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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
六章【朝へ向かう夜の狩人】
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137話『交じり、別れ、交じる』

 イリスとアリサも遺跡のアトラクションエリアを抜け、地下に設けられた居住区画に到達していた。


「ワァー、きゅうじんるいだ! おおきいー!!」

「メイドふくだー! もえ~!」

「マントかっこいいー!」

「なんでこんなおもたいの手につけてるの?」

「ナニコレ……うわ、ちょっと手錠のした入ってくるな!」

「うわぁー、いっぱいです!」


 案の定、人懐っこいスライムヒューマンたちの歓迎を受けた二人は、体中にヒンヤリしたスライムボディを乗せて驚きの表情をしていた。

 お互いに要領を得ない中、イリスが懇切丁寧に事情を説明する。


「ということで、次元光がカクカクしかじかドッピューン! ということなんです!」

「なんとイセカイ転移ですか!」

「きいたことあるー」

「むかし流行ってたやつー!」

「ちょっと、髪ひっつかないでってばー! ……って、何よ髪の毛メッチャサラサラに!? シャンプーいらず!?」


 スライムヒューマンたちはトボけた声を上げながらも、素晴らしく頭は良いようですんなりイリスの話から自分たちの状況を受け入れた。

 その中でもこの区域のトップらしいスライムが、ぷよぷよと青い身体を揺らめかしながらお辞儀をして返す。


「ごせつめいありがとうございます。せっかくのお客人をかんげいしたいのですが、その転移のせいとおもわれる崩落でまちじゅうだいこんらんでして……」


 そう聞かされた辺りの街並みは、確かに天井から落ちてきた岩に押しつぶされていたり、壁から突き出た岩盤が通路を塞いでしまっていたりと荒れてしまっていた。

 靖治たちが辿り着いたエリアは比較的被害が少ない場所だったのが、対してイリスとアリサが到着したここは、次元転移の際にかなりの崩落があってしまったようだった。


「むむっ、言われてみれば確かに瓦礫だらけです。撤去に大変苦労しているようですし、アリサさんこれは助けるべきでは!?」

「イヤよー、メンドクサイ。死人も出てないしンな義理ないわ」

「たすけてくれましたら、おれいに元素転換器で生成したこちらのホウセキをば……」

「よーし! 張り切って人助けよイリスー!」

「さっすがアリサさんです!」


 不定形なスライムヒューマン故に怪我をした人はいないようであったが、ちょっとした手伝い程度で金になるものが貰えるならアリサ的にも断る道理はない。

 ロボットパワーのイリスとアリサの魔人アグニ、力自慢な二人は小さなスライムたちでは苦戦するような岩を軽々と持ち上げる。


「よーし、アグニよ岩を持てー! あっ、勢いよくやると周りが崩れるからそっとね、そっと」

「危ないから近寄らないでくださいねー、岩を運びますから道を開けて下さーい!」

「おぉー、すごいおっきな人つよーい!!」

「ねえねえ、となり街へのみちもふさがっちゃってるの、あとでひらいてよー!」

「お安い御用です! 靖治さんたちもここのどこかに来てるかもしれません、ひとまず皆さんをお助けしながらお二人を探しましょう!」

「ったく、しかたないわね。もうちょっとコイツらに付き合ってやるか」


 今暫くのあいだ、イリスとアリサは街の整理整頓に時間をかけるのだった。




 ◇ ◆ ◇




 イリスたちが撤去作業に勤しんでいる頃、ナハトが出した『紫煙の奇術師』という通り名にハヤテが渋い顔をして眉を寄せていた。


「紫煙の奇術師……アゲイン・ロッソか、あいつが来るってんならそりゃ厄介だな」

「それがあの人の本名? 知り合いなんだ」

「仕事で一緒になったことがあってな、フラフラとあくどいことしてる野郎だ。調子がいいやつなんでブラックリストにゃまだ乗ってねえが、近い内に狩られる側になるだろうな」


 靖治が尋ねると、多少の交友があったようだ。ハヤテの肩に乗っかったスライムのマイケルさんも、興味津々と言った様子で体を揺らしながら話を聞こうとしてくる。

 だが彼の口から語られたのは陰鬱な内容だった。


「報酬さえ貰えりゃなんでもやるってのはその通りで、よくテイルネットワーク社にも流せねえ裏の仕事をやってたやつだ。だがそれじゃ足りねえって言うみてえに危ないことを簡単にやるやつでよ、殲滅する必要がない敵も戦うならば皆殺し、敵の身内から憎まれねえようにガキまで丁寧にすり潰す潔癖症よ」

「そりゃあひどいね」

「アイツは性根が腐ったようなやつさ。ここに来るってんならそこのガキ一人だけが問題じゃねえ、アイツならこの街を丸ごと焼き払って、残った燃えカスから宝石だけ奪って帰りかねんな。こいつらけっこう良いもん持ってやがるし」

「ピィッ!? ぼ、ボクタチ焼きスライムですかー!?」


 話を聞いていたスライムは、怯えたように体を縮こまらせてブルブルと震えている。

 一方ナハトは、まず紫煙の奇術師よりも先にハヤテを疑うかのように冷たい視線をぶつけていた。


「なるほど略奪ですか、あなた方はしないので? そういうのも得意そうですが」

「するかよ。見ろよコイツらのかわいい体ー、こんな見て和み触って脳みそ蕩ける愛玩生命体から何を奪えるんだってんだ」

「わーい、ハヤテさんやさしいー!」

「まあこいつらが豚鼻や小鬼面だったりでもしたら話は別だったがな! いやー、ちょいと残念だなぁ!」

「うーん、言葉の端から漏れるこのロクでもなさ」


 息をするように悪性を覗かせて「ガハハ」と笑うハヤテに、靖治が呆れるように首を振った。

 まあ今の彼らは悪さをするつもりはないらしいとわかっただけで、ひとまず十分だろう。ロクでなし冒険団の態度は置いて、紫煙の奇術師について靖治が話を戻した。


「でもアゲイン・ロッソって人、奪って殺すなんてリスクを平気で取るの? 慎重な男なんだろ?」

「普通の村でならしねえだろうな、だがこの遺跡は転移してきたばっかりだ。まだこの世界のどの勢力とも繋がりがねえ、金目の物や過去の文明からくる超技術とかの資産はあっても後ろ盾がねえ、世の中と繋がってないこいつらには守られるべき『価値』がねえんだよ。略奪にはもってこいの環境だぜ」

「ふうむ、今ならここの人たちを根絶やしにしてしまえば罪に問う人がいない、ってことか」


 例えばこれが国の内側にある村などであれば、税を納める代わりに国の庇護を受けることができる。村を襲えば国そのものを敵に回してしまうため、そう簡単には手出してできない。

 だが次元光により国家という枠組みが発生しづらいワンダフルワールドでは、いきなり転移してきた集落が潰されたところで誰も構わない、復讐の芽が生えないように丁寧に潰していけばノーリスクで略奪が出来てしまう。

 話を聞いて、ナハトは硬い顔をして口をつぐんでいた。彼女の隣から靖治は、ならばとハヤテへ指を向けて再び疑問を投げかける。


「なら逆のことを聞くよ、ここの街に世間的な『価値』が生まれるのはどの瞬間?」

「そうさなぁ、集落の価値は交流とともにデカくなる。ここはかなりデカイ街になる可能性を秘めてる……まあ『明石百果樹の商会ギルド』とか、『雨後の筍の如しサイボーグ布教の会』とかデカイ組織が支店を作ればより強固だが、始まりはやっぱテイルネットワーク社だな」


 返ってきた答えは靖治たちにとっても馴染み深い仲介業者の名前だ。


「テイルネットワーク社が来れば、とりあえずそれでその集落は『世間の一部』になり、そうすりゃ守られるだけの『価値』が生まれる。流石に支社を襲えば即ブラックリストに載っちまうからな、よほどの馬鹿でなきゃ二の足踏む」

「なるほど、つまりこのスライムヒューマンの街を守りたければ、テイルネットワーク社が来るまで防衛すればオーケーなわけだね」

「まあそうなる。あの会社の目的は知らねえが、片っ端から支社を作ってるから誘致せずとも勝手に来るだろうさ」


 テイルネットワーク社が集落内に完成すれば、もしその集落を外部の者が襲えば誰かがテイルネットワーク社に報復の依頼を届ける、そうならないように皆殺しにすれば結果的にテイルネットワーク社も打ち壊すことになり、指名手配を受けることになる。

 だからと言って絶対安全とまでは言えないが、転移してきたスライムヒューマンたちもこの世界における人権を最低限獲得できるわけだ。


「だがさしものテイルネットワーク社も存在を知らなきゃ来れようもねえ、オレらのうち誰かが調査報告しなきゃなんねえから2日3日かかるぜ」

「ふむ、そうか……」


 靖治は受け答えしながらも、いやもう少し短縮できると腹の中で計算していた。

 テイルネットワーク社に報告するには通常なら直接自分の足で届けに行くしかない、だが靖治には他の誰にも真似できない方法で伝えに行く手段があった。

 とは言え一旦休息を挟む必要があるし、何より『彼女』は自分のことをあまり触れられたくないだろう、あとでこっそり実行するとしよう。

 そう思案していると、スライムのマイケルさんが心配そうな声色でハヤテに問いかけた。


「は、ハヤテさんはボクタチのこと助けてくれますよねー?」

「ワリイな、それほどイイ子ちゃんじゃねえのよ。自分の身は自分で守りな」

「ピィー、そんなぁー!」


 ハヤテはむべもなく返すと、肩に乗っていたスライムを片手で持ち上げて地面の上に降ろした。

 彼のそっけない態度に、靖治が肩をすくませる。


「なんだい行っちゃうのかい、つまんないなぁ」

「残念だがオレらにも用事があんのよ、ちょいと四国方面に足を伸ばさなきゃならなくてな」

「四国へ?」

「ちょっとした野暮用ってやつだ」


 ハヤテは詳細を語らず、得意気に少し笑うだけだ。


「まぁ、適当に便宜は図ってやるよ。ここのことは信頼できるツテの伝えとく、生き残ってりゃ近い内に商人とかが来て、次元光除けの結界キットとかも持ち込んでくるだろうよ。金目の物持って交渉の用意しとくといいだろうさ」


 彼らなりにこの街に対して最大限の親切はするつもりらしい、そちらもそれはそれで重要な事柄だろう。

 靖治は少し考えて、それまで押し黙っていたナハトへと振り向いて、眼鏡の下から彼女の強張った顔を見上げた。


「さて、ナハト。僕らはどうしよっか? 僕はどっちでもいいけど」

「……その言い方、案があるのですか」

「そうだね、僕らの選択肢は二つ。一つはここに居座ってイリスたちと合流し、頃合いを見て去る。もう一つは危険因子が近づく前に早々に消えて、先の村でイリスたちを待つ。ナハトならどちらを選ぶ?」


 質問の内容に、ナハトはわずかに眉間に力を込め、冷たい視線で靖治を睨みつけた。


「……意外と意地悪なことを聞くのですね、そういう質問を女は嫌いますよ」

「悪いね、だがナハトの答えを知りたい」


 ここぞというところで向けられた靖治の眼は、まるで深淵を覗くかのごとく深く沈んで、しかしどこか透き通った色合いをしていて、まるで心の奥底まで見通されているような気になってナハトは内心ドキリとする。

 答えがわかっていて言っているのだろう靖治に、ナハトは癪に障った様子でため息を吐くと、問いを無視してハヤテへと顔を向けた。


「……オーガスラッシャーの頭目、こちらの彼を次の村まで無傷で護衛してくれませんか。お代はツケで、達成してくれればいずれ我が身で返しましょう」

「ほぉーう、オメェはどうする気だ?」


 提案に対し、ハヤテは満更でもないボヤキを返す。それを聞いてナハトは口数を少なくして背を向けた。

 白い片翼の根本で、十字の字が浮き出るように示される。


「ここに残ります、するべきことがある故」


 それだけを言い残し、ナハトは呪符の巻かれた武器を背負い、その場からゆっくりと立ち去って行った。

 彼女の背を見送ってから、靖治とハヤテは顔を見合わせてニィっとやり過ぎなくらいに頬を釣り上げて、即座に腰のホルスターから拳銃を引き抜いて、カチャッと軽い音を立てながら心臓に突きつけあった。


「つーわけで、美人のタメにもちょっくら顔貸せよ靖治くぅーん?」

「アッハッハ、相討ちになりたくなきゃその銃しまいなよ。ってか50口径は脅しで向けるもんじゃないでしょ」


 おっかない銃口をゴリゴリと押し付けて笑い合った二人は、やがて示し合わせたかのように納得した表情を浮かべて銃をホルスターに戻した。

 ナハトはああ依頼したが靖治はここに残る気だ、ハヤテが力づくで連れて行こうと靖治は抵抗する、そうすれば当然無傷とはいかなくなり依頼は未達成、ミッション・インポッシブルというやつである。

 靖治のやろうとしていることをおおよそ察したハヤテは、弱っちい癖に肝っ玉だけはある眼鏡野郎へと笑いかけた。


「おう靖治、仲間ってのはしんどいぜ?」

「だから命を賭ける価値があるのさ」

「ハッ、ちげえねえ」


 鼻で笑ったハヤテはタクティカルベストのポケットからタバコを取り出してくわえると、ジッポで火をつけて煙たい息を天井に向かって吐き出す。

 そして煙が消える様子を見届けないまま踵を返した。


「あばよ、せいぜい面白い土産話を期待してるぜ」

「のろけ話で良ければいくらでも、それじゃあね」


 それだけを別れの言葉に、ハヤテは背中越しにタバコを持った手を振り上げながらどこかへ歩いていった。恐らくはこのままウポレとケヴィンと合流してここを出ていくだろう。

 話を見守っていたスライムが、足元から震える声を向けてきた。


「なんだかわかりませんが、アナタたち助けてくれるです?」

「うん、そうなるようだね。じゃあまあ、僕もできることをするとして」


 青い液体ボディにニッコリ笑いかけた靖治は、両手を持ち上げて体を伸ばす。


「まずはその辺で寝るかー! 起こさないようによろしくね」

「え、えぇー!? 寝るんですかぁー!? なにゆぇー!?」


 驚くスライムを置いて、彼らしくマイペースに自分ができることをしに行くのだった。




 ◇ ◆ ◇




 靖治たちが地下の居住区に辿り着いたのと多少時間が前後するが、ナハトの懸念であった紫煙の奇術師アゲイン・ロッソもまた、やはりと言うべきかこの遺跡に赴いていた。

 黒いシルクハット、厚ぼったい紫色のローブ、そしてカラスのようなペストマスク。得体の知れない風貌で遺跡に足を踏み入れる。

 覆い隠された胸の奥でどのような想いが渦巻いているのか、一歩一歩を重々しく、地を踏みつけるようにして歩いていく。


 彼が先客と同様にエントランスで明るい光りに包まれ、空間を飛ばされた先に広がっていたのは、大勢の石像が鋭利な刃物で両断されて瓦礫となっている光景。

 そこから足音を響かせて先に進めば、壁画の間で首をはねられた巨大石像と、その横に空いた大穴があった。

 何かを嗅ぎ取った彼は横穴から下を覗く。直下に続く薄暗い地下を、不気味なマスクの下から濁った眼で見つめていた。


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