遺跡内にあるという他の区画へ通じるはずの大きな通路があるのだが、転移の際にこちらの世界と混ざってしまって、今は強固な岩壁に覆われてしまっている。

 そしてそのスペースの内部に広がっているのが、スライムヒューマンたちが暮らしている石造りの街だ。夕暮れの中、白い石と生えた苔が赤く照らされ、普通の人間の街とは違う静かで物言われぬ雰囲気が浮かんでいる。


「他のスライムさんたちは?」

「まだみんな、ひなんしてないです。見極めないといけないですから」


 街の方を見ると、うようよ動いている青色の液体が見えた。


「この世界にすむヒトがどんなのか、識るためにギリギリまで逃げないです」

「……そうか。懸命なんだね、あなたたちは」


 こうやって事前に隠れている自分よりよほど勇敢だ、そう思った靖治は肩に乗ったスライムのポヨポヨした頭を撫でると「キャー!」と嬉しそうな声を聞かせてもらえた。

 そうしている間にも、ナハトと紫煙の奇術師は街を見物しながら中央部にある噴水広場へと近付いていく。


「地下に……夕暮れとはな……」

「えぇ、驚くべきことですね。発展を重ね続けた先にある異世界の技術、ということですが、わたくしには理解不能なことです」


 語りながら噴水の前にまで来たナハトは、足を止めて振り返ると、体を横に退かせた。

 釣られて止まった紫煙の奇術師がナハトの向こう側に見たのは、噴水の上に乗った青いスライムヒューマン。


「コイツは……」

「はじめましてお客人! ワタシはくちょうのマイケルともうしますー!」


 しげしげと高く伸ばした体でお辞儀するような動作を取るスライムを見て、奇術師はマスクの下から周囲の様子を伺い、視界の端にチラチラ映っていたスライムたちを確かめた。


「なるほど、もしやと思っていたがコイツらが……異世界における霊長の種か……」

「まあ、そんなところです」


 奇術師は立ち止まったまま街の気配を感じていた。

 投影された夕暮れの空模様は果てがないように感じ、地下でありながら広大な大気が渦巻いているかのよう。

 街全体に穏やかさがあり、人の世とは違う山奥にある清涼な川辺にも似た気持ちよさがある。


「呑気な空気だ……ここは闘争の臭いがしない、悪意の香りがしない……」

「……えぇ、素晴らしい方たちです」


 優しい場所だ、ずっとこの空気を感じて生きられればと、多くの人が思うだろう静けさがあった。

 それを感じ、呼吸を整えた奇術師は、マスクの下で眼を細めた。


「……奪うには、もってこいだ」


 一瞬、顔を険しくしたナハトと奇術師のあいだに奇妙な空気が流れ、濃密に圧縮された気配により時間の経過が何十倍にも引き伸ばされて感じられた。

 そしてその瞬きするほど短い間隙のあと、片翼を開いて急激に踏み込んだナハトの剣を、紫煙の奇術師がどこからか取り出した一本のサーベルで受け止め、ガアァァァンと鉄と鉄が激しくぶつかり合う大きな音が街全体に響き渡った。


「――ククッ、我慢しきれなくなったか……アバズレめ……!」

「痴れ言を……わたくしが剣を抜かねば、あなたが先に彼らを殺していたでしょうに……!」


 鍔迫り合いのまま、ナハトが至近距離で睨みつけながら、魔力を編んで純白の鎧を形作っていく。

 またたく間に二人の殺気が膨れ上がり、夕暮れの赤色が惨劇を帯びたように深まっていくような錯覚さえあった。

 あまりにも緩急激しく推移する状況に、スライムヒューマンたちは「えっ!? えっ!?」と困惑しざわめきたった。


「だとしても、お前は悪党より一瞬早く刃を振るった……そこに本質が見えるぞ!」


 奇術師が剣を押し返し、ナハトから一旦距離を取る。

 ローブを揺らしながら立った奇術師は、サーベルの先端をナハトへ向けて、ペストマスクの下からくぐもった声で叫びを上げた。


「宿で出会った時からわかっていたぞ……本当はウズウズしてるんだろ、悪党を成敗したくて……殺したくて!!」

「……揺さぶりのつもりですか?」


 ナハトは揺らがぬよう自身に言い聞かせながら戦闘の構えを取る。

 そこまできてようやくスライムたちが状況を飲み込み始めたようで、いきなり始まった戦いへの恐ろしさに悲鳴が広がりつつあった。


「キャー!? なになにー!?」

「どうしてこうなったの!?」


 彼らが遠く離れたはずの闘争の再演にスライムたちが呆気に取られて喚くしかないのを感じ、ナハトが敵を睨んで油断をしないまま警告を発した。


「あなた達は逃げなさい! 早く――」


 だが口を開いている途中、ナハトの顔からほんの数センチ先の場所から突如として火が広がるように燃え上がって、ナハトの左顔に強い熱を叩きつけた。


「ぐっ!?」

「キャー! ワー! ほのおー!?」


 突然現れて消えた火に、スライムたちは更に悲鳴を上げる。

 紫煙の奇術師は何らかの能力を行使したにも関わらず、サーベルを持ったまま微動だにせず、死の気配だけをまとわせて佇んでいる。


「種も仕掛けもありはしない……オレの火炎はどうだ……?」


 何もない場所から出掛かりも察知できない急な発火に、ナハトは炙られた顔から煙を上げながらたたらを踏んでわずかに下がる。

 だがすぐに押し留まると、左頬を焼け爛れさせながら、もう一度紫煙の奇術師を睨んだ。


「この程度で、怯むとでも……?」


 元より天使の血が混じったその身は、多少の傷など物ともしない。この程度の火傷、戦闘が終われば痕もなく治すことが出来る。

 今度はいつでも炎に反応できるよう、左手に巻いた呪符の盾を前に出して防御を固め、右手に持った亡失剣ネームロスを敵に向けて構えを取る。


「我が名はナハト・マーネ! 聖騎士ナハト・マーネ!! 悪意の牙を突き立てられたところで、この身は止まらぬと知れ!!」

「ほう、騎士……? ハハッ、どこが?」


 名乗りを上げるナハトの周囲からスライムヒューマンたちが大慌てで散り散りになると、街の外周に沿って作られた石垣の裏側に逃げ込み、そこから戦いの様子を伺った。

 彼らの気配が遠のいていくのを感じ、十分に周囲から離れたのを確認してからナハトが吠えた。


「ならばその悪逆を討つ! 風は我とともにあり、神速にて邪悪を払う!!」


 詠唱とともにナハトの足元に疾風が渦巻き、彼女の体を急激に加速させて敵のもとへと連れて行く。

 だが横薙ぎにネームロスを振るおうとすると、奇術師は無造作にジャンプする。重たいローブを着た体は重力を無視して上方へと身を翻し、軽々と亡失剣の歪の刃から逃げおおせた。


「予備動作もなしに、どうやって空を……!?」

「お互い様だろう、人が空を飛ぶなど大概不可思議だ」


 そのまま空中を自由に飛行してみせた奇術師は、足を天空へと向けて空が投影された天井へと上っていく。さかしまのくせにシルクハットは頭に乗ったままだ。

 ローブを地面方向へ垂れ下げながらも、暗くなり始めた空模様に降り立った奇術師は、膝をついて足元に手を添える。


「なるほど、こうやって間近で空間を感知するとわかる……本来はすり鉢状にくぼんだ天井か……そこに空を投影している……」


 マスクの下で興味深そうに眼を細めた奇術師は、正確にこの遺跡地下の様相を測っているようだった。


「異常な技術、資源、人が住めるだけの空間……どれをもってしても金になるな……」


 検分を終え奇術師が天井から足を離し、空中で上下の姿勢を元に戻す。


「まあ、なんにしろ、だ……とりあえず殺してから、屍の下から拾い集めればいい……考えるのはそれからでいいか」

「短絡的で野蛮な考え方……そんなものが許されるとでも!?」


 我欲に満ちた言葉を吐く奇術師に対し、ナハトがいきり立って飛び上がろうとした瞬間、またもや目の前に赤い火が広がって顔面を覆った。


「ぐぁっ……!? また火が……!?」


 今度は一瞬早く魔力による防護壁が間に合ったが、それでも微妙なダメージを重ねられナハトの顔が痛痒に歪む。


「アリサさんのアグニとはまた違う、目の前の空間から前触れなく発火する……魔力やそれに近しい匂いも感じない……!」


 魔人アグニであればあからさまな力の波動を感じ取れる、他の能力であっても大抵のものは魔力と似たものが前触れとしてあるものだ。

 だがそれらがない。本当に何の仕掛けもない場所から、奇術のように火が燃え上がる――いや、奇術であれば種があるはず、だがこれは種すらないのだ。


「オレの武器は火だけではないぞ」


 紫煙の奇術師が見下ろしながら唱えると、白手袋をはめた指を天井に当て力を流す。

 すると指先から黒い水たまりのようなものが天井を伝って広がり、その漆黒の奥から奇術師が持つものと同型のサーベルが大量に、空から生えるごとく現れてきた。


「空間圧縮開放……量産品だが肉を裂くには十分だ」


 刃を吐き出した黒い水たまりは役目を終えると指先に戻って消え去る。残った大量のサーベル群は地上に落ちず、統率を持った動きで空中に散開した。

 ナハトは今目撃した一連の動作のうち、武器を用意した黒い水たまりからは魔力に類するものを感じ取れた。だがサーベル群を動かすものからは何も感じられず、にもかかわらず刃は自在に空を移動している。


「サーベルが宙を飛ぶ……!? どうやって? 魔法か……それとも……」


 未知の能力を見せつけられ動きを止めてしまうナハトに、紫煙の奇術師はドス黒く濁った瞳を向けて、嘲笑するかのような短い声をマスクの中で響かせた。


念動力(サイコキノ)だ」


 宙に浮かんだサーベルたちが一斉にナハトへと刃を向けると、流星のように空を駆けて殺到した。

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