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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
六章【朝へ向かう夜の狩人】
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138話『ブラックモニュメントはかしましく』

 台座の上に乗ったスライムが体を伸ばしニョッキと頭を高くしながらプルプルと声を震わす。


「――しょくん! われわれは異世界にきてしまった、これからわれわれが取るべきみちはなにか!」


 代表のマイケル氏がぶち上げた議題に、この区画に住んでいたスライムヒューマンたちは「ワァー!」と歓声を上げやいのやいのと騒ぎながら議論を交わす。


「このせかいには、ボクタチのせかいの旧人類とにたようなヒトタチや、ハヤテさんみたいな獣人亜人がひしめいていて、ボクタチスライムヒューマンはむしろマイノリティー」

「ナハトさんって人もキレイなハネしてるけど、どこかコワイよねー」

「どうする? 施設封鎖してとじこもっちゃう?」

「やめようよ、きっとムダだよ、突破されるよ。この世界のひとたちは野蛮みたいだし」

「野蛮だからこそ、ボクタチのそせんも発展と繁栄をつづけてきた! この世界のヒトタチもそれがひつようなんだよ!」


 自らを霊長と自称した旧人類から更なる進化を遂げたスライムヒューマンたちは、争いを捨てた種族ながら柔軟な思考で、人の闘争を『愚』として切り捨てることはしなかった。

 絶対のスタンスを平和としながらも、このワンダフルワールドの住人たちのあいだで行われる争いを視野に入れ、その中に自分たちが如何に生存するか、また世界に寄与するかを考える。


「この世界のヒトタチとできるだけ仲良くしよう! それが結果的にいきのこるみちだよ!」

「そうだねー、それがいいよ!」

「こうりゅうをしよう! 門戸をあけはなとう!」

「施設をくみかえて、おおぜいのひとをまねこう! 商売をしよう!」

「でもコワイひともくるよ、たいこうさくが必要だよ?」

「物流をはってんさせて力をつけよう! 戦うためにブキをもつのはボクタチのりゅうぎに反するから、ぼうえいは他のヒトタチにおねがいしよう!」

「さいしゅうてきな目標は中立地域だ!」

「でももうすぐコワイひとがくるかもって、ハヤテさんたちはなしてた!」


 目下の問題は、ナハトが来たると予想した紫煙の奇術師と呼ばれる者だろう。

 ハヤテたちの話から危険性の高い人物であると予想が立っていた。実際のところ、長らく本物の闘争から離れたスライムたちからすれば、どこまで危険なのかイマイチピンと来ないが、予想が立たないからこそ自分たちにとって特大の危険なのだと彼らは理解していた。


「ナハトさんのようすはどうー?」

「すいろの前ですわってコワイかおしてるー」

「せいじさんは?」

「寝てるよー、スゴイリラックス、スゴイたんりょく」

「のこってくれるってことは、戦ってくれるってことなのかなー?」


 本人たちの動きを見ると紫煙の奇術師に対抗しようとしているようにも思えるが、だからと言って外から来た彼らに信頼するのは難しいのではないかという問題もあった。


「いっそのこと水路のなかをにげまわるのは?」

「でも運がわるいとぎせいしゃがでるかも?」

「逃げてばかりじゃだめだよ! ジリひんだよ! 得るものがないよ!」

「こんごのために、戦いとはなにかみきわめる必要があるよ!」


 スライムたちはワンダフルワールドに転移してきてまだ間もない、早急にこの世界の住人達がなんたるかを知る必要があった。

 例え今逃げ回って、これからくる悪者が物品だけを奪って立ち去ったとしても、次からくる人間に同じことを繰り返していては資源が減っていくばかり。


「しょくん、われわれは悪意と闘争をうしなってひさしい、このせかいのヒトタチが暴力をせんえいかしていたとしたら、きっと戦おうとしてもかてないだろう」

「でもあきらめるなんてイヤだー!」

「そうだそうだ、できることをさがそうー!」


 ガヤガヤと各々が声を上げ、あれやこれやと提案が叫ばれていく。

 そこから少し離れた場所、石造りの町の端っこで荷物を枕にして仮眠を取る万葉靖治の姿があった。




 ◇ ◆ ◇




「というわけで、お願いだよシオリちゃん。先んじてテイルネットワーク社を僕がいる遺跡の街に作りに来てくれ!」


 両手を叩いてパンと音を鳴らしながら、靖治が頭を下げて頼み込む。

 夢を通して靖治がやってきたのは、世界の外側から干渉してくる超越者にして、ワンダフルワールドにまたがるテイルネットワーク社の社長である、シオリ・アルタ・エヴァンジェリン・グロウ・テイルの小世界であった。

 本の山に覆われたこの場所で、今日はアンティークな机の前で椅子に座ったシオリが、読んでいた本を少し下げジト目で睨みつけた。


「いきなり変な時間に来たなって思ったらそういうことか」


 独特のしわがれ声でそう返したシオリは、再び本で顔を隠してぶっきらぼうに言葉を紡ぐ。眼鏡の奥の(まなこ)は常に文字を追っていて、テーブルの上でぬるくなったコーヒーのマグカップに手をつける気配すらない。


「断る。ワタシはお前を利用するが利用される気はない。あとちゃん付けやめろ」

「シオリにも流儀があるのはわかる、でもそこを何とか頼むよ」

「棚上げしろと?」

「あぁ、その通りだよ」


 微塵も臆さず言いのける靖治に、シオリがため息を付いた再び顔を見せてきた。

 話を続けてくれはしてくれるようだが、続く言葉は相変わらず硬いものだ。


「だいたい、話を聞くにその街を守る必要性はないだろう。適当に逃げ回ればいい、その悪党だって力を持ってるお前らを深追いはしないだろう」

「それはできないね、ナハトはやる気だ。件のアゲイン・ロッソが人から何かを奪うつもりなら、必ずぶつかることになる」


 妥協案を述べるシオリに対し、靖治はあくまでスライムヒューマンの街を守ることを前提として話を進める。


「ナハトは僕らの仲間だ、彼女がやりたいことは最大限協力する。それに僕としてもスライムの人たちのことは気に入ったしね、彼らを助けられるなら当然そうする」

「弱いがゆえにか、群れというのは大変なんだな」


 酷く他人事な言葉であったが、シオリにとって侮辱の意味合いは一切なかった。単純に、単独で世界をも超えられてしまう超越者からして、ひ弱な人間のしがらみを実際に目の当たりにした感想だった。

 それに対し、靖治もまた怒ったりせずありのままの言葉を返す。


「そうだ僕らは弱い、だからこそ徒党を組んで互いに助け合う。僕はそれに躊躇する気はない」

「……まあ、それがお前のサガか」


 万葉靖治は自らの弱さを知っている、だからこそ積極的にパーティを組むし、また普段から自分を助けてくれる仲間を見捨てることはしない。

 彼にやれることは少ないが、可能性があることならば必ず手に取る、それが靖治という男の性質だった。

 靖治の迷いのない言葉と眼にシオリも一度本を閉じて膝に置くと、何かを考え込むようにして机のコーヒーを両手で掴み上げた。


「さて、どうしようか……」

「――やってあげてもいいんじゃない? 本当はシオリちゃんだって最初からその気なんでしょ?」


 どこからか届いた艶のある女の声に、返答を待っていた靖治は驚いて眼を丸くした。

 幻聴の類かとまで一瞬思ったが、目の前にいるシオリが不機嫌そうに眉を締め付けていることからして、彼女も同様の声を聞いたようである。


「この声……?」

「……ズケズケと。誰も彼も、我が物顔で踏み込んでくるな」


 シオリが悪態を吐いてからコーヒーを口を飲む前で、靖治はキョロキョロと本に囲まれた周囲を見渡した。

 すると声の主は暗がりの中から湧き出るように、すっと何もない空間から視界の中に現れた。

 そのあまりにも唐突かつ自然に現れた姿に思わず見過ごしそうになったが、その際立った雰囲気からすぐに視線を引っ張られる。


「女の人……?」

「はぁい♪ ここで男の人と話すなんて初めて、お姉さんったらドキドキしちゃうわ。ねえねえシオリちゃん、ワタシの格好ちゃんとしてる? 寝癖とかついてない?」

「いつも通りだろう、変な心配するな」


 ほんわか年上系な音色で話しかけてきたのは、桃色の髪の毛を長く伸ばした修道服の女性だった。

 何故こんな場所に人がいるのかわからないが、なんとも肉付きのいい体だと、黒い服の下からでもわかる体のラインを思わず舐めるような視線で見つめてしまう。


(おっぱいがでかい)


 柔らかな笑顔からつま先まで眺めてから、すぐさま二度見する。


( お っ ぱ い が で か い )


 何度でも見てしまう迫力があった。

 最近は目の保養には不自由していなかった靖治であったが、それでもこの謎の女性には思わず思考をかき乱されるだけのパワーがあった。


(ヤバイな……これはヤバイな……ナハトも大概デカイけどそれ以上……これより大きくなったらバランスが崩れる絶妙なラインの上に立っている……! 素晴らしい……芸術とはこのことか!)


 男として不埒な考えに惑わされざるを得ない靖治を、本を開いたシオリが三白眼で睨みつけて面倒そうに呟いた。


「万葉靖治、粉をかけるのは止めておけよ。そいつはそれで未亡人みたいなもんだ、いなくなった男に操を立ててる」

「おっと、変な目で見て失礼しました」

「いいのいいの、気にしないで。男の子だもんね~、でもシオリちゃんにそういうことしちゃダメよ? この子ウブなんだからぁ~」

「それはちょっと承諾しかねますね、シオリンも超かわいいし……」

「オイ」

「わかるわぁ~♪」

「お前も待て」


 この世界の主を置いてけぼりにしてほんわか微笑んだ女性は、柔らかだが沢山の古傷が刻まれた手を差し出してきた。


「始めまして靖治くん。ワタシはリリム・エル・イヴよ、よろしくね」


 自己紹介してくれた女性に対し、靖治はレスポンスの遅れなく手を取って言葉を返す。


「どうも万葉靖治です、よろしくおねがいします」

「ウフフ、ちゃんと挨拶できる良い子ねぇ~。お姉さんそういう子好きよ♪」

「いやぁ~、どうもどうも」

「ワタシの小世界で甘ったるい声を出すな。それと頬が緩んでるぞもやしっ子」

「おっといけない」


 手を握りながらウフウフ笑みを絶やさないリリムに、靖治も思わずニヘラってしまう。

 ナハトもまた妖美さを垣間見せることがあるが、彼女のそれが訓練からくる作り物で打算的なあざとさ、それに対してリリムが醸し出す雰囲気は天然の色気だ。

 このような女性は中々いるものではないだろう、靖治は紳士的でいられるように気を引き締め直す必要があった。


「いつもそんな態度だから男を誤解させるんだ、淫魔もどき」

「仕方ないじゃない、これがワタシの素なんだからぁ。それに淫魔じゃないわよ、失礼しちゃうわ!」


 靖治との握手を終えたリリムが、棘のある言葉を吐くシオリへぷりぷりと怒って声を荒立てる。

 その直後、彼女の髪から厚い角が生えてきて靖治はギョッとした。更には竜もかくやという尻尾がスカートの下から顔を出し、背中のスリットからは大仰な黒い羽根が姿を現す。


「淫魔じゃなくて魔王よぉ♪」

「思ったよりスケールでかかった!」


 そっかぁー、魔王様かー、と靖治はちょっと納得してしまうくらいだった。

 実際、このリリムという女性がまとう空気には、色気だけでなく上位存在だと確信させるような超然としたものがあったのだ。

 立っているだけで格上と認識しまうような、どこか手で触れづらいような雰囲気だ、靖治でなければ握手も臆したことだろう。

 とは言え、それはそれとして他にビックリなことはある。


「シオリって僕の他にも友達いたんだね」

「驚くのがそこか……お前もそのバカ女も友達じゃあない、ソイツは勝手に侵入してきてるだけだ」


 にべもなく否定するシオリは、面倒そうに本に視線を落としたままだ。


「ここにいるってことは、リリムさんも色んな世界を渡れるだけの力があるってことですか?」

「えぇ、そうよ。色々あってねぇ~」


 このシオリが作った小世界は彼女が情報の保管のためだけに作った隔絶された世界だ、靖治以外の部外者に開かれてはいないし、ここに来られるということはそれだけで異世界を渡るだけの力を備えていることに相違ない。

 すると本人に変わってシオリが本から目を逸らして顔を果てのない天井へ向け、リリムについて知っている情報を記憶から読み上げた。


「リリム・エル・イヴ、魔王の子として生まれたが、王族の中でも異常な魔力量をもつ突然変異体。親の言うことも聞かない放蕩娘だったが、その才能から次期魔王の筆頭候補として期待されていた。だがその種族にとって運悪いことに、そいつはあることを機に自らの役割を逸脱しようと決心する」

「逸脱……って何があったの?」

「一目惚れしたんだよ、どこの馬の骨とも知れない人間の男にな」


 なるほど、それは仕方ないと思うほどロマンティックだ。

 リリムは思い出を語られ、嬉しさと気恥ずかしさが混じった笑みをほにゃりと浮かべて、照れ隠しに頬をかく。


「えへへ~、そうなのよね。あっ、記憶投影したカレの写真があるけど見てみない?」

「是非」


 リリムが尻尾を揺らしながらポケットから取り出した1枚の写真は、端が丸くなっていてちょっと古ぼけていた。

 写っていたのは帽子をかぶった一人の青年。畑の前で農具を手にして笑いかけてくる顔は、悪くはないが平凡で、佇まいも特殊なものは感じなかった。


「思ったより普通の人ですね」

「そうなの。どこにでもいる優しい人、剣じゃなくてクワを持った普通の人。音楽が趣味だったわ、人並み程度の腕だったけどね」


 そう語るリリムの瞳は少し潤んでいて、とても感慨深そうに唇から溢れる言葉は柔らかかった。


「初めて会った時、あの人は夕暮れを眺めながら唄っていた。別に際立って上手かったりはしなかった、でも生への感謝に満ち溢れていた。生まれた星と祖先への想いが詰まっていた。こんな人もいるんだって、ビックリしちゃうくらい……」


 リリムの言葉一つ一つに万感の想いが詰まっていた。

 聞くだけで釣られてウットリしてしまうような話だが、気にかかるのが写真の青年の隣には、リリムではない他の女性が並んでいることだった。


「隣の人は……?」

「ウフフ、カレの結婚相手。綺麗な人でしょ?」


 なんら邪気のこもっていない声でリリムが返す。

 靖治は恐る恐る尋ねた。


「……良かったんですか祝福して?」

「えぇ、良かったわ。ワタシが好きになった時には、もうあの人には好きな人がいた、しかも両想い。素敵よね」


 リリムの言葉には、どこにも悲しいものはなかった。ただ澄み渡った幸福感だけを湛えていた。


「ワタシは別に良かった。そりゃあ略奪愛とかそういう物語も知ってるわ? でもね、ワタシは不思議とそういう気持ちは浮かばなかった。ただカレが幸せに生きて、子を残し、天寿を全うする、それだけで嬉しかった」


 素朴な、ありのままの人生を送った男の存在に、リリムは感謝して言葉を紡いでいた。

 靖治が黙って聞いていると、それに補足するようにシオリが横から呟いてくる。


「かくして、そのバカ女は惚れた男のために、たった一人で魔王に反抗し魔族の軍勢を退け、騒ぎに乗じて侵攻してきた人間側も死人を出さず叩きのめして、更には裏で暗躍する神々までぶっ飛ばして、世界の枠組みまで粉砕して戦争を止めたとさ。呆れた話だ。そこまでしたせいで生物としての枠からまではみ出てしまって、死に損なって無駄に長生きすることになっているし」

「恋する女の子は最強なの!」

「あはは、強い人ってのはよくわかりました」


 よく見れば、彼女の体から生えてきた尻尾や翼には無数の傷跡が見えた。多分、あの修道服の下にも数え切れないほどの傷が残っているのだろうと靖治は考え、事実それは当たっていた。

 リリムは笑って想い人と話せるよう自慢の顔だけは守り抜いたが、その他には傷がない場所はどこにもない。そればかりか内臓の50%以上が形を持ったまま壊死しているため、常に魔力で意識的に身体機能を操作しなければ死なないまでも動けなくなり、体表の傷跡に残った呪詛が今でも体を蝕み常に激痛が走っている。

 それでもリリム・エル・イヴは笑う、こんなに素晴らしい想いを胸に抱ける自分は、幸せに違いないと確信しているから。


「靖治くんの話はシオリから聞いているわあ。このブラックモニュメント(黒の記念碑)の新しいお客さんだって。ワタシとあのネコ神ちゃんも合わせて、貴方で三人目ね♪」

「ブラックモニュメント?」

「この小世界の名前よぉ」


 初耳の名称に靖治がポカンとしていると、シオリが本を読みながら不機嫌そうに口を挟んできた。


「その女が勝手につけたものだ、ワタシはそんなの認めないよ」

「何だって名前は重要でしょ? 名前があるからこそ、その存在は世界に色濃く残る。名は反響し人々の胸に染み込み、いつか世界が終わる時まで、日々を支える柱の一つになる」

「名前なんていらない、ここは一時的にガレージとして使ってるだけだ。いずれ引き上げるし、ワタシはどこにも傷跡を残すつもりはない。ワンダフルワールドとの接触も術式を介して、余分な感情は伝えないようにしてるつもり。テイルネットワーク社の運営もほぼすべて人工知能の自動運転だ」

「もうシオリちゃんってば遠慮しいなんだからぁ。もっと自己主張しないと損よ、その可愛さが知られないなんて世界的損失だわ!」

「コイツ、本ッ当にウッザイな……」


 思わず辟易したようにシオリが視線を話し相手から逆へ向ける。

 嫌気が差している彼女に、なおもリリムは教えるかのように口を動かす。


「ワタシはシオリちゃんのやってること、とっても善いことだと思うのよ? 時の流れに埋没していくみんなの存在を、アナタだけは覚えていてくれる。人々がいた証をあなたはその胸に抱き止めて、みんなが辿り着けない先まで歩いてくれる。それってとっても素敵だわ」

「下らない、ワタシはお前らなんぞのためにメモリーを集めてるんじゃない」

「うふふ、それがいいのよ。誰のためでもないからこそ、それは悪心ではない、より純粋な心から産まれたものだもの。善業を成そうとするエゴも重要だけど、渇望のイドもまた素晴らしいもの。余分な感情がついてないぶん、無駄がなくてどこまでも届くわ」


 尻尾を踊らせてルンルンと近寄ったリリムは、シオリの後ろから彼女の体を緩く抱きしめる。


「アナタがみんなの軌跡を知ってくれている、それだけで十分よ」


 嬉しそうな言葉を聞いて、それでもシオリは眉一つ動かしはしなかったが、抱擁を振りほどこうともしなかった。

 ただ静かに聞いているだけの姿を見て、靖治はほんの少し口元で笑うと、シオリが敏感に視線を向けてきて、やがて溜息を付いて口を開いた。


「万葉靖治、話を戻すぞ。テイルネットワーク社の件だが、近くの支社に連絡をしてゴーレムの派遣だけしてやる」

「本当かい?」

「だがそれだって少し時間はかかる、今すぐポンと送るのは出来ない。敵が到着するまで間に合うかはわからない、それまでくらいはお前らが守ってみせろ」


 それでも協力してくれるだけありがたい。ニンマリ笑う靖治へ、シオリは伝えるだけ伝えてまた本を読む。


「それだけだ、ワタシがする最大限の干渉がそれだ」

「ありがとう、とても助かるよ」

「フン、知るか。お前らが勝手にワタシの術式を利用するだけだ。助かるならお前らの力だよ」


 突き放す態度のシオリだが、靖治は彼女の言葉には想念の底から滲み出てくる想いがある気がしていた。

 話を聞いていたリリムも嬉しそうにニッコリ笑うと、シオリから抱擁を解いてピョコピョコ床を跳ねながら靖治の前に近寄ってきた。いちいち動くたびに胸が揺れ動いてすごぉい。


「あっ、そうそう。お姉さんも宣伝しとかないとねぇ~。はい、靖治くんこぉれ♪」

「なんですか? チラシ?」


 リリムがどこからともなく取り出して靖治へと手渡してきたのは、一枚の色のあるチラシだった。

 1000年前の時代でもよくあった、肌にくっつきやすい手触りの紙を手にし、白いクジラのイラストと共に描かれた文字を読み上げた。


「犯罪者引取出張サービス、クアンタムノーチラス号?」


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